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悪役皇女は銃を取る -帝國黙示録-  作者: 占冠 愁
第九章 稲穂は流氷に揺れる
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第44話 緑の革命 後篇

 5月中旬。すっかり根雪の溶け切り、夏が訪れようとしていた忠別村では毎年恒例の大きな行事が行われようとしていた。田植踊である。

 年の稲作の始めと認識されている田植えは、この時代、その豊穣を願い田楽や田植祭などを行う地域が多い。


 今年は北海道全域で選挙法が施行され、北海道の満25歳以上で大蔵省に3円以上課金した男が選挙権を獲得したが、全人口の5%しかいないブルジョワ有権者野郎がこんな開拓地にいるはずもなく。

 何か変わるわけでもなく、今年も田楽が始まろうとしていた。


「例年と違うのは……玲那みたいなのが参加してることでしょうか」


 田植機を組み込んだ自動車(フォード)を操縦しながら呟く。


 色鮮やかに彩られた豊穣祈願専用の衣装を身につけ笠を被った早乙女たちが、軍隊の行進を想起させるような、一列に並んで寸分違わない動きで、タコアシで苗を植えていく。

 だが、その田植祭にはおおよそ似合わない自動車が登場したのを境に、彼女らの動きは鈍って乱れていく。


「な…、ぁ?」

「なんだありゃ…何で動いてるんだ!?」

「中に牛でも飼ってるんじゃないか??」


 いつの間にか遠巻きに既に多くの人々が集まり、こちらを凝視していた。


「あれは内燃機関よ。汽車を小型化させたようなものかしら」


 玲那を田植祭に呼んだ張本人の少女が、村の人々へ説明する。


 足まで水に浸けて、苗を籠から一斉に取り出し植え付ける傍らで、発動機を響かせて、後ろに苗をこれでもかと詰め込んだ育苗箱を満載した何かを牽引して、怪しい金属塊が現れたのだ。そりゃ気を取られる。

 育苗箱を後ろに積みつつ、水田の中へ。


「まて!田んぼは水が張ってある!」

「汽車って川の中走らないよな……!?」

「なに!危ないじゃないか!」

「ちょっと研究者さん!そこ水場だよ!」

「そのままだとはいっちまうぞ!」


 村の人々が心配の声をここまで届くよう伝えてくれた。だが、案ずるなかれ。


「防水性能なのですよ、これ!」


 大声で返す。


「……なんて?」

「まさか、まさか、水を防げるってことか?」

「嘘だ、汽車は海中を行けんだろう……!?」


 玲那は口を結ぶ。実を言うと、防水装備は完璧とは言い難い。この時代の技術力じゃ、回転機関を水に浸したら相当な負荷がかかる。機関への跳水阻止機構、錆止め加工や排水装置などできるだけ対策はしたが、それでもわからない。


「田んぼの水深は5cm、機械が浸かる部分はごく僅か……さぁ正念場です、防水機構さん頼みましたよ……!」


 祈りながら水中へ侵入する。

 ガタンッ!

 と大きく揺れた。


「ごめんなさいっ、水撥ねました!?」

「いいや大丈夫じゃ、かかっとらん!それより機械は!?」


 後ろから掛かってきた村人の声に、胸をなでおろす。


 田植機は止まらない。

 車輪は回転し続け、水を小さく後ろへ飛ばす。

 その異様な光景に、にわかに人々が騒ぎ出した。


「驚くのはまだ早うございます」


 スイッチを入れる。

 カタッ、コンカタッ、コンカタッ、コンと植付爪が駆動しだす。調整を幾度も繰り返した歯車駆動の4条機動植付装置は、異常なく車が進むに従って作動する。


 見事な田楽を披露していた早乙女たちの動きは完全に止まっていた。誰もが目を丸くしてこちらを凝視している。田植祭の見世物くらいにはなれただろうか。


「硝安の減り具合は……順調ですね。ちゃんと土中に注入できてる」


 平成のように、植付アーム側溝から苗の隣にピンポイントで化学肥料を突っ込むという高等な芸当は無理だった。精々、ストロー状の注入器を車底から土中に突っ込み、植付爪の駆動に反応して硝安をそこへ落下させるくらいで。


「時速3km程度ですか、人が歩くよりは遅いのですね」


 まぁこれ以上速いと植付爪が破損してしまうから仕方ない。

 もっとも、ここまで低速であるからこそ、最初の農業機械として開発できたというのもあるが。


 のんびりと背を伸ばす、と行きたいところだが残念ながら操縦席がバカ狭いのでできない。大型自動車の技術なんてどこにもないのだ。

 ゆるゆると端まで行って折り返し。4条ずつ、農務省の新種を植えていく。

 おもむろに進路上に影が立ち塞がった。ブレーキをかけて車を停車させる。


「どうして…、こんなしっかりと植えられてるんですか……?」


 彼女ら――早乙女たちが、気づけば自動車を囲んでいた。


「私達がやるのと、たしかに速度はあまり変わらないですけれど……、疲れることがない。能率が違いすぎるわ…!?」

「そうです……、保温折衷苗代でしたっけ、あれで相当、3週間近く早植えが出来るようになっただけじゃなく、それを機械でこんな簡単に!」


 玲那は小さく息を吸う。


「上川離宮にて生まれた新兵器です。数週間も脛まで水に浸して腰を痛めて作業する必要性がなくなる、皇國初の――()()()()です。」


「農業…、」「機械…!!」


 ふと、村人たちの間からしゃがれた声がした。


「お裲……お裲! これはなにごとじゃ……?」

「あっ、じい様」


 向かいのあぜに立つ咲来が振り返れば、そこには老人が立っていた。なるほど、彼が咲来を拾ったという老人か。


「あたしの知己よ。こういう機械を作る仕事でこっちに来たみたいなの。だから、連れて来ちゃった」


 そう紹介されたものだから、玲那はいったん機械を止めて会釈をする。

 けれど老人はこちらには目もくれず、ゆっくりとかがんで、玲那の轍に規則正しく並んだ苗に手を伸ばした。


「ちゃんと植わっておる、人力と遜色ない」

「それに、こんな寒いなか泥水に入らなくていいのよ」

「なんと……誰も凍えないし、倒れないじゃろう」


 にわかには信じられん、と老人は呟く。


「このような高等技術が。しかし……ワシらに扱えるとは思えん」

「なるほど?」


 玲那は咲来のほうに目をやる。妙案を思いついた。


「咲来。操縦してみます?」

「え……?」

「教えますから。お乗りください」


 農業機械の最大の長所は、これまでの地獄の人海戦術を一掃すること。つまり、必要労力が大幅に減少するのだ。だから――女性にも操作できる。

 ゆえに、近世までの女性差別の実態を変えることができるのだ。第一次大戦で示されたとおり、女が男と同等に働けることを証明することが最大の近道で。玲那だけでは足りない、それこそ農業に疎いはずの咲来でさえ扱えることを見せるのだ。


「これってなに?」

「速度計です。とは申しましても時速3kmより速くはなりませんし、必要はございませんかもね」

「どう動かすの?」

「そこをお踏みください」

「っ! と、とめかた教えて!」

「ブレーキ、左側のペダルです」

「と……とまった」


 そうして、一通りの操作を教えていく。

 驚嘆の声もひとしおに、人々は袴を捲し上げて水田に入り、田植機を取り巻いた。


「汽車……のようなものと言っとったな。ならなぜ白煙が出ないのじゃ」


 老人が、興味津々といったふうに車輛を覗き込みながら、玲那に問う。


「動く仕組みは、実を申しますと汽車と違うのです。構造的に丈夫で耐久性がよく、低速域でも大馬力を得れるディーゼルというものを用いておりまして」


 そう言って、持ってきた軽油を懐から出す。

 掛澗の送ってくれたフォードの試作車さまさまだな。


「これが、この牽引自動車と言われる機械を動かしている燃料にございます。いかがです、汽車の石炭とは違いましょう?」


「なんだ、これ……」

「ちょっと見せてくれ!」

「なんか黄色がかってるけど」

「これ、うまいのか??」


 飲もうとした人が出たので慌てて制する。


「お待ちください、飲めません! 軽油……石油と申します、液体の燃料です」

「石油……聞いたことがある。燃ゆる水のことか?」

「ええ、ええ。将来的に、石炭に代わる新エネルギーにございますよ」

「こんな、これっぽっちの水が……こんな怪物を動かしてるのか」


 車輌の推進方法の謎が解けたところで、彼ら彼女らの興味は、植付爪に代表される田植え機構部分へと移る。


「どうなってんだこりゃ?」

「深くまで植え付けてやがる……!」

「この白い粉、なんだ? 食えるのか?」


 硝安は危ない。慌てて制止する。


「ちょっと! お召しになさらないで!」


 どうしてなんでもかんでも口に突っ込もうとするのですか。


「それは新型肥料ですよ」

「肥料って……、堆肥!? わ、汚えっ!」

「あ、汚くはございません。肥料は肥料でも化学肥料ですから」

「化学肥料? 牛糞とは違うのか?」

「合成肥料です。水と空気と石炭と硝酸さえあれば出来るのです」

「なんだそりゃ……屎尿じゃない、のか?」

「はい。見た通りの白粉で、自然物ではなく化合物にございますよ。ですけれど、効果は堆肥の数十倍になりますね」

「なんじゃそりゃ……!?」


「既存の人力農法をひっくりかえしてこそ、農業革命にございます」


 玲那は口角を上げる。

 今年の田植えこそ人力だが、この試製田植機を今年中にはフォードを呼び寄せるかなんかして量産、来年からは苗代から育苗箱へ全面転換することで機械化を確立する。

 機械化大農法の到来だ。


「『農業機械』は――、非効率な土地利用と小作農の抑圧で悪名高い地主制度を、跡形もなく分解してしまいます」


 農業機械は一人あたりの耕作面積限界を従来とは比較にならない規模にし、化学肥料は収穫高を飛躍させる。地主は自身の豊富な資金力で農業機械を購入できる。

 従来小作農で人海戦術をする他なかった広大な農地は、地主一家だけで耕作することが可能になったのだ。


 小作農は解放され、大部分は職を求めて都市に流入し、農業続投を望めば拓務省の支援を受けて移住の末、大農法を自身で始められる。なにせ開拓先はいくらでもある。北海道もそうだが――最有望は、台湾や長江三角州における米プランテーションだろうか。


 農村から都市や新規開拓地に労働力は大規模に流出し、かつ農地では作物収量が跳ね上がる。人口が国外に流出することなく爆発し、農村から流出した大量の労働力は、都市を中核とする軽工業や重工業といった産業に分配される。


 大農法と機械化、及び化学肥料の導入は、皇國の伝統的な農業体制を根幹から崩すことになる。GHQが強制した農地解放は、今や自然に平穏のうちに発生する運命となり、第一次産業が就業者数の首座から退くのは史実は戦後になってからであったけれど、まもなくになるだろう。


 もはや皇國は辺境の新興国にはとどまれない。

 これからの10年は、止まらない経済成長は更に加速し、人口爆発と都市集中による第二次産業革命が起きる。

 1920年、ヴェルサイユ条約が結ばれるとしたら、皇國の席は列強の末席ではなく、かの大英帝国の隣――若しくは、合衆国と並ぶかもしれない。






「これを見せられては、後に退けぬな。」


 老人の声が、玲那を我に返した。


「こんなことを言うのは……我ながら、突然で非常識だとはと思う。けれどもワシは、村へ全面的な責任がある」

(村への、全面的な責任?)


「……長老様」


 早乙女のひとりがおもむろに呟いた。

 老人が玲那のほうへ進み出るのと同時に、村の人々は少し深めに頭を垂れる。


(まさか)


 玲那はひとつの可能性に思いあたって、目を丸くする。もしかして、咲来を拾った老夫婦と言うのは――ようやく玲那は気づかされる。


「頼む! その農業革命とやら、わが村でやっては貰えぬか!?」


 その渇いた瞳に覚悟を灯して。玲那へと『長老様』は手を合わせた。


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