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第六話 勝負師実近

 食い扶持は確保しなければならない。しかしパチンコ店は出禁になってしまった。どうしようかと途方に暮れながらスマホを眺めていると、一つの広告が目に止まった。「公営競技これ一つ!」この手があったか! 俺は早速着替え、アプリをインストールした。


     *     *     *


 ライトに煌々と照らされたコースを、砂煙を上げて馬たちが駆けてゆく。テレビで見ていた時から、馬の走る姿は美しいと思っていたが、馬格のあるダート馬はそれに加えて迫力もあった。

「で、なんで私まで連れてこられたかなぁ。私一応未成年なんだけど」

 隣でほむらがぼやく。俺は彼女の機嫌を取ろうと、努めて明るく振舞った。

「気にすんな! 観るだけなら赤ちゃんでもオーケーなんだ。まあ、俺は賭けてるんだがな」

「ギャンブル狂だね」

「なんとでも言え。俺は食い扶持を稼がなきゃならないんだ。お、来た来た」

 ドドドドと足音を鳴らし、各馬第4コーナーを回ってきた。

「よし! 行け! 行け! 差せ! 差せ!」

 レースは最終直線の攻防に入る。逃げ馬のリードがなくなって先行勢がどっと押し寄せる。

 が、その後ろ、騎手のゴーサインに機敏に反応し、鋭い差し脚を解き放つ馬がいた。俺が三連単の一着に指名した馬、馬番は7、名前はブルーローズ。彼はぐんぐんと先団に向けて脚を延ばし首分差し切ってゴールした。

 掲示板に着順が点滅し始める。着順は7→4→10→11→2。当たった。あとはオッズが問題となるが、人気薄を中心に組んだ馬券だ、配当に十分期待できるだろう。

 やがて確定の赤ランプが点る。ついで払い戻し金額が表示される。7→4→10の三連単は12万3400円。俺は意気揚々とほむらに声をかける。

「よし、帰るか!」

「いいけど、まだ来たばかりじゃん」

 対照的にほむらは不機嫌そうだ。そんな彼女を俺は諭す。

「こういうのは勝ち逃げしないとダメだ。当たるか当たらないか分からないんだから」

「じゃあ見るだけにしとけば?」

「賭けたくなるからダメ。それより、せっかく大勝ちしたし、夕飯奢るぞ!」

「ほんと!?」

 たちまちほむらは目を輝かせる。分かりやすい奴だ。彼女はまじまじしながら、上目遣いで甘えた声でねだった。

「じゃ〜あ、黒毛和牛の焼肉か廻らない寿司がいいなぁ」

 俺は無言でゲンコツをほむらの頭頂部にキメる。彼女は頭を押さえながら涙目で訴えた。

「いったぁ! 女の子殴るなんてどうかしてるよ!」

「お前が贅沢言うからだ。お子様はサイゼで我慢しとけ」

「いいもんいいもん! サイゼでフルコース堪能しちゃうもんねーだ!」

「サイゼに魚料理はないぞ」

「うぐぅ」

「さ、行くぞ」

 俺が歩き出すと、ほむらは二、三歩後をついてきた。体つきは魔法の力で二次性徴を迎えたとはいえ、精神はやっぱりまだまだ子供だ。そんな彼女を微笑ましく思いながら、俺は何も言わず歩くのだった。


     *     *     *


 ピーク前だからか、店内は空いていた。先に着くなりほむらはタブレットを取り上げ、注文するものを吟味し始める。

「アペリティフ……は、私の年齢じゃダメだな。アミューズはエスカルゴがいいかな。オードブルは小エビのカクテルね。スープはコーンクリームスープが鉄板として、パンはプチフォッカにしよう。ポワソンが問題だなぁ……。ムール貝にしておくか。ソルベはイタリアンジェラートな。それからヴィアンドは若鶏のディアボラ風にしよう。サラダはグリーンサラダ。フロマージュはモッツァレラトマト。デセールはティラミスクラシコ。これで決まりだな。最後にカフェ・ブティフールを楽しめるようにドリンクバーもつけとくか。実近は何にする?」

 苦笑を溢しながら俺はタブレットを受け取る。注文するものは決まっている。俺はミラノ風ドリアとアロスティチーニを追加し、注文ボタンを押した。

 俺がタブレットを戻したのを見届けるとほむらはスマホを弄り始める。俺もスマホを確認するかーーそう思って懐に手を伸ばしたその時だった。

 耳元を何かが風を切って過ぎ去っていった。ハッと見ると、壁の絵に描かれた一人の天使の胸元にナイフが突き刺さっていた。

 それで終わりじゃなかった。四方八方からナイフとフォークが飛び交い、壁や天井の絵画に次々と突き刺さる。

「伏せろ!」

 ほむらに声をかけると同時に俺はテーブルの下に隠れた。ほむらもテーブルの下に身を隠す。そこにペトロンが駆け寄ってきた。

「実近! ほむら! 魔物が現れた」

「だろうな。実近、匍匐前進しながら敵を探すぞ!」

 そうこちらに指示してほむらはテーブルの下から這い出る。俺はそれに連なり、周囲に目を配りながら身を低くして這う。周りの客からの好奇の目が痛い。

 そしてふと一つの懸念が頭に浮かんだ。

「ほむら、どこで変身する? よしんば魔物を見つけられたとしてもだ、変身できなければ戦えないぞ」

「ここで変身するしかないだろ!」

 光に包まれるとはいえ、公衆の面前で裸になるのか……。早くも気が重たくなった。

「いたぞ! あそこだ!」

 そう言われてほむらの指さす方に目を向けた。そこには、両手両足がフォーク、頭と胴体がナイフの魔物がいた。彼はカトラリー入れからナイフとフォークを取り出しては投げ取り出しては投げしていた。

「いくぞ! アルデンティ・アルドレ!」

 ほむらが詠唱すると、たちまち彼女を覆い尽くすように火柱が立った。思えばほむらの変身シーンを目にするのは初めてだ。体感にして3秒。火柱はふっと消え、魔法少女姿のほむらが立っていた。

「さ、実近も!」

 ほむらに急かされて俺も覚悟を決める。俺は懐からステッキを取り出し、握りしめて詠唱した。

「マジカル・ホープ、メイクアップ!」

 たちまち周りが光に包まれる。たかだかGUの服だが破れるのは惜しい。そして俺は営業中のファミレスで全裸になったのだ。そして股下にショーツが、胸元にブラが現れる。恥はかき捨て。ついでフリルとリボンのあしらわれたいつもの桃色のワンピースが現れる。変身が終わると、光のベールが霧散した。それを見届けてほむらはにっと笑って声をかけた。

「よし、いくぞ実近!」

「おう!」

 俺たちは魔物に対峙する。俺たちの戦いはこれからだ!

 ご愛読ありがとうございます。


 本作は能登半島地震に対するチャリティー企画で製作していたものです。地震から3ヶ月が経ち、少しずつ人々の生活が前へと進みつつある今、本作は役目を終えたのかなと感じています。


 そのため、次なる大災害が発生するまで、誠に勝手ながら本作を休載いたします。起きてほしくはないですが、また大災害が発生し、人々が笑いを求めた時に、本作は連載を再開することとします。


 それまでは私の別の作品を楽しんでいただければと思います。

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