第37話 塹壕の先へ
「機関部の構造簡素化ですが、これは非常に画期的なものでして」
玲那はそう言って、説明を続ける。
「ドイツ帝国の主力歩兵銃――技術力世界一の軍事強国が誇るGew98と比べて、さらに3個も部品数の少ない、計5個の部品で構成されています」
机上に出した試製小銃の設計図を見つめた。
三八式小銃か、と閑院宮は呟く。
三八式実包を用いる6.5mm小銃。史実では日露戦争の只中に採用されたボルトアクション銃である。世界大戦で近代化に乗り遅れたこの国の悪名高い歩兵銃という印象が大きいけれど、当然ながらそれは1940年代に1905年の銃を使う愚挙にあるわけで。
採用当時としては、最先端の小銃だったわけである。
「皇國の技術水準に合わせて、ごく単純な構造に……というわけでして?」
「ええ。この国の職人技をできるだけ活かせる形に」
戦争賠償金うち、技術資金は2000万圓ほど。ここから研究費やら留学費やらを差っ引くと、最先端の工作機械をまとめて輸入できるほどの金は残らない。ではどうするか――そこでドイツ帝国から取り寄せたのは最先端の測尺機械だ。
「ミリ単位で科学的な計測が可能になりました。これで、職人技に頼りつつも統一規格の部品を作ることができるのです」
「部品の互換性か……。史実では敗戦に至るまで不完全だったものを、この時代に?」
閑院宮の問いに、玲那は頷いて答える。
「この国では、工作機械は技術不全。されど職人技は一級品。ならば工作機械の代わりを職人で代用しつつ、測尺器具だけは最先端のモノを揃えて部品の互換性だけは死守する。そのような工夫にございます」
「なぁ。さっきからゴカンセイ、ゴカンセイって。そんなに大事なことなのか?」
秋山が訝しげな声色で手を挙げると、閑院宮は天井を仰ぐ。
「あぁ。すべての近代陸軍が目指すべき……境地だな」
「境地?」
「戦場で、部品を交換するだけで、その場で小銃を修理できる。この即応力のどれほどありがたいことか」
目を瞑って呟く彼に、玲那は深く頷く。部品の大きさがまちまちの現状では、いわば各々がオーダーメイドの状態。銃が故障したらその場で修理はできない。銃ごと捨てるしかない。
けれど、部品を同一規格で生産することができれば――その常識がひっくり返るのだ。継戦能力が跳ねあがる。
「そして、武器としての性能も遜色ございません」
玲那は言葉を継ぐ。
「装弾数は5発まで、作動はボルトアクション方式。全長1.2メートルなのに重量はたったの3.7kgで、有効射程は480mにございます」
歩兵は、弾薬5発を1セットにした挿弾子を24個装備した計120発を1基数として携行する。基本的に補給効率を考慮して三八式歩兵銃を装備する中隊には、同じ三八式実包を使用する機関銃が配備される。
「さて。その三八式実包を使用する新型機関銃についての説明に移りましょう」
ふと振り返って、玲那は閑院宮へ問いかける。
「マキシム機関銃の使いづらさ。親王殿下は覚えていらっしゃいますか?」
「ふむ……、水冷式であるがゆえに巨大なタンクを付けねばならず、こと北方戦役ではリヤカーに乗せてやっと移動できるという有り様だったな」
その鮮烈な登場によって過大評価しそうにもなるが、重すぎてロクに動かせないというのは前線にとってなかなかの負担である。玲那はこくりと頷いた。
「ええ。そもそも、野戦においては冷却水の確保が困難です。樺太は森林地帯なので幸いでしたが、乾燥した満州平原ではそうもいかないでしょう」
「ふ。よくできた分析だ」
野戦指揮官も板についてきたな、と冗談めかして笑う閑院宮。「冗談じゃありませんよ……」と玲那はうめく。
「して、玲那くん。それを踏まえて、次期機関銃はどうするのだ?」
「……はい。ご誘導通り、空冷化いたします」
玲那はぴらりと一枚の設計図を机上に広げた。『仮称・三年式機関銃』――わかりやすいコードだ。史実そのままである。
三年式機関銃。大正時代に開発されることとなる、対人機関銃としては傑作の機関銃だ。
「大正時代の兵器、でして? 技術的に再現できますの?」
「なに、問題はない」
掛澗の内心を察したように、閑院宮は首を振る。
「なんのための技研か。村田銃の村田技師やニューナンブの南部技師もおるのだぞ」
「……あぁ、そういえば技術研究院というのもできましたのね」
これもまた戦争賠償金の産物だ。設立資金に投じられたのは数百万圓――現代における理化学研究所みたいな立ち位置の研究機関であると聞かされている。
「この機関銃は、後方での整備を想定したことが画期的です。銃身交換を容易にした設計が功を奏しております。これが結果的に、敵前で迅速に交換できることに繋がるのですから」
元になった三年式機関銃は傑作であった。この機関銃が初陣を飾ったシベリア出兵では、寒冷地でも確実に作動するので兵士の間でかなり評判が良かったという。
閑院宮も腕を組んで、頷きつつ呟く。
「なにせ、かの南部技師も『マキシム機関銃は射手の技量で性能が左右したが、三年式機関銃は誰が撃っても性能は変わらない』と言ったのだからな」
ここに先述の工夫、職人技で量産性に劣るとはいえど、部品の互換性が保証されていることが生きてくる。測尺機械の輸入を優先して良かったと、皇女とお嬢様は二人ともども胸を撫でおろした。
「けれど不殺銃弾であることには変わりなくってよ?」
されどお嬢様のほうは、まだ6.5mm弾をディスろうとする。
しかし彼女の言い分もまた真実で、第一次大戦後に発展してくる戦車や航空機といった兵器に対しては全くの力不足。6.5mm弾という小口径弾薬を使用する本銃は、たしかに人間相手の戦闘では威力を発揮したが相手が装甲車ではまったく歯が立たず、戦場から姿を消すこととなるだろう。
命中率の向上など、小口径ならではの強みを加味しても、装甲を貫通できなければ意味がない。「そうですね」と頷いて、玲那は口を開く。
「敵方に装甲を施した陸上兵器が現れれば、6.5mm弾を用いるこの三八シリーズは……時代の流れに沈むことになりましょう」
第一次大戦前に採用され、傑作対人機関銃だったのにもかかわらず、たった5年程度で旧時代の骨董品と化してしまった三年式機関銃。
当初は優秀過ぎたがために後継の開発が遅れて、この国の歩兵火器の陳腐化の代名詞とされてしまった三八式歩兵銃。
ともに三八式実包という6.5mm弾を用いるこの銃火器は、けれども今は19世紀末。向こう十数年は装甲兵器など登場しない。それを知っているからこそ、あくまで今のロシア帝国相手にひと暴れするには――十二分だと言えよう。
「かかっ」
閑院宮は笑いを零した。
「しかし……なんたる皮肉。この三八シリーズをそういう気概で開発した我々自ら、
この銃を葬り去るのだから」
続くその言葉に、秋山以外の3人が目を瞑る。
それは事前に、うっすらと聞かされてはいた。
この三八シリーズは、次の戦争いっぺんこっきりで役目を終えること。
ロシアとの戦争が無事に終われば、直ちに7.7mm弾へと移行すること。
「装甲車が登場してしまえば、もう6.5mmは使えなくってよ。替えるほかございませんわ」
「とは言いながら、ずいぶん嬉しそうな声色だな」
秋山が思わずつっこむ。たしかに彼女は言葉とはちぐはぐに上機嫌だった。
そこへ閑院宮も声を重ねる。
「そもそも。装甲車が登場”してしまう”のではなく、”させてしまう”のだろう。他でもない我々こそ、時代を進める当事者だろうに」
「ふふふっ!」
掛澗は口元を隠す。それはもう、ほくほく顔でだ。
「まさに。なにせ、フォードですもの。戦後の大儲けも間違いなくってよ!」
T型フォード。誰もが聞いたことがあるであろう世界初の大衆車。世界市場を席巻し、広大な合衆国においてモータリゼーションを爆発させた革命者である。
「よく来てくれましたね、彼も……。このような東の端くれの、小さな島国に」
玲那も思わずそう漏らす。
「いいえむしろ、いらしてくれる機会は只今限りでしてよ。せっかく立ち上げた会社で、貴族向けの高級車を作りたかった社長と方針が合わず失望。あげくに研究成果は持ち去られて絶望。あやうく死亡!……といった頃合いなのですもの」
大蔵省お付きのお嬢様は、類を見ない上機嫌ぶりだ。
「彼の名を……ヘンリー・フォードですか」
乗用車に革命を起こした男。幼い頃自動車に触れ、大衆に普及したらどんなに人々の生活は楽になるだろうと考え、エジソンのもとで学び、大量生産方式を考案、世界初の大衆車を製造。モータリゼーションの嚆矢となって、庶民のために尽くした偉人――
と、よく好意的に説明される事が多いが、若い頃から悪い意味で頑固で、周りとの折衷というものを知らず、エジソンの下を立ってから自ら副社長となって自動車会社を立ち上げるも、あまりに盲目的に大衆車を信じるあまり、大量生産のノウハウがないから高級車から製造していかないと立ち行かない、とまぁ極めて常識的に考えた社長に我慢ならず勝手に会社を捨て去ったという、だいぶパワフルな人間だ。
さらに晩年には、T型フォードを超越する優秀な大衆車など存在するはずがないと信じ込み、自身の会社の後継者と生産レーンを縛り付け組織の足を引っ張るだけの老害と化してしまった、非常に気難しい男でもある。
「お師匠様が、上川宮廷の予算で釣り上げてきましたの」
ヘンリー・フォードにとって自らにアドバイスしてくれる存在など不要。自らを気遣う周囲の善意など害悪でしかない。そういう存在が追ってこれないような、遠く離れた異境で、自らの命ずる通り動く人員といくら使っても余りあるような支援金という玲那たち上川宮廷が示した条件は、世界に絶望していた彼にとって希望の光だった。
掛澗のお嬢様やその背に控える松方正義としても、彼が史実軽々と乗用車の大量生産を実現したのを知っているからこそ斯く如き破格の待遇をするのであって、間違っても万人にこういう機会は与えるわけじゃない。ヘンリー・フォードだけが特待であるという事実は彼の自尊心をくすぐらせ、史実より5年早く量産体制が整うに至ったのだった。
「兵器に、自動車……だと?」
やはり信じがたいといった風に、眉を寄せる秋山。
皇國にも嗜好品としてごく一部の上流階級に、馬車に替わって不格好な鉄輪の自動車が輸入されつつある。この海軍将校が鎮守府で目にするのはだいたいそういった、華族や上級将校のお遊びとしての荘厳な自動車だ。
だからこそ、軍需品として自動車が耐えうるのか疑問でならないのだろう。
「ああ、塹壕が突破できないからな」
彼の疑問に、閑院宮はそう答える。
「塹壕戦に比較的有効と言われる迫撃砲をいくら使っても、堅固な塹壕相手では敵兵を効率よくあの世へ送ることが出来ぬ」
「そんな塹壕戦を覆すものといえば?」
玲那が問うと、口を開こうとした閑院宮を遮って、掛澗の声が通る。
「戦車ですわ!」
ハイテンションお嬢様は、閑院宮のするはずだった説明をふんだくった。
「塹壕を突破するための必殺兵器――というわけでT型フォードを改造し、機関銃を搭載いたしますの!」
玲那はあきれつつ、机上の設計図を捲る。
そこに表れたのは『フォード装甲車』の文字だ。
「……あぁ。ロシア軍の6mm機関銃に耐えられるよう避弾経始も兼ね備えた傾斜装甲を張り付けたのも特徴だな」
閑院宮の言う傾斜装甲とは、この時代に結構なことだ。しかし装甲は積載量の問題から薄くせざるを得ず、それでもロシア軍の6mm弾は防がねばならない。そうなれば他に方法もなくて。技術を進めすぎるのはよくないけれど、史実では極東の局地戦程度にしか見られなかったのだ、傾斜装甲の概念には誰も気づかないことを願うしかない。
「大衆車量産の前座だ、存分に軍用車を増産してくれたまえとお師匠様はフォードのお尻をひっぱたかれているようですわ」
二百三高地に揃うフォードの装甲車か。玲那は肩を竦めてしまう。
「旅順要塞に装甲部隊で突っ込むというわけですか。愉快痛快にございますね」
「あぁ。秘匿呼称は『魁星』――世界最初の機甲軍団を、皇國は保有する」
閑院宮はニタりと笑ってそう言った。
「その名に恥じず、明治37年の満州において、世界大戦すらまだ迎えていないというのに……電撃戦を敢行する、と」
あぁ、そんなこと知っている。
その計画を閑院宮と立案したのは玲那だ。
ふざけ半分だった。徹頭徹尾、最初はお遊びだったとも。
上川宮廷でのキツい農作業の余暇に立てた、与太話。
妄想の域を出ないはずだった。
「”満州電撃進攻にあたる計画名『1904年7月バルバロッサ作戦』"――……ふふっ、大仰ですこと」
受け取った書類を手に、掛澗でさえ口元をわななかせる。
「玲那くんの言葉だったかな」
「ふふ、実現するとは夢にも思いませんでしたけれど」
お嬢さまの揶揄を横目に、同じ書類を人数分、机上へ撒く閑院宮。
秋山が無言でパラパラと、このふざけた作戦計画をめくり始めた。
こちらへ振り返って、閑院宮は笑う。
「でも、実際出来るのだろう?」
「ええ」
妄想は妄想。けれど、装甲部隊があるならばという無謀な仮定だったから妄想なのであって――清朝から莫大な戦争賠償金と、どこぞの大蔵大臣がフォードなんて拾ってきてしまったがゆえに話は変わってくる。変わってきてしまう。
玲那が一番覚えている。
前提条件その一点だけを除けば、現実的な戦争計画を練ったことを。
「時間さえあれば……綿密な作戦計画立案と後方における兵站の構築さえ整えば、地上最強と畏怖されるロシア陸軍のコサック騎兵を殲滅――……」
「三ヶ月経たずしてウラジオストクを制圧するとな?」
秋山が、はたりと計画書を閉じて答える。
この時間で読み上げたのか。この変な海軍将校は、頭脳だけは他の追随を許さないな。
「……そこへ至ってから、対露講和に至る戦略です」
1941年6月、ドイツ軍はバルバロッサ作戦を発動し、たった3ヶ月で1000kmを電撃的に前進し制圧、ソ連の首都モスクワに迫った。モスクワこそ陥とせなかったが、一連の戦闘は、史上類を見ない戦術的圧勝であり完封であった。
1904年6月は史実、陸軍第3軍が旅順攻撃を開始する月で、幾度も閉塞作戦や総攻撃をかけては挫け、半年もかけて6万という膨大な死傷者を出し漸く辛勝した。
これを同年同月、装甲旅団を以て電撃戦を、旅順から満州全土で展開、人馬で戦線を支えるロシア軍を、装甲と機関銃、圧倒砲火の下に撃破、殲滅する。
「かくして、3ヶ月以内に旅順から1014km電撃前進。ロシア極東沿海州の首都、ウラジオストクを陥とします」
「……できるのか、本当に?」
「しなければなりませんわ。日比谷を焼き打ちなどさせません。必ず賠償金をロシアからぶん捕りますのよ!」
秋山にかぶせて、掛澗は言った。
閑院宮も頷く。
「先の旅順租借とかいう挑発からするに、実際ロシアは皇國を全く敵とは考えていないだろうな」
「白人至上主義、帝国主義の時代ですわ。別におかしくはなくってよ?」
「かもな。有色人種の分際で、欧州列強の巨頭たるロシアに挑戦することすら、誰も考えすらしない話か」
閑院宮はそこでいったん区切って、口を噤む。
それから次の一言で、秋山の目を見開かせた。
「だからこそ、そこに隙が生まれる」
そのまま、彼は玲那の方に歩み寄る。
「さぁ――世界秩序への挑戦を始めようぞ。闕杖官くん」
この人に手を差しだされては、もはや拒めまい。
玲那はスカートの裾を、観念してつまみ上げた。
「謹んでお受けいたします。では、始めましょうか――」
それから玲那は、決然と顔を上げる。
「満州電撃戦を」




