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第四話 恨まれても戦う

 遊技機に扮した魔物を前にペトロンは指示した。

「さあ、戦うんだ、実近!」

 しかし俺は気が進まない。

「なあペトロン、本当にこいつは討伐しなきゃならないのか? 少なくともこのお客さん喜んでるし。なんなら俺もこっちで遊びたい」

「でもこの魔物によって、本来存在しないはずの、それも大量の玉が排出されてるんだ。これはギャンブルの仕組みの破壊だよ。そうなれば、このパチンコ店は経営が立ち行かなくなり廃業するだろうね」

「なるほど、討伐するしかないってことか」

「そういうことさ!」

 俺は魔物の前で歓喜している男の元に駆け寄り声をかけた。

「お兄さん! お兄さん!!」

 どう見ても初老のおじさんに俺はそう声をかける。一声目には何の反応も示さなかったが、肩を叩いた二声目で、目を見開いてこちらを見た。そして声をかけたのが魔法少女だと分かると、顔を顰めて虫でも追い払うかのように手を振った。

「何だお前は! ここはお前みたいなコスプレ嬢ちゃんが来るような場所じゃないんだ! こっちは今いいところなんだ! 去れ! 去れ!」

 その態度は甚だ不愉快だが、ここで引き下がる訳にもいかない。

「お兄さん、その筐体はこの店の遊技機じゃない。魔物だ!」

「魔物? はっはっは! 魔物か! それで、それがどうしたというんだ?」

 男は馬鹿にしたように笑い、俺をジロリと見た。俺は今の姿こそ少女、いやオトコの娘だが、元はアラフィフのおじさんだ。俺は臆することなく睨み返して答えた。

「排出された玉も非正規品だ。それも大量に……。景品と交換すればこの店の経営が立ち行かなくなり、あなたも二度とここで遊べなくなるぞ」

 男は聞く耳を持たない。それどころか鼻をフンと鳴らして放言した。

「知ったことか! 俺はこの店で一千万以上も負けてるんだ! その損失を僅かでも回収しようとしてるんだ。何が悪い!」

 頭だ、と出かかった言葉を飲み込む。床で一部始終を聞いていたペトロンが肩に飛び乗り話しかけてきた。

「埒があかないね」

「もう流れ弾を恐れず攻撃するしかないか?」

「キミがそう思うなら、そうすればいい」

 なんでここで突き放すかなぁと思いつつ、俺はステッキを構える。それを目にした男は顔色を変えた。

「待て、それで何をするつもりだ!?」

「問答無用!」

 俺はステッキに力を込めた。光の玉がステッキの先に現れ、だんだんと大きくなる。

「崩れろ!」

 魔物に向けて光の玉を放つ。光の玉はまっすぐに魔物に向かって飛んで行った。

「うわぁぁぁぁ!」

 男は叫びながら慌てて飛び退く。そして光の玉は魔物にぶつかった。轟音が響き、煙が立ち上る。

「やったか?」

 つい口を滑らせてしまった。俺は慌てて口を押さえる。だがもう遅い。煙を切り裂き、大量のパチンコ玉が俺に向けて打ち出された。

「あああ、勿体無い!」

 男はしゃがみ込んで床に散らばるパチンコ玉を拾い集める。無様だ。だが的になっている俺が言えたことじゃない。

「痛っ! いってぇなあ! 魔法石で魔力は強化されるんじゃなかったのかよ!?」

「そんなの、一回の強化なんてたかが知れてるに決まってるじゃないか。九九ができるようになったからって全ての掛け算がすらすらとできるようになるわけじゃないだろう?」

 悔しいが納得できる説明だった。ちなみに俺は七の段が苦手だった。閑話休題。こうなりゃ打つ手は一つ。

「削りまくるのみ! 崩れろ! 崩れやがれってんだ!」

 俺は一心不乱に光の玉を撃ち込む。幸い相手が撃ってくるのは所詮はパチンコ玉。痛いだけで怪我はしない。パチンコ玉の的になりながらしばらく光の玉を撃ち込んでいると、ようやく一筋目のひびが入った。体感としては、前回ほむらと共闘したときに蛇口の魔物に最初のひびを走らせたのと同じくらいの時間だ。二人でかかった時間で一人でこなせたのだから、やはり魔力は強化されているのだろう。

「仕上げだ!」

 自分を鼓舞するように叫ぶ。

「やめろ!」

 そう叫ぶ声が聞こえた気がしたが無視する。もうあの男は目にも入らない。考えるのは魔物を討伐することだけ。一つ光の玉を撃ち込む度魔物に走るひびは増えていく。やがて魔物の表面はひびで真っ白になった。

「これで、とどめだあああああ!」

「やめろおおおおお!」

 叫びと怒声が入り混じる中、ひときわ大きな光の玉がステッキの先を離れる。それは魔物に猪突猛進していった。魔物に光の玉がぶつかり、魔物は音を立てて崩れた。やがて破片はパチンコ玉とともに霧散した。

「あ、ああ……。あああああ……」

 後には悲嘆にくれるおじさんと一仕事終えた爽快感に浸る俺だけが残された。この男には申し訳ないが、この店の存続のためだ。俺はこの店の未来を守ったのだ。俺は意気揚々と出口に向かうべく踵を返した。

 すると目の前に、腕を組み俺を睨みつけるガタイの良い店員が立っていた。彼はいきなり腕を掴んだかと思うと、ものすごい力で引っ張り始めた。俺はよろけ、そのまま店員に引きずられていった。

「いきなり何なんですか!?」

「残念ですが、お客様は当店を出入り禁止とさせていただきます」

「なんで!? 俺はこの店の未来を救ったんだ!」

「また訳の分からないことを。困るんですよ、店内でコスプレをした挙句乱闘騒ぎを起こしてもらっては。ありがとうございました。二度と来ないでくださいよ」

 店の外に出ると店員は乱暴に俺を抛った。俺はよろけ、そのまま倒れ込んでしまった。それを見届けると、店員は自動ドアの向こうへと姿を消した。俺がゆっくり立ち上がると、ペトロンが足元に歩み寄り声をかけてきた。

「散々だったね」

「出禁になったのはまあいい。俺はああはなりたくない。ただ着替えを置いてきてしまった」

「ボクが取ってくるよ。キミは先に帰るといい」

 俺が何か言う前に、彼女は瞬く間に少女の姿へと変身し、パチンコ店の中へと姿を消した。俺は仕方なく魔法少女の装束のまま家路を急いだ。

 人目のない夜の公園だった昨日と違って、人の溢れる真昼間の街中である。いかにも魔法少女といういでたちの俺を見て、二度見されるくらいならまだいい。こちらに視線を送りながらこそこそと内緒話をしているのに堪えきれないものがあった。

 脇目もふらず自室にたどり着き、ベッドに倒れ込む。冬場だというのに体が火照る。俺は布団を深く被った。穴があったら入りたいとはこのことだ。

 布団の中で悶々としていると、やがて玄関の方からガチャリとドアの開く音がした。次いで軽い足音。

「実近、衣類をとってきたよ!」

 ペトロンの声だ。俺は起き上がりリビングダイニングに向かった。そこには大きな袋を持った少女姿のペトロンがにこやかな笑みを浮かべて立っていた。袋の中には俺がパチンコ店に置いてきた衣類が入っている。俺はほっとしてペトロンに笑いかけた。

「ありがとう。俺は着替えるから、その間にお昼も準備してくれると嬉しい」

「もちろんだよ。そのためにこの姿になったようなものだからね」

 彼女は快諾してくれた。早くもペトロンのいる生活に慣れ始めている自分がいた。時計はもうすぐ十一時半を指そうとしている。早くも半日暇になってしまった。

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