一難去ってまた一難
朝食の時間が終わると今回の一件をウォルフさんたちに説明すべくウォルフさんの仕事部屋に案内されました。
本当はあの晩のことを話すつもりはなかったですが、こうなってしまった以上は話すしかありません。逃げられそうにもないですし、カリーナさんには約束しましたから。
ウォルフさんたちに今回のこと。どうしてカルロスさんの従魔──いえ、その従魔が奴隷魔物だったことやどうして私のところにいるのかなど、嘘偽りなく話しました。
一通り話し終えたところでウォルフさんが深い溜め息を吐いてカップに入った紅茶を一口。その後再び溜め息を吐いて私の方を見ます。
「そんなことがあったのか……。私も従魔激闘杯でカリーナと試合をしていたからその人物は知っている。確かにカリーナとの勝負に負けた時、一度彼が自分の従魔に手を出そうとしていたが周りの目もあってか止めていた。まさかとは思ったが、一時の感情ではなく普段から暴力を振るっていたとは……。しかも従魔を道具扱い。同じ魔物を従える者としては許せないね」
静かに語るウォルフさんでしたが、確実に怒っているのがわかります。
そして、怒っているのはウォルフさんだけではなく同じくこの場にいて話を聞いていたカリーナさんもです。
「本当にお父様の言う通りです! 私はその……カルロスさんという方が従魔に暴力を振るおうとしていたところは見ていませんけど……」
「あの時のカリーナは観客の声に答えていたから気付かなかったのも無理はない」
「リリィさん、カルロスさんは今どこに? リリィさんが十分懲らしめたようですが、私も言いたいことがたくさんあります!」
「時間もそんなに経っていないのでまだテルフレアにいるかもしれません。ただ、日が昇ったと同時にこの街を去っている可能性もあるので確実とは言えないです」
「わかりました。まだいる可能性があるというなら私、探してきます!」
カリーナさんは勢いよくウォルフさんの仕事部屋から出ていきました。
あれは相当頭に来ていますね。カルロスさんの顔は従魔激闘杯の試合で見ているので知っているからわからないというわけではないですよね。
探すのはカリーナさんの気が済むまでやっても構いません。
しかし、一度試合に負けた相手、更には奴隷従魔を取り上げられて心底苛立っているであろうカルロスさんがカリーナさんと遭遇したら何か事件が起こるかもしれません。
「バエル。万が一のことも考えてカリーナさんの護衛を頼めますか? カリーナさんにはサラマンダーとウンディーネがいますが念のためです」
私は同席していたバエルに頼みます。
他の子たちは一番お姉さんであるグラに任せています。タルトもサフィーのことを前々から気に入っていました。今頃立派なお姉さんをしているはずです。
なので彼女たちに任せてバエルだけが同席──というか私が言うよりも前に当然のようについてきていましたね。
バエルからしたら私の側をあまり離れたくはないでしょうが、私の頼みだと快く引き受けてくれます。きっと自分が頼られていると感じているからでしょう。実際頼りになりますし、バエルに任せれば何とかなると思っている自分がいます。
「かしこまりました。ではカリーナ殿の付き添いをして参ります。何かあれば念話にて連絡致しますので」
「何かないことを願いますけどね。カリーナさんのことをお願いします」
そう頼みとバエルはカリーナさんに追い付くために仕事部屋を後にしました。
「バエル殿を借りてしまってすまない。カリーナは昔から正義感の強い子なんだ。特に今回は従魔が関係している。愛をもって育てなければならない従魔に暴力を振るうなんて事をする者が許せない娘なんだよ」
「私もカリーナさんと同じ気持ちでした。だからカルロスさんから解放するために戦いました。見方によってはカルロスさんから彼女たちを奪ってしまったようにも見えますが……」
「そうだね……。そう見ることもできるだろう。だが今回の件に関して私はリリィさんが悪いとは思わない。もちろん強い信頼関係が築かれた主人と従魔の仲を裂くのは言語道断だ。でも一方的に従魔へ暴力を振るうのは間違っている。そんなことをする者に魔物を従える資格はない」
ウォルフさんはそう言ってくれました。
それを聞いて何だか楽になった気がします。
私は自分が選択した答えが正しいと思って選んだのです。だからこれ以上考えるのは止めましょう。
さて、もう私がウォルフさんに話さなければいけないことはありません。
ウォルフさんはテルフレアの領主さんですから今日も何らかの仕事があるでしょう。その邪魔をしてはいけないからと私も仕事部屋を後にしようと思ったのですが、ウォルフさんは別件で悩んでいるような感じがします。
政治や付き合い関係の話であれば部外者の私は役に立ちません。
ですが、そういう話ではない可能性もありますし、聞いてみるだけ聞いてみましょうか。
「ウォルフさん、何かあったんですか?」
「いや……まあリリィさんにも関係する話だから伝えておこうか。実は最近テルフレア内で従魔の誘拐が増えているんだ。その報告が私の所に結構来ていてね。警備兵たちに連絡して巡回を強化してもらおうと夜間も見回りをしてもらっているんだが、それらしき人物はまだ見つからなくてね。一刻も早く見つけて誘拐された従魔を主人のところへ帰してあげたいんだけど」
そういえば、テルフレアに来た時に串焼きのおじさんがそんなことを言っていましたね。
従魔を誘拐ですか。いったい何のために?
解放のために身代金を要求するため?
だけどそれなら何回もやる必要はないかと思います。
まず最初に言いますけど私は絶対にやりません。そのことを踏まえたうえで私が犯人の立場だったら、一回で莫大なお金を要求します。何回もやるなんてリスクしかありません。誰だってそう考えると思いますよ。
ということは他に理由があると考えるのが妥当でしょう。
一番考えられる可能性は……。
奴隷魔物にすることですかね。奴隷魔物の存在をつい最近知ったばかりなのでどうしてもその答えに行き着いてしまいます。
ウォルフさんには奴隷魔物の件も話しています。だからウォルフさんもまずはその可能性を考えたらしいです。
もしそれが本当であれば私はもう一度ウーノさんのところに行って確かめなければなりません。
ただ、どうやって行くかですね。
こうなることなら嫌でも会員になれば良かっ──いや、やっぱり嫌ですね。あんな催しを喜んで見ようとする一員になんてなりたくありません。
だからといって、この話を聞いて無視できるわけもなく──
「なら私も探してみます。大切な従魔が誘拐された人がいるというのに放っておくことはできませんから」
「……本当にすまない」
「えっ、どうして謝るんですか?」
「私は、リリィさんにこの話をしたら手伝ってくれるだろうと確信していた。卑怯な大人だよ。本当なら自分たちで解決しなければいけないことなのに」
ウォルフさんは悔しそうにしていました。
そこまで気にすることでもないかと思いますけどね。
困った時はお互い様です。
それに、誘拐の話は串焼きのおじさんから聞いていましたが、実際に起こってしまっているならどうにかしないといけないでしょう? 私もテルフレアに来てそれなりに時間が経っているから関係ない話ではないですし。
私が解決したいと思っているからやるだけですので本当にウォルフさんが気にすることではないです。
「頭を上げてください。私は自分でも役に立てるならとお手伝いしたいだけです。だから協力させてください」
「本当に何から何までありがとう」
「いえいえ、日頃お世話になっていますから」
そして私はウォルフさんの仕事の邪魔にならないように仕事部屋を出ました。
一応バエルにはカリーナさんの護衛を頼んでいるので街の中を歩き回っているでしょうから不審な人物がいないか念話で伝えておいて、もし見つけた人物が誘拐事件の関係者であれば情報を引き出してもらうようにお願いしておきます。
お願いするとバエルは了承してくれました。
ただ「情報を引き出すためには何をしてもいいですか?」と問われたので「常識の範囲内で」と返答しておきました。以前はカルロスさんを奴隷落ちにすることが可能とも言っていましたし、バエルはそういったことが得意なのでしょう。
それにしても、これは関係ない話になるんですが誘拐事件で夜間の警備を強化していたんですね。
あの晩一人も警備兵を見なかったですので本当に見つからなかったのは奇跡でしたね。まあ見つかったところで悪い事はしていないので捕まることはないですが。
ウォルフさんの仕事部屋を後にした私は屋敷の外に出ました。もちろん今回は窓からではなくちゃんと玄関からです。
屋敷の庭にはタルトたちが仲良く遊んでいます。タルトも、そしてサフィーたちも、一緒に遊べる友達が増えて良かったです。
グラはそんな彼女たちを優しく見守っています。まさしく子守をするお姉さんという感じです。
その隣には中級悪魔のボロスがいますね。でも何かボロスの様子が変ですね。グラをチラチラと横目で見ています。
……ああ! そういうことですか。
同じ悪魔族だから最上級悪魔であるグラを尊敬している。でもそれ以上に異性として好意を抱いているのでしょう。そういう話は嫌いじゃないです。でも私の勘違いだったらごめんなさい。
主人として応援しますけどその道は険しい道になりそうですよ。だいたい、グラはそれに気付いていないようですし。
陰ながらボロスのことを応援していると、タルトたちが私に気付いたようです。
真っ先に走ってきたのはサフィーでした。サフィーは私を見つけると飛びついてくると私は後ろに倒れてしまいます。
元気いっぱいですね。最初に会った時とは大違いです。
しかし、飛びついてきたはいいもののサフィーが心配そうな目で私のことを見つめていました。
「リリィ様、ゴメンナサイ……。サフィー、ノ、セイ、怪我、シタ? 悪イ事、自由、ナクナル?」
悪い事をしたら正当な理由で自由を奪われてしまう。
サフィーが気にしているのはあの時のことですか。
自由を奪われるかもしれないとサフィーは今にも泣きそうな顔をしていました。そんなサフィーの頭を私は優しく撫でます。
「こんなの悪い事のうちに入りませんよ。むしろサフィーが元気いっぱいで嬉しいです。それに、自分で悪い事をしたなと思ってすぐに謝ったのは偉いですよ。世の中には悪い事をしてもすぐに謝れない人もいますからね」
「ホント? サフィー、コレカラモ、ジユウ?」
「はい。だから気にしなくていいですよ」
そう言ってサフィーの頭を撫でてあげると彼女に笑顔が戻りました。
やっぱり笑顔が一番ですね。泣かれてしまっては私とサフィー、どちらも悲しくなってしまいますから。
さて、誘拐事件のこともあるのでこれから私はテルフレアを見て回ろうかと思います。
デオンザールのことはまた後回しになってしまいますね。いい加減向かわないとまずいとは思いますけど、テルフレアで起きている事件を後回しにすることもできません。
優先順位は誘拐事件の方が上でしょうか。デオンザールは待ってもらえますけど誘拐事件は違いますからね。デオンザールに会うのはもう少し先になりそうです。
それで一緒に行くメンバーですが、タルトは私についてくるとして、残りのメンバーはどうするかですね。
体の大きさ的にドーラを同行させるのは難しいです。狭い道は通れませんし、体が大きくて周りに迷惑をかけてしまいそう。
バーンが空から調査しようにも従魔ではない魔物が街の外を飛んでいたら騒ぎになりそうですね。討伐命令とか出されたら嫌です。
となれば一緒に行動しても迷惑にならないグラ、サフィー、ノワール、ボロスの4名ですか。
しかしその4名を連れて行くと、ただでさえ夜は私や他の子たちと離れ離れになっているドーラとバーンが可哀そうです。
こうなるとお留守番をしてもらう子が必要になってきますね。
普通に考えればお世話もしてくれるグラに任せたいところですが……。
そう思ってグラの方を見てみると笑顔を返してくれました。
「私がドーラとバーンの面倒を見ますのでリリィ様は心配しなくてもいいですよ」
と言ってくれたのでありがたく甘えさせてもらいます。
グラが残るというならボロスも残します。
ボロスを呼んで耳元で「頼りになるところを見せるチャンスですよ」と言うとボロスはやる気に満ちてお留守番を引き受けてくれました。
「サフィー、ノワール。今から街の見回りをしますが一緒に来ますか?」
「サフィー、行ク! リリィ様、イッショ!」
「ウォン!」
「では3時ぐらいにおやつを買って帰ってくるので楽しみにしていてください」
「わかりました。お気をつけて」
グラたちに見送られて私、タルト、サフィー、ノワールの4人でテルフレアの見回りを始めます。
まあ、いつも通りの楽しい観光なんですけどね。
というのもサフィーとノワールがはしゃいじゃって……。
ノワールの背中に乗りながら周りを見るサフィー。
カルロスさんのところにいた頃はゆっくり見られなかったのでしょう。おつかいを頼まれても急いで帰らないといけなかったからそんな余裕はなかった。
怪しい人物がいないか警戒していますがサフィーたちが途中で迷子にならないか見張っていないといけないので大変です。
そして、結局怪しい人物は見かけないまま3時近くになったので一度屋敷に戻ることに。
お土産を買ってきてあげるとお留守番組はとても喜んでくれました。
実は帰ってくる前にみんなで甘いものを食べていたのは秘密です。
ちなみに私が帰ってきた頃にカリーナさんも帰ってきていました。
多めにお土産を買っていたのでお茶会でもしながらどうだったかカリーナさんに聞いてみました。
どうやらカルロスさんは見つからなかったようです。まあ街の中は広いのでその中から一個人を見つけるのは大変でしょう。
護衛を任せていたバエルには怪しい人物がいなかったか聞いてみましたが、こちらも収穫は何もありませんでした。
そして、見回りを始めてから3日が経過しました。
この間に従魔がいなくなったという報告は数件ほど。
主に夜間に犯行が行われているようで、夜間の警備を強化しても犯人は一向に見つからず。
私も色々と調査していますし、バエルやグラにも夜間の警備に参加してもらっていますがそれでも見つからないとは……。
それでも愛する従魔がいなくなって辛い想いをしている人たちがいるのですから諦めるわけにはいきません。
ただ、今日はもう夜も遅いので明日に備えて寝ることにします。
街の調査に加えてサフィーたちに付き合っているためか私も疲れています。
特にサフィーが元気いっぱいで。一緒に遊ぶとかなり疲れます。まあ楽しそうにしている彼女を見ると私も嬉しいのでいいんですけどね。それにあんな可愛い瞳でお願いされたら断れませんし。
世の中の子供を持つお父さん、お母さんの気持ちがわかる3日間でした……。
明日も色々と付き合うことになるので少しでも多く疲れを取るために寝ます。
既にベッドの上で寝ているタルト、サフィー、ノワールを起こさないようにして。
さあ、寝ましょう。
と思っているといきなり部屋の扉が開いて──
「リリィさん! エドガーが……エドガーが!!」
カリーナさんが大粒の涙を流しながら私の部屋にやってきました。





