表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/6

第三話 金運アップ(確変)

 雀のさえずりが意識を呼び覚ます。瞼の奥に光を感じる。俺は慌てて飛び起きた。目覚まし時計に目を向けると6時45分。仕事に行かなければ。俺はベッドから飛び降りクローゼットを開けた。

 だが、安物のスーツは見つかったが、一張羅が見当たらない。仕方がない。今日は安物のスーツで行こう。

 部屋を出ると何かを炒めるような音がしていた。俺は独り暮らしのはずなのに、誰かが部屋にいる。何者だ? 俺は警戒しつつキッチンに駆けた。

 そこには緑髪の美少女がいた。黄色いワンピースに桜色のエプロン。彼女はこちらに気が付くと、菜箸を置いて笑顔で振り向いた。

「おはよ、実近。もー、今日から会社は休みでしょ。ご飯作ってるから、私服に着替えて」

 聞き覚えのある中性的な声。だがその声と目の前の美少女が結びつかなかった。そんな俺の様子がおかしいのか、彼女はくすくすと笑った。

「ひょっとして、ボクが誰か分からないのかい?」

 その顔がたちまち狐の顔になる。俺は思わず飛び退き声を上げた。

「うわぁ!」

「くふふふふ。さぁ、着替えて顔を洗ってくると良い」

 ワンピースから覗く狸の尻尾が嬉しそうに振られる。ここにペトロンがいるということは、そして――俺は洗面台の鏡の前に立つ。果たして映された像には、ひげはなく、射干玉色の髪には艶があり、頬は赤みを帯びている。外見だけ見れば美少女だ――昨日のことは夢ではなかったのだ。

 俺はとりあえず自室に戻り、クローゼットの引き出しを開けてはたと手が止まる。クローゼットにあるのはアラフィフのおじさんが着るような、よく言って渋めの衣類ばかりだ。それが今の自分に似合うとは思えない。かといって若い頃の衣類は処分してしまっている。俺は仕方なく、その中でもマシそうな上下を選んだ。選んだのは黒のスキニーパンツに灰色のキーネックTシャツ、臙脂のニットセーター。これらを身にまとい、俺はペトロンの待つダイニングへと向かった。

 ペトロンは美少女の姿のままダイニングチェアに腰掛けていた。彼ーーいや、今は彼女というべきかーーは、俺に気がつくと、笑顔を向けて食卓を指した。

「さあ、どうぞ召し上がれ」

 食卓には野菜炒めとベーコンエッグ、焼きたてのトーストが並んでいた。見た目も匂いも美味しそうだ。だが果たして魔法少女のマスコットにまともな料理経験はあるのだろうか。俺は半信半疑のまま、箸を持てないでいた。

「どうしたんだい? 早く食べないと冷めてしまうよ」

 瞳の奥に期待が見てとれた。俺は覚悟を決めて恐る恐る野菜炒めを口に運んだ。

「美味い……」

 思わず口から洩れていた。調味料の効きは強すぎず、弱すぎず、素材の味を程よく引き立てている。一朝一夕で身に付くものではないだろう。

「ペトロンは料理の経験があるのか?」

「ボクはキミが思っているよりずっとずっと長生きだからね。いろんな経験をしてきたさ。その中に、契約した魔法少女に手料理を振舞うというのも当然あった」

「ふうん」

 俺は朝食を口に運びながら、少女の姿のペトロンをしげしげと見つめた。目の前のこいつは一体何歳なんだ? そして、根本的な疑問があった。

「そもそも、なんでペトロンは今少女の姿なんだ?」

「そのことか。動物の姿だと抜け毛がひどいし家事もできないだろ? その点人間の姿なら抜け毛も少ないし家事もできる。少なくともキミと生活する上では少女の姿の方が合理的だということさ」

「なるほど。外でも少女の姿ですごすのか?」

「まさか。この格好は変身している分魔力の消耗が激しいんだ。外にいるときくらいは元の姿でいさせてもらうよ」

「なるほどね」

 彼女の説明は納得できるものだった。俺は目をペトロンから離し、食事に集中することにした。それから食事が終わるまで、俺とペトロンとの間に会話はなかった。


    *     *     *


 食事を終えて俺はそそくさとコートを羽織り財布の入った鞄を手にした。そんな俺を見てペトロンは尋ねる。

「どこに行くんだい?」

「試したいことがある。ついてきてくれ」

 俺が答えると、ペトロンは瞬く間に動物の姿に戻った。俺は先にペトロンを外に出し、アパートの部屋の鍵を閉める。俺が歩き出すと、ペトロンは俺の左に並んで歩きだした。

 たどり着いたのは駅前のパチンコ店だった。平日の朝だというのに、金と時間に余裕のある人たちだろう、おじさんやおじいさんたちが寒そうに身体を震わせながら、並んで開店を待っていた。

「なるほど、遊技場か。キミはギャンブルでお金を増やそうというんだね」

 ペトロンは感心したように話しかける。俺はペトロンを抱きかかえ、俺の口元に彼の耳を近づけて、声を潜めて確認した。

「なあ、本当に金運は上がっているんだろうな? 勝負運がてんでだめということはないだろうな」

「安心してくれたまえよ。キミがどんな選択をしたとしてもお金が減らないように運勢を調整してあるよ。それからボクと話したいときは、別に言葉を発する必要はないよ。ボクは契約した魔法少女の脳内と直接対話できるからね」

 そうなのか、便利だな――そう心の中で答えてペトロンを地面に下ろす。間髪入れずにだみ声が飛んでくる。

「おい嬢ちゃん!」

「俺?」

 顔を上げると、灰色のあごひげを長く伸ばした背むしの男が射抜くような眼差しを向けていた。俺が彼に目を合わせると、彼は厳しい眼差しを崩さぬままだみ声で続けた。

「パチ屋は未成年は入店禁止だぞ」

 俺はむっとしたが、言い返す前に冷静に自分の今の姿を思い返した。そうだ、今の俺はペトロンと契約してオトコの娘なのだ。俺は深呼吸して男に説明した。

「あー、実は俺、もう二十歳過ぎてるんです」

「へ?」

 男は目がテンになった。構わず俺は続ける。

「あと俺、男なんです」

「本当に?」

「本当に」

 男はそれを聞くと、半頷きを繰り返しながら、俺の足先から頭までを舐めまわすように見つめた。俺はそれを努めて気にしないようにする。やがて店のドアが開き、お客たちがぞろぞろと店内へと入ってゆく。男もそれに従い、俺もその後に続いた。

 店内は刺激的な光と音で溢れていた。白状するとパチンコ店に足を踏み入れるのは生まれて初めてだ。ギャンブルだからとこれまで敬遠していた俺だったが、今はギャンブルだからという理由でここにいる。

 一応パチンコの遊び方については漫画での知識がある。俺は空いてる台に座り、財布から千円札を取り出す。これが増えるか、消えるか――そう思うと千円札を持つ手が震えた。覚悟を決めろ藤原実近。俺は金運も勝負運も上がってるんだ。俺は腹をくくってお札を機械に入れた。次いで玉貸しボタンを押すと、玉が出てくる。そしてハンドルを回すと、玉が打ち出された。

 当たりを狙うにはまずスタートチャッカーに玉を入れてリーチを待たなければならない。リーチが発展してスペシャルリーチになり、さらに確率によって当たる。それが漫画での知識だ。当たるには出玉を全部使う必要があるだろうと踏んでいた。だが、それはすぐに来た。画面に派手な演出が出てきて、よく知らないが気分が盛り上がるような歌が流れる。大当たりだ。

 正直よく分からないままに大当たりが来て呆然としてしまった。パチンコってこんな簡単なものなのか。これがビギナーズラックというやつか? もしかするとこれが噂に聞いた確変というやつかもしれない。玉を玉箱に移し、さらなる大当たりを狙ってプレイを続けようとした、その時だった。

「実近、魔物が現れたよ! すぐに来るんだ!」

 ペトロンが台に飛び乗り言った。俺は頭を抱えて叫ぶ。

「あー! いいところなのに!」

「でも今魔物を討てるのはキミだけだよ」

 俺はため息を吐く。そらそうだ。見た限りおじさんやおじいさんの巣窟となっているこの店に魔法少女はいなさそうだ。俺がやるしかないのか。俺はペトロンに向き直って答えた。

「先に計数と着替えだけ済ませる。ペトロンは今だけ渋いおじさんの姿になって計数しといてくれ。俺はその間に着替えとくから」

「分かった」

 ペトロンが答えて変身するのを確認して俺は呼び出しボタンを押す。そして玉をペトロンに託し俺はトイレに向かった。

 トイレの個室で鍵をかけ、俺は上から下まで全部脱いだ。これで変身の度に衣類を失うことはない。ただ当然この格好は肌寒い。俺はいつの間にか手にあるステッキを天に掲げて唱えた。

「マジカル・ホープ、メイクアップ!」

 ステッキのハートの部分からまばゆい光が放たれる。その光は俺の全身を覆った。そして股下にはショーツが、胸元にはブラが現れる。下着ぐらい何でもいいんじゃないかとは思うが、魔力が宿っているのだとしたら仕方がない。そうだ、今度その辺をペトロンに訊いてみるか。そして両手は白い長手袋に、両足は白いストッキングに覆われる。最後にリボンとフリルで装飾された桃色のワンピースを身にまとい、変身が完了した。

 個室のドアを開けると動物の姿に戻ったペトロンが待っていた。彼は俺の肩に飛び乗り、咥えていたレシートを俺に渡して言った。

「交換と換金は後にしよう。まずは魔物の討伐だ!」

「分かった。どこにいる?」

「こっちだよ!」

 ペトロンは走り出す。俺も脱いだ衣類を抱えて後を追った。

 俺は魔物は店の外にいるのかと思っていた。だが、ペトロンは店の奥へと駆けて行く。そこで目にしたものを見て、俺は思わず噴き出した。

「うっそマジかよやべぇ」

 歓喜する男の前には、際限なく玉を出す遊技機、に扮した魔物がいた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ