古代兵器アルゴギガース戦 ─巨人再会─
「リリィ様。無様にもあの巨人に蹴り飛ばされたこの男こそがデオンザールです。種族は見た目通り"巨人族"。図体の大きさと力が強いことだけが取り柄の脳筋男ですね。一応あの巨人と同類です」
「同類じゃねぇよ! あれは俺とは別物! まさか実物を見るとは思わなかったが……まあ今はそんなことどうでもいいや。それよりもバエル。お前今この嬢ちゃんのことを「リリィ様」と言っていたが……」
「ええ。この御方はリリィ様です。厳密に言えばもう一人の、となりますが」
デオンザールは私の顔をじっくりと見つめます。
そんなに見つめられると恥ずかしいですね。
見つめ終えるとデオンザールは再びバエルの方を見ます。
「確かに、魔力の感じもリリィ嬢とそっくり……というか本人そのものだな。まるでリリィ嬢が少し幼くなった感じだ」
「あの、もう一人の私ってどんな感じなんですか?」
「お、おお……。声も同じだが、何と言うか、俺の知っているリリィ嬢とは雰囲気が全然違うからそんな風に喋るこっちのリリィ嬢は違和感があるな……。バエルは違和感を覚えなかったのかよ」
「リリィ様はリリィ様です」
そう答えるバエルに対してデオンザールは溜め息を吐きます。
「そうかよ。じゃあ俺も気にしねぇ。それに、こっちのリリィ嬢の方が親しみやすい気がするしな。とりあえず手短に自己紹介といこう。俺はデオンザール。リリィ嬢に仕える巨人族のデオンザールだ。こっちのリリィ嬢とは初対面だが、同じリリィ嬢であるなら今まで通り惜しみなく力を振るうことを約束しよう。これからよろしくな!」
デオンザールは握手を求めて来たので私は彼の手を握ります。
まあ、デオンザールは巨人族。私よりも手は大きいので握手というよりは私の手が彼の手に包まれている感じですね。
デオンザールはタルトにも挨拶していましたが、バエルと同じくデオンザールのことは覚えていないようです。二人して首を傾げていました。それはそうとデオンザールもタルトのことを知っていたんですね。
バエルとデオンザールはタルトを覚えていて、タルトは二人を覚えていない。やはりこれには何か理由があるのでしょうか。
調べようにも情報が少なすぎて無理ですよね。この調子だと他の従魔たちと会っても同じ反応になると思いますし、手っ取り早いのはもう一人の私に会うことでしょう。何処にいるのか知りませんので結果無理な話になりますけど。
「それじゃあ、さっさと再契約してあいつをぶっ倒──」
「いえ、再契約は後にしましょう」
「なんでだよ。リリィ嬢の従魔になった方が気合が入るっていうのに」
「残念ながら今のリリィ様と再度従魔契約を結んでしまうとあなたのステータスが制限されます。この状況でわざわざ弱体化するのはあまりに愚策」
「ってことはバエルも弱くなっているってことか? それなら余裕で勝てるかもしれないが……そんな暇はねぇか。仕方ねぇ、そういうことなら再契約は後回しだな」
「ごめんなさい。私のレベルが低いばかりに……」
「リリィ嬢が気にすることじゃねぇよ、って言っても気にするんだろうな。まあ、あっちのリリィ嬢は強すぎて出番がない時が多かったんだ。こんなこと言うのはすげぇ失礼かと思うが、俺はこっちのリリィ嬢が強すぎなくて良かったと思ってる。なんたって俺が活躍できるからな」
複雑な気持ちですよ、本当に……。
もう一人の私はとんでもなく強かったのでしょう。
それに比べて私はまだまだ。彼らの力を制限してしまうほどレベルが低い。
私ほどのレベルになれば一つ上げるだけでも苦労する。
デオンザールの言うように気にしないと言われても気にしてしまう。
けど、気にするのはここまでです。だって気にしたところでレベルが上がるわけではありませんし。
オルフェノク地下大迷宮で生活していた時みたいに一歩ずつゆっくりと地道に行きましょう。それが私に合っていると思います。
「ところで、デオンザールはあの巨人のことを知っているような言い方をしていましたけど」
「ああ、知ってるぜ。あれは"アルゴギガース"っていう大昔、人の手によって造られた魔物だ。実際人の手で造ったのか神が寄こしたのかは知らねえがな」
「歴史など興味ない性格をしているあなたがよくそんなことを知っていますね。もしや先程頭を打った時おかしくなったとか?」
「ンなわけあるか。リリィ嬢に仕える前、俺がまだ"巨人の里"ってところにいた時だ。その時長老にアルゴギガースの特徴やら色々聞いていただけ。話に聞いていたものと同じ特徴だし間違いないだろうよ」
更にデオンザールから話を聞くとあの巨人──アルゴギガースはかつて多くの国や街を滅ぼしたそうです。
世界中がアルゴギガースに恐怖している時、世界の危機を救うべく一人の『魔王』が現れた。
その『魔王』は仲間と共にアルゴギガースへ挑み、犠牲が出たもの巨人の動きを止めてみせたのです。
しかし『魔王』であってもアルゴギガースを討伐することはできなかった。だから封印という形で二度と目覚めないようした。
それってつまり、今回アルゴギガースが復活したのは誰かが封印を解いたということになりますよね。
個人的には『魔王』が施した封印が自然に解けるとは思えない。
裏で手を引いている人がいると考えていいでしょう。魔物の軍勢がテルフレアに接近しているのも同一人物が仕向けた可能性がある。もしかすると最近の従魔誘拐事件も……?
最後のは断言できませんが繋がりがあるかもしれないですね。
ひとまずアルゴギガースをどうするかです。デオンザールはアルゴギガースのことを知っていたので倒し方を知っているかも。
そう思って聞いてみましたが──
「流石の俺もそこまでは知らねぇな……」
「はぁ、肝心なところで使えないですね」
「仕方ねぇだろ! 俺が聞いたのはアルゴギガースの存在だけだ。こっちのリリィ嬢も魔術は得意なんだろ? 活躍できると言った手前、すぐに頼るのはどうかと思うが魔術でドカンと一発ぶちかませば倒れるんじゃねぇのか」
「残念ながらそれはやりました。でもアルゴギガースの周りには魔術を無効化する障壁があるので私の魔術は通用しません」
「魔術を無効化、かぁ……」
デオンザールはそれを聞いて考えこみました。
そして何か閃いたのか口を開きます。
「外部からの魔術攻撃が無効化されるなら内部からやればいいんじゃねぇか? 障壁ってのは外からの攻撃を守るものであって最初から内側にいる奴の攻撃は防げないだろ。アルゴギガースの体内に入って攻撃しまくればダメージも入るんじゃねぇかと」
それは流石に……。アルゴギガースの体内では魔術が無効化されないとは言い切れませんし。
でも、この中で一人だけ納得している人がいます。
「魔術はもちろん、外部からの物理攻撃もデオンザールで無理なら、あまり期待できない。しかし内部に入り、奴を動かす核のようなものを破壊すれば、動きが止まる可能性がある。デオンザールにしては悪くない案ですね。ですが、どうやってアルゴギガースの体内に入るのですか?」
「そこは俺がリリィ嬢をアルゴギガースの口まで投げ飛ばす。コントロールはいいから外れる心配はしなくていいぞ」
「……リリィ様を投げ飛ばすなど本来であれば許しがたい行為ですが、この状況では仕方ありませんね」
あれ、何故か勝手に話が進んでいます。
しかも私が投げ飛ばされるのは決定事項のようです。
えっ? 本気で言っているんですか?
ここから、アルゴギガースの口まで、投げ飛ばす?
かなりの距離と高さがありますよ。届くんですか?
デオンザールは右腕をぐるぐると回して私を投げる準備をしています。
これは本気です。冗談なんかではないみたいです。
そしてデオンザールは私の体を持ち上げて投げる体勢に入りました。
逃がさんとばかりにデオンザールの大きな手でがっちりと掴まれています。
小柄なので掴みやすいのでしょう。
って、そんなことを考えている場合ではありません。
「ほ、本気ですか……? いや、この時点で本気なのはわかりますよ!? でもほら、私でなくともバエルとかいるじゃないですか」
「私は別件でしばらく戦闘には参加できませんので」
いつも頼りになるバエル。だけどこの日私は初めてバエルを恨みました。
「ってわけだ。もちろん俺は投げ飛ばす係だから無理。バエルを投げるにしてもあいつが了承しない。タルトを投げ飛ばそうとしたらリリィ嬢が怒るだろ? となれば、投げ飛ばされるのはリリィ嬢しかいないってわけさ。さあ覚悟決めろよ」
「いやいや、それでも……」
「なんだ? ああ、あれか? 口から入るのが嫌なのか? あいつにあんのか知らねぇけど、回り込んでケツにぶち込むって方法も一応あるが──」
「それは嫌ッ!! それだけは女の子的に絶ッッッ対、嫌ですッ!!」
私は必死に大声を上げてデオンザールの提案を拒否します。
多分ここまで必死に拒んだのは人生で初めてです。
お尻から入るぐらいなら投げ飛ばされて口から入った方が何億倍もマシ!!
「なら観念して俺に投げ飛ばされるんだな」
「じゃあせめてカウントダウンを……。心の準備をしたいので」
「わかった。じゃあ10から数えるぞ。10、9、8、7……そいやっ、行ってこい!!」
デオンザールはあろうことかゼロになる前に私を投げ飛ばしました。
心の準備が出来なかった私はいきなり投げ飛ばされてもう泣きそうでした。
ものすごい速度で進み、体がバラバラになりそうと思いながらも、私はアルゴギガースの口の中へと辿り着きます。
口が開きっぱなしなので、ぶつからずに済んでいます。まあ、口が閉じていたらこんな作戦は実行に移しませんけど。
ただ、結果的に無事辿り着けましたが、全てが終わったら心の準備が出来る前に投げ飛ばしたデオンザールにお説教をします! これはもう決定です!
さて、こうして体内に入りましたがどうしましょうか。
一応魔術は使えます。どうやら魔術を無効化するのはあの障壁だけのようでアルゴギガース本体にはないようです。
口内で大技を使ってもいいですが、それでは致命傷にはならない。致命傷を与えられる場所を考えると心臓ですかね。動いているのであれば心臓か、もしくは心臓のような機能を持っている部分があるはずです。
とりあえず心臓付近を目指して進みましょう。
アルゴギガースの中はまるでダンジョンの中のような石造りで出来ています。ヌメヌメしてたら嫌だなと思っていましたが大丈夫でした。
人体で言うところの食道部分は螺旋階段のようになって下に繋がっています。
螺旋階段を使うと時間がかかるので飛び降りて『浮遊魔術』で速度を抑えつつ下へ向かいます。
リリィがアルゴギガースの体内へ入ってからしばらく。
カリーナとエドガーは増援を引き連れてテルフレアの外へとやってきた。
この時には既に魔物の大群も発生していることも報告されていたので各地にも増援が到着していた。
しかし、これもあまり意味がなかっただろう。
何故なら魔物の軍勢はリリィの──厳密に言えばまだなのだが──従魔である最上級悪魔たちが各地にてたった一人で食い止めているから。
彼らの強さは本物だった。
バエルはグラシャラボラスにリリィには一匹も近付けるなと命令していたが、彼らにもまた街へは一匹も近付けるなと命じられていた。
正直なところ、彼ら最上級悪魔たちにはテルフレアでの思い出など一つもない。故にテルフレアが滅ぼうがどうだっていい。
それでも命令に応じるのには理由があった。
一柱はバエルを尊敬し、頼られているから。
一柱はバエルに弱みを握られ、従わざるを得ないから。
一柱はバエルとの約束のため、協力しなければいけないから。
それぞれの理由で彼らはバエルの命令を聞き、魔物を一匹残らず殲滅している。
彼らはカリーナたちの存在を知らない。だから加勢しにきた彼女たちもまとめて殲滅してしまうだろう。
カリーナたちも魔物たちを圧倒する彼らを見て手を貸さない方がいいと判断した。これでは逆に邪魔になってしまう。
「僕たちが加勢する必要、ないよね……。あの感じだと巻き込まれるだろうし」
「う、うん。でもあれは誰なのかしら?」
「あれは後にリリィ様の配下になる者です」
突如バエルがカリーナたちの前に現れた。
バエルは別件で調べることがあったが、今戦っている悪魔たちのことを説明しないわけにはいかないだろうと考えて各方面に事情を話に行っていた。そしてこれが最後である。
「「バエルさん!」」
「戦闘は彼らに任せてください」
「でも、あの数だ。一人で戦うのは無理があるんじゃないのか?」
「ご安心を。彼らはあれの倍の魔物が来ても難なく倒せます。カリーナ殿たちは安心して全てが終わるのを待っていてください。それでは私はこれで」
そう言ってバエルはカリーナたちから姿を消した。
バエルの言葉を聞いて互いの顔を見るカリーナとエドガー。
バエルがとてつもない強さを持っていることは雰囲気から理解できる。そんなバエルが任せても問題ない。倍の数が来ても余裕だというのだから彼らもまた同等の力を持っているのだろう。
目の前に広がる光景を見て、今も一匹も魔物を打ち漏らしていないのだから任せていい。
そう考えていた二人だったが安心まではできない。
強さを疑っているわけではない。現に目の前で圧倒的な力を見せつけられているのだから疑う余地はないだろう。
しかし連続して起こる異常事態。これで終わるとは限らないのだ。まだ何か他にもあるかもしれない。
その予想は正しかった。
一瞬たりとも油断していなかったカリーナたちより少し離れたところで空間が歪み、そこから一人の男性が現れた。
その人物は従魔激闘杯最終日にカリーナへ花束を贈った男性。
「ドリュゼラ、さん……?」
カリーナが男性の名前を呼ぶと彼は笑顔で答えた。
「そうだよ、カリーナ。忘れられていたと思っていたけどやっと思い出してくれたんだね。君とは話したいことがたくさんあるんだ。そうだ、見てよあの巨人! あの巨人はアルゴギガースっていう魔物なんだけど俺の従魔でもある。君を守るに相応しい最強の魔物だよ!」
ドリュゼラは声高らかにアルゴギガースを指さして告げた。
「ドリュゼラさん。あの巨人のせいで街の人たちは酷く混乱し怯えています。従えているのであれば今すぐに止めてください!!」
「カリーナのお願いなら聞いてあげたいところだけど、それは無理なんだ。アルゴギガースは今一人の人間を殺すために動いている。心臓の役割をしている人間がそいつを殺すってうるさいんだ。だから目的を果たすまで好きにしていいって許可したんだ。でも目的を果たしたらちゃんと言うことを聞くようになるから安心して! それよりもこんなところにいないで俺と一緒に来よう。さあ!」
差し伸べられるドリュゼラの手だったが、カリーナは当然その手を握らない。
「どうしたんだよ、カリーナ。こっちに来てよ」
「嫌です!! 私は大切な街の人たちを怯えさせるような方のところへは行きたくありません!」
「そ、それは悪かったよ……。で、でも、俺は君に認められるために従魔のエネルギーをたくさん使ってアルゴギガースを復活させたんだ。その辺の魔物じゃ弱すぎるから強い従魔を集めるのに苦労したんだよ?」
「もしかして、最近従魔がいなくなっているのも……」
「ああ、強い従魔を連れてくるように頼んだのさ。おかげで順調に事が進んだよ」
従魔誘拐事件の犯人はドリュゼラだった。
犯行はドリュゼラ本人でなくともそう頼んだのは彼。
その事実はカリーナに強い怒りを覚えさせる。
自分のためだけに主人と従魔の仲を引き裂くなんて許せなかった。
それは隣にいたエドガーも同じ。
エドガーはカリーナよりも一歩前に出てドリュゼラに物申そうとしたが、ここで初めてドリュゼラはエドガーの存在に気付いた。
「な、なんでお前がここにいるんだ! お前は俺がナイフで殺したはず……」
「あれは君の仕業だったのか。おかげさまで死ぬ一歩手前までいったよ」
「クソ! クソッ! お前を消せばカリーナは俺のものになるはずだったのに」
「私はドリュゼラさんのものにはなりません! そしてエドガーを殺そうとしたあなたを絶対に許さない!」
カリーナの言葉を聞いて後退りするドリュゼラだったが
「ハハッ……アハハハハ! まあいいや。だったら邪魔なそいつをもう一回殺せばいい。カリーナも俺の言うことを聞かないなら聞くようにすればいいんだ、そうだ、そうしよう!」
不敵に笑うドリュゼラは自分の従魔を召喚した。
召喚されたのは2体の従魔。
どちらも人間を逸脱した姿をしているが、明らかに人間を中心にして改造したようにカリーナとエドガーは見えた。
「俺が造った最高傑作の改造人間だよ。魔物の一部を色々付け足したからもう人間とは言えないけど。やっぱり素材がいいと出来るものも素晴らしいものになる」
「非道な男だな……」
「そうですね。私の知っているドリュゼラさんとはまるで別人です」
「さてと。そっちの男は殺してカリーナはこいつらと同じように改造しよう。大丈夫。俺は君がどんな姿になっても愛せるから」
歪んだ愛をカリーナに向けるドリュゼラ。
カリーナとエドガーは自分の従魔たちを呼び戦闘準備を始める。
こうしてカリーナたちとドリュゼラの戦いが始まるのであった。
ドリュゼラ、ヤバい奴だ……。
と思いながら最後の方は書いていました。





