第36話 小銃
鳴きしきる蝉の音とともに、涼やかな海風が蒸し暑い学修院の図書室を馳せてゆく。その恩恵には与れないような風通しの悪い一角に、その四人は集まっていた。
「……こうするのも、いつぶりだ?」
閑院宮が窓枠に寄りかかって煙草をふかす。
「ハワイへの介入を画策して以来ですわ」
「二年ぶり、か」
「俺は初めてだけどな」
二人が目を細める中、そう呟く男こそ秋山真之だ。
「ふーん……これが蔵相閣下ご自慢の『上川宮廷』か」
ぐるりとあたりを見回して彼は言う。松方が勝手に呼びだした名前だし、こうして借りてる場所は華族学修院だ。けれどこういうことを始めたのが忠別の離宮であることを考えれば、理には適った呼び方だ。
「ええ。宮廷へようこそ、秋山海軍大佐」
折からの大陸への好景気や、米西戦争介入を控えて忙しくなった松方が全面的に掛澗へバトンタッチし、その空席を埋める形で来たる海軍武官。
心意気一新、玲那は口を開く。二年ぶりに前へと進むために。
「本日、ここに皆様方を呼びつけましたのは他でもなく、次の戦争に向けてのお話にございます」
「はぁ」
「といってもマクロではなくミクロの話――最前線における兵器のお話です」
"開戦までの配備を目指すべき兵器について"
『上川式試製臼砲』
重量 4.7kg 口径 50mm 全長 610mm
使用弾 500g榴弾ほか手榴弾も可
有効射程 400m(手榴弾の場合120m)
『三十式重迫撃砲』
重量 31.17kg 口径 75mm 全長 1340mm
使用弾 1kg重擲弾
有効射程 686m
「……正式に採用するのだな、迫撃砲を」
資料の一枚目を捲った閑院宮はそう零す。
「ええ。北方戦役ではロシア軍相手に大活躍でしたから」
迫撃砲。玲那が上川宮廷にて初歩的なものを作って、そのまま樺太へ持ち込んだ新兵器のひとつである。
史実において、ロシアとの戦争では世界で初めて機関銃が投入され、血で血を洗う悲惨な塹壕戦が繰り広げられた。これまでの騎兵主体の華麗な戦場という戦争像が粉みじんに否定され、地獄の消耗戦――人類最大の狂気――が始まったのである。
観戦武官を派遣していた列強諸国はあまりの衝撃に「極東特有の事例」と見なして一切の対策から目を背けた結果、第一次大戦で百万単位の犠牲を積み上げる羽目になった。
そんな世界初の塹壕戦で、そして続く第一次大戦で、最大の死因となる敵の機関銃陣地を撃破するにあたって大活躍した兵器がある――古代の投石機カタパルトに端を発し、かつて攻城砲として用いられ、城郭の衰退と散兵戦術の登場で行き場を失った骨董品――「臼砲」が再び日の目を見ることになったのだ。
「臼砲、のちに『迫撃砲』と名を変え発達してゆく兵器」
史実でも、旅順の頃から現地軍が臼砲もどきを開発して実戦投入している。
これに倣う形で玲那も、打上花火の仕組みを用いて即製の臼砲をつくった。なにせもとが臼砲とかいう単純な構造の骨董品だったのが助かった――何個か作ってみたところで北方戦役が始まり、樺太へと持ち込んだ次第である。
「迫撃砲は密集隊形で突撃してくる敵に対し、鉄片を撒き散らすことで効果的に撃滅できるため、人海戦術ドクトリンを採用するロシア軍には絶大な効果を発揮します」
「実際、『上川式』は大活躍だったものな」
頷く閑院宮。真縫の戦いで、これを以て玲那たちは峠を死守し得たのだから。
「全長は610mmで重量は4.7kg。塹壕戦にはうってつけかと」
「重迫撃砲のほうは?」
「重量 31.17kg、口径は75mmで有効射程686mです」
松方が枢密院から持ってきた史実知識をもとにして、第一次大戦で連合国軍を大いに助けた迫撃砲、ストークス・モーターを目標にしたスペックだ。こちらは閑院宮じきじきに天下の東京砲兵工廠へ開発を依頼してもらったのもあって、さすがに玲那たちが忠別の貧相な資材で錬成した『上川式』を遥かに上回る、高性能の量産型迫撃砲ができあがった。
「構造も単純なことだし……、列強諸国が臼砲を骨董品だと舐め腐っているうちに採用させていただきましょうか」
「歩兵銃のほうはいかがにございますの?」
掛澗の問いに、玲那は頷きかえす。
「はい、こちらも新規に開発いたします。いまの歩兵銃は機関部の構造が複雑で、分解などすると撃針が折れたりするし――大陸特有の細かい砂が機関部内に入り込んで作動不良というのも、茶飯事でしたね」
釜山防衛からの反攻戦を思い返して、閑院宮と目が合い苦笑する。
さらに複雑ゆえに部位の互換性がなく、前線で修理もままならないというひどい状況が多発していたな。
「しっかり対策しなければなりませんわね。戦争賠償金から割り当てる陸軍資金は1億圓……1銭たりとも、無駄は許されません。というか許しませんわ」
掛澗が睨めつけてくる。背後に松方の形相も見え隠れする。確かにその気持ちは分からんでもない――軍部に流れた戦争賠償金は大蔵省が関与できないのだ。
「善処しましょう……」
検討しますレベルの答えしか返せないから、玲那は肩を竦める。
「新型歩兵銃にすべき主要な改良は二点だったな。機関部構造の簡素化と三八式実包の採用か。ほかにも、連動遊底被の付加や扇転式照尺の装備、弾倉発条を板バネに変更したり手袋着用時のために用心鉄を改造するつもりではあるが……わかるか?」
閑院宮の説明に、掛澗は首を傾げる。うん、ぜんぜんわからないね。
「スワヒリ語……??」
秋山に至ってはもはや日本語として処理していない。嘆かわしい話だ。
見かねた玲那は閑院宮から説明を継ぐ。
「諸改造は割愛いたしましょう、親王殿下。三八式実包とは陸軍初の尖頭銃弾で、以前採用していた三十年式歩兵銃の円頭銃弾と比べて、骨部に命中した際貫通力が優れるため大きな骨創を与えることができます。更に弾丸重量を減らしておりますので、装薬を増量することで、より初速を高めます」
そこへ、ゆっくりと秋山が手を挙げた。
「三八式実包、か。口径はいくつなんだ?」
「6.5mmです」
「史実のサンパチと同じか。小口径だし弾丸も軽いし、肉部への損傷は小さいんだったか。史実じゃあ不殺銃弾ってバカにされてたよな」
その指摘はごもっともだ。けれど敢えて、玲那は頷いてみせる。
「その通りです」
「ならば正さなければなりませんわね?」
掛澗が割って入ってくる。
どう答えようかと言葉を探していると、閑院宮が代わりにこう答えてしまう。
「いいや。このままでよいだろう?」
彼は不敵に笑う――まずい、あの守銭奴令嬢にそれは悪手だ。
瞬間。掛澗茶路は円卓の向かいの席から閑院宮の隣へ、文字通りワープした。
「ファック」
中指。お嬢様の中指だ。
「予は皇族だが」
「ファック」
「不敬罪だが」
「ファック」
「ここで斬り捨てても良いのだが」
「ファック」
「えぇ……」と呆然とする玲那をよそに、閑院宮は眉間を抑えてため息をつく。
「ならば誅殺するしかあるまい」
「え」
閑院宮は軍刀に手をかける。けれど、掛澗の中指は揺るがない。
「ちゃっ、茶路さん! 指を降ろして!」
「おほほ。死ね」
満面の笑みで殺意をぶつけるお嬢様。せっかく仲間へ引き込んだ大策謀家(予定)の命が危ない。なんとしてでもあの中指を折らせなければ、と立ち上がって説明する。
「敵兵を完全に死亡させれば、その遺体は戦場で放置されますね。即ち敵戦力は1しか減りません。ででですが、敵兵に戦力復帰できない程度の負傷をさせれば、そそその敵兵を後方に運んで負傷の経過を報告するために追加で2名が後方へ離脱するじゃないですか。けけけけ結果――」
言葉が詰まった。死ぬ。
するとそこで救世主のように秋山が察した。
「ほほん。戦死の場合マイナス1。負傷の場合はマイナス3ということか」
さすがは名参謀、話がわかる。
「更にさらに、戦死兵は消費行為をしませんが、負傷兵は物は食うし水は飲む。医療品は消費するし、後方設備は圧迫するわで、兵站に甚大な損傷を与えます。それがただでさえインフラや衛生環境の悪く、ロシア中枢から遠く離れるシベリアで大量発生したらロシア軍の戦場を支える基盤の弱体化は必至です―――!」
だからこそ世界大戦でこの国の軍隊は戦死者を盛大に奉ったが負傷兵は酷く冷遇した。その通りだと閑院宮も頷く。
掛澗のお嬢様だけが、わかれない。
「しししかも、敵が勝手に弱体化してくれるおかげで皇國陸軍は安全に進撃が可能、その分戦費を安く抑えられます。弾薬は小さく軽いため、少ない費用で大量に安全に安定して前線へ輸送できるため、お金にも優しいんですよ、聞いてますか閣下!!」
お金に優しい、という言葉を聞いた瞬間、掛澗は突如床に平伏した。
「なんとこの不肖茶路、視野の狭かったことでございましょう!どうぞご誅殺くださいましほら、この感動が冷めやらぬうちにズバッと! ああ来世でこの悦びをどう噛み締めましょう――」
訳の分からないことをまくし立てる守銭奴令嬢に呆れ返って、もうよい、と閑院宮は軍刀を収めた。玲那は深いため息をつく。
「はぁぁ……そろっそろ他の利点についても話しましょう。機関部の構造が簡素化されたことですが、これは画期的なことにございます」




