真実
窓から外を覗くと綺麗な満月と星々が見えます。
眠たくなるまでこの満月と星々を見続ける、なんていうのもいいですね。
しかし、残念なことにそれは出来そうにありません。私にはこれからやるべきことがあるので。
「リリィ様、そろそろお時間になります」
バエルがそう告げます。
タルトも普段であれば眠そうにしている時間だというのに今日はやる気十分な表情をしています。
たった数十分の短い時間でしたがタルトは魔物の少女と仲良くなりました。だからこそ、彼女の扱いの酷さに怒りを覚えているのでしょう。
今回の話を魔物の少女がどう感じているのかわかりません。
何か勝負をするみたいですが私は負けるつもりはないです。油断など一切せず絶対に勝ちます。
勝負に勝って魔物の少女をカルロスさんから解放させる。
魔物の少女もいい加減気付いているはずです。
カルロスさんはあろうことか魔物の少女の目の前で「使えないから捨てる」と言いました。
その言葉が今まで役立とうとしてきた彼女の心をどれだけ傷つけたことか……。あの人はそれを微塵もわかっていない。
魔物の少女とカルロスさんに虐げられた他の魔物たちは救う。ですが最終的には彼女たちの意見を尊重します。彼女たちがそれでもカルロスさんのところへ戻りたいと言うのであれば不本意ですが私はこれ以上関与しません。
さて、そろそろ出発しないといけません。
場所はテルフレアの東区画。誰も住んでいない空き家に来いとのことでしたね。
場所を伝えてくれたのはいいですけど大雑把過ぎませんかね。空き家が一つだけとは限らないじゃないですか。
なので事前にバエルに調べてもらいました。
お願いすると快く引き受けてくれて2時間足らずで調べ終えました。区画が限定されるとはいえ結構広いですし、その中から空き家を探すとなるともう少し時間がかかると思ったのですが。
東区画にある空き家は全部で7つ。それだけあるのに空き家に来い、なんて私を探し疲れさせるつもりですか?
バエルが調べたところ、街を外敵から守る外壁に一番近い小さな屋敷が怪しいと言っていました。
どうやらそこは曰く付きみたいで住む人がいないとか。取り壊しも検討されていたようですが、それが原因で何か災いが起こるかもしれないとそのまま残しているみたいです。
この情報もバエルがテルフレアに住む人たちから集めたものです。私がウォルフさんに直接聞いてしまうと怪しまれる可能性がありましたからね。誰にも伝えずに来いと言われているのでそれだけは避けたい。
そして、その屋敷には不思議な魔力が感じられるとか。
他の空き家は何の変哲もないただの空き家なのでそれで間違いないかとバエルが教えてくれました。
話を聞く限りでは私もそこが怪しいと思いますね。おそらくカルロスさんはその屋敷のことを言っていたのでしょう。
ならばどうしてそんな回りくどい事をしたのか。まあ今になってはどうでもいいことです。
その屋敷までは少し時間がかかるので出発します。
夜中とはいえ誰かは起きているかもしれません。玄関から出るのも見つかる恐れがある。夜中に外へ出るのだから見つかれば話を聞かれるのは確実です。
というわけですので少々行儀は悪いですが窓から外へ出ることにします。
私がいる部屋は二階なので高さはありますが『浮遊魔術』を使えば高さなど関係ありません。バエルにお姫様抱っこで外に出るのも考えましたが、それは何と言うか恥ずかしいので止めます。
窓を開けて屋敷に向け出発──ところがここで扉の向こう側から小さくノックする音が。
こんな夜遅くに誰でしょうか。まあ大体予想はついています。
寝たふりをしてこの場を乗り切るか。そうした場合、確認するために部屋の中へ入ってくるかもしれません。
急いで窓から外に出ても私が居ないとなると屋敷内を探し回って見つからなければ問題になるかもしれません。夜中に迷惑はかけたくないですね。
仕方ありません。ここは出ますか。
扉をゆっくりと開けて誰か来たのか確認すると、私の予想通り寝間着を着たカリーナさんがいました。
「カリーナさん。どうかしましたか?」
「夜分遅くに申し訳ないです。しかしその……夕食の時、いつもと雰囲気が違ったと言いますか。何か悩み事があるのかなと思って来たわけですが……その恰好、何処かへ出かけるのですか?」
確かに、夕食を食べている時は今日のことを考えていましたね。
それでも悟られないように自分では普段通り振舞っていたつもりでした。カリーナさんにはバレてたみたいですけど。
「眠れないのでちょっと夜の散歩にでも、と。タルトとバエルも一緒ですし心配しなくても大丈夫ですよ」
「嘘です。リリィさん、私たちに何か隠しています」
「そ、そんなことは……」
咄嗟に出た言葉も嘘だと見抜かれてしまいました。私も私で動揺してしまったので完全に嘘だと確信を与えてしまいましたね。
どう言い訳しましょうか。誰にも伝えるなと言われていましたし、カリーナさんは特に領主の娘さんだからウォルフさんに今回のことを伝えてしまうかもしれません。
困りました。この際、他の人には言わないという条件でカリーナさんにだけは伝えてしまいましょうか。
でも、伝えたら「自分も力になれると思うから一緒に行く」と言いそうな気もしますね。
カリーナさんの最上位精霊は強力なので力を貸していただけるのであれば非常に助かります。ですが、カリーナさんを連れて行くとカルロスさんとの約束を破ってしまう。
まああんな人の約束など破ってしまって構いませんが、魔物の少女や他の従魔が関わってくるのでそれは出来ません。
(カリーナ殿には申し訳ないですが、この場で眠ってもらいますか?)
バエルが念話にて提案してきました。
私もその案が一番妥当だと思いました。全て終わった後で色々問い詰められること間違いなしですけど。
時間もないしそれで行きましょう。
カリーナさんには悪いですがバエルに頼んで眠ってもらいます。
しかしその前にカリーナさんが──
「無事に帰ってくることを約束してくれますか?」
「えっ?」
「私がリリィさんについていっても足手まといになるだけだと思います。なので私は大人しくリリィさんの帰りを待ちます」
「カリーナさん……」
「もちろんこのことは誰にも話しません。なので安心して行ってきてください。ああでも、朝食までには戻ってきてくださいね。朝食の時にリリィさんがいないと屋敷中を探し回ったりと騒ぎになってしまいますので」
「わかりました。必ず帰ってきます。あと、一つ我が儘を聞いてくれますか?」
「リリィさんの頼みなら何でも聞きますよ」
ではお言葉に甘えて──
「朝食までには帰ってきますが、軽く運動もしてくるのでいつもより少し多く朝食を用意していただけると嬉しいです。それと、もしかしたら物凄くお腹を空かせた友達と一緒に帰ってくるかもしれません。屋敷に住まわせてもらっている分際でこんなお願いをするのは如何なものかと思いますが、食材は置いていきますのでその子たちの分も作っていただけると助かります」
「わかりました。料理人たちには事情を伏せてたくさん用意するように伝えておきます」
「ありがとうございます」
私は【異次元収納箱】から食材が入った袋を取り出します。
ちゃんと一つ一つ個別にして入っていますし【異次元収納箱】内は時間が止まっているので腐敗などはしていませんので問題なし。
結構な量なのでカリーナさんが持ち運べるか不安でしたがそこはカリーナさんのサラマンダーとウンディーネが何とかしてくれるそうです。
「では行ってきます」
「はい。リリィさん、必ず救ってきてくださいね」
「どうしてそれを……?」
「ただの女の勘ですよ。まあ本当のことを言いますと、お腹を空かせた友達と言っていたので何か事情がある子が居て、その子をリリィさんは助けたいのかなと思ったから勘とは言えませんけどね。次会う時は無事にその子と帰ってくる時です。その時は是非お友達を紹介してください」
「はい、約束します。では」
私は窓から外に出て『浮遊魔術』を使って約束の屋敷へと向かいます。
徒歩では時間がかかると思ったので空を飛んで移動していますが、念のためスキルで私たちの姿を視認できないようにしています。月明りに照らされて見つかっては騒ぎになりますのでね。
真夜中だから出歩く人も少ないですがそれでもいないわけではありません。ふらふらと歩くおじさんを数名見かけました。
夜遅くまでお酒を飲んでいたんのでしょう。奥さんがいたら帰った後怒られるんだろうなぁ、なんて思ったりしています。
5分もかからず小さな怪しい屋敷へと到着しました。
問題はこの屋敷がカルロスさんの指定した屋敷かということ。
これで居なかったら残りの空き家から探すしかありませんね。移動は空を飛べばいいのでそれほど時間はかかりません。
ですがその必要はないようです。
上空から見ましたがカルロスさんらしき人物が屋敷の敷地内にいるのが確認できました。どうやらここで間違い無いみたいですね。
私はスキルを解除して空からカルロスさんの前に着地しました。
カルロスさんは私が上から登場して驚いていましたが声を上げることは無かったです。脅かすつもりもあったので残念です。
「来たか。まさか上から来るとは思わなかったぜ」
「これでも私は魔道士なので。あなたが空き家としか言わなかったので探すのに苦労しましたよ。おかげで空を飛んで探す羽目になりましたよ」
本当はバエルの調査で苦労なんてしてませんけど。
強いて言うなら私の頼みを聞いてくれたバエルが苦労したのかもしれませんが、バエルからしたらこの程度苦労のうちに入りません。実際に調査し終えた時にそう言っていましたし。
「そりゃ悪かったな。でも時間ギリギリだがここに来れた。なら何も問題はないだろ?」
「そうですね。今回はそういうことにしておきます。でも今後人に集合場所を伝える時はちゃんと伝えた方がいいですよ。こんなの常識ですけどね」
ニコリと笑ってカルロスさんを軽く煽ります。
カルロスさんは煽りだとわかっているようですが気にしていない様子。あまり効果はないみたいですね。
まあ今日は煽り合いに来たわけではありません。煽るのはここまでにしておきましょう。
「それで? 約束通り他の人は連れずに待ち合わせ場所に来ましたがこれからどうするんですか?」
「そう焦るな。もうすぐ迎えが来る」
カルロスさんがそう言うと同時に屋敷の玄関扉がギギギと音を立てて開きました。曰く付きで誰も寄り付かず手入れもされていないからでしょうね。
扉が開かれるとそこには身長が低い男性がいました。黒いシルクハットを被り、紳士服を着たその男性は貴族のよう。見た感じ老人とまでは言いませんけど若くはないですね。
それに、何処となく不気味な感じです。この屋敷の主人というわけでもなさそうですし、この方はいったい何者なんでしょうか。
「お久しぶりです、カルロス・ディオベーラ様」
「おう、じいさん。今日もあんたか」
「はい。新入り共にカルロス様ほどの御方を任せるのも失礼かと思いまして。そしてリリィ・オーランド様。初めまして、私のことは"ウーノ"とお呼びください」
私の名前を何故ウーノさんという人が知っているのか。おそらくはカルロスさんが伝えたのでしょう。それ以外で知る機会はないです。
「観客も今か今かと待っております故、早速ですがご案内いたします。お二人とも私についてきてください」
言われるがままウーノさんについて行きます。
屋敷の中へ入ったわけですが、ボロボロなだけで特に異常はない普通の屋敷ですね。何か出るわけでもなさそうです。
「ところで、本日の試合ですがリリィ様が勝利した場合はカルロス様の従魔を解放。カルロス様が勝利した場合はリリィ様の従魔がカルロス様のものになる。これに間違いはないでしょうか」
「ああ」
「はい。ですが、魔物が従魔になる場合はその主人のことを認めなければいけませんよね。私の従魔たちはカルロスさんの人柄を知っています。万が一、私が負けてもカルロスさんの従魔になることはないですよ」
「その辺は問題ありません」
問題ない? それはどういう意味なのでしょうか。
「たとえ魔物が反抗しようと奴隷契約を結べば魔物の意思に関係なく従わせることが可能です。しかも私共が開発した奴隷紋での奴隷契約は一般の従魔契約と間違えるほどの自信作となっております故、契約完了後は奴隷紋も見えなくなるので気付かれることもありません。カルロス様の従魔も全て奴隷契約により従わせているのですよ」
「じいさん! 今まで隠してきたってのに余計なこと言うんじゃねぇよ!」
「おや、これは失礼。私はてっきり伝えているものだと。それを知った上でリリィ様はカルロス様の話に乗ったのかと思っておりました」
「チッ! まあ言ってしまったもんは仕方ねぇ。そうさ、俺の従魔は従魔じゃねぇ。奴隷契約をして無理矢理従えているわけさ。最初の方は反抗してきたが奴隷紋による痛みと俺が与えた痛みで今では大人しく従順になった。テメェの従魔も俺の道具にしてやるからな」
「その際は私共にお任せください。そして、大切な従魔を失ったリリィ様の心の穴を埋めるために私共は奴隷魔物を取り扱っております。気に入った魔物一体を奴隷契約にてリリィ様へプレゼントいたします」
さも当然のように言っていますが、奴隷魔物という魔物で空いた穴を埋めるなどふざけています。
しかし、カルロスさんの魔物の少女や他の魔物は無理矢理従わされていたんですね。それを聞いて安心しました。いや、安心というのも変ですか。痛みで躾けられていたみたいですし許せません。
でも抗おうとはした。それはきっと魔物の少女も。
だけど奴隷紋というものがあるから従わざるを得なかった。理不尽な暴力も不当な扱いを受けても耐えるしかなかった。
「今の話を聞いてまた声を荒げて怒るかと思ったが随分と冷静だな」
「ええ。あなたがどれだけ酷い人だったのか再確認できました。おかげさまで遠慮なく戦えます」
奴隷魔物に関しても言いたいことがありますが、今は魔物の少女たちの方を優先させます。
そして、歩き続けること数分。私たちは一つの大部屋に到着しました。
空間は広いですが戦うには狭いですね。それにここで戦っては騒音で気づかれます。わざわざ誰にも伝えずに来いと言ったのですから別の場所に移動するのでしょう。
私の予想は当たっていたようで大部屋の床には魔法陣が浮かび上がります。
視界は真っ白になり、何処かへ転移しました。
周りを見渡すと闘技場のような場所にいることがわかりました。私たちはその中央に立っています。
観客が待っていると言ってましたが本当にいますね。しかも顔が仮面で見えない。まあ、世間的にはあまり良くない催しだと思うので素顔がバレるのは色々と問題になるのでしょう。
「それでは早速ですが試合を始めたいと思います。審判は私ウーノが務めさせていただきます。ですがこの試合にルールは存在しません。つまり何をしても構わないということです。何があっても全て自己責任となります」
なるほど。ということは死んでも文句は言えないということですか。
流石に殺そうとまではしませんけどね。でもカルロスさんは違うでしょう。
生きて帰したらこの試合のことが知れ渡ります。最悪観客席にいる人たち全員を相手することになるかも。
まあその時はその時です。誰が来ようと負けるつもりはありませんから。
さて、では魔物の少女たちをカルロスさんの手から解放するためにも久し振りに本気で戦いましょうか。





