クラウディアとフェンリル
「はぁ、はぁ、お前ら体力ありすぎだろ……」
俺はついていくのが必死で、屋上の入り口につく頃には大分へばっていた。
「リアはとある神の加護を受けているので、へっちゃらデスヨ」
「あたしも四神の加護があるから、大丈夫」
「そもそも私は運動神経が良い」
「神の加護って……チートすぎんだろ」
武藤には悪いが、息が治るまで待ってもらった。
「少年、準備はいいか? 鍵は開いているようだ」
「もちろん。なにか出来るわけじゃないけど、武藤を助けたいんだ」
その気持に嘘はない。
友人を、見捨てたりなんてできない。
ガチャ
っとドアを開け、すぐさま三人で屋上に出る。
そこには一人の男が立っていた。
武藤の頭に、拳銃を向けて。
「神代、た、助けてくれ。俺、このままじゃ撃たれちまう!」
「分かってる、今助けるからな」
とは言っても、この状況では分が悪い。
武藤に三人の能力をみせる訳にはいかない。
どうすれば……
ふと、肩に手が置かれる。
「少年、案ずることはない。私が後で記憶を操作する。だから皆も安心して、力を使って良い」
「助かります、柊さん」
「といっても、拳銃くらいならキョウカが今すぐ片付けられるのでは?」
そこでふと何かに気付き、眉を寄せる。
『諸君、よく来てくれた。まず一つ、神代尊を渡せ。それさえ叶えば、私はすぐに立ち去ろう。もし拒むなら、この男を撃ってやろう』
バサッと白衣が揺れる。
「撃ちたいなら撃てば良い。だが、その男は返してもらうがな」
『ふふっ、あーはっはっは。知っているぞ、君は柊京夏。最強のエスパーなんだろう。この銃をどうにかしたいならすれば良い。君にできるかな?』
「やってみればわかっ……なんだと」
腕を前に突き出した柊は、驚愕していた。
『私のまわりには、AESを展開している。いくら高位のエスパーでも、これは破れまい』
いや柊がダメでも……
「『朱雀』!」
『朧月』を持っている、朱莉が行った!
その体には薄っすらと赤い炎を纏っている。
『朱雀』の力によって、一瞬にして半分ほどの距離まで詰めたが……
「くっ……なるほどね」
「朱莉、どうした!」
「その真中あたりに、強力な結界が張ってあるの。強力な能力をもつあたし達は、通ることすらできないの」
「Ego sum aer, et aurora perspicua est.(我は空気なり、その暁は透き通る。)」
小さな声で何かが聞こえた気がする。
『はっはっは、今の力。君が九之宮朱莉だね? そうかそうか、ということはもうひとりの彼女は……いない!』
「リアン……?」
そこには誰も居なかった。
周囲を探すが、見当たらない。
「Curre, Hermes. Per meae! ..(駆けろ、ヘルメス。我が命により!。)」
どこかでリアンの声がした。
するとはるか上空に、翡翠色の魔法陣が続々と展開される。
『な、なんだ。どうなっているっ、暁月=リアンはどこだ』
「後ろデス」
そのまま男の正面に前宙で回り込み、持っていた銀色の杖から細剣を取り出して拳銃を跳ね除けた。
武藤は恐怖からか、地面にうずくまる。
『な、にっ。結界の射程範囲より遠くから、あの一瞬駆けつけたのか』
黒服の男の首には、漆黒の細剣が首を傷つけている。
その血液はポタポタと、地面に落ちる。
「これでムトウは返してもらったデス」
そこで柊が言い放つ。
『戻れっ、これは罠だ! 今プレコグが働いて、未来が見えた。今すぐ……』
空から音がする、ヘリが降下してきた。
リアンはすぐさま武藤を抱えると、すぐさま魔法陣を展開して結界を迂回しながら、こちらに戻ってきた。
黒服の男が笑っている。
『はっはっは、罠に掛かるとは魔女も所詮はただの少女だな。聞いているか大魔道士様、早く私を生贄にしてください』
その顔は、清々しいようで晴れ晴れとした恍惚とした表情だ。
まるで、救われたような、そんな様子。
ヘリから、巨大な黒い魔法陣が現れる。
それが屋上まで、ゆっくりと降下してくる。
「これは……まずいデス! 皆ミコトを連れて、全力で逃げて下さい。リアが、なんとかしマス」
「そんな、リアンだけ残していけるかっ」
「違いマス。これは……これだけは、リアがなんとかしなければならないのデス」
『来る、来るぞ、私を生贄に怪物が!』
異様だった。
そして二度目にしたことのある光景だった。
首筋から滴った血液が、漆黒の魔法陣に垂れ、それが徐々に巨大な魔法陣全てに行き渡る。
血液が垂れて、広がっていくごとに男は干からびていく。
魔法陣に体中の血液が吸収されていくように。
そして男は最後干からびた唇で、こう言い残した。
『おお、『大魔道士Claudia』様。我が壊してみせます、<特異点>を!』
その男の最期は、魔法陣が完成すると同時に屋上から飛び降りた姿だった。
きっと下にいる人は驚いたであろう。
人間が落ちてきたのは当然として、全身の血液が抜かれているのだから。
「これは、マズイ気配がするね」
「そうだな、でもリアンを置いて逃げるなんて真似はしないよな?」
「当然、そもそもあたし達の近くにいたほうが安全だよ。尊君はあたしが絶対に、守ってみせるから」
ギュッと手を握られる。
幼馴染の手のひらは、とても安心できるものだった。
「なんで皆、逃げないんデスカ!もうこの神を冒涜した漆黒の魔法陣が完成しマス。これはリアが……」
リアンの頭をベレー帽の上から撫でる。
「お前を置いて、逃げることなんてできないってさ。それに、『最強』があつまれば、もっと『最強』になるだろう?」
「ミコト……」
リアンは頭を撫でたからか、落ち着きを取り戻す。
「なあ柊、あのヘリは前みたく落とせないのか?」
「さっきからやっているが、あの男同様AESを効かせているようだ。私は手出しできない」
「なら朱莉は……」
「尊君、今はそれどころじゃないの。魔法陣の中央を見て、あたしは魔術にはあまり詳しくはないけど、なにかの召喚儀式みたい」
「そうデス。これは、生贄の命と引き換えに悪魔を呼び出す魔術。でもこの術式はは、悪魔なんて生易しいものが出てくるとは思えないデス」
ヘリを見上げた。
「あそこにその大魔道士とやらが、乗ってるんだろう?」
「はい……『大魔道士クラウディア』、まさか存在したなんて」
「リアン君、これはもう止められないのか?」
「もう、手遅れデス。事前に術式が描いてあったのでしょう。結界の時から気付くべきでした」
ヘリから成熟した女性の声が響く。
『そこの衆、<特異点>を守りながら戦えるのかえ? 我はしかと見届けようぞ』
そしてヘリは風を切り、去っていく。
「魔術を通して、あたし達の見えないところで監視してるってわけね。でも、結果は変わらない」
『朧月』を空高く掲げる。
「この刀に誓って、あたしは<特異点>、いや尊君を守る!」
その時だった。
屋上を覆い尽くそうな漆黒の魔法陣が一回転する。
「来るぞっ」
柊が叫ぶ。
そこに徐々に現れたのは、この世のものとは思えない足枷がついた巨大な狼の姿だった。