友人の勇姿
「武藤、驚くのは無理もない。だけどあいつらは『最強』なんだ。この世界で、あいつらに勝てるやつなんていないんだよ」
「神代……お前ってやつは、なんて友人に囲まれてるんだ……是非、変わってくれ! まさに俺の中二病が具現化した世界じゃないか!」
「違うんだ、友達っていうか、事情があって俺を守ってくれてるんだよ」
「だからその役目を変われって言ってんだよ!」
「無理だつってんだろ! 俺だって好きでこのポジションにいるわけじゃね―んだよ!」
そのとおりだ。
俺はこれからも毎日こんな襲撃に備えなきゃいけないし、絶対に死んではいけない。
……らしい。
実感がないから、なんとも言えないところだけどな。
「うぅ、尊様、頼むから、変わってくれよ~」
「うるさい、足に絡みつくな。動きにくい!」
「尊君大丈夫? こっちは終わったよ~」
ひらひらと手を振って笑みを浮かべている朱莉。
よかった今ので、終わりなんだな。
「全く、神話の生物の攻撃を防ぐのは難儀だったよ」
「まあまあそんな事言わずに。キョウカなら、楽勝デシタよね?」
空中から、スタッと着地するリアン。
「とにかく、三人とも俺を守ってくれてありがとうな」
「うん!」「デス!」「当然だ」
三者三様の返事を返す。
皆、あれだけの力を使っていたが元気なような。
「結局武藤くんの、悪運ってこれだったんだね。もう守護霊が戻ってきてる」
「え、九之宮さん。守護霊見えるんですか? どんな霊ですか? 綺麗なお姉さんとかだったら、嬉しいんですけど!」
「あぁ……いや、杖をついたおじいさん、みたいだけど」
「ぐはっ、俺は、守護霊にすらモテないのか……」
またもや、電車の中と同じくその場で崩れ落ちていた。
「なあ、こいつの記憶、消さなきゃいけないんだろう。そろそろ潮時じゃないか?」
「そうだな、私の催眠能力で記憶を書き換えさせてもらおうか」
すると武藤は、起き上がり柊の前で停止する。
「俺……」
「君はじっとしているがいい。なに、直ぐに終わる」
そして武藤は驚きの行動に出る。
「な、なんだかよくわからないけど、すみませんっ。今回の騒動は、俺の悪運が引き起こしたものです。だから、切腹でもなんでも命令下さい」
全力でお辞儀をしている。
「いや武藤、そもそもこんなことが起きているのは俺のせ……」
「違う、神代は学校でも優等生で女に疎いところはあるがいいヤツで俺の友達、いや親友だ。そんなやつが、狙われるなんてあっちゃならねえ。どうせ狙われるなら、俺でいい。親友を、死なせたくないんだ」
「武藤……」
でもそれはできないんだ。
<特異点>は何の因果か知らないが、俺に降り掛かった災厄。
それを他人になど、譲渡できるはずがない。
それが出来ているなら、とっくにしているだろうから。
「武藤くん、その気持は嬉しいけどこればかりはそうもいかないの。だから、ね、顔を上げて」
朱莉が武藤の肩に手を置き、言葉をかける。
「まあ、しょうがないさ。そう思うのも無理はない。苦しまなくてすむよう、そんな気持ちすら、ヒュプノで忘れさせてあげよう」
柊が、武藤の額に手を当てる。
これで、武藤は何事もなかったかのように日常に帰れるんだ。
これでいい。
「ちょっと待ったデス! キョウカ、一旦忘却の力を止めて下さい」
「ど、どうしたんだよリアン。これは仕方ないことだろう」
「確かに、リア達の西洋アルケミー連盟でも一般人に魔術を見せるのは憚れていマス。でも、そのムトウは見どころがありました」
「あ、そういえばさっき神話のこと語ってくれてたよな」
「そうデス。それだけの知識があれば、リア達の力も時間をかければ理解できるはずデス。『一般人』には、関係のないことですが同じ『魔術』を使う者であれば、<特異点>を守るものとして、リア達の存在を知っていてもいいと思いマス」
「おいおい暁月君、まさか武藤君を魔術師にでもするつもりか?」
「そうだよ、あたしの霊能力もそうだけど、そう簡単に習得できるものではないんだよね?」
「では、ここでテストをしてみましょう。ムトウ、リアの質問に答えてくださいネ」
「はい! 暁月様の仰せのとおりに!」
こんな状況なのに、元気いいな……
「では問題、<ゾロアスター教>における最高神の名前は?」
「『アフラ・マズダー』です! 更に『アムシャ・スプンタ』という最高神に仕える、七柱の善良な神がいるはずです!」
「正解! ふむふむ、じゃあ<ギリシャ神話>における『カオス』から生まれた暗黒神は?」
「『エレボス』です! 妻は『ニュクス』でその子孫『アイテール』、『ヘーメラー』を誕生させました」
「これまた正解! えーっと、『フェンリル』も<北欧神話>からだったから……<北欧神話>における、<月神>は?」
「『マーニ』です! <ラグナロク>の際は、『ハティ』によって最難な目にあう神です」
「正解正解! じゃあじゃあ次は……」
その後も次々と、正解していく。
お前の中二病、どんだけこじらせればこんだけ神話に詳しくなるんだよ……
だって普通に考えて、神様の名前なんて頭に入るもんでもないだろう。
魔術師はみんなこんなに神話に詳しいのか?
いや、ここまで知っているから『最強』の<魔女>なのだろうか。
「アカリ、東洋の神話の問題も出してあげて下さい!」
「あ、あたし? え、えーっとそれじゃあ……天地開闢をした<中国神話>での創設神ってわかる?」
流石に西洋の神話だけでなく、東洋の神話なんて複雑でわかるわけが……
「盤古ですね。後世になって色々と変わっていますが、この神自体は変わっていないはずです!」
「す、すごいね! <日本神話>もわかるの?」
「はい! 俺って、中学時代は神話がめちゃくちゃ好きだったんです。だってかっこいいじゃないですか!」
「う~ん、合格デス! そうデス、神話や伝説はカッコイイんデスヨ!」
「え、マジかよ」
いくら神話に詳しいからって、魔術に引き入れるとか大丈夫なのか?
それも理由が、神話がカッコイイからとかいう不順な動機な気がするんだが、気のせいだろうか。
「暁月君、本当にいいのかい? 君がいいなら、私も記憶を消したりはしないが……」
「問題ありません、リアの弟子ということにするので」
「うむ、わかった。では最後に、少年、<特異点>の話は武藤君にしてもいいかい? そうすれば彼も君の力になってくれるだろうが」
確かに友人(武藤曰く親友)である、武藤が仲間に入ってもらえば心強いのは確かだ。
だけど、友人をこんな奇天烈な毎日に巻き込んでいいのだろうか。
あいつは、心根がいいやつで、高校を卒業したら家業も継ぐんだ。
それなのにこんなことに巻き込むわけには……
そこで肩に手が置かれる。
「神代、もし本当に暁月さんの弟子にしてくれる流れを作ってくれるなら、俺はお前を神と崇めよう。大丈夫さ、派手なことはきっと出来ないだろうがお前より俺のほうが運動はできる。ぜってー守ってやるよ」
「……わかったよ。柊、こいつの記憶を消さなくてもいい。リアンも不躾な俺の友人だが、弟子としてこき使ってやってくれ」
「あいあい、サー!」
リアンの返事はなんとも気が抜けるものだった。
武藤は涙を流して、「ありがとう、ありがとう俺の中二病」と言っている。
柊は頭を抱えていて、朱莉は呆れた笑みを浮かべている。
はぁ……こんな感じで進むんだな、俺の最後の高校生活は。
そして休校日が終わり、いよいよ授業が始まるのだった。
武藤は中二病を拗らせていますが、皆さんの中にもその頃に神話にハマった人がいるのではないでしょうか。
そんな人が、このような状況に置かれたら燃えますよね。