第54話 そして宗谷岬をかく去りき
「中央駅開業です!」
明治36(1903)年夏。
予定より少し早いが――この地に、壮大な玄関口が開かれた。
「ここが……道内一のターミナルなのね」
咲来の言葉を攫うように滑り込んだ一番列車が、側線からそのままカントリーエレベーターの直下に入り、本年度の収穫で満杯になったサイロから籾粒が、無蓋貨車へザーザーと流れ込む。
「ねぇ、案内してよ」
「?」
「見せてちょうだい、あんたの城下町を」
玲那は、ふぅと頷いて咲来の手を取る。こっちがお姫さまだというのに、エスコートですか。とはいえ満更でもない顔を自分がしているだろうことは、鏡を見ないまでもわかっていた。
「この駅そうとう広いわね」
「ええ。なんとて上川盆地の玄関口にございます、旅客ホームだけでも2面4線です」
1・2番線が上り列車、札幌・上野方面。本州へ向かう旅客を主体に、最も乗降が激しいプラットホームだ。
3・4番線が下り列車で道北・道東方面。まだ稚内や根室までは届いていないものの、途中で馬車を乗り継いで樺太や千島へと伸びる道だ。
「さらに駅のすぐ南側には操車場が広がって、カントリーエレベーターや金銀鉱石精製工場の積込機構が設置されてございます。日間100両以上の貨車が出入りする大貨物駅です」
そう語ると、咲来はため息交じりに首を振る。
「そういうんじゃなくて」
「?」
「あたしがいいたいのは、駅の規模もそうなんだけど、人出とか、雰囲気よ。ここは『駅』らしい旅立ちの場所というよりかは……日常の一部分って感じしない?」
なるほど、と頷く。
「駅といえば駅ですけれど、私鉄風の雰囲気にいたしましたから」
「雰囲気?」
戦前の国鉄は長距離移動手段に過ぎなかった。駅構内に自由通路や商店が出来て、周辺地域の住民の生活の中に溶け込んでいったのは――俗に言う駅ナカは戦後の都市化の過程で出現したものである。首都圏や関西を中心に普及したその形態は、国鉄に不動産や商業といった私鉄的な収入源を拓くことになった。
「都市化によって鉄道の利用は日常的なものになりましょう。そうなれば、商業施設としての鉄道駅が日常に深く根差すようになるのです」
ホームから階段をのぼり、この時代では珍しい橋上改札へ出る。
それを抜けた先にあらわれるのが――、
「画期的でしょう?」
「……なるほどね」
南北に走る線路とホームの直上に設置された、東西自由通路。
幅20mの通路の両脇にはたくさんの商店が並び、駅構内の盛況を伝えてくる。
しかし平成ならコンビニや洒落た菓子店が出店していそうなそこには、八百屋だったり豆腐屋だったり、この時代ならではの風情溢れる看板が並んでいる。
「アレは?」
「駅宿。駅直結の宿屋にございます」
「……ホテルじゃない」
「ええ、最近竣工の東京駅のものを参考に」
和装、たまにアイヌと思われる民族衣装を着た人々が、この平成味半端ない空間を往来する姿は、どこかおもしろくて。
「よくこんな物を線路の直上に作ったわね」
「橋上建築の技術は夕張炭鉱から持ってきましたもの」
扶桑型戦艦の艦橋と共に違法建築として並び称される夕張炭鉱の選炭場だ。峡谷に大工場を建築したあの連中にとっては、この程度朝飯前である。
「おそらく橋上改札も東西自由通路も、この時代には唯一なのでしょうけれど」
入坑帰りだと思われる鉱夫たちが、ぞろぞろと改札を抜けていくついでに、自由通路に出店している商店から品物を買っていく。時代感がちぐはぐで、見たこともないのに、どこか懐かしさを感じずにはいられない。
「あれっ? おひめさま!」
向こうから手を振って近づいてくる人影がひとつ――、いや、ふたつ。
「もーっ、リューリ! しっかり歩けないのー!?」
「まだ午前8時だぞ、寝させてくれ……」
「もう十分朝だよぉ」
死にかけの表情で、青年がどんよりと引きずられている。
晩生内白夜と雨煙別龍鯉のお二人か。
「ごきげんよう。あれ、そちらはデート中にございましたか」
「!」
「はっ?」
すすす、と玲那が口元を隠してからかうと、青年のほうがぼっと顔を赤くする。
「っ!なわけ――行くぞ白夜」
「あっ、ちょっと待ってよぉ!」
あわただしく少女は青年を追うと、こちらへ一瞬ひらりとひるがえって、手を振った。
「じゃ、ばいばいっ!お二人さん!」
そのまま遠ざかる背中を、玲那はため息交じりに見送る。まるで春の嵐だ。
玲那は再び咲来の手を引いて階段を下りていくと、忠別川に面した南口に到達する。
「ロータリー、全部トラクターじゃない」
「ここ特有の光景ですよ。なんとて田園の移動手段はトラクターなのですから」
自由通路なんて作っちゃったものだから資金不足で駅舎は木造。装飾もない。が、そこに出入りする人の多さは、帝都の上野駅と比べても遜色ない。なんたって駅全体が一つの商店街になっているのだ。
右手には巨大なカントリーエレベーターのサイロが天高く聳えている。
「あちらがここ一帯の農作物の集積地です。ここから旭川や札幌、道外へ穀物が一斉に運ばれていきます」
「それは聞いたわ」
「で、隣が軍用の爆弾工廠。あの下にも線路があって、爆薬を満載した貨車と穀物満杯の貨車が20両くらい連結されて、汽車に引っ張られて札幌に行きます」
「……これ全部あんた名義でやってるの?」
「宮廷、もございますが……都市計画に関しては『上川三村合併評議会』で長老様以下、村の有力者たちの会合で行われていることになっていますね。これらの後ろ盾となっているのは大蔵省と」
メモをペラリと捲って調べてみる。
「出資者……――掛澗園財閥、にございますか」
なるほどな。
鉄道事業に都市計画、硝安工場から大農法農園、軍需工業まで。これらの円滑な投資にはやはり、あのお嬢様が一枚噛んでいたわけだ。
駅前の大通り右手には、従来の忠別村落が広がる。
しかし、寒々しい平屋が数十メートル並んでいるだけだった数年前と比べると、断然に店舗の数が増え、2,3階建ての建築も通りの向こう側まで数百メートル続く。
なにより、手前に建つ4階建ての煉瓦造りのビルディングが物語っていた。
「拓殖銀行が……忠別に支店を開いた、ですか」
小樽や札幌、函館といった正真正銘の都市部にしか置かれない銀行。
ここにその支店が出来たというのは、ここが商工的に見込みのある場所と見られていることを意味するわけだ。
グォン、という音とともに隣をトラクターが通過する。
車道と歩道を分けてはみたが、いかんせん歩道が狭かった感はある。
まぁこのへんはこれから、合併評議会やらがどうにかしていくことだろう。
「10年前は正真正銘、未開の寒村だったと申しますのに」
街路を延々と続く木造建築を眺めて呟く。
嬉しいようで、どこか寂しいようで。
ふと、咲来が硬い表情をした。
「……肝心の人口は?」
「あぁ……そういえば、ふざけた計画がございましたね」
もはやここまで行くと気にしていなかった。
今朝ちょうど先月の統計が発表されて、長老様から資料を手渡されたところだ。
自分の懐をまさぐり回して取り出す。
表紙を捲って、概要を目に入れた。
「…――さようですか」
「で?どうなの?」
「ふぅ」
少し疲労を込めた溜息をつき、次いで来る感情に、自然と頬が緩む。
「ほら」
彼女へと見せつけた数値、そこには――。
「やっと、ここまで来れました」
・・・・・・
・・・・
・・
皇國の国勢調査は7月。
あの記録はしっかりと集められ、冬の間に全国の統計データが揃い、解析、編集される。そこから発表となるのが9月の頭あたりで。
明治36(1903)年9月。
北海道庁によって税役場が中央駅前に開設されると同時に、国勢調査による統計を基に、上川郡の忠別・永山・神楽の三村は内務省から合併を認可された。
短い夏が駆け足で去り、秋も来て、玲那たちを乗せた汽車は走る。
ところで12年前に突きつけられた無理難題を手に、玲那はとある蔵相を詰めていた。
「まったくええ、すごいところに送ってくれましたわね? 閣下」
「……まぁ、そういう日もありましょう」
「ご覧下さいませ、この光景。見渡す限り、山、草、海、寒い。周囲100kmに都市なし。シベリア送りか何かでございますか?」
「ご壮健でなによりです」
「そもそも12年前に閣下がここへ玲那を飛ばされなければ、『主人公』とてあのふざけた計画を持ち出さなかったでしょうに」
「ふははっ。そうでしょうな、皇族の追放の名目として上川離宮は出来すぎている」
12年前の経緯を追求しようと張り切ったのだが、話をそらされ続けている。
「不敬罪で告発差し上げてもよろしくてよ?」
「この松方より有能な蓑をお見つけになったのなら、喜んで」
「……憎まれ口を」
玲那は溜息をつく。彼も玲那もわかっている。枢密院との対決を前に、彼より有力なカードなどあるわけもないのだ。
「まぁ、ですけれど。極北の原野とて、人材だけは救いにございました」
興部を通過した列車は、黒煙を吐きながら大きくカーブを曲がり切り、冷え込みも段々厳しくなってきた上川原野に出た。それと同時に、"旧"上川郡が開ける。
「帝都で書面を見るだけでは、わからないことばかりにございました」
玲那が息をついてまもなく、ボックスシートの向かいの席に座る掛澗と松方の目が、流れ行く情景に釘付けになる。
「ご覧になって。これが、皇國の農耕最前線にございます」
人が一斉に繰り出して腰を折り曲げ苗を植えていくなんていう、浮世絵に描かれてきた従来の稲作の光景など見ることはもうかなわない。
恐ろしく広大な農地に、ポツポツと田植え機が動いているのがわかる。4条植付爪が、人力の数十倍の速度で一列に苗を植え込んでゆく。
『まもなく――終着、"旭川"です』
トンネルを抜けると、車窓には駅前の新市街が現れた。
巨大な硝安工場。日産20tへと更に拡張されたそれの真横に広がる、陸海軍工廠。
ベルトコンベアで次々と硝安が運ばれ、工場から工廠へ、貨物駅へと注がれる。
貨物側線、そしてコンテナ。
今年、硝安の需要が爆増し貨物列車がひっきりなしに行き交うようになったターミナル駅の前には、この夏でまた人口の増えた新市街が広がる。
「ここが、誰も住んでいなかった原野ですの……!?」
「ええ、さようにございますとも。12年前には、配給された貧相な小屋しかなくってよ。まぁそれは今でも絶賛供用中でけれど」
車窓に流れる、せわしなく動き回る牽引自動車や田植機の農業機械の群。ここまで完成度の高い機械化を構築しているのは、世界で唯一、ここだけだ。
列車は田植えの進む潮見町を駆け抜け、用水路を渡って新市街へと入る。
右脇に聳え立つカントリーエレベーターを見上げ、列車は終着駅へ滑り込む。
「食糧増産は必須ってことはわかるんだが。……これは何だ?」
松方は絶句する。
「文字通り開拓村ですよ。ちょっと近代的ですけど」
「近代的ってレベルじゃないぞ、なんなのだここは……?」
にこり、と玲那は笑う。
「北海道庁上川支庁首府――…旭川市」
【1903年9月 旭川市】
総人口 / 51,893人(クリア)
└忠別地区 / 8,607人
└永山地区 / 18,326人
└神楽地区 / 1,495人
└新市街 / 24,565人
自給率 / 310%(クリア)
明治36(1903)年、北海道庁の内地編入とほぼ同時に町村制が施行。
従来は郡と區から成り立っていた北海道庁の統治制度は、内地と同じ町村と市へと組み替えられ、今年はじめには函館區や札幌區がそれぞれ函館市・札幌市へ移行した。
「忠別村は、同じ上川郡の永山村や神楽村と合併し、市制の条件を満了。3村を以て先週に市制を施行し、函館・小樽・札幌に次ぐ北海道で4番目の市へと昇格いたしました」
同時に道北一帯を管轄する上川支庁が開設され、かつて人口13名の寒村にすぎなかったこの原野に、行政の中枢が置かれることとなった。
「鉱工業生産は累計117万圓。フィリピン出兵と戦争準備で、硝安工場を大規模に拡張したのが伸びにつながりました」
人口5万、上下水道ガス電気の整備は完了。
そこには、駅ナカと自由通路のあるターミナル駅を中心に、内地からの農学者や農村困窮者の移住と多産少死による人口の自然増加で急速に発展の進む新市街・旭川駅前が広がる。
病院や図書館、銀行といった大都市には不可欠の施設が次々と進出。このペースで行くと5年後には旭川市は人口10万へと到達、道都札幌と肩を並べるだろう。
「まるで……異世界だな」
「ええ、まったくですこと。まさかこのような情景が、極東になんて」
有人改札を抜けて、迎える東西自由通路を前に、掛澗が呟いた。
松方はふと笑う。
「これなら――『主人公』とて、認めざるを得ないだろう」
玲那も深く頷く。
「認めてもらわないと困ります。ここまでやってまだダメでは、もうゴールが見えませんもの」
「はい。姫宮は計画を満了し、皇國の農業発展に大きく寄与する結果になった――ゆえに、大蔵大臣としては追放解除もやむなしと愚考する。と申し上げておきましょうか」
松方の言葉に、玲那は掛澗のほうを向く。
はっ、と彼女は何かを思い出したように慌てた。
「そうでしたわ!」
「?」
「お伝えするのを忘れていましたの。上川宮廷は、わたくしの新築別荘を拠点に活動を再開いたしましてよ」
「さようにございますか」
「ですから、とっとと帰ってきてくださいまし?」
掛澗は、玲那に微笑みかける。
「それは……、つまり?」
「ええ、帝都への帰還令状です」
松方から渡されるそれに目を通して、騒ぐこともなく玲那は案外落ち着いていた。ただ、安堵と達成感が心を満たしているのに気づいた。
かくして一行は鎮宮大通 へと歩きだす。
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北京計画
第一段階 (済)
第二段階 (済)
第三段階 (済)
第四段階 鉱工業の強化
鉱工業生産・・・累計100万圓以上(済)
鉄道の誘致(済)
最終段階
市制の施行・・・人口5万以上(済)
旭川市成立 ---[全計画満了]
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『3番のりばの汽車は、稚内行きの始発列車です――』
「では、玲那はこのあたりで」
午前五時、朝焼けの橋上改札。
スカートをつまんで恭しく礼をすると、松方に引き留められる。
「いやいやいや、姫宮。さすがに我々とともに帝都までご同行申し願いたいのですが」
「いえ、玲那にも寄らねばならぬ場所がございますので」
「列車に乗るほどの距離でしょう。プリンセスをお一人で行かせるわけにはいきませぬ」
せめて旭川に駐屯する閑院宮親王の護衛なりをお付けになってはいただけませんか、と彼は食い下がった。
「戦争前年です。親王殿下も『魁星』もお忙しくございましょう」
「それでも、です。姫宮はご自身の身なりをご自覚ください」
「玲那はずっと親王殿下の背に隠れてきたのです。この町の外では無名にございますよ」
「そういう話ではなく。気品は見れば伝わりましょう。賊に連れ去られても文句は言えないということです」
なるほど、ではボロきれにでも着替えてきましょうと玲那が言うと、松方が頭を抱えて息をつく。隣で孫みたいに控える掛澗のお嬢様も、呆れた顔を向けた。
「…――早朝に発つなんて、逃避行みたいね」
息を切らした声が、後ろから届く。
びっくりして振り返ると長槍を背に差した少女が立っていた。
「咲来?」
お知り合いですか、と松方に聞かれた玲那は頷いて返す。
「どうなさったのです、こんな未明に」
「それはこっちの台詞よ」
彼女は言葉を継ぐ。
「北京計画……だったっかしら。これを終わらせたら、用済みなの?」
「いえ、さようには。けれど所用が旭川の外にも残ってございまして」
「忠別のみんなに、さよなら一つ言わせてくれないの?」
玲那は少し俯く。送別会みたいなものはやりたくなかった。皇族という身分もあるし、もし大々的なものになれば市民生活に負担をかける。戦争の前年にそんな余裕はない。
「玲那は終身、闕杖官でもございます。軍人の壮行式は、出征のとき一度きりと決まっておりますから」
いちいち町を離れるのに式などやってはいられない、と言い含めようとした。
「じゃあ壮行式には来るのね?」
「顔は出しましょう」
「よかった。あたしも入営したから、一緒に出れるのね」
玲那は目を点にする。
「……入営? 軍隊に、貴女が?」
「独立第26連隊、兵卒錬成過程……だったかしら。部隊の愛称は『魁星』」
思わず杖を離しそうになる。
「どうして……だって、軍隊も、皇國も。かつて貴女を見捨てたのですよ」
「あはは。そうかもしれないわね」
七年前の戦役で、彼女は裏切られたのだ。玲那たちは皇國に協力した現地住民への恩を仇で返したのだ。なのに、彼女は軽く笑ってこう返す。
「けれどこの村で命を拾われたのも事実。なのに、あんたが来るまであたし一人じゃ何もできなかった。北鎮が七年前にあたしたちに何もしてくれなかったのと同じように、あたしは自力でこの村に何の恩も返せてない」
あたし、ここが第二の故郷なの。咲来はそう言うと、改札の端に捨てられた新聞記事の見出しを指差した。「ロシア帝国、皇國と断交」「皇國は存亡の岐路に在り」――いくらか並ぶ文字は、この大地と海を挟んですぐ隣の列強国が迫り来ると煽っている。
「もう二度と故郷を失うのは御免よ」
玲那はごくりと息を呑んだ。
そうだ。ここは北海道。皇國が負ければ玲那の運命のみならず、ここに住まう百万の軍民が七年前の戦役の二の舞になるだろう。
『まもなく、稚内行きの始発列車が発車します――』
駅員の声が響く。
玲那は思い立ったように杖を取ると、別れのあいさつをしようと咲来のほうへ一歩。
「稚内なんかになんの用?」
すると、彼女は聞いてきた。
「……けじめです。あるいは、誓いか」
「なんのために?」
「岬まで行けば、あの島も見えましょう。因縁の地が……貴女の第一の故郷が」
玲那の言葉に彼女は一瞬息を詰まらせたけれど、まもなくふっと微笑んだ。
「ついていっていい?」
「……来てくださるのです?」
「そりゃ、あたしも当事者になるわけだし」
片道一日になりますよ、と念を押しても彼女は意を変えない。玲那は溜息をひとつ、それから蚊帳の外になっていた松方たちへと振り返る。
長槍を背に差した少女を、玲那は掌で示した。
「あの。今しがた北鎮の護衛が手に入りましたの。お許しいただけて?」
・・・・・・
・・・・
・・
宗谷本線の始発列車は音威子府で大きく東側に逸れ、ようやくこの夏に稚内へと届いた軌道を北へと進んでいく。車窓にはやがて広大なオホーツク海が広がった。
鬼志別駅を抜けたあたりで列車は再び山の中へ入る。そうしてしばらく揺れること20分。静かにゆっくりと、汽車は声問停車場に到着する。
「ねぇ、ここからどう行くの」
「道なりに沿って北です」
ゆっくりと歩いていくと、やがて宗谷海峡に出た。
海沿いをただひたすら歩く。そして漸くたどり着く目的地。
「ついたぁ……っ」
北緯45度、宗谷岬。
皇國最北の地に、足を踏み入れた。
霧が晴れた対岸には、少し霞みがかりながらも、はっきりとその島影を確認することができた。
「望むは、西能取呂岬かしら」
明治8年に喪失するまで紛れもなく本土であった地。
明治28年の爪痕、枢密院の負の象徴。因縁の極北の大地。
今から七年前、死闘を繰り広げ―――失い、帰ること叶わなくなった島。
「今でも、それはもう鮮やかに覚えております。船の上から見た、大泊の桟橋に取り残された貴女たちの顔を」
「あれほどの絶望はなかなかなかったわよ」
苦笑交じりに、けれどしっかりと言い含めるように彼女は呟く。
「敗残兵としても、あってはならぬ恥晒しでした」
波打つ岩の一番先までよじ登って、立ってみせる。
いくら恨まれて憎まれようが、それでもきっちり、枢密院の失態と玲那たち軍人の行為を精算しに行かなくちゃならない。
運命の1904年2月まで、残り半年を切った。
この薄青の海峡の向こうに届かなくとも、せめて誓わせてくれ。
決意新たに、対岸を睨む。
「絶対戻って差し上げましょう。この海の向こう、あの大地へ――」




