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悪役皇女は銃を取る -帝國黙示録-  作者: 占冠 愁
第一章 極北の宮廷
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第1話 ようこそ上川離宮へ!

「親王さま!」


 満面の笑顔で駆け寄る玲那を、閑院宮はうなだれた目で迎える。


「……こんどは何だね、玲那くん」

「これを実用化してほしいのです!」


 玲那の手にあったのは、マキシム銃器会社の広告であった。


「毎度だが、そんなものどこから拾ってくるのだ……」

「帝都で集めて参りました!」


 上川移宮(ついほう)の話を知らされたのは直前のことだった。2日後に出発の北海道への片道切符を渡された玲那は、メイドに駄々を捏ねて帝都じゅうを駆けずり回り、必要な資料と情報を手に入れた。


「マキシム機関銃、か」


 この時期の導入は早すぎる、と閑院宮は呟いた。それこそ戦史が変わってしまう、と。


「やはり……歴史を改変するつもりなのかね?」

「ええ。運命を変えるために、手は惜しみません」


 現在は明治24(1891)年。玲那こと有栖川宮玲那は7歳。


 玲那が通うことになる華族学修院は、初等部6年、中等部5年、高等部3年という旧制の学校で、ストーリーが本格的に動き出すのは中等部からになる。

 メインパートへ突入する中等部への進級は1897年4月。ここから主人公の編入とともに学園を舞台に日夜、攻略対象たちを巡る争いが始まる。


(けれど……忘れてはいけません)


 あのゲームは煌びやかな学園行事だけがメインイベントではない。初等部4年にて対清戦争が、中等部2年には列強の中国分割が、同4年に義和団事件、高等部3年で対露戦争が発生する。

 特に高等部3年の対露戦争はストーリーを揺るがす大イベントだ。万単位の戦死者を出す激しい戦争で、士官として動員された攻略対象が全員もろとも二〇三高地で戦死してゲームオーバーとか普通にある。この場合強制的に皇國の敗戦となって、登場人物全員シベリア行きとかいうろくでもないエンドまで用意してある。なんでそんなルート作ったんだよ。


 戦争の回避が最善の選択肢だが、まぁ無理だろう。このお姫様にロシアの南下政策を阻止するほどの力はない。戦争するにしろ万一でも攻略対象が死ぬと敗戦エンドになるので、史実のような大損害の辛勝パターンもダメだ。すると、破滅回避のためには短期決戦による完封しかなくなる。


「ええ。玲那に出来ることは限られていてよ」


 玲那自身は戦力にならないだろうし、お姫様らしく後方で手筈を整え尽くしたら、内地でお茶でも啜って果報を待つしかない。となれば徹底すべきは手筈を整えること。お膳立てだ。玲那は悪役なんかやっている場合ではない。攻略対象のイケメン士官に媚びではなく機関銃を売りつけ、旅順要塞へ叩き込む必要がある。


「ロシア相手に短期決戦、か」


黙って聞いていた閑院宮は、夢のようだな、と呟いた。


「夢……ですか」

「相手は瀕死の清朝とは違う。欧州最大の陸軍を擁する列強国なのだぞ」


 このような辺境の赤字国家があと10年で渡り合えるような相手ではない、と彼は言葉を継ぐ。


「確かに難しいかもしれませんね」

「難しいどころか不可能に近い。『史実』とやらの辛勝とて、正直なところ予は信じられん。それほどまでに列強国との格差は開いておる」

「ええ。そうでしょうね。()()()()()()()()()()()()()()()


 その格差とやらを詰めて、史実を超えていくために。

 玲那はくるりと一回転。スカーフを靡かせて、机上に地図を広げた。



「というわけで。いたいけな恋する乙女、わたくし有栖川宮玲那を取り巻く世界を紹介するわ!」



 時は19世紀。文明華やぐ世界の中心、ヨーロッパの真反対。地図の端くれ、極東の辺境に小さな島国が浮かんでいた――『皇國』というその新興国は、たった30年前に開国し、20年前に封建制を捨てたばかりの途上国。近代化のすべてをヨーロッパの諸大国に頼る、弱小赤字国家である。


「現状を確認しますと、帝都には未来人たる主人公、そしてそれを知る政府の重鎮が複数。枢密院を中心に集う彼らは、まさにいま、歴史改変を試みているように見えます」

「歴史改変、だと」

「親王殿下はご存じでしょう。いま、この国の名前は皇國です」

「……どういうことだ」

「史実と異なり、帝国ではないのです」


 この国始まって初めての憲法――皇國憲法。史実通りではなく、現代知識を基にして再編されており、軍部の権限の縮小、基本的人権の尊重と民本主義の採用に加え、天皇大権の大部分を人民へ委譲している。

 非常に先進的であるがゆえに、各方面で軋轢を生んでいるようだ。


「正直、急進的すぎると思いますけどね。……まぁそれは別の機に」


 さて、と玲那は机の上に世界地図を広げる。


「皇國が初動で為すべきことは史実と変わりません――まずは、本土の外縁を抑えること」

「外縁……朝鮮と台湾、北方に南洋諸島か」


 四方を取り巻く大海は、海洋国家たるこの島国の命綱。これを握らないことには始まらないが――東洋に君臨する老大国・清朝の衰弱は窮まり、列強諸国はその白き魔の手をアジアに伸ばしつつある。


「ロシアは南下政策を推し進め朝鮮に迫り、英国もインドやマラッカを抑え、独仏と共に中国を狙っております。皇國は脅かされているのです」

「アメリカも本土の開拓を終えて太平洋を伺っておるしな」

「ええ。時間はあまり残されておりません」


 史実では、まず朝鮮へと目を向けた。

 朝鮮を巡り清朝、つづいてロシアと戦った。前者で台湾を、後者で樺太を手に入れて、朝鮮を併合することによって大陸側の外郭線を描いた。それから第一次大戦で南洋諸島を得て、海側に外郭線を描いた。そうしてようやく列強国になれたのだ。


「そのために、まずは清朝との戦争か」

「それだけではございません」


 玲那は笑った。


「来たるべき『世界大戦』への布石でもあります」

「世界大戦、か」

「ええ。玲那のみならず、この国の運命も懸ってございます」

「……続けたまえ」


 けふ、と一息ついて玲那は目を瞑る。


「対清戦争の勝利は確実です。しかし、対ロシアはそうではない。奇跡的に負けなかった史実とて、辛勝でございました」


 賠償金を取れなかった大戦争の爪痕は深く、戦後十年にわたり莫大な戦債の返済に苦しんだ。けれど、と玲那は瞳を開く。


「逆に言えば、ここが運命の分岐点でしょう」

「どういうことだ」

「とうに申し上げましてよ――ロシア帝国を、短期決戦で完封すること」


 史実のような消耗戦を避けることができれば、歴史は大きく変わる。ここからは閑院宮を巻き込むための説得だ。


「賠償金の獲得……ロマノフ帝室の財宝に裏打ちされたそれで、もぎ取った大陸利権への投資に全振りする。あるいは内地への投資が十分にできたのなら、第一次大戦期に高度経済成長とて夢ではございません」

「高度成長、だと?」

「ええ。この国は独力で内需主導の高度成長が可能です。戦後史がそれを証明しております」


 この国は、資本蓄積が一定の水準に達すれば、技術革新と生産消費のサイクルによって自力で先進国へ脱皮が可能になる。史実では、戦後になって国際通貨基金とアメリカの資金援助の下にそれを実現した。


「対露戦争の賠償金を用いて、それを戦前期に起こすことができれば――戦後のように世界第二位の経済大国となり、一時はアメリカを抜かさんほどだった勢いを、大正時代のうちに再現できれば」


 閑院宮が目を見開く。


「合衆国と対峙する昭和初期までに、対米七割の国力を得ることができる」


 対米七割。1990年におけるGDPの日米比だ。

 この構図を半世紀前倒しで、この世界に持ち込めたら文句なかろう。


「史実では開戦直前ごろでさえ80倍の国力差があり、対米戦争など破滅だと誰もが理解していました。当事者以外は、ね」

「悲しいかな、だな」

「しかしその国力比が1対80から56対80にまで、ぐっと迫る。合衆国とて、安易に太平洋戦争へ踏み切ることはできなくなりましょう」


 合衆国と仲良くするのが一番良いが、それは理想論だ。あの破滅を繰り返さぬように、そう願うなら外交だけに頼るべきではない。確かな国力が必要だ。


「……世界第二の大国、か」


 閑院宮は少しだけ笑った。


「そのために必要なのが、対露戦争の完封と」

「ええ。決して夢物語にはさせません」


 日露戦争はまだ騎兵(コサック)が活躍する技術レベル。こちらには未来知識というアドバンテージがある。飛行機や戦車を繰り出して一方的に叩き潰すなんて発想もできるのだ――実現性は置いておいて。

 何をするにもまずは、対清戦争で得るべきものを得ることだ。


 ゆえに、より良い下関条約を。


「すべてはやり方次第でございます」

「ふっ。英雄譚の論理だな」

「お忘れですか、親王殿下。この国は東洋で唯一、近代化に成功した国家です」

「っ」

「英雄譚と言うならば、既に始まっていましてよ?」


 ちょろっと舌を出してウインクを飛ばせば、閑院宮は長いため息をつく。


「……具体案はあるのかね」

「より良い下関条約のためには、より良い作戦と兵器を」


 眼下に建設されつつある、屯田兵第三大隊の兵営を見下ろした。


「して……何を作ろうというのだ」

「まずは重機関銃。ついで迫撃砲、そして戦術爆撃機」

「アホか」


 ぴしゃりと閑院宮が言う。


「前の2つはいいとしても、おま、ば、爆撃機だと。いま何時代だと思っとる!」

「明治時代です」

「まだ騎兵が現役の時代だぞ。人間が空を飛ぶのは20年以上先の話だ」


 玲那は肩をすくめた。


「まぁ……今はまだ本気になさらなくても結構です。当面は重機関銃と迫撃砲を用意したくて」

「向こう20年は本気にするつもりなど……。で、重機関銃と迫撃砲か。なぜだ?」

「直接的には清朝との戦争のため。そして対露戦争に向けてのノウハウ蓄積です」


 ふむ、と彼は頷く。


「史実通りいけば、3年後の夏には開戦か」

「はい。何かしようと思えば、意外と時間はございません。早めに重機関銃と戦術爆撃機が欲しいのです」

「だから爆撃機は無理だと。機関銃に関しては……考えてやろう」

「ここで開発となれば殿下の第三大隊が配備先になります。するとこの地には研究施設と、そこでできた新兵器を配備できる砲兵工廠、整備工場が要りますね」

「はっ、夢見事を。ここをどこだと心得るか」

「屯田兵第三大隊本陣、忠別です」

「屯田兵の大隊程度に砲兵工廠など付かん。ばかばかしい……」


 目を覆う閑院宮の向こうに見える、わずか13名の集落と原野。


「まぁ、そうですよね」


 ここに屯田兵一個大隊500名の兵営が加わろうと、せいぜい中規模な村だ。町にすらなりやしない。

 こんな未開の地に工場が来るだろうか、答えは否だ。


「となれば、玲那たちで工場を作って経営するしかないでしょう」

「な、なにを言うかと思えば……。あのな、それが出来れば苦労は」

「できます」


 固まる閑院宮に一枚の紙を示す。


「北京計画。離宮都市の計画に工場の建設が盛り込まれているのです」

「……なんだと」

「むしろ玲那たちに任されている計画なのです。やる必要すらございます」

「はっ。北京計画自体、中央ではだれも本気にしとらん。追放の口実にすぎぬ」

「だったらなおのことです」


 玲那は笑う。


「馬鹿にしている中央の連中に目に物見せて差し上げません?」

「……まさか」

「北京計画を完遂し、ここに北都・旭川を造営する」


 この地にはのちに第七師団が置かれ、道内最大の軍都となる。

 その歴史を知っているから、いいや、それ以前に前世で地縁もあったことだし。


「10番目と12番目で手を組んで、やってやろうじゃありませんか」

「……ッ!」


 辺境追放上等だ。ここ自体を辺境じゃなくしてしまえばいい。

 この地を起点に、この島国の農業工業すべてを底から蹴り上げて高度成長へと繋ぐ。これは皇國ごと玲那(わたし)を救済する物語。


「さぁ。玲那たちで、産業革命いたしましょう?」

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[良い点] 産業革命これほど凄いものは、他にない
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