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【コミカライズ1巻 3月27日発売】【Web版】奈落の底で生活して早三年、当時『白魔道士』だった私は『聖魔女』になっていた  作者: tani
外伝 エルトリアの過去

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旅立ち(外伝エピローグ)

「大変だ、街の西側から魔物の大群が迫ってきてる!」


 とある冒険者が急いで街に戻り報告した。

 その報告は冒険者ギルドだけでなく街全体へと伝わった。


 魔物たちが一斉に出現し、街や集落を襲撃することを集団暴走行動(スタンピード)という。この現象は突発的に起こるため予測するのは難しい。

 集団暴走行動(スタンピード)が起こる理由だが、明確には解明されていない。

 理由がわかれば打てる手はあるかもしれない。しかしながらそれは不明であり、突然やってくるものとして世間一般には知られている。


 そして、この街に向かっている魔物の数だが、1000体は優に超えている。

 幸いにもこの街には冒険者が多くいるが、全員をかき集めたところで、正直言って絶望的。集団暴走行動(スタンピード)により魔物は普段よりも凶暴性を増しているからだ。


 だが、希望を捨てるのはまだ早い。


 たとえ凶暴化した魔物の軍勢が押し寄せる最悪な状況でも、それを覆せる人物が一人いる。いや、今は一人ではなく()()か。

 非常事態を知らせる鐘の音を聞いたカルナとエルトリアは急いで冒険者ギルドへ戻ると中は騒然としていた。

 

「カルナさんッ!!」


 ギルドの役人に声を掛けられるカルナ。

 その声で魔物の軍勢に立ち向かおうと準備に追われていた冒険者たちもカルナが戻ってきたことに気付いた。


 皆、自分たちでどうにかしようと思いつつも心の何処かでカルナを頼っていた。彼女が現れたことで非常事態に焦る心も落ち着いていく。

 カルナも状況は理解している。早急に対処しなければ街が魔物の手によって滅びてしまう。


 だが、それは別に問題ではない。

 何故なら街が滅びることは絶対にないから。何体魔物が襲ってこようが全てを倒せる確信がカルナにはある。


「エルトリア、さっきの話だけど──」

「……続きは全て片付けてからでよい……。それより先にやるべきことがあるじゃろう」

「うん、そうだね」


 カルナはこの場にいる冒険者たちを心配させないように、笑顔で告げた。


「大丈夫! 魔物は私が倒すからみんなが心配する必要はないよ。私がサクッと全滅させてくるから、みんなは安心して待ってて」


 そう言い残して、カルナは街の西側へと出る。

 街の外へ出ると、まだ距離はあるが確かに何かの集団が街の方へ向かっているのが、目視で確認できた。正確な数はわからないが、当初の報告よりも倍くらい多い気がする。


 だが、数が報告より多かろうと問題ない。

 カルナは大技を放つために『空間魔術』の【空間転移(テレポート)】という魔術を使用して、魔物の軍勢と街の中間地点へ転移した。


「よし、これだけ離れれば大丈夫でしょ」

「ひとまず安心させるために奴らにはああ言ったようじゃが、実際のところはどうなのじゃ? 本当に御主一人で問題ないのか?」

「うわっ、エルトリア!?」


 知らぬ間に隣にいたエルトリアにカルナは驚き、声を上げた。

  

「もしかして、私のことが心配で来てくれたの?」

「そういうわけではない。だが、数が数じゃなからな。必要なら妾も──」

「嬉しいけど気持ちだけ貰っておくよ、ありがとう。でも、本当に大丈夫」

「そうか」

「それより、私から少し離れて。今から使う技は、多分『不老不死』でも殺せちゃうと思うから」

「……『不老不死(わらわ)』を、殺せる技じゃと……?」

「うん。あっ、言っておくけど、エルトリアが何度頼もうが、この技を友達に向けるつもりなんて微塵もないからね。ほら、巻き込まれると危ないから離れて」


 エルトリアはカルナの言うことを聞き、邪魔にならない程度に離れた。

 そして、カルナの紅蓮色の長髪がどんどん黒く染まり、次第に両腕まで黒く染まった。


 空気が変わった。離れていてもわかる圧。かつて似たような圧を受けたことがあるような気がするがエルトリアは思い出せなかった。

 膨大な魔力を集めたカルナの両腕は魔物の軍勢に向けられる。勢いよく両手のひらを合わせ、空気が破裂する音が一度鳴った時、それは天高く伸びた。

   

「──【黒死無葬(コクシムソウ)】」


 黒。天高く伸びたのは黒い柱だった。

 いや、柱よりも黒い壁という表現の方が正しい。

 数キロに渡って横へ広がる黒い壁はそこだけ闇に飲まれたような異様な光景。

 その壁は魔物だけを殲滅した。

 飲み込まれた魔物は全て形すら残らず消えてしまった。


黒死無葬(コクシムソウ)】──それは、例外なくあらゆる生物をこの世から塵一つ残さず消し去ることができる技。

 いくら『不老不死』とはいえ、存在そのものを消されてはどうしようもない。

 しかし、強力な技故に負担も大きい。

 技を放ち終えてカルナの髪は紅蓮色に戻ったが、彼女の腕は黒く染まったままだった。

 この技は使用後両腕に大きな傷を残す。そして規模が大きければそれだけ残る傷も大きくなる。最悪両腕を失う可能性も無きにしも非ず。

 だが、カルナは特異体質を理解していた。多少無茶しても何日か安静にしていれば治ると踏んで技を使ったのだ。


「くぅぅ~。やっぱりびっくりするほど痛い! めっちゃ痛い!!」

「……大丈夫なのか?」

「問、題なし! それより触っちゃだめだからね。空気に触れているだけでも痛いんだから」

「……今の技は何じゃ……?」

「【黒死無葬(コクシムソウ)】のこと? あれは昔一緒に冒険していた東方の友達が編み出した技。私でこれなんだから私以外が使うのは危険すぎる。何を思ってこんな技を編み出そうとしたのか……。結局完成しなかったけど」

「……そうなのか? だが今のは……」

「うん。私が完成させた。その友達ね、冒険の途中で事故で死んじゃったの。で、そいつは死んじゃう前に今の技を私に託した。危険な技だけど彼との繋がりでもあるからね。託されて私の技になったんだ」


 カルナは他者からスキルを受け取ることが出来る。

 それが彼女の持つユニークスキル『強欲』。

 これが発現したのは特異体質と同じ時期。

 カルナはこのユニークスキルで欲しいと思ったスキルを手に入れた。彼女が強くなれたのもこのユニークスキルがあったからと言ってもいい。


 だが『強欲』は欲しいと願い、()()()()()()スキルである。

 カルナは人から無理矢理奪うという行為が好きではなかった。

 基本的にスキルを奪うのは倒した魔物だけと決めている。それ以外は『強欲』を使うことはない。


 しかし、中にはカルナの友人のようにスキルや技を託す者もいた。

 ある時期までは託すと言われても受け取りたくはなかった。共に過ごした仲間のスキルや技を奪ってまで強くなりたいとは思ってなかったから。

 だがそんなある日、同じように自分に託そうとする友人の最期の言葉を聞いてカルナの考えは変わった。


 もう会えなくなるのは寂しいが、俺やお前に力を託していった奴らはお前の中で生き続ける。

 お前は全てを託した奴らの力を使って生きろ。そうすれば何年、何百年経ってもお前だけは俺たちを忘れることはない。

 それと、絶対にあり得ないだろうし来てほしくもないが、もし俺たちの所に来たらその時はお前の冒険譚を聞かせてくれ。

  

 忘れたくない友のために、全てを託そうとする友の力を『強欲』で奪う。そして別れてしまった友の分まで生きる。

 それでも別れは辛いものだ。

 無論、その辛さから解放されることも出来る。

 でもそれはカルナ本人が望まない。


「よっし! 追加の魔物もいないみたいだし、帰ろっか。早すぎてみんなびっくりするだろうなぁ」

「……なあ」


 街へ戻る前にエルトリアがカルナに声をかけた。


「ん、どうしたの?」

「……御主は妾に生きてほしいと言ったが、やはり妾は死んで楽になりたい」

「…………」

「「どうして助けてくれなかったのか」「なぜお前だけ生き残っている」「自分たちはこんなにも苦しい思いをしているのにお前だけ卑怯だ」。瞼を閉じれば、あの日のことが鮮明に思い出される」

「…………」

「もう嫌なんじゃ。……どうしても駄目なのか? 先の技で妾をこの世から消してはくれないか?」


 震えた声でエルトリアはカルナに問う。彼女の瞳は若干だが潤んでいた。

 もちろん、エルトリアを殺すことは可能だ。すぐにでも彼女を苦しみから解放させることはできる。

 それでもカルナの意思は変わらない。たとえ涙を流し、頭を地面につけて頼まれても変わりはしない。 


「私はエルトリアが死んだら悲しいし、あの街にいる人たちだってエルトリアが死んだって聞いたら悲しむ!」

「──ッ!?」


 唐突にカルナは大声でそう言った。


「エルトリアだって、もし今回の件で、あの街の人たちが死んだら悲しいでしょ? 彼らを死なせたくないから、私についてきて手伝おうともしてくれた。失いたくない大切な人たちを守るために。どうでもよかったら、手伝おうなんて考えないもん」


 そんなこと考えていなかった。身体が勝手に動いていたから。

 そうか。自覚していなかっただけで、自分は彼らを守りたいと思ったから身体が動いていたのか。


「エルトリアが大切だと思うように、彼らもあなたのことを大切な仲間だと思っている。大切な仲間は死んでほしくない。私だけじゃなくて、みんなもエルトリアには生きてほしいって思っている」


 生きてほしい。

 そういえば、誰かにもそう願われていた気がする。

 誰だ? いったい誰に──


「あっ……」


 そうだ、母だ。母のエリスだけは、自分の命にかえてもエルトリアを逃がそうとしてくれた。きっと強く生きてほしいと最期まで願ってくれていたはずだ。


 どうして今までこんな大事なことを忘れていたのだろう。 

 大好きだった母に生きてほしいと願われていたのに、自分は死にたいと思ってばかり。

 エリスのことを思い出した途端、自分が情けなくなって、エルトリアは瞳から涙が一粒こぼれる。その涙はどんどん増えていき、拭いても拭いても止まらなかった。


「えっ!? ちょっ!」

「……エルちゃんを、泣かせた……」


 エルトリアの背後に現れたアスモデウスの瞳には、強い殺意が籠っていた。


「ええっ!? 私のせい!? いやまあ私が言って泣いたから私のせいか……。こ、こういう時どうすれば……子供相手なら何とかなるけど、エルトリアの場合は──」


 本気で慌てるカルナの姿を見てエルトリアは笑みを浮かべた。こうして笑ったのはいつぶりだろう。


「エルトリアが笑ってるとこ、初めて見た。暗い顔をしている時よりも、そっちの方が断然いいよ。アスモデウスもそう思うでしょ?」

「まあ、それは間違いないわね」

「うんうん。さて、エルトリア。さっきは死にたいとか殺してほしいとか言ってたけど、今はどう?」


 カルナに問われ、エルトリアは自分の発言を反省して頭を下げた。


「おそらく今後も瞼を閉じれば死んでいった者たちの声は聞こえるじゃろう。じゃが、もう死にたいとは思わん。いつまでも死にたいなんて思っていては母上に怒られるからな。あと、その……殺してくれなんて言ってすまんかった」

「気にしなくていいよ。あっ、ところでさ。さっきの続きなんだけど、エルトリアさえよければ、少しの間、私と一緒に冒険しない?」

「御主と共に、か?」

「うん! いろんな街に行ったり、美味しいものを食べたり、ダンジョンを攻略したり! 私たちならどこにでも行けそうじゃない?」

「そう、じゃな。もともと当てのない旅じゃ。やりたいことが見つかるまでは、御主と旅をするのも悪くはないかもな」


 魔物の脅威は去った。

 カルナとエルトリアは街へ帰還し、報告をするとその日の夜は宴になった。

 主役のカルナとエルトリアは街の者や冒険者たちに感謝され、宴を大いに楽しんだ。時々こぼれるエルトリアの笑みには男性冒険者たちだけでなく女性冒険者も心を奪われたという。


 そして一週間後、二人は新たな冒険のために街を出発することにした。

 中には行って欲しくない者もいたが、最後は皆快く見送りをしてくれた。


「さて、次は何処に行こうか」

「行き先は決めていないのか?」

「行き当たりばったりの旅だからねぇ。エルトリアは何処か行ってみたい場所とかある?」

「我が儘を聞いてもらえるなら、場所ではないが、久し振りに本を読みたい。ここには売ってなかったからな」

「本かぁ。なら、結構大きい街にいかないと駄目かな。確か、北東の方に大きな街があるって聞いたから、とりあえずそこに向かおっか」


 この先も二人の旅はまだまだ続く。

 新たな出会いや別れ、ある日、後の従者になるエルフに命を狙われることになったりと、この先のエルトリアの人生には色々あるが、それはまた別のお話……。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

本当はもう少し書けましたが、長くなりそうなのでこれにて外伝終了です。


それで、外伝が終了したので少し長くなりますが外伝についてのお話を。


外伝ですが一話ごとの文字数もあり、かなり長くなってしまいました。

外伝ではなく本編を進めてほしいという声もあり、言わずともそう思っていた方もいると思います。その方々にはお待たせして申し訳ないです。


ただ、当時はエルトリアの過去に触れるのは第二章が終わった今しかないと思い、外伝を始めました。本編でも少しだけ触れていましたからね。

過去を掘り下げて『不老不死』になった経緯が明らかになる。辛い過去があってそのまま完結……というのはしたくありませんでした。

辛い過去があっても生きようと思うところまで書きたい。

そのため外伝が長くなってしまったわけです。あとは後々の展開に繋げるため。外伝に出てきたあの悪役との関係とか。

そういう理由ですのでご理解いただけると助かります。


長くなりましたがここまでとさせていただきます。

次回より本編第三章が始まります。リリィの新しい従魔など新キャラがたくさん登場する予定です。

これからも応援よろしくお願いいたします。  

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奈落の底で生活して早三年、当時『白魔道士』だった私は『聖魔女』になっていた4
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