国民フラワー(三十と一夜の短篇第82回)
「失礼します。部長。お呼びとのことですが」
「ああ、うん。そうなんだよ。座って、座って」
「はい」
「別にね、何かあるとか、言わなきゃいけないことがあるってわけではないんだ。ただ、ほら、管理職も部下と緊密なね、コミュニケーションを取らないといけない。ほうれんそうみたいなもんだよね。そうだよね?」
「はい」
「そうなんだ。で、だね、これは別にプライベートをどうこうという話じゃないのだけど、ほら、気の許しあえる仲間の内輪話みたいなのだけどね、その、……花はまだ咲かないのかね?」
「はい。そのようです」
「まあ、その、なんだ、いまは個性の時代だからね」
「あ。でも、咲かないとダメ、ですよね」
「いいか悪いかで言ったら、まあ、咲いたほうがいいのは間違いないんじゃないかなあ。政府からのお達しだし。うちはお上との取引も多いだろうから、咲いてくれていれば、うれしいんじゃないかなあ。いや、でも、別に一億総員火の玉になれとか言われてるわけじゃあないんだ」
「咲いてくれればと思って、いろいろしているんですが。申し訳ありません」
「いや、謝る必要はないんだよ。わたしは強制しないからね。いいかな。わたしは、強制、しない。だよね?」
「はい」
「確かにウチの部署でまだ咲かせていないのはきみだけだし、ひょっとすると、わが社でまだ咲かせていないのも、いや、これはわたしが言うわけではないんだけどね、ただ、そうじゃないかなという話がそのあたりから出ていて、今度、株主総会もあることだし、ね?」
「わたしの花が咲かないことが株主総会の議題になるんですか?」
「いや、いやいやいや、そんなことはわたしは言っていない。ただ、株主総会がもう少しであるなあ、という話。それだけだよ。ただ、このあいだ、社長からね、きみの不安があるかもしれないから、上司として、親身になっていろいろきいてみたらと言われたんだ。ほら、あげてる水のこととか。ああ、でも、これは別に社長から隠れユーチューバー社員対応マニュアルとかが管理職に配られて、それに基づいて、予防線を張ってるわけじゃあないんだ」
「ユーチューバー?」
「いや! 別にユーチューブであれこれすることを、ね、悪いと会社が言うわけじゃあないんだよ。むしろ、これからは個人がどんどん発信していく時代だし、その、かわいい動物映像とか、それに、まあ、ちょっとした不安とか、もっとちょっとした不満とか」
「わたしはあまり、その、ユーチューバーはちょっと……。あの世間に逆行すればウケると思ってる考え方が慣れません。花についても、『おれは花なんてくそくらえだぜ』と言って、種を踏みつけるのは抵抗の仕方として違うんじゃないかと思います」
「そう! そうなんだよ! いやあ、きみがそういう考え方をしているとはね! そう、何でも反対にやりたがる人がいて、それが、ほら、個人の発言だけど、その個人だって、学校や会社や役所にいるわけだろう? そうしたら、個人の発言がその会社の是とするところだと思われたら、これは大変なわけだ」
「わたしもそう思います。会社に身を置く以上、組織益を考えるべきです」
「まったく、きみのいまの発言を社長に見せてあげたいよ! いや、別に録音してるとか、じゃないけど、社長は『いまどきの若者は』タイプだからね、きみみたいに愛社精神がきちんとある若者だっていることを見せてあげたいって意味なんだ」
「はあ」
「それで、どうかな? 役所はサポートとか」
「役所は最大限のサポートをしてくれてます」
「それはもちろんさ。役所が種を配ったんだから、役所がサポートしないとね。で、土はどうかな?」
「添付資料の通りに腐葉土を使っています」
「水は?」
「付随のメスシリンダーを使ってあげてます」
「太陽は?」
「問題ないです」
「じゃあ、あれだね、きみのせいではないわけだ。いや、一度だって花が咲かないのはきみのせいだなんて、ね、思ったことは、ほら、ないよ。そうだ。開花支援ロボットは?」
「使ってます」
「もちろん、きみは使ってる。うん、みんなが使ってる。それは、ハナサカジーサン型かな」
「いえ、オヤユビヒメ型です」
「素晴らしい進歩だ。わたしたちは原因に一歩近づいた」
「どういうことでしょうか?」
「支援ロボットをハナサカジーサン型に変えるんだ」
「――いえ、いまのままで大丈夫です」
「いや、みんな咲いてる人はハナサカジーサン型のロボットを使ってるんだ。それだよ。実はわたしの娘もね、咲かなかったんだが、ハナサカジーサン型に変えたら、あっという間に芽が出て、花が咲いたんだ。いやあ! 簡単な話だ。今日は早退していいから、すぐにハナサカジーサン型に」
「――ません」
「ん?」
「僕は彼女を捨てたりしません!」
「きゃっ!」
「彼女は確かにちょっと不器用かもしれません。でも、一生懸命頑張ってくれています。もし、彼女を変えることが社の命令というのでしたら、解雇してくれても構いません。それでは、失礼します」