従魔激闘杯 最終日
時間というのはあっという間に流れ、気が付けば従魔激闘杯も今日で最終日となりました。
カリーナさんは順調に勝ち進んでいます。この後、カリーナさんが参加する階級の決勝戦が行われます。
ちなみに三日目のカリーナさんの試合。
対戦相手は一回戦第一試合に勝利し、次の二回戦にも勝利したあの魔物の少女の主人でしたが、カリーナさんとの準決勝で惨敗していました。
まあ、カリーナさんのウンディーネが相手なら当然かと思います。ここまで苦戦もしてませんでしたし。
やはりエドガーさんとの試合が事実上の決勝戦というのは間違っていなかったみたいですね。欲を言えば本当に決勝戦で勝負してもらいたかったです。
あの男性──名前を"カルロス"さんと言うそうです。流石にアナウンスで何度か呼ばれていたので覚えました。本当は覚えたくもないんですけどね。
そのカルロスさんという方がカリーナさんに負けた腹いせに従魔に暴力を振るっていないか心配です。
それに、他の階級にも参加しているようでしたが、結局決勝戦までは駒を進めることはできませんでした。なので尚更心配しています。
ただ、この心配とは別で様々な階級に参加が出来るほど従魔がいるのには驚きました。確か魔物の少女とカリーナさんが参加している階級に出ていた魔物と、あと二体ぐらい参加させていましたね。
しかし不思議です。
エルトリアさん曰く、普通に魔物を従魔にするには難しく『魔物使い』という職業を持っていても成功率が普通の人より少し上がるだけ。そして一番重要なのはその魔物と心を通わせること。
流石にテルフレアにいる従魔連れが全員『魔物使い』というわけではないので従魔にするために色々と頑張ったのでしょう。
ですがこれが全ての従魔連れに当てはまるとして、カルロスさんが魔物と契約を交わせるのが私としては少し気になります。
野蛮な性格で命令を果たせなかったら従魔に暴力を振るう。果たしてそんな人に魔物が従いたいと思うのでしょうか。
多分魔物の方がその人の人柄や雰囲気というものをよく感じることが出来ると個人的に思っています。魔物の本能という奴ですかね。
しかし、現にカルロスさんのもとにはたくさんの従魔がいる。
これは従魔たちがカルロスさんを主人と認めているから?
私はそう思いませんね。最初こそは良い主人に見えたかもしれませんが、彼の言動を見ればそんなものは偽りに過ぎなかったとわかるはず。
かといって、参加登録する時点で自分の従魔であるか確認が入るみたいなので無理矢理従えさせているという線も考えにくい……。
話によるとどちらかが繋がりを断てば契約も破棄できるみたいですし、嫌なら契約を破棄して逃げ出すことも可能なはずです。
大体、無理矢理と言っている時点でそれは従えているのではなく奴隷。それこそカルロスさんが言っていたような道具です。
何か裏があるような気がしますけど、本人の口から直接聞きだすことも無理でしょう。何より私があの人と会いたくありません。
でも魔物の少女の件もありますしねぇ……。その辺のことも踏まえて一度会うことになるのでしょうね。
とりあえずカルロスさんの件はここまでにしておきます。
それよりもカリーナさんの決勝戦です。
相手の主人は私と同い年ぐらいの女の子。従魔はベヒモスと呼ばれる獣の魔物でした。全ての試合を観戦しているので何度か見ているわけですが、ベヒモスは人生初、この大会で初めて見ました。
ベヒモスはかなり強い魔物だと聞きます。生息している場所も山の奥深くだとか。大きさも結構なサイズになるらしいです。
そのような魔物を私と同い年ぐらいの女の子がどうやって従魔にしたのか気になりますが、まあ今はいいでしょう。
今回出場しているベヒモスは小さめです。おそらくはまだ成長途中なのでしょう。それでも人が二、三人乗れるほどの大きさです。
エドガーさんのレグルスとは違ったカッコよさがあります。でもモフモフ具合はレグルスの方が勝っていますね。
このベヒモスですが、準決勝の時はキマイラという魔物と戦っていました。
キマイラもベヒモスと並ぶ強さを持っています。獅子の頭と山羊の頭、尻尾には蛇という異形の魔物で不気味だと思いましたが、あれはあれで魅入られるものを持っていると言いますか……。
ベヒモスとキマイラの戦いは凄かった……。思い出すだけで胸の奥が熱くなるような戦いでした。個人的にはウンディーネとレグルスの次ぐらいに熱くなれる試合でしたね。
あの試合にレグルスが入ると完全に獰猛な獣の縄張り争いみたいになっていたと思います。
さて、この試合どうなるか。
私はそれでもウンディーネが勝つと思いましたが、実際どうなるかはやってみないとわかりません。
相手のベヒモスもかなりの生命力があります。ダメージを与え続けてもそう簡単に倒れることはないでしょう。
一気に勝負をつけるか持久戦に持っていってチャンスを窺うか。それが今回のポイントになると思いますね。
『両者準備はよろしいですね? それでは決勝戦、始めッ!!』
審判の掛け声で決勝戦が始まります。
まず動いたのはベヒモス。レグルスの時同様ウンディーネに突進を仕掛けます。
魔術や他の攻撃手段があれば別の手段を選べますが、あの体躯では突進以外にないのでしょう。まあ、まともに受ければ大ダメージ間違いなしです。それでも隙が生まれやすくなるでしょうけど。
この突進を直撃するわけにはいかないとウンディーネは自身の身軽さを生かして回避。同時にダメージを与えようとベヒモスに水魔術を放ちます。
ですが、流石耐久力があるベヒモス。ウンディーネの魔術が直撃しても大してダメージが入っていないように見えます。
数で押し切るのは難しいと即座に判断したのでしょう。ウンディーネは一点集中に切り替えて高威力の水の球体を作りベヒモスへ放ちました。
的が大きいだけあって直撃です。
今の一撃で足元がふらついたベヒモス。しかしすぐに体勢を整えて離れたウンディーネに狙いを定めます。
それにしても、やはり一点集中は威力が出ますね。
一点集中型の魔術は単純に威力を増幅させたり、貫通力を増したりできます。その分まとまった相手を倒すときには効率が悪いですが、そこは臨機応変に使い分ければいいだけのこと。
私もいくつかそういう系の魔術は使えますがもう少し種類を増やした方がいいかもしれません。元々が高火力なので不要かもしれませんけど増やしておいて損はないでしょう。
おっと、話が少し脱線しましたね。
こうしている間にも決勝戦は激しさを増していきます。
ベヒモスは相も変わらず突進攻撃を主体とした戦い方。
ウンディーネの攻撃も効いているはずなのに止まる気配がありません。
倒れないのは主人に優勝をプレゼントするためですか。
それならもう少し負担を減らす戦い方をした方がいいと思います。そうすればもっと楽に勝てるかもしれない。でも私が口を出す権利はありませんよね。
今までこの戦い方で勝ってきたのでしょう。この戦い方で主人の役に立ってきた。そしてこれからも変えるつもりはない。
こういう自分を貫き通す戦い方は嫌いではありません。頑張ってほしい。勝ってほしいと応援したくなります。
ああでも、カリーナさんとウンディーネにも勝ってほしい。
勝負ごとにおいて必ず勝者と敗者が存在する。この試合だってどちらが勝ってどちらが負ける。これは仕方のない事です。両方勝つなんて道はありませんからね。
事実上の決勝戦と言ったのは訂正します。エドガーさんのレグルスとの戦いも凄かったですが、この試合も手に汗握る決勝戦に相応しい試合です。
「ウンディーネ!!」
ウンディーネもベヒモスの粘り強さに苦戦しています。
カリーナさんもそれがわかっていました。そしてこれ以上長引かせるのは不味いと思ったのでしょう。次の一撃で勝負をつけようとウンディーネに呼びかけます。
一度距離を取るとウンディーネは両手に魔力を集中させます。
更には動きを封じるためにベヒモスを囲むように水の柱を生み出しました。
ベヒモスはそれを突き破ろうとしていましたが、この水の柱は結界のような働きもあるようで頑丈です。ベヒモスでも簡単に破れません。
そして、魔力を溜め終わったウンディーネは今までとは比にならないぐらいの魔力で作られた水球をベヒモスに放ちます。
大丈夫なんでしょうかね。流石のベヒモスもあれを食らえば……。いや、そこはウンディーネもちゃんと考えているはず。
水の柱に囲まれて身動きが取れないベヒモスにウンディーネの攻撃が直撃。衝撃の余波で会場全体に爆風が吹き荒れます。
ウンディーネも今の一撃で相当魔力を使ったのかその場で膝をついています。
最初からあの技を使わなかったのは魔力の消費が激しいからみたいですね。万全の状態のベヒモスでは耐えきる恐れがあった。だからベヒモスの体力を削っていたのでしょう。
それにしても、命の危険があれば障壁が発動するとは聞いていましたけどこれはいくら何でもやり過ぎでは?
カリーナさん、そしてウンディーネ、容赦ないです……。いや、今の技を出さざるを得ないほどベヒモスは手強い相手だったと考えるべきですか。
とにかくこれで決着ですね。
相手の女の子はベヒモスを心配そうに見て──いませんでした。
彼女は、まだ諦めていない。
「ベヒモス……。勝って、ベヒモス!!」
少女の願い。そして突如落ちる青い稲妻。
青い稲妻が落ちた場所はベヒモスのところです。
巻き起こった煙でベヒモスの姿が見えませんでしたが、次に騒然となった会場に響いたのは猛々しい獣の咆哮。
次第に煙が晴れると現れたのは先程よりも一回り大きくなったベヒモスでした。ベヒモスの周りには青い稲妻が迸っています。
「ほう、これはまた面白い。この土壇場で"進化"するとは」
バエルがそう呟きました。
進化とは魔物に起こる現象です。簡単に言えば今以上に強くなること。タルトやバエルは十分すぎる強さを持っているのでこれ以上は進化しないと思います。
進化したベヒモスはそのままウンディーネに突進を仕掛け、頭部に生えた逞しい角でウンディーネを闘技場の壁まで吹き飛ばします。
ウンディーネも先程の技を使い、今のベヒモスの攻撃を受けて動くのも困難。
『これ以上の戦闘は危険と判断します。よってこの勝負、ベヒモスの勝利です!』
残念ながらカリーナさんは負けてしまいましたね。
勝利を確信して油断したわけではないです。私だってウンディーネの最後の一撃で勝負が決まったと思いましたから。
決勝戦も終わったので他の階級の試合に移ろうとしていましたが、どうやら運営の方で話し合いをしているそうです。
そして──
『今の試合ですが、ベヒモスが進化したことによりステータスが大幅に更新されました。終盤とはいえ進化後のベヒモスとウンディーネでは戦力差が大きすぎるため勝負が成立しません。なので──』
「ちょっと待ってください!」
運営の言葉をカリーナさんが遮りました。
「無効試合、というのは私が納得しません。そもそもベヒモスが進化したのは終盤も終盤。それまでは互角の戦いをしていました。そして、勝負を決める一撃をウンディーネは全ての力を使って放った。進化していなくてもベヒモスが耐えていれば私たちの負けでした」
『ですが、進化がなければ勝敗はどうなっていたかわかりませんよ』
「確かにわからなかったのかもしれません。でも結果は私は負けて彼女が勝った。それが事実です。それよりも、彼女の優勝したいという願いに応え、彼女のために勝とうと進化したベヒモスに大きな拍手を送って欲しいです。当然優勝した彼女にも!!」
私もカリーナさんと同じ立場なら同じことを言っていると思います。
決勝まで勝ち上がれたのは彼女とベヒモスが毎日頑張ったから。この戦いのためにたくさん頑張ってきたのでしょう。
これでベヒモスを従える女の子の優勝がなかったことになるなんてあんまりです。それでも無効試合になるなら私が抗議しに行きます。
そんなことを考えていると横の席に座っていたウォルフさんが立ち上がり、拡声器の魔道具を持ちました。
『カリーナ、本当に良いんだね?』
『私は負けました! 敗者がそれでいいと言っているんですからいいんです!!』
運営が持っている拡声器の魔道具を持ってウォルフさんに告げました。
するとウォルフさんは笑って──
『ならばこの試合は有効だ。この場にいる者は優勝した彼女とベヒモスに大きな拍手を! そして魔物の進化という素晴らしいものを見せてくれてありがとう!』
会場には大きな拍手が起きています。
手に汗握る試合を見せてくれた二人に私も拍手を送りました。
そして従魔激闘杯も終わりを迎えます。
閉会式には私の出番はありません。終わりなのに盛り上げてどうするんですかって話ですからね。まあ大会の余韻も残っているでしょうから今日のテルフレアは夜中までお祭り騒ぎになっていると思いますけど……。
「今回は負けましたけど次は負けません。私と私の従魔たちも腕を磨きますのであなたも、そしてベヒモスも今以上に強くなって待っていてください!」
「は、はい! 次もカリーナ様と精霊様に負けないように強くなります」
ベヒモスを従える女の子のやり取りを終えたカリーナさんは私のもとへとやってきました。
「リリィさん。私、負けてしまいました」
「カリーナさんも惜しかったですよ。あの決勝戦はあの子とベヒモスの勝ちたいという想いがベヒモスの進化を齎し、勝利へ導いたのでしょうね」
「そうですね。私もまだまだです。優勝してリリィさんとタルトちゃんと戦うことばかり考えて、優勝することは通過点と思っていたのでしょう。いえ、思っていたんです。だから優勝することだけを考えていたあの子に負けた。先のことばかり見るのは良くないと学びましたよ」
別に私は勝負を受けてもいいんですけどね。
でもカリーナさんが納得しませんか。私も最上級精霊とは一度戦ってみたいと思っていましたが、お預けのようです。
その後、エドガーさんとも合流して今日はカリーナさんの屋敷でパーティーを行うそうです。
ご馳走もたくさん用意しているそうなので楽しみです。タルトなんてご馳走と聞いただけでウキウキですよ。
みんなで屋敷に戻ろうとした時──
「かかかカリーナ……さん!!」
振り返るとそこには花束を持った男性がいました。
この人……どこかで見たことあるような。いや、思い返しても見たことないですね。多分気のせいでしょう。
「そ、その、ゆ、優勝できなかったのは残念だったけど、い、いい試合でした。ほ、本当は優勝した時に渡すつもりでしたが……」
そう言って男性はカリーナさんに花束を渡します。
それをカリーナさんは笑顔で受け取りました。
「ありがとうございます。ご期待に応えられなくて申し訳ないです」
「い、いえ。それで──」
「ごめんなさい。今日は早く帰らないといけないので。また何処かで会えたらお話ししましょう」
男性にはそう断って私たちは闘技場を後にします。
ふと気になったのでエドガーさんに聞いてみました。
「エドガーさん的にはカリーナさんが異性から花束を渡されてどう思いますか?」
「うーん。せっかく用意してもらって受け取らないのは、ね。でも、断るのはわかっていてもプロポーズされるのは見過ごせないかな」
なるほど。まあそれが普通ですね。
さて、お腹も空きましたし屋敷に戻りましょう。
この時の私は浮かれていて気付きませんでした。
すぐ後ろにあの時の感じた気持ち悪い視線と殺意が向けられていたことに……。





