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悪役皇女は銃を取る -帝國黙示録-  作者: 占冠 愁
第八章 続く車轍は満州へ
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閑話 豊島沖海戦 前篇

 閑話につき飛ばしても大丈夫です。

 東郷平八郎の物語です。




 釜山防衛戦と時を同じく、明治29年(1896年)7月25日。


 第一遊撃隊、戦艦富士、防巡吉野、防巡秋津洲、防巡浪速は先発隊として漢城(ソウル)南方の牙山湾に向かった。豊島沖にて戦艦八島、通報艦八重山と合流する予定だったが2隻は現れず、代わりに牙山港から航進して来た清軍北洋水師の戦艦1、防巡3隻と遭遇した。


「遂に始まるのか…、皇國海軍史上初の、本格的海戦が」


 眼前に一列で続く清朝海軍北洋水師を前に、巡洋艦”浪速”艦長の東郷平八郎は言った。

 東郷は艦隊の中では唯一史実を知る人間。故に、艦隊司令長官・伊東祐亨中将に助言をしてあった。この状況を最大限活かし、皇國に最大の勝利を与える方法を。


(にしてもやけに数が多いな。確か史実では済遠と広乙しかいなかったはず)


 ついでに戦艦1隻と防巡1隻が加わっているところを見るに、おそらく護衛対象が多いのだろうと東郷は考えた。

 もはや皇國は釜山のほかに橋頭保がない。勢いのまま対馬海峡に追い落とすために清軍が一気に南西部の牙山に増派してもおかしくはない。


(試作品だが、ひとつ無線機を使ってみるか)


 無線電信機は東郷用に、秘密裏に浪速に搭載されている。50kmほどの距離を理論上通信可能にしたものだが、調子の悪いときはわずか10kmの距離でも聞こえづらく、正直信用できる代物ではない。


 東郷はモールス信号を打ち、周辺を哨戒中のはずの、”ある部隊”に救援を要請した。


「これで私の仕事は終わり。あとは司令の御武運を祈るしかあるまい」


 枢密院は伊東司令に、戦略をあらかじめ伝えてある。それは史実・豊島沖海戦という戦史の上で組んだ方程式だ。きっと勝てる――先月までの東郷ならそう信じられただろう。


「発砲炎確認!」

「左回頭」


 弾着位置を予想し、東郷は指示を出す。濃霧の中で視界は全くいいものとは言い難く、敵艦隊が霞み、どちらに進路を取っているかは全くわからない状況だ。

 突如、手前に水柱が吹き上がる。


「弾着遠し!」


 見張員が報告する。


「よし、もう少し近づいてから砲撃。敵を引きつけるぞ」


 東郷は命じた。艦隊は進路を北北西にとり、着実に北洋水師に接近する。艦隊速力は平均20ノットであり、北洋水師の15ノットとは比べ物にならない。この間も北洋水師は攻撃をやめず、盛んに水柱が上がる。清朝は弾薬が豊富にあり、わざわざ精密な照準をして、節約する意味は無いのだろう。


「右舷夾叉!」


 ぐっと船体が右に持ち上がり、傾斜する。


「間もなく敵を完全に視界に捉えます!」


 一方貧しい皇國にとって、弾薬は心もとない。だから切迫して撃つ必要がある。


「これで精密な照準ができるな。主砲装填」


 26cm単装砲に弾薬が装填される。各艦も照準を開始し、砲身の先を北洋水師に向けている。


「準備よし、いつでもいけます!」


 戦艦「富士」を先頭に、防巡「浪速」以下「吉野」、「秋津洲」が続く単縦陣で、第一遊撃隊は北洋水師に突撃をかける。これ以上時間を置けば、集中砲火に晒され被害を被る可能性がある。もたついてはいられない。


「撃ち方、始めッ!」

「っ、てぇ――っ!!」


 第一砲塔から、遅れること第二砲塔からも爆炎。交互独立射撃によって、散りばめられる主砲弾は放物線を描いて北洋水師へ一直線。彼方に水柱。


「着弾、遠!」


 夾叉はまだない、気は抜けない。


「敵艦反転、進路を西へ!」

「逃げ出したか!?」


 史実でも北洋水師の防巡済遠は豊島沖海戦で逃走を図っている。


「島影に隠れるか」


 朝鮮西岸はリアス海岸である。島は多く、北洋水師はそこに身を隠す算段らしい。


(だが幸運なことに我が艦隊はまだ連中とは距離がある……。伊東中将、秋山真之参謀と枢密院のテコ入れで大物が続く遊撃艦隊司令部が、どう動くかだな。)


「追撃中止、島の反対側に回り込んで敵艦隊を叩く、とのことです!」

「そう来たか」


 第一遊撃隊も針路を西にとり、島影から出てきた敵艦隊を正面から叩きに行った。先述の通り艦隊速力はこちらのほうが断然上。追撃は容易だし、振り切られる心配はない。挙句北洋水師は練度が低いので実際の速度は10ノットそこらだろう。


「しばし休息、といったところか」


 東郷は声を漏らす。


(しかし、この豊島沖海戦、史実よりも圧倒的にスケールが大きい。このままだと黄海海戦はなくなるぞ)


 どうして清軍がここまで大規模な艦隊を出してきたのだろうと思考する。史実では皇國との艦隊決戦を避け続け、のらりくらりと戦争を長期化させ、列強の仲裁による停戦を望んでいた張本人だ。


(……まぁ、ロシアが皇國と休戦したからか)


 ロシアと一緒に皇國を叩くため奇襲をしたものの、()()()()()()()ロシアが梯子を外した。先手を打ってしまった以上、もはや退くに引けない。孤立無援となってしまった清朝は短期決戦で半島から皇國を追い落とすのに賭けるほかないのだろう。


(清朝は焦ってる、か)


 そこにつけこみ、致命傷に広げる簡単な仕事だ。


(この戦争……勝てるな)


 戦果を焦った相手など、赤子の手をひねるより楽だ。東郷が確信した瞬間――島影から敵艦隊が顔を出した。第一遊撃隊は北洋水師に追いついた、が。


(……っ!)


 先程の余裕はどこへやら、東郷の顔はみるみるこわばる。


 敵艦隊はこちらに側面を見せて、島の裏側から現れた。対する第一遊撃隊は先ほど島の角を曲がったばかりで、”浪速”を先頭に敵の側面に垂直に、一列単縦陣。

 今の第一遊撃隊の位置関係は、9年後の5月27日の、バルチック艦隊に同じ。


「偶然か、必然か。見事に嵌められたわけだ……」


 要するに――。


「最高だよ、清国海軍(おまえら)。」


 ――丁字戦、不利。

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