第47話 陸軍モータリゼーション
「わあ、ちゃんと稼働していらして……!」
ゴウンゴウンとコンベアで完成した車輪が運ばれていく。その先は車軸整備所につながっており、運ばれた車輪は、一列でゆっくり流れてくる装甲車の車輪に付けられていく。
「壮観ですわね」
掛澗の御令嬢もそう漏らす。
年は明けて明治35年。離宮の北麓・永山村に落成した装甲車の工廠に、玲那は掛澗を招いて訪れていた。
「これわ、belt conveyorお、usedの、new style、生産 laneになりマァーす!」
大蔵省からの特使の視察を前に、慣れないどころか、意味もよく伝わらない日本語を使ってでも熱心に取り入ろうとする、この工場の主、ヘンリー・フォード。
「ベルトコンベアー。よくこんなものをこの国の技術力で作れたものですね」
「いえ、技術が運良く追いついていただけですわ。上手く行って何よりですの」
そう言って彼女は胸をなでおろす。ゴムの発見とその加工法確立による工業への利用は、実は20世紀初頭――ここ最近のことである。
元来ゴムは、夏は溶けやすく冬は固くボロボロになりやすいため、工業製品に使用できたものではなかった。それに加硫と呼ばれる硫黄を加えて起こす架橋反応の一種を利用することで、ゴムの弾性限界を大きくすることができ、工業加工ができるようになるのだ。
「史実では、いまより2年後に 炭素微粒子がゴムの補強性に効果があることが判明。これをもとに、さらに2年を経て加硫促進剤が開発されまして、ようやくゴムの工業利用に弾みがつきましたの。ゴムだけに」
「……。松方から変な影響でも受けたのですか」
茶路さまはギャグなんて言わない。あの変なジジイがまたしても茶路お嬢様の喋り方を捻じ曲げている。ため息づく玲那には目もくれず、彼女は説明を続ける。
「枢密院はゴムの工業利用を長く渇望していらしてよ。戦争賠償金が舞い込んでからは研究資金の大半をゴムへなげうって、5年ほど時を早めましたの」
「つまり……昨年には加硫促進剤が」
「ええ。カーボンブラック――炭素主体の微粒子を混ぜて、ゴムの強度を高める促進剤ですわ。こちらで強化したゴムの初陣になりますのが、この工廠ですわ」
広々と設計されたライン生産式の工廠を眺めて、掛澗は言った。
「今しがたはカルシウムや鉛といった無機の加硫促進剤に頼ってはおりますけれど、ゴムの物性向上と加硫時間を大幅に短縮するのこそ有機加硫促進剤ですわ。そちらのほうの開発をもって枢密院はゴム研究にケリをつけるそうですけれど」
なるほど枢密院はゴムに執着してきた。台湾を取るなりゴム園の導入を試みるわ、大英帝国の植民地へは衣料輸出と交換でゴムを輸入するわといった風に。
「狙いは……ゴムの大量生産法にございますか」
自動車や航空機のみならず、20世紀の工業製品においてはゴムはあらゆるところに用いられる。言わずもがな生産レーンのベルトコンベアーからタイヤ、配電線の絶縁体にまで使われる。その大本にあたる工業ゴムの大量生産にかかる技術、あるいは特許を確保するつもりだろう。
「ええ、ええ。欧米への売りつけも決定してますわ、頑張って頂きませんと」
浮かれた顔で掛澗が言う。戦時中の大量生産で弾みをつけて、自動車の加工貿易を開始するつもりだとも言っていた。
特許と加工貿易で稼ぐ、か。まるで戦後のような立ち回りだなと思いながら、玲那は呟いた。
「タイミングが被ってなによりです。ゴムは自動車の命にございますから――これは当然、農業革命のみならず、次の戦争の命綱であることも意味します」
「自動車が……でして?」
「ええ。満州はお世辞にも、鉄道が発達しているとは申しがたくございます」
ぼんやりと玲那は満州の地図を思い描く。
「清朝との戦争を経て、枢密院は釜山から新義州までの京義鉄道を開通させております。ですから満鮮国境までは鉄道がございますけれど、それより先はロシア勢力圏になるのも相まっていまして。朝鮮半島のように鉄道を整備することはできません」
さらに、火力の主役になるのは駐退式の野戦砲に機関銃と来た。榴弾から銃弾までありとあらゆるものの速射力が飛躍する。消費のスピードが跳ね上がるということは、それらを迅速かつ大量に前線へ送り届ける必要がある。
とはいえ電撃戦をする以上、前線は高速で進み続ける。破壊された鉄道を修復し、ないところには鉄道を敷くような暇などない。これは短期決戦なのだから。
「となれば、簡易的な道路を建設するだけで前線への物資補給が可能になる自動車を投入するほかございません」
「……ええ、否定はできませんわね。史実よろしく人馬輸送に頼るわけにもいかなくってよ」
掛澗は首肯する。
「物を積んでしまえば馬では時速5kmも行けばいいほうでして。その積載量も多くなく、休息も世話も必要ですわ。さらには喰らうし排泄もするため、衛生状態も保たねばならなくってよ。馬の多用は兵站に大きく負担をかけますわ」
「更にそもそもこの国にはそこまで馬が居ないし、その管理能力もない。だから史実では日露戦争において陸軍は物資不足に苦しめられたのでしたっけ」
対して、と玲那は手元の諸元表を読み上げる。
「自動車――三十五年式輸送車は、2tの積載状態で、整備道路では時速20kmを叩き出す。現地に整備部隊と燃料補給所は必要なものの、馬を使うよりは遥かにマシかつ、馬餌も不要」
「本当に素敵ですわ。素晴らしいこと!」
掛澗も大喜びだ。
次々とベルトコンベアーで流れていく輸送車を見ながら玲那も感嘆する。ついにフォードが試作品ではなくなった。これが制式の正規品か。フォードの本領発揮と言ったところだ。
なお陸軍工廠と謳ってはいるものの、工場内には肝心の装甲車の姿が見当たらない。
「ほぼ輸送車ですわね」
「前線で走り回る装甲車や自走砲、兵員輸送車は合わせても精々500台の納入が関の山です。対して輸送車の納入量は……1万台です」
鉄道の貧弱な満州で短期決戦をやるには、刹那的な大火力を出すには、それほどの下準備が必要だということだ。
「ええ存じ上げておりますわ。ただでさえ軍拡で財政は火の車というのに、上川離宮への投資も圧し掛かって、1万台……ええ、1万台分の自動車の原材料、人件費、調整と根回し……」
目を翳らせてブツブツ言いだす掛澗。まずい。このままでは闇墜ちしてしまう。緊縮財政とか言い出しかねない。危険信号を直感した玲那は話題を変えることにした。
「さてここで問題です、これだけの自動車の燃料、どう賄ってございましょう」
しかし。それが残念なことに、お嬢様を更に不機嫌にする。
「ああ…そこでして?今から行きますのよ……。」
・・・・・・
・・・・
・・
車窓から見える日本海……とは言っても、線路の上を走っているわけではない。
「乗り心地は少なくとも馬車よりかはマシ……って当然ですわね」
彼女は自問自答しながら窓の外を見る。
「ええ、フォードも佳いものを作られます。けれどまさか制式第一号を運転するのが玲那に非ざるとは……」
不服の声が漏れてしまう。にもかかわらず、黒服の運転手は後部座席の玲那たちを振り返ることはない。ただ淡々とハンドルを握っている。
「大蔵省特権ですわ。内務省より早くお抱え運転手を拵えられたことくらいはお褒めになってもよろしくてよ?」
「存じませんよ内務省との確執など……」
玲那が装甲部隊を最初に提唱したのだから、制式一号車のハンドルくらい切りたかっただけだ。
開けっ放しの窓へ、ぷいと顔を背けて捨てた不機嫌な吐息は、刹那、とんでもない勢いの黒煙に掻っ攫われる。
「!?」
「わっ」
ゴウゴウと灰塵が車内に舞い込む。せき込みながら目を開ければ、黒い鉄塊が玲那たちの真横を猛然と擦れ違っていた。
「汽車にございますか……驚かせますね」
「ちょっと姫宮! どうして窓を開けたままになさいますの、お閉めになってと何度も申し上げましてよ!?」
黒塵をひっ被った掛澗に猛抗議される。こればかりは玲那の落ち度だ。
「ごめんくださいませって、……なるほど、あれが忠別行きの汽車ですのね」
馳せ去っていく汽車の後ろ姿を、しみじみと眺めてみる。永山自動車工廠の開設と同時に、ついに上川原野へ鉄道が到達した。あれだけ渋っていたのに軍需工場が出来るとなったとたんに建設を始めるものだから鉄道省も現金な連中である。
「ええ。行きはこの新設鉄道の視察も兼ねておりましたわ。永山駅と自動車工廠の視察で手いっぱいになってしまって、あいにく離宮にも忠別村にも寄ることはできませんでしたけれど……」
「よろしくてよ、また次の機会で」
緑の革命を見せつけて追加の融資を引き出したい気持ちは山々だが、これ以上お金をせびると松方ともども発狂してしまう可能性を考えて控えることにした。
陸軍工廠だけでも金がかかりすぎているし、それに中央からの資金投下だけで忠別村を持たせるのも良くない。硝安を筆頭に、自立して稼ぐ産業が必要だ。
そう考えると、自動車工廠は良質の雇用を上川原野一帯にもたらすだろうか。雇用環境まわりについて考えていると、ひとつ気がかりがあった。
「しかし……従業員のことは気になります。あのごとし機械的な労働、嫌になったりしないものなのでしょうか?」
フォード流の流れ作業による生産技術革新は、工員にとっては同じ動作だけの単調な労働を長時間強いられる極めて過酷なものであるのは、傍観者の玲那でも容易に想像がついた。
「姫宮のおっしゃる通りですわ。人員異動や退職は多く、未熟練工員の雇用や訓練コスト高に結びつく可能性がありましてよ。……けれども、そちらは史実のフォードが答えをくださいますわ」
どうなさったと思われて? と掛澗に問いかけられる。
「え。むうぅ……労働者を沢山雇って交代制にして負担を軽くする、とか?」
あれは莫大に儲かる。労働者を沢山雇えない理由がない。
「懐が豊かでいらっしゃる、という見方は正解ですわ。けれどもっと単純な方法で応えましてよ。………熟練工の日給を倍増させましたの」
彼女は語る。
「フォードは熟練工の日給を、全米平均日給の2倍である5ドル、つまり10圓へと引き上げてよ。勤務シフトを1日9時間から1日8時間・週5日労働へと短縮もしましたの」
「すると?」
「結果応募者が退職者を上回り続けることになったのですわ。日給5ドルは年収なら1,000ドル以上になりましてよ。T型フォード1台を購入してもなお労働者の一家がつましい生活を送りうる水準ですの」
なるほど、そうやって労働者に買わせるわけだ。いい商売だ。
「この国でも彼は、やはり日給をあげていくようですわ。……さて、現在の日雇労働者の日給は平均63銭でしてよ。この陸軍車輛工廠では、日給をいくらに設定したでしょう?」
玲那は瞬考で答えを漏らす。
「え……、日給8圓」
しゅん……と掛澗は眉を寄せる。
「高く仰らないでくださいまし。姫宮が安く仰れば、その後のわたくしの答えで大衆が『オォーッスゲェー!』ってなって大反響、ついでにわたくしも人気者になるところでしたのに……」
「いや、玲那しか聞いてませんから」
つくづく変なやつだと思った。
「……ちっ、日給2圓30銭ですわ。皇國の平均日給の約4倍でしてよ」
「それでも、御大層ですね……」
まあ逆に考えれば、史実この時代に日給10圓でも平均の2倍でしかない合衆国スゲー、とも考えられる。皇國の人件費安すぎ。合衆国の8分の1って……。
「流石に史実同様の賃金へ一気に上げるとなれば、皇國日給平均の約16倍となってしまい皇國経済に混乱を与えてしまいますわ。……加えて、ほら、人件費が安ければ、製品も安く…、すると、買う側はわたくしたちですもの……」
掛澗はニヤニヤしながら左手の手のひらを上に向け、人差指と親指を擦り合わせ始める。買う側でありながら値段設定できる立場を利用して、できるだけ値引くってか。悪徳商法極まりない。通報せねば。
「だれかぁー! ここにタチの悪い令嬢がいて、労働者を搾取しています!」
「いや、わたくしと姫宮以外誰もいらっしゃらなくってよ……」
つくづく変なやつだと思われた。
「けれどしかし、安きは善き、ですわ。人件費の安さに乗じて自動車の加工貿易の目処も立ってきますもの。戦後は紡績から鋼鉄を経ずとも、自動車産業の加工貿易へ飛び級というところまで見据えられましてよ」
掛澗は言葉を継ぐ――史実、フォード最盛期の1925年にはT型フォード1台の値段は、新車なのにもかかわらず、290ドルという法外なまでの廉価になった。これは2005年物価換算で、3,300ドル=33万円相当になる。
さて、合衆国の8分の1の人件費で済む皇國が、この自動車を史実のように量産、世界に売りつければどうなるだろうか。
高い輸送費を差っ引いても、革命沙汰だ。
「戦争に負けなければ、それはもう儲かりますわ。中国分割から一年、紡績の加工貿易で勢いづいた現在の成長水準を維持しながら駆け抜けることができれば、第一次大戦の、14%台の高度成長が望める大戦景気に突入できるかもしれなくってよ……!」
彼女はそう言うと、血走らせた目を流れ行く車窓の外へ向けて、荒い鼻息を収め、ゆっくりと一息。それから、落ち着き払った声で呟く。
「それが実現するのでしたら、第一次大戦が終わる頃には……皇國の経済規模は独・仏・伊を完全に抜き去って、果てはあの大英帝国さえも追い越し―――名実ともに世界第二位の経済大国となりますわ」
その雰囲気に、半ば困惑しながら尋ねる。
「それはどういう」
「想定通りにいくなら、1920年すなわち大正9年の予想国力は――昭和39年。つまり1964年。史実、東京五輪の年のこの国に匹敵することになりますの」
遥か日本海を眺めながら彼女は続ける。
「――1920年において、皇國は合衆国の半分の国力を持つに至りますわ」
おもむろに手が震える。
戦慄いたのだ。
「史実、昭和16年の開戦時、この国の国力は4倍しても合衆国に敵いませんでしたよね……。それが、大正9年時点で、すでに対米5割――流石にそれは……」
玲那は自分で述べた内容に、言い終わってから絶句する。
「ですけれど、これは最大限に楽観したときの数字にすぎなくってよ。大戦後は戦後恐慌、大正12年関東大震災、昭和不況、世界恐慌など、述べ立ててもきりがない鬱イベントが盛り沢山ですわ」
この通りうまくいったとしても、この後は成長は低迷するだろう。と掛澗は笑う。対して合衆国は『黄金の20年代』だ。確かに皇國は大戦後合衆国に大きく引き離される可能性は、十分にある。
「けれど」
でも、そんな笑いも収め、彼女はこちらに向き直って告げる。
「――可能性が一塵でも見えてきたという事実は、揺るぎませんわ」
頭のなかで掛澗の言葉が反響する。
枢密院の最終目標にして、上川宮廷の目標でもある――『世界大戦の回避ないし勝利』。国力的な意味で、今まではその形がはっきり見えたことはなかったが、着実にそこへ向かって歩みを進めていた。そして今。全貌が、鮮明に現れたのだ。
「終着は――……遠からず?」
思わずそう言葉が漏れた。同時にどこか、非現実的にも感じた。
「いや、もうすぐ終着ですよ?」
茶路お嬢様は、玲那の言葉をそのままの意味で捉える。
運転手がブレーキペダルを踏み込んで車が止まる。掛澗は扉を開け放った。
「つきましたわ」
その言葉に触発されて、玲那は我に返り、外に出て空気を吸う。さすが北海道、おいしい空気だ、と言おうとして思わず吐き出した。
「ウォェッ! 空気が、不味い!!」
一瞬、玲那の反応にポカンとした掛澗だったが、すぐに口を抑えて肩をひくつかせる。
「ぷっ…くす……、国立公園かジオパークにでも連れてこられたと思いまして?こりゃあ傑作ですこと……!!……く…す、ぷっぷぷぷ」
空気が濁っている。というか汚染されている。大気汚染の具現化だ、光化学スモッグだ。何が美味い空気だ、化学微粒子山盛りじゃないですか。激しく咳き込み、涙目になりながら玲那はあたりの景色を見回す。
どうやらここは高台のようで、眼下にタンクのようなものがいくつもある。それも、排出炎があったり、巨大な採掘機があったりと、まるでかつて教科書で見たアラブの石油採掘の様子のようで。
「え…? 石油採掘…??」
ここは皇國だ、石油など出るはずがない。
「いい勘をお持ちのようでして、正解です。ここは石狩管内・花畔村、道内最大の油田――石狩油田ですわ」
「は……??国内に、油田ですか…?」
彼女はその言葉を聞いて、不敵に笑う。
「皇國に石油がないと、誰が仰いまして?」
「え、でも無資源国家でしたゆえに、あの大戦に負けたのではなくって?」
「まあお待ちくださいまし。『資源の博物館』という言葉をご存知でして?」
「……」
確か中学校で教わったような教わらなかったような。
「そう、石炭、鉄鉱、ウランから翡翠、果ては天然ダイヤモンドまで。この列島からは何でもかんでも出てきますの。ただし反面、量は本当に少なくってよ。だから、『博物館』ですわ」
ですけれど、と彼女は続ける。
「それは戦後の話ですの。なぜ無資源列島と化したか。それは、明治期に採掘しすぎたのですわ、資源を。もともとこんな狭い列島です。産業革命で掘りまくった結果、すぐ枯渇して当然でしてよ。――元来、この列島は無資源ではありませんの」
「それで……油田が存在するわけですか」
「とはいえ採れる量は多くはなくってよ。最盛期で年産12万キロリットル、ごくわずかですわ。それでも、石油を費す産業がほぼ存在しないこの時代――前線での需要を満たせる量はございますの」
彼女は歩き出す。
「足りない分はどのみち英国からの輸入に頼ることになりますもの、この採掘は採掘技術力と経験獲得のための試掘、とも言えましてよ」
石油を自力で採掘し、精製して、供給することで、かなりの経験を得られるし、採掘の技術力は伸びると彼女は言う。どのみち世界大戦前には皇國は大陸か樺太か、どこかしらの油田を使って石油を自力で供給できる体制を整えなければならないのだ。そのための試掘油田であると、彼女は語る。
「今のうちから、この分野に力を注いでおかないと、時間がなくってよ」
皇國に巨大な油田などあるはずもなく、ないものの技術力は、どうしても伸びない。反面、油田のある合衆国やソ連、大英はそれを伸ばしてくる。ここで対応しておかないと不味いのだそう。
「突然ですけれど質問ですわ。この油田は枢密院や北鎮主導ではありませんの。民間でして。さて、その企業の名をご存知でしょうか?」
唐突過ぎてどう切り返せばいいのかわからず呆然としていると、勝手に掛澗が喋りだしてくれた。
「明治期から、石油の有望性に気づき、『将来必ず油の時代になる』とまで断言。試掘を始め、大戦時にはその石油系技術力でこの国を支え、戦後には石油貯蔵タンクの底に、社員総出で潜って石油を掻き出して」
記憶を探る、暫くして、一つ思い当たった。
「果ては、戦後数年にもかかわらず、大英帝国を敵に回して、あの『日章丸事件』を引き起こすまでに至った張本人」
そしてその脳裏に浮かんだ答えは、確信となる。
「戦後の石油超大手となる日本企業、その創始者であり、すべてを支えた、勇猛なる男の二つ名を――」
「「『海賊とよばれた男』」」
気付けば掛澗と声を重ねていた。
自然と、滑らかに口が動く。
「―――出光佐三。彼はもう、『出光興産』を立ち上げていたのでしたっけ」




