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悪役皇女は銃を取る -帝國黙示録-  作者: 占冠 愁
第六章 ハワイ介入
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第29話 敵艦反転

・布哇救援戦隊 秋山真之中佐

 旗艦 防護巡洋艦『浪速』

    防護巡洋艦『高千穂』

    潜水母艦『松島』

    潜水母艦『厳島』

    潜水母艦『橋立』

    装甲巡洋艦『浅間』

    装甲巡洋艦『常磐』


「頼みましたよ、秋山司令!」


 旗艇の甲1(潜水甲型1番艇)に乗り込む直前、そう言って救援艦隊の旗艦たる『浪速』の司令塔を振り返ったのは、第一次突入隊の司令を務める広瀬武夫大尉。


 広瀬はその姿を艇内に消すと、ハッチが閉まり、昇降機は潜水艇を海面へ降ろす。


「主機起動!潜航用意!」


 昇降機から切り離されると同時に、主機が駆動し始める。


「潜航、深度15に合わせ!」


 甲型の最大潜水可能深度は25m、乙型は22mである。

 そこから考えると、かなりの深度を航行することになる。だが、米軍に見つかってはすべてが終わるので、最大限の慎重策でいくことになった。


「到着予定時刻深夜3時。新月の闇夜に紛れて宮殿のあるホノルル市の真裏のカネオヘ湾へ最大深度で侵入。流石にバレないとは思うが…、慎重にいこうじゃないか。」


 広瀬は呟く。王室救出は、彼の手腕にかかっているのだ。


 ・・・・・・


 同刻、水上。

 防護巡洋艦『浪速』と『高千穂』が戦列より離脱した。


「…俺が自ら囮となって、堂々真珠湾に飛び込むんだ。成功させてくれなきゃ困るぞ、広瀬大尉。」


 艦隊司令の秋山真之少佐は呟いた。


「豊島沖海戦の死闘を潜った皇國海軍の誇る武勲艦たる、『浪速』ですよ。未だまともな対外戦争をしたことがない合衆国海軍が、我が艦を無視することなどできないでしょう。大丈夫です、広瀬を信用してこちらは囮の役割を全うしましょう。」


 飯田参謀は秋山を諭す。斯くしてゆっくりと、装巡『浅間』と『常磐』に導かれ3隻の潜水母艦が闇夜に姿を消していく。


「作戦を再確認します。」


 参謀はそう言って、司令室内の盤上の駒を移動させた。


「潜水艇隊は出たな。今夜は長くなるぞ……。」


 秋山が覚悟を決めたように漏らす。


「これより囮部隊である我が『浪速』『高千穂』が真珠湾へ向かいます。30海里を切ったところで国際周波数で駐留する合衆国軍に対し平文で真珠湾入港を打電。承諾されればそのまま入港します。」

「拒否されればホノルル市沿岸域へ投錨停泊を強行、だな。」


 秋山が不敵に笑いながら確認する。


「ええ。米軍は本艦隊の目的を、ハワイ市民への激励と合衆国への牽制と考え、本艦隊を無視できません。あらゆる手段で妨害しようと画策するでしょう。」

「すると、米軍とハワイ住民は真珠湾方面を注視せざるを得なくなる訳だ。」


 合衆国は未だスペインとの戦争に舵を切っておらず、まともな対外戦争をしたことがない。それ故欧州列強からは”列強”とは認められておらず、現状、清朝を空から制圧した皇國より、国際的地位は下なのだ。


 だからこそ、合衆国は皇國海軍艦艇、それも世界的に認知されている武勲艦の『浪速』と同型艦『高千穂』の威嚇入港を無視できないどころか、最大限の警戒をする必要がある。

 オアフ島裏側のなにもないような湾に目を向ける余裕など、とてもじゃないがないはずだ。


「裏側の警戒が薄くなった瞬間に潜水艇隊を突入、甲型中心の第一次突入隊で必要ならば湾内を制圧、女王・側近を収容し、撤退。なおも米軍に気づかれなければ乙型中心の第二次突入隊でハワイ内閣他重要人物を収容し離脱します。」


「その後、浅間型装甲巡洋艦2隻に護衛されながら現在南南西へ向かって航行中の松島型潜水母艦とミッドウェー沖で合流、収容し本土へ帰投するんだな。」

「ええ。その頃になると王室不在に米軍側は気づくだろうから、合流の報告とともに米側に本艦隊の艦内捜索をさせ、皇國側の潔白を証明させるというわけです。」

「よくできた作戦だな。よく軍令部も考えたもんだ。」


 秋山は満足そうに、『上川宮廷』のことは隠しながらも頷く。


「そうですね…。できすぎた作戦ですよ……、不気味なほどに。」


 飯田は、得も言われぬ恐ろしさを感じながら、2つの駒をハワイ真珠湾70海里北方へ動かした。




 ・・・・・・

 ・・・・

 ・・




 夜は更けていく。




 ・・・・・・

 ・・・・

 ・・




「2時方向に艦艇、巡洋艦級です!」


 報告と同時に、秋山中佐は望遠鏡を目に当てた。


「十中八九、合衆国海軍艦艇だな。」

「入港拒否から40分。こちらへ来るには妥当な時間ですね。」


 しばらくして、更に接近してきた合衆国海軍艦艇は、通信を試みた。


「不明艦より発行信号!”本海域ハ暗礁多キ故、本艦ヘ追走サレタシ、誘導スル”!」

「差し詰め、海域離脱までの監視と言ったところですか。…どうします司令。」


 飯田はそう分析し、秋山に指示を仰いだ。

 彼は不敵に笑って言った。


「無論、”拒否”だ!」

「そうこなくっちゃ、というやつですかね。…面舵一杯!ホノルル市街沖へ!」


 参謀と秋山は確信していた。

 合衆国艦艇は『浪速』と『高千穂』を攻撃することはできない、と。


「そうだ!」


 唐突に、彼は叫ぶ。


「参謀、いいことを思いついた。………停泊強行の時、ついでに合衆国の連中の度肝抜いてやろうぜ…!?」




 ・・・・・・

 ・・・・

 ・・




「日本艦艇………不明巡洋艦より返信、”拒否ス”!」


 防護巡洋艦『ボルチモア』の艦長、スライ大佐は目をひん剥いた。


「馬鹿な、連中にとっちゃここは敵中だぞ!」


 そう叫んでいるうちにも、日本艦艇は王都ホノルル市街方面へ舵を切る。


「…不味いな、連中の目的はおそらく、我らが合衆国ユナイテッド・ステイツへの牽制と、原住民共への激励か、発破かけか。

 せっかく仲間がハワイ併合の足がかりを作ってくれたというのに……ここで猿共に反乱でも起こされれば台無しだ。なんとかジャップの巡洋艦を止めねば…!」


 それを聞いた『ボルチモア』の副長は慌てて言った。


「艦長!…それは、武力行使も厭わぬ、という意味でよろしいのですか!?」


 それを受けて、艦長は苦虫を噛み潰したような顔をして返す。


「最悪の場合は…そうなるやも知れぬ。」

「無謀です、艦長!こちらはろくに対外戦争もしたことのない新兵の集まり、対して連中は、海軍力で優勢だった清朝海軍と互角に渡り合うどころか、かの有名な死闘(豊島沖海戦)をくぐって捻り潰した、手慣れです!」

「……だが、向こうは黄色人種だ。優秀な白人が、経験の差といえども負ける筈が」

「なら、例えばスペインの一個艦隊を前に、艦長はこの『ボルチモア』単艦だけで突破できますか!?」


 豊島沖海戦の皇國海軍、特に防護巡洋艦『浪速』の死闘は海を超えて有名だ。

 列強海軍士官で知らないものはいないと言って等しいだろう。


「それは……、あのナニワという艦の乗員の練度が飛び抜けてよかっただけかもしれぬ。ナニワの艦長が熱血親父だった可能性も」

皇國海軍(インペラル・ネイビー)は非常に練度が高いと聞きます。ナニワという艦だけ、という分析は安直です!」

「ぐっ……。」


 いくらスライ大佐が白人至上主義者とは言え、事実を否定することはできない。近年まともな海戦をしていない合衆国海軍は、経験という面では全く劣る。


 そこに、見張員より報告が入る。


「不明巡洋艦より発光信号、…っ……これは……!??」


 見張員が言葉に詰まった。それほど衝撃的な内容だったのだのか否か。


「ど、どうした、読み上げろ!」


 大佐の喝が飛んで、やっと見張員は喋りだす。


「……つ、”追伸、我ハ皇國海軍防護巡洋艦『浪速』ナリ”!!」

「………もう一度言ってくれないか?」

「っ、”追伸、我ハ皇國海軍防護巡洋艦『浪速』ナリ”です!」


 大佐は航海図の置かれた机を殴る。


「何故!何故よりによって『浪速』がここにいる!?」

「艦長……相手は、豊島沖海戦の死闘を潜った、あの艦ですよ。」


 武勇伝として世界的に語られる物語の主人公が、目の前で大佐以下『ボルチモア』を脅しているのだ。敵対すれば容赦しない、と。


 豊島沖での神業のような技能で北洋水師を撃滅した『浪速』に対し、世界は畏怖の念を抱いた。それは『ボルチモア』乗員も例外ではなく、近代海戦をしたことのない彼らは、『浪速』を到底敵わない相手だと考える。


 さすがの大佐も、単艦で清朝北洋水師を撃滅した化物を相手に、手を出して勝てるとは踏まなかった。精神的優位がどれほど戦闘を左右するか、彼は知っていた。だが、たかが黄色人種共の軍艦二隻相手に、栄えある合衆国海軍が膝を屈せざるを得ない状況に追い込まれたことに、ひどく大佐は不快になる。


「畜生、最悪だ。連中を黙って見逃せというのかッ……!」


 大佐が『浪速』を睨めつけて暫く。ホノルルの灯火がはっきりと視認できるほどに、『浪速』はオアフ島へ接近した。


 突如、『浪速』と続く『高千穂』が増速、『ボルチモア』を振り切りに動く。


「連中何をする気だ!逃すな、最大戦速で追え!!」


 大佐がこれ以上奴らの好きにはさせない、と叫ぶ。


 そして、運命の瞬間は唐突に訪れる。


 新月の夜、闇に包まれた海上を、雲間から差し込む()()()()のように、一綫(ひとすじ)の光が突き進む。


「『浪速』、続く『高千穂』、探照灯を照射!!」

「ッッ!?」


 その交戦が刺さる先は、白人による突然のクーデターで怯える先住民が住まう王都・ホノルル。両者の距離は僅か5km少し。


「『浪速』のマストに新たな旗の掲揚を確認――これは、ハワイ王国国旗です!」

「まさか……!」


 暫くしないうちに、クーデターでホノルルを白人に占領され、怯えて隠れていた先住民のハワイ人たちが、突然のまばゆいばかりの光を喰らい、何事かと外に出る。


 そこで見たものは、旭日旗と、ハワイ王国旗を掲げる、皇國海軍巡洋艦。そして、新たな旗が、追加で掲揚される。その旗には、文章が記されていた。かつて、史実と呼ばれた世界線において、戦艦『大和』が掲げた”非理法権天”の文字の如く―――


 ”Nani ka nani o ke(ハワイ王国) aupuniʻo(に栄光あれ) Hawaiʻi!”


 ハワイ人たちは沸いた。皇國海軍が駆けつけてくれたのだと。

 曇天の間に陽が見える。一綫(ひとすじ)の薄明光線は希望となって広がり始めた。

 そして、その拳を上げて彼らは叫んで――


「「「Nani ka nani o ke(ハワイ王国) aupuniʻo(に栄光あれ) Hawaiʻi!」」」


 ・・・・・・

 ・・・・

 ・・


 暫く呆然と見つめていた大佐だったが、その後どうにかやめるよう『浪速』へ交信を試みたものの、全てが尽く無視される。

 更に水兵は『浪速』と一線交える気は毛頭ないと来た。


 状況はいわゆる、詰みであった。


 そんなこんなで、すぐ真珠湾から艦艇を出払えない司令部は、『ボルチモア』に対し、2隻の監視を要請した。そして、秋山司令の読み通り、合衆国とハワイ人たちは真珠湾に目をもっていかざるを得なかった。


 大佐は悶々と監視を続ける。


「くそっ…いいようにやられて……どうすればいいと…。」


 苛立つ大佐に、急報が届いた。


「大佐、司令部より緊急連絡です!」

「何!わかった!」


 大佐は駆け出して、電話を取った。


『っ――^っっ―^―っ―っ^っっ―』


「はい、承知しました。」


『―^―っっ―^―っ―っっっ―^――』


「はい?恐縮ですが、もう一度おっしゃっていただいても?」


『―^”―っっ―”』


「…………。」


 大佐は、その言葉を聞くと同時に、受話器を落とした。


「嘘だ……うそ…だ…っ…!」


 そして、ゆっくりと受話器を置く。

 一連の動作のあと、副長がおずおずと訊く。


「艦長……何があったのですか…?」


「……いいか、これは機密事項だ。司令部内で留めておく、誰にも言うな。」


 艦長は前置きをして吐き出した。


「……ハワイの女王が、いない…!!」


 この作戦においての、上川宮廷側の誤算は、合衆国が安易に女王を利用する、と踏めなかったことだ。それが、女王の不在の早期発覚につながる。


「日本艦艇監視の要請を受けている我々だけにこの情報が回ってきた。」


 そしてそれは、皇國海軍の作戦に、致命的なダメージを与える。


「だが、眼前の日本艦艇は、現状何もしていない…。」


 運命は残酷にも、大佐の思考を、救援戦隊の危機へと誘導していく。


「連中の真の目的が牽制ではなく、『女王救出』だとしたら…?」


 そして、幸運の女神は、容赦なく皇國海軍潜水艇部隊へ刃を突きつけた。


「今、全オアフ島中の注目が、このホノルル沖へ集まっている隙を突くなら!」


 唖然とする他の『ボルチモア』司令部要員を前に、大佐は宣言する。


「………速やかに当海域を離脱、真珠湾の裏側へ突入だ! 急げ!!」




 皇國海軍救出部隊は、その存在を察知された。

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― 新着の感想 ―
前話の最後から秋山真之殿が少佐なのか中佐なのか表記ゆれが起こっていて判然としないです
[良い点] よっしゃ感想一番乗り。 緊迫した状況尖閣諸島を彷彿させます。
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