古代兵器アルゴギガース戦 ─巨人内部─
アルゴギガースの体内を進んでいますが、魔術か何かしらで空間が拡張されているのか、中は広いし、魔物も多い。
人体の構造と同じではないようで開けた空間に出たり迷路のような通路があったりと心臓部分になかなか辿り着けません。
出現する魔物は種類で言うと基本的にゴーレム系。そのゴーレムは人や獣の形をしており、私を見つけた途端に襲い掛かってきます。
しかもこれがまた強い。オルフェノク地下大迷宮の下層にいる魔物ほどではなくとも油断できない強さを持っています。これが外に出た日にはテルフレアは為す術なく滅びるでしょう。
それでも私がゴーレムに負けることは多分ないでしょうし、バエルのおかげで『魂喰い』を獲得しているので魂のことなど考えず立ちはだかる魔物は全て倒して経験値にします。
魔物が強いので当然得られる経験値も多い。1000を超えていたレベルも久し振りに上がりましたよ。ステータスは各数値が少し上がっているだけなので今は確認する必要はないでしょう。
しばらくはここを狩場としてレベルを上げるのも考えました。
私のレベルが上がればタルトたち従魔のステータス制限も解除されていきます。私が強くならないと彼女たちの本領は発揮できませんからね。
ですが、時間がない。そんなことをしている間にもアルゴギガースはテルフレアに近付いています。
一刻も早く心臓部分に向かってアルゴギガースを止めなければ!!
心臓部分にダメージを与えてアルゴギガースが止まるかはやってみないとわかりませんが、私はその可能性に賭けて先を急ぎます。
それはそうと、何故アルゴギガースの体内に魔物が生息しているのか。
最初魔物と遭遇した時は驚きと共にそう思いました。
確かに、体内というよりダンジョンの雰囲気があるので魔物が生息してもおかしくない気もします。でも、やっぱり変かな?
そこで私はこう考えました。
あのゴーレムたちは外部からの侵入者を重要な器官へ近付けさせないために排除しようとしている、と。
であれば大方予想はつきます。
ゴーレムが多い方に進んでいけば自ずと重要な器官へ辿り着く。
まあ予想は予想です。まったく関係ないところに繋がっているかもしれないです。たとえばゴーレムを生み出しているところとか。その時はちょっとだけレベル上げをして心臓部分を探しましょう。
そして進むこと数分。
数分と言っても『浮遊魔術』を使い、結構な速さで飛びながら進んでいます。なのでのんびり進んでいるわけではありません。
今頃みんなはどうしているのでしょうか。
バエルは別件で何処かへ行くと言っていました。まあ、バエルですので特別心配とかはしていません。
悪魔たちは今も魔物たちの討伐を頑張っているのでしょう。全て終わったらグラの豹変が戻るのか不安ですね……。
デオンザールは……この後何をするのか聞くのを忘れていましたね。従魔ではないため念話は使えない。連絡を取ることもできません。
タルトはこちらへ呼び出そうとしましたが、万が一の保険も兼ねてテルフレアを守るように伝えています。寂しいですがここは我慢です。
だんだんとゴーレムの数が多くなってきましたが問題なく進みます。
そして、一つの大部屋へとやってきました。
足元は他の部屋と変わらず石造り。しかし壁は肉のようなブヨブヨしたもので造られています。不気味だし気持ち悪いですね。
部屋の感想はここまで。
私はこの部屋に入った時、壁と一体化している一際目立った大きな肉塊に目を向けます。
脈を打つ肉塊はまるで心臓のよう。あれがアルゴギガースの心臓なのかもしれません。
そしてもう一つ、注目すべき部分があります。
それは肉塊に四肢が埋もれている人らしき存在。
あの人とは何度か面識があります。あの人からサフィーたちを解放したのですから忘れるはずもありません。
何故こんなところにいるのかわかりませんけど、一応声をかけてみるべきでしょうか。
肉塊に近付き、その人物に話しかけようとした時、肉塊に四肢が埋もれていたその人は瞼を開けて私を見つめます。
「……やっとだ。やっとテメェを殺せる!」
「カルロスさん……」
「この時をどれほど待ちわびたか。こいつを使って街ごと踏みつぶす予定だったが、それじゃあつまらない。俺の手でちゃんと殺さないとなぁ!」
「どうしてあなたがこんなところにいるんですか。それにその姿……」
私が問う前にカルロスさんは肉塊から出てきました。
右腕はあの肉塊と融合しているのか肥大化し、爪も獣のように鋭く伸びている。左腕は剣と一体化している感じです。
辛うじて人の形を保っていますが、普通に魔物に見えてしまいます。誰がどう見ても今のカルロスさんは魔物だと言うでしょう。
「俺は人間をやめた。いや、やめさせられたと言うべきか。テメェに復讐するなら何でもすると誓ったがこうなるとは思っていなかった。最初は拒んださ。だが、こうして人間をやめて力を得てからはテメェをどうやって殺すか楽しみで仕方なかった」
「……どうしてそこまで私を憎むのですか?」
「わかんねぇのかよ。テメェは俺から道具を奪った! テメェのせいで恥を掻いた! テメェがいなければ俺は今まで通りの生活を送ることが出来た! 全部テメェが壊したんだ!」
それはまあ、そうなのかもしれません。
でも、私はサフィーたちに酷い事をするカルロスさんが許せなかった。
彼女たちは道具なんかではない。私たちと同じ命なのです。理不尽な暴力を振るわれる理由などない。
あと、恥を掻いたのは私のせいではないと思います。
やり過ぎたかも、とは一応反省しましたけど、勝手に気絶してお漏らしまでしたのはカルロスさんです。
きっと恥を掻いたというのはお漏らしのことを言っているんでしょうが、それなら事前に済ませておいた方が良かったと──なんで私こんな時にお漏らしの件を考えているんですかね。すごくどうでもいいことです。
とにかく、カルロスさんが私を殺したいほど憎んでいることはわかりました。
復讐を果たしたいカルロスさんですが私はアルゴギガースを止めたい。
ここは一つ話し合いで解決する。なんてことが出来ればいいんですけどね。
残念ながら向こうは戦う気満々です。私を殺したいのですから当然ですか。
戦闘は避けられないので【聖光領域結界】で守りを固めていきましょう。あとはどうやってカルロスさんを倒すか。
作戦を考えながらもカルロスさんの動きを窺っていた私。
しかし、突然カルロスさんの姿が消えました。
次に現れた時は私の目前。
剣のようになった左腕を私に向かって振り下ろします。
嫌な予感がしたので咄嗟に動いて回避しましたが、今の攻撃で用意していた【聖光領域結界】の半分以上が壊されました。最大枚数の50枚をたった一撃で半分以上……。過去を遡ってもここまでやった存在はいない。
はっきり言いましょう。
これはちょっとどころか、かなり厳しい戦いになるかもしれません……。
まず最初に、カルロスはアルゴギガースと同等の力を手にしている。
理由はカルロスがアルゴギガースの心臓の一部となっているから。彼は巨人と一つになることで圧倒できる力を手に入れた。
この力があればリリィなんて簡単に殺せる。あの時とは立場が逆転する。
リリィと従魔を賭けた試合では一方的にやられていたカルロス。しかし今はリリィを圧倒している。
反応が良くて躱されてしまい攻撃は全て当たらない。それでも攻撃する余裕など与えず回避に専念させている。
攻撃できなければ負けることはない。カルロスはひたすら攻め続けた。
この状況にはリリィも苦しい表情を浮かべていた。
あの時とは比べ物にならないほど強い。もう別物だ。カルロスであってカルロスではない。彼の攻撃も何とか躱しているがこれもいつまで続くか。
リリィは最悪自分が致命傷を負ってでも勝ちに行っていいと思っている。それだけ余裕がないということだ。
リリィの『治癒魔術』であれば大抵の傷は即座に完治できる。もちろんそれは即死でなければの話だが。
首を斬られたら当然リリィは死ぬ。剣もしくは爪が心臓に突き刺さってもすぐに抜かれれば助かるかもしれない。しかし長時間刺さっていたら治しようがない。
リリィを殺そうとしているカルロスなのだからそこは手を抜かないだろう。確実に急所を狙ってきている。
ただ、急所を狙ってきているからこそ動きの予想もしやすい。躱し続けられているのもそれが理由だ。
(焦りが出てるのかカルロスさんの攻撃が大雑把になってきましたけど威力は変わりませんよね。当たっていいと思っても実際どれだけダメージを受けるかわからない。痛いのはいつになっても嫌なので可能なら避けたいところですが……)
攻撃しないままでは勝てない。それはリリィも十分理解している。
多少の痛みは戦いに付き物だから仕方ない。
我が儘を言っている場合でもなかった。
こうしている間にもアルゴギガースはテルフレアに向かっているはず。致命傷を恐れていてはテルフレアの未来がなくなる。
リリィは覚悟を決め、カルロスに攻撃を仕掛ける。
スキル『並列詠唱』と『多重詠唱』にて破壊された【聖光領域結界】の補填をしつつ、高火力の魔術をカルロスに向けて連発していく。
余談ではあるが、この時リリィは初めて知ったことがある。
たった一撃で用意していた【聖光領域結界】は半分以上破壊される。それだけアルゴギガースの攻撃力は高い。
その状態で『多重詠唱』を用いて【聖光領域結界】を補填した場合、枚数はどうなるのか。
答えは追加で枚数が増える。つまり今のリリィには普段よりも多くの障壁が彼女の体を守っていることになる。
何故知らなかったのか。いや、今回に関しては知る機会がなかったというのが正しいのだろう。
過去を遡ってもここまでの攻撃力を持つ相手と戦ったことはない。
破壊できたとしても50枚あるうちの1枚か2枚程度。それなら補填する前に倒してしまえばいい。そうすれば全て破壊されることはない。リリィはこれまでそうしてきた。
だからこんなことは初めてなのだ。故に知らない。
当然興味本位で試すことも出来ただろう。しかし、こうして常識外れの攻撃力を持つ敵と出会うまで必要ないと無意識に決めつけていた。それだけ自信を持っていたとも見える。
まあ知らなかったことを知れたのだからいい。自分が不利になるわけではない。むしろこのことを知れて余裕が生まれる。
リリィの魔術もまた強力だ。本気の彼女が使った魔術を食らえばかなりのダメージを与えることが出来るだろう。
唯一の懸念はアルゴギガースと同等の強さを持つカルロスに通用するのかどうか。これで通用しなければリリィに勝機はない。
だが、まだ勝負はわからなかった。
余程早くリリィを殺したいのか動きがどんどん単調になっていくカルロス。これだけわかりやすい動きをされると流石のリリィも見慣れてきた。
しかも、基本的に大振りな攻撃で次に繋ぐのに若干時間がかかる。
もっと冷静に考えれば隙はなくなる。だが、そうなっては困るのでカルロスにはこのままで居てほしいと思うリリィ。
リリィは攻撃と攻撃の合間に生じる隙を狙ってカルロスに魔術を放ちダメージを与えていった。
「ぐっ……。がぁぁぁぁッ!!」
猛々しい咆哮を上げるも怒りで更に動きが単調になる。
だが更に単調になったとはいえ、攻撃の速さが若干速くなっていた。油断していたら殺されてしまう可能性は十分あるだろう。
しかし、常識外れの攻撃力を持ってしまったカルロスだが魔術は普通に効くらしい。もしかしたらアルゴギガースは高い攻撃力と引き換えに防御面が弱くなっているのかもしれない。
(魔術を無効化する障壁があるのも魔術に耐性がないからかも……)
今となってはアルゴギガースの内部にいるため関係ない事だが、障壁がなければ簡単に倒せていたかもと考えられる。
ただ、今は本当に関係無い事なので無駄なことを考えるよりも敵に集中した方がいい。
リリィは引き続きカルロスの隙を狙いつつ魔術を使っていった。
体感ではもう30分以上は戦っているはず。
そう思っているリリィだが実際はまだ5分ほどしか経っていない。
あれだけ激しく動いているのにもかかわらずカルロスの表情に疲れは見えない。やはり人間をやめたというのが関係しているのか。
リリィもカルロスの動きに慣れてきているので彼の攻撃を躱し続けているが、それでも疲労は溜まっていく。
正直もうカルロスには倒れてほしい。高火力の魔術をこれでもかと食らっているのだからそろそろ倒れたっていいはずだ。
だが、カルロスは未だ倒れず向かってくる。
(魔力の方はまだ余裕がありますけど、こんなにしぶといと流石に嫌になってきますね……。私が時間をかけると外にも影響しますし早めに倒したいところ。それに……)
何となくこのままでは不味いと感じていた。
今まで大雑把な攻撃をしてきたカルロスが考えて行動してきているように見えるからだ。いや、実際最初の時よりも隙がなくなっている。
今更かと思う反面そうなる前に仕留めておきたかったと後悔するリリィ。
だが後悔しても元に戻るわけではない。リリィは今のカルロスの戦い方に対応するしか道はないのだ。
そして予想外の事態が起こる。
決して油断していたわけではない。むしろカルロスの戦い方が変わってからは更に油断せず気を引き締めて戦いに挑んでいた。
だが、この一撃で仕留めようと思ったのか予想を遥かに上回る速さで近づてきたカルロスにリリィは驚き、一瞬動きを止めてしまった。
わずかな時間でもこの戦いでは命を獲るに十分な時間だった。
剣を振り下ろすカルロスに対して、下手に回避し体勢を崩したところを突かれては不味いと思うリリィは左手に持つ『宵闇の魔道神杖』で受け流そうとした。
剣による一撃を『魔闘法』で強化した杖で滑らし、そのまま同じく強化した『月光の魔道神杖』で打撃を与える。
これがリリィの頭の中にある次の動き。杖本来の使い方ではないがこの状況では魔術よりも打撃の方が出が速い。
衝突し、火花が散りながらもカルロスの剣を滑らして地面に落とした。このまま一気に……
(う、嘘……。そんな……)
リリィの耳に何かが壊れる音が聞こえた。
ふと左手に持つ杖を見てみる。
そこには強化したのにもかかわらず途中で折れてしまった『宵闇の魔道神杖』があった。
オルフェノク地下大迷宮の最下層にいた時から今日までずっと使い続け、支えられてきた杖の一本。
愛着があるに決まっている。これからもずっと使い続けるはずだった。しかし、ここまで破壊されては修復も不可能だろう。当然ショックは受けている。
だが、せっかく作ったチャンスを無駄にするわけにはいかない。
折れてしまった『宵闇の魔道神杖』を【異次元収納箱】に収納し、『月光の魔道神杖』を使ってカルロスの顔面に向かって全力で振り上げる。
この一撃はカルロスが吹き飛ぶほどに強く重かった。
それでもまだ起き上がりリリィを殺そうとしている。
しかし、カルロスがリリィの顔を見た瞬間に全身に悪寒が走った。
流石に漏らしはしないが、あの時、リリィと従魔を賭けた試合した時よりも恐怖を感じている。
リリィはずっと真剣に戦っていた。
今までも敵や魔物と戦っている最中にそんな表情はしたことない。したとしてもそれは戦いが終わった時のみ。
しかし、今のリリィは違った。何か様子がおかしい。
──リリィは笑みを浮かべてカルロスを見つめる。





