救済
「カルロスさんは最後まで敗北を認めませんでしたが気絶した。試合も続行不可能。これは勝負あり、というで構いませんよね」
「はい。今回の試合に"敗者は死"という約束は含まれていません。観客の皆様方の中にはカルロス様の死を望む者がいるかもしれませんが、決めるのはリリィ様です。リリィ様がとどめを刺さないのであればこれにて試合終了でございます」
「ではこの試合は終わりです。とどめを刺すつもりはありませんから」
「かしこまりました。この試合、リリィ様の勝利です。おめでとうございます。全ての攻撃を防ぐ障壁も素晴らしかったですが、最後の『獄炎魔術』もなかなかのものでした。流石の私もあれを直撃で受けるのは──」
「感想はいいです。それよりもあの子たちの奴隷紋を解除してください」
「おっと、これは失礼いたしました。では少々お待ちください」
ウーノさんはカルロスさんに近付くと懐から取り出した小さなナイフをカルロスさんの右手の指に突き立てました。
そしてまたまた懐から何かを取り出したウーノさん。
紙ですね。一瞬しか見えなかったので何が書いているかわかりませんでした何か文字が書かれた紙でした。
少量の血が付いたナイフでその紙を貫くと紙が怪しい紫色に光り、光が収まるとウーノさんが持っていた紙は塵も残らずに消えてしまいました。
あの紙が所謂"契約書"だったのでしょうか。
奴隷魔物は主人になる者の血とあの紙を用いて契約が完了し、その契約を破棄するには契約者の血が必要となる。
そんな感じですかね。奴隷契約に関しては詳しくないので完全に予想という形になります。
ウーノさんがその契約書を持っているということはカルロスさんはウーノさんから魔物の少女たちを買ったということになりますね。
この闘技場へ向かう途中で奴隷魔物を取り扱っているとか言ってましたか。
私としてはその奴隷魔物たちも救いたいところですが、そうなると私が客となって商売が始まるでしょう。
謎に包まれている存在ですけど商品を扱っているということは商人の顔も持っているということ。であれば利益は絶対に欲しいはず。無料で引き渡してくれるわけもない。
どれだけの奴隷魔物がいるかわかりませんので私の全財産を以てしてでも全てを救えるとは限りません。
そもそも全て救ったとして、その全てと従魔契約を交わすことになりますよね。
別に冒険の仲間が増えるので私は構いませんけど他の面で色々と問題が……。
従魔には主人から呼び出しが来るまで待機する空間があります。実際私は行ったことはないのでどんな場所なのかは知りませんけど住む場所はある。
問題は食。
従魔だってお腹は空きます。たくさんの従魔の食事を私の持ち金で補えるかどうか。タルトのようなたくさん食べる従魔が何人もいたら流石に私も破産します。
空腹で苦しんでほしくありませんし、そこを解決できない限りは無暗に救うことができません。まずは魔物の少女たちをどうするかを考えないといけませんしね。
奴隷契約が解除された魔物の少女たち。
痛みにより苦しんでいた表情も今では一切無くなって安堵しています。ちゃんと解除出来ているようで安心しました。
魔物の少女たちは解放されましたが『鑑定』で見てみると生命力がかなり減っています。
従魔激闘杯の時の魔物の少女がそうだったように、元々カルロスさんに傷付けられていたのもありますがカルロスさんの命令に逆らって奴隷紋によるダメージを受けていたからでしょう。
私が時間をかけてしまったばかりに彼女たちが傷ついてしまった。もっと早く終わらせるべきだったと反省しないといけませんね。
とりあえず『治療魔術』を使って彼女たちの生命力を回復させます。
私の『治療魔術』で完全回復させたのでもう安心です。あとはゆっくり心と体を休ませれば大丈夫なはず。
「見返りなどないというのにそのような魔物たちのために怪我の治療をするなんて、リリィ様はお優しい方なのですね」
「見返りなんて求めていません。私は当然のことをしたまでです。逆に怪我をしているのに放置する考えの方があり得ないですよ」
「これは失礼。私は商人でもあるのでどうしても相応の見返りを考えてしまう性格といいますか。それはそうとリリィ様。この魔物たちの所有権は現在リリィ様にあります。野生に帰しても良し。カルロス様と同じように奴隷紋による契約をしても──」
私はウーノさんがその先を言わせないように睨みました。
せっかく私が解放したというのに奴隷にしてしまっては意味がない。彼女たちを再び奴隷にするなど、それは彼女たちをまた苦しめるだけです。
「冗談でございますよ。ですので睨むのはお止めくださいませ」
「ウーノさん。この世には言っていい事と悪い事があるんですよ」
「ええ。私も重々承知しております。これ以上今回の件に関して口を開くと私の命の危険にも関わりそうなので止めておきます」
命を獲るつもりはないですけどそうしてくれるとありがたいです。
さて、目的も果たしましたしそろそろ帰りたいのですが、簡単に帰してくれるでしょうか。
私が帰るとこの催しのことが世間にバレてしまう。それを良しとしない人たちも少なからずいるでしょうし、口封じのために私を襲うことも視野に入れておくべきでしょう。
かかってくるなら相手します。疲労が溜まっているであろう魔物の少女たちを戦闘に参加させるわけにはいかないので守りながら戦うことになりますが、彼女たちを守る障壁を張っておけば問題は解決します。
何処からでもかかってきなさい、なんて思っていましたが一向に口封じしようと襲ってくる気配はないですね。
「では試合も終了したことです。他に何もなければカルロス様と待ち合わせしていた屋敷へとお送り致します」
「あ、あの……」
「? 何でしょう」
「いえ、このまま私が帰るのを許してもらえるのかなと。私がこのことを誰かに話す可能性だってあるんですよ。自分で言うのも変ですけど口封じ的なことをすると思っていたので」
「一部の界隈では有名ですので今更このことを口外されたところで特に問題ではありません。カルロス様も多額の援助をしてくださっている貴族様の伝手を使ってこのことを知ったようですし。むしろ話していただいた方が興味を持っていただける方が増える可能性もありますので広めていただいても構いませんよ」
「そうですか……」
話してもいいと言われてしまうと話したくありませんね。
「それと口封じの件ですが、皆様リリィ様の強さを目の当たりにし、恐れをなして手を出そうにも出せないのでしょう。ここで行われる試合は始まる前に必ず何かを賭けなければなりません。たとえ名高い貴族であろうと平穏に暮らす平民であろうとそこに例外はありません。魔物の所有権や地位、名声。金に女。時には命など。賭けるものが吊り合って両者が納得すれば何でもありです。ちなみに、命を賭けた者同士の戦いは非常に人気ですよ」
従魔の強さで言ったら全く吊り合っていない気もしますが、カルロスさんは何を根拠に勝てると思ったかは知りませんけど納得した。私は私で魔物の少女たちを救いたいからどんな条件でも納得した。
だからこの試合は成立したわけですか。吊り合いが取れていればと言ってましたけど結局は両者が互いに賭けるものに納得していれば試合が成立する感じですね。
しかし、命まで賭けることもあるんですか。
微塵も良いとは思いません。殺し合いを認め、観客はそれを見て楽しむのはいくら本人の自由とは言え、如何なものかと私は思います。
それも一つの商売だとしても私は認めたくありません。
ただ、謎に包まれているウーノさんと「せめて殺し合いは廃止する」という約束で勝負を提案しても、受けてはくれるでしょうが勝てるかどうかわからない。負けたら相応のリスクを負うことも考えなければいけません。
更に、他にもウーノさんと同じ立場の人がいるのでしょう。私共とか新入りとか言っていましたし。個人ではなく組織と考えるなら私やタルトたちでは戦力は少しだけ心許ないですね。
「ところでリリィ様。これも何かの縁です。この場の皆様方と同じ会員になっていただければいつでもこの催しに参加することが出来ます。リリィ様もそうですが連れている従魔たちもかなりのもの。リリィ様とお連れの従魔が試合に出ていただければ観客も盛り上がること間違いなしです。ご検討していただけると嬉しいです」
「申し訳ないですが遠慮しておきます」
ここで繋がりを作っておくのも今後のことを考えればいいのかもしれません。
ですが、会員とやらになるのは気が進みません。自分も好んで見に来ている周りにいる人たちと同類と感じてしまうからでしょうか。
とにかく会員になるつもりはありません。
ウーノさんも私がそう答えることをわかっててこの話をしたのでしょう。ここで私が「なります」と言ったら驚いていたでしょうね。
「もう少し考えていただけると思いましたが即答ですか……残念です」
そう思っていないのはわかっていますよ。まあウーノさんもわざと言っているのでしょうけどね。
「では今回はこれにて終了ということで。他に何かご用事はありませんか? 終了と言いましたがこの場にいる誰かに試合を持ち掛けてもよろしいですよ。お相手が乗るかは別ですが」
「いいえ。目的も果たせたことです、彼女たちを早く休ませてあげたいので帰していただけると助かります」
「かしこまりました。それでは皆様、本日はお越しいただき誠にありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
ウーノさんが観客席に一礼してそう言うと席にいた人たちは次々にこの場から姿を消していきました。
「それでは屋敷の外までお送り致します」
「あの、カルロスさんはどうするんですか? 気絶したままですし、この場に放置しておくのも……」
この場に残っているのは私たちとウーノさん、そして未だ気絶しているカルロスさんだけです。
カルロスさんが魔物の少女たちに酷いことをしていたとはいえ、気絶したままここに一人残すのはちょっと……。
麻痺とかなら『治療魔術』で治せますが気絶は本人が起きない限り治りません。
頬を叩いて起こそうにも私の攻撃力では威力が出ません。本気で叩いてもペチッって可愛い音が鳴るくらいです。
かといって『魔闘法』を使って叩けば威力が強すぎて大変なことになりそう。まあこれは私が制御すればいい話ですけど、魔物の少女たちのこともあるのでうっかり加減を間違えるかもしれませんし……。タルトたちの誰かに任せても加減し無さそう。
「問題ありません。カルロス様は私にお任せください。ひとまず安静にしておいて気が付いたら元居た場所へと帰します」
「ならいいですけど……」
そして私たちはウーノさんに案内されてあの屋敷の中へと戻ってきました。
玄関から外に出るとまだ外は暗かったです。時間もだいたい30分ぐらいしか経っていません
カリーナさんは心配してくれてましたがこんなにも早く帰ってくるとは思ってもいないでしょう。だってちょっとだけ遠くまで散歩して戻ってきたような時間しか経っていないのですから。
「それではまたいつかお会いしましょう。夜道にはお気をつけてお帰り下さい」
玄関扉はゆっくりと閉じていきウーノさんは闇の中へと消えていきました。
試しに扉を開けようとしてみましたが鍵がかかっているようで開きませんでした。鍵をかけるような音は一切聞こえなかったんですけどね。
まあいいです。何はともあれ、魔物の少女たちを救出したのですから。
リリィがカルロスより魔物の少女たちを救出し、ウーノが屋敷の外へと送ってすぐのこと。
闘技場の壁際で気絶していたカルロスは意識を取り戻した。
彼の視界に移るのは音一つない閑散とした闘技場。
記憶を辿りながら何が起こったのか思い出すカルロス。
そして、自分がリリィに敗北したことを思い出した。
周りを見ると自分の道具であった魔物の少女たちがいない。
それもそのはずだ。敗者は相手に自分の従魔の所有権を譲渡するという約束だったのだから。
だがしかし、カルロスは自分の敗北を認めなかった。いや、こんな惨めな敗北を認めたくなかったのだろう。
カルロスの股の部分はじんわりと濡れていた。
惨めに命乞いをしてそのうえ失禁まで。
自分がどれだけ気を失っていたかわからない。それでも多くの者にこの醜態を見られたであろう。笑われただろう。
全てカルロスの自業自得だが、彼はそれを許せなかった。
醜態を晒すことになったきっかけを作ったのは誰だ。
(あの女だ。あの女がいなければ俺は……)
完全に逆恨みだ。しかしカルロスはリリィに復讐の炎を燃やしていた。
どうすればリリィに復讐できるか。
手持ちの駒がない以上、カルロス一人で勝負を仕掛けても同じことを繰り返すだけ。それはカルロスもわかっている。流石に彼もそこまで馬鹿ではない。
ウーノから再び奴隷魔物を買うにもウーノが取り扱っている奴隷魔物の中でリリィに対抗できる商品はあるのかわからない。仮にあったとしても相当値が張るだろう。
だとしても復讐を止めるつもりはない。
力が欲しい。リリィに復讐できる力を手に入れることが出来るなら何だってやってやる。
カルロスは心からそう思っていた。それほどまでに奴隷魔物の奪い、醜態を晒すきっかけを作ったリリィを憎んでいるのだ。
「おや、カルロス様。お目覚めになられましたか」
リリィを送って戻ってきたウーノはカルロスの前までやってきてふと彼の股の方を見た。
「どうやらお召し物が汚れているようですね。着替えをご用意できますが如何なさいますか?」
正直なところ、こうやって気遣われる方が心にくるものがある。
しかし股が濡れて気持ち悪いのは確かだ。このままでいるのも気持ち悪くて仕方ないのでカルロスは渋々ウーノに頼んだ。
替えの服を受け取り、誰にも見られない陰で色々と処理をする。そんな姿が惨めで腹が立つ。それもこれも全てリリィのせいだ。
戻ってきたカルロスの苛立ちは最高潮に達していた。
もし自分に奴隷魔物がいればこの苛立ちを全てぶつけていただろう。だが今はそれができない。
「カルロス様、この度は残念でしたね」
「………………」
「道具を失ったカルロス様にこんな話をするのはどうかと思いますが、こんな時だからこそ失った道具を補填すべく商売の話をするべきなのでしょう。それで、如何なさいますか? 品揃えも豊富です。珍しい魔物も仕入れております。今回は特別価格でご提供しますよ」
「……その中にあの女を殺せる強さを持っている魔物はいるのかよ」
「リリィ様を、ですか? それは難しいですね。ご要望にお応えできる魔物は取り扱っていません。取り扱っていたとしてもリリィ様はかなりの実力者。従えている魔物もです。今回はリリィ様一人で解決なされましたが、従魔も参戦するとなるとカルロス様の勝ち目はかなり薄いかと。再び勝負を挑んでも結果は同じになると愚考します」
「チッ! つかえねぇな……」
「申し訳ございません。ですが、一つ面白い話がございます。それにご協力していただければリリィ様を──復讐したい方全てを殺せるかもしれませんよ」
何でもやると思っていたカルロスはその話を聞くことにした。
すると、ウーノは場所を変えると言ってカルロスを連れ別の場所へ移動した。
移動先は研究室みたいな場所だった。
ガラスで作られた筒の中には液体が入っており、更に魔物らしき生物や人間のような生物まで入っている。その筒が何本も存在している。
気味が悪いと思いながら進むとそこには一人の男性がいた。
その人物とはカリーナに好意を抱く男性──"ドリュゼラ・ウォルフォーク"という名の男性だった。
「ドリュゼラ様。古代兵器復活の準備は順調に進んでいるでしょうか」
「ウーノさん、来てたんだ。復活まではもうちょっとかかるかな。ウーノさんが寄こしてくれた奴隷魔物や依頼して攫ってきてもらったテルフレアにいる従魔たちの生命力や魔力を絞れるだけ絞ったけどまだ足りない」
「そういうことでしたら後ほど用意いたしましょう。"古代兵器アルゴギガース"の復活は私たちも望んでいることですので」
「ウーノさんたちが何をしたいのかわからないけど、まあいいや。それで、ウーノさんの隣にいる人は?」
「こちらはカルロス様と仰います。生命力や魔力はご期待に沿えるほどありませんが強い復讐心を抱いております。アルゴギガースを動かす心臓としては役に立つかと」
「心臓? お、おい。じいさん何を言って──」
カルロスのことなど一切気にせずドリュゼラとウーノは話を進めていく。
「最終的にアルゴギガースはウーノさんたちのものになる。僕がアルゴギガースの心臓になったらカリーナと一緒に暮らせないもんね。どうにかしないと思ってたけど解決してよかった」
「ええ。私たちもドリュゼラ様のような御方を失いたくありませんので」
「それじゃあ、カルロスさん……だっけ? 早速だけど君はこれから生まれ変わるんだ。古代兵器アルゴギガースにね」
何か危険だ。そう思ってカルロスは逃げ出そうとしたが体に改造が施された魔物に捕まってしまう。
そしてカルロスは魔物の手により再び意識を失った。
次にカルロスが目覚める時。その時は復讐の炎が消えぬまま生まれ変わり、全てを奪ったリリィに復讐する時である……。





