カルナ・ヴァーミリオン
カルナは冒険者ギルドに戻った時、明らかに異質な存在に気付いていた。
厳密に言えばその前からか。別件ですぐに冒険者ギルドへ向かわなかったが、カルナはその異質な存在がこの街に来た瞬間に気付いた。
そして同時に思った。
何やら面白い奴が来た、と。
離れていてもわかる。この街にいる冒険者とは比べ物にならないくらい強い。本人は上手く隠しているようだったがカルナにはわかってしまう。
自分と同類の存在に出会うのは初めてだった。いったいどんな奴なのか胸を膨らませながら冒険者ギルドへ向かった。
そして、冒険者ギルドに到着する。
毎度のことながらたくさんの人数が自分の帰りを待ってくれていた。
変わらぬ喜びを持ちながら周囲を一瞥。そんなことせずとも入った瞬間にわかったが念のためだ。
見つけた。受付にいる小汚いボロボロのローブを纏っている同類。フードを深く被って顔は見えないが確かに強い。
一声かけてみようと思ったが、街の人たちが離してくれない。だが悪い気分ではない。話す機会は宴が終わりに近づいた時にでもできるだろう。
散々騒いで楽しいひと時を過ごした。
だが、どうやら同類は楽しんでいないようだった。
自分から輪に入ろうとはせず、気配を消して遠くから傍観するだけ。
気配を隠していているのには理由があるのだろう。そう思ってこの時のカルナは同類に声をかけようとしなかった。いや、嬉しいことだが、街の人の対応をしていたから声をかけようにもかけれなかったという方が正しい。
夜も更け、宴も終わりに近づいてきた。
次第に冒険者ギルド内にいる者たちも少なくなり、つい先ほどまでの賑やかさが嘘のように消えていった。
皆明日も仕事や用事があるのだから物足りない気もするがこればかりは仕方ない。
毎回そう思っていたが今日は違う。カルナからすれば宴は勿論だったが、ここからが楽しみだった。
同類はまだ冒険者ギルドにいた。
もしかしたら声をかける前に帰ってしまうと思ったが、どうやら最後まで残っていたらしい。
彼女の隣に座り、同類に声をかけて名を聞いた。
彼女はエルトリアと名乗った。
エルトリア、それが自分と同類の者の名前。
彼女には「可愛い子の名前はすぐに覚えられる」と冗談交じりで言ったが本当は違う。
ほんの少しの警戒と初めての同類に対しての興味。
だがそれ以上にエルトリアのことを心配していた。
この時ようやく彼女の顔を見たのだが酷く疲れている感じだった。
余計なお世話かもしれないが、どうしてもエルトリアを放っておくことはできなかった。何か力になれればいい、カルナはそう思っていた。
「さて、何から話したらいいかなぁ」
「……先程、似た者同士と言ったが御主は妾のことを知っておるのか……?」
「いや。今日初めて会ったわけだし、エルトリアのことは何も知らないよ。でもちょっとだけ『鑑定』させてもらった。悪いとは思ってるけどそこは許してね。代わりに私のステータスを見ていいから。あなたも『鑑定』は持ってるでしょ? 持ってないなら私から見せるけど」
一方的に視られるのは気に入らない。
エルトリアは『鑑定』にてカルナのステータスを視てみたが、その内容に声は出さずとも驚いた。
「……御主」
「そういうこと。私の体はちょっと特別でね。そのせいでもうかれこれ400年以上は生きている。もともとは人族だったけど今では妖魔族ってのになっちゃった。まあそりゃそれだけ生きていれば人間やめてるわよね」
カルナ・ヴァーミリオンは特異体質だった。
これが発現したのは18歳の時。
大気中には酸素など目に見えない粒子が存在している。
その中には"魔素"と呼ばれる謂わば魔力の回復を促進させる粒子が存在する。
酸素を取り込む時と同じように呼吸をすれば体内に魔素が循環し魔力を回復させることが可能になる。自動回復系のスキルを持っていない者は主にこれで魔力を回復させる。
そして、魔素の濃度に比例して消費した魔力の回復速度が変わり、濃度が濃い場所は主にダンジョンの下層が挙げられる。
それで肝心のカルナの特異体質の件なのだが、彼女は魔素を呼吸だけでなく肌で吸収することが可能な体質となっている。
常人でも微量だが肌から魔素を吸収しているためこの話自体は珍しくない。
注目すべきはカルナが吸収できる量だ。
その吸収量は常識を遥かに超えている。
魔力が完全に回復すればいくら魔素を吸収しても回復することはない。それはカルナも同じだった。400年生きていて尚且つ最強と呼ばれている冒険者の魔力はとんでもない数値になっているがそれは一先ずおいておくとして。
カルナが他と異なるのは吸収しても無駄になるであろう魔素の行き場。
魔力にならなかった魔素はカルナの脳や臓器、筋肉や細胞などに行き渡り、最高の動きが出来るよう常に再生し続けている。
つまりこの体質である以上、カルナの体は衰えることがないのだ。そして、今が自身の力を最大限発揮できる状態なのか成長は止まってしまっている。
体が成長しないのは少し残念だが、老体になるよりもずっと若いままでいられるからむしろ良かったとカルナは考えていた。
ちなみに人族から妖魔族へと進化した理由はわからない。
気づいたらなっていたが、400年以上生きて人族だというのは無理があるだろうし、今更問題視する必要もないだろうと。
自分の特異体質に関して話、それを聞いたエルトリアはカルナに問う。
「……御主も死ぬことができないのか?」
「うーん、どうだろ。この世に魔素がある限り死ぬことはないかな。でも言い換えれば、魔素がなくなると私は死ぬかもしれない。まあ、この世から全ての魔素がなくなることなんて起こらないだろうから大丈夫でしょ」
「……では、そんな体になって死にたいと思ったことはないのか? こんな世界から消えてしまいたいと思ったことは……?」
カルナはエルトリアの問いの意味がよくわからなかった。
だが真面目に聞いているのはわかった、だから過去を振り返ってみた。しかしそのようなことを考えたことは思い当たらない。
「思ったことないかな。っていうか、あまりそんなこと思っちゃ駄目だよ。世の中には生きたくても生きられない人たちもいる。あなたも長生きしてたら何度か目にしているでしょ?」
確かにエルトリアはそういう者たちを多く見てきている。特に未来ある子供が亡くなっている姿を見るとエルトリアも心を痛めた。
だがそれはそれ、これはこれ。カルナはエルトリアの過去を詳しく知らないからそんなことが言えるのだ。
仕舞いには──
「そういえば、あなたの生まれ故郷が滅んじゃったのは今から100年ぐらい前だっけ……。夜魔王国ヒューゼンベルグ──あなたの家名を聞いて思い出した。ヒューゼンベルグには魔術の天才と言われた王女がいるって噂で聞いたけどエルトリアのことでしょ? まあその……国のことは残念だけどさ、『不老不死』っていう凄い力があって生き延びたんだから死にたいだなんて思わずにもっと楽しく生きようよ」
この発言にはエルトリアも我慢の限界だった。
凄い力? こんなものただの呪いでしかない。
楽しく生きる? そんなの出来たらやっている。
この苦しみから解放されたい。解放されて楽になればもう苦しまずに済む。だから死を願うのだ。それが叶わぬ願いだと知りながらも。
「何も知らないくせに知ったような口を利くな!! 妾だってあの日のことを忘れて生きようとした! でもそんなことできるはずない! 許してくれるはずない! 皆が皆、御主のように気楽に生きられると思うな!!」
声を荒げ、そう言い残すとエルトリアは冒険者ギルドから去った。
遠く、そして小さくなっていく後ろ姿をカルナはただただ眺めるだけだった。
いや、声をかけようとはした。しかし、エルトリアになんて声をかければいいかわからなかったのだ。
完全に姿が見えなくなった今、酔いが覚めて自分の発言を思い返したカルナは俯き、大きな溜め息を吐いた。
(……やっちったなぁ。酔った勢いだとしても、初対面で彼女にあんなこと言うなんて馬鹿でしょ、私……。怒鳴られるのも当然。あの子の表情を見れば辛い過去があるって普通分かるでしょ。きっと生き残りはあの子だけ。にもかかわらず、楽しく生きようだなんて……ほんっと馬鹿だなぁ)
酔いが覚め、頭を掻き、もう一度大きな溜め息を吐くカルナ。
(理由はどうであれ、一度口から出た言葉が消えることはない。言った本人と聞いた人の心にずっと残り続ける。酷い事ならなおさら。400年以上生きてるっていうのにどうしてこういう部分は成長しないのかなぁ、もう……)
今まで自分と似たような体質を持っている存在に会うことはなかった。だからってそれを言い訳にしていいはずがない。
言ってしまったことを後悔しても遅い。それは十分わかっている。
でも、このまま何もしないのは駄目だ。自分の愚かさを認め、傷つけてしまったエルトリアに謝罪しなければならない。そのためにはもう一度エルトリアに会わなければ。
しかし、肝心の彼女がどこにいるかわからなかった。街の外へ出てしまっては会うことも難しい。
だがカルナに焦りはない。彼女は横を向き、何もない空間に話しかけた。
「……悪魔さん、お願いがあるんだけど」
そう問うと何もない空間からアスモデウスの姿が現れた。
アスモデウスは機嫌悪そうにカルナを見つめる。
最初から存在に、そしていつから悪魔族だと気付いていたのか疑問に思っていたアスモデウスだが今はそんなことどうでもいい。それよりもカルナを見つめる彼女の瞳には敵意が籠っていた。
「何かしら。エルちゃんを傷つけた奴と話すことなんてないけど、一応聞いてあげる」
「ありがとう。お願いっていうのはエルトリアに謝罪する機会を作ってほしいの。本当ならすぐにでも追いかけて謝るべきなんだろうけど、今行ったところで話なんか聞いてもらえずに追い返されるだけだと思う。だからあなたには明日の朝エルトリアをここに連れてきてほしい。お願いします」
カルナは深く頭を下げた。
そこにプライドなどない。この街で一番の実力を持っている冒険者だろうが関係ない。協力してくださいと頼むのだから頭を下げるのは当然のことだ。
「……私はエルちゃんを言葉で傷つけたあなたを許すつもりはない。でもいいわ、明日エルちゃんをここに連れてきてあげる。ただし、あなたにはそれ相応の対価を払ってもらう。悪魔が願いを叶えてあげるんだから文句は──」
「文句なんて言わない。私に出来ることなら何でもする」
カルナは本気なのだとアスモデウスは感じだ。
ずっと頭を下げるカルナの姿を見てアスモデウスは彼女に告げる。
「……なら、エルちゃんを救ってあげて。そしてあの子の支えになってあげて」
許すつもりはないと言われたため、アスモデウスの言葉を聞いてカルナは呆然としていた。
「そ、それだけでいいの……? 悪魔との取引だからもっと凄惨な内容なのかと……」
「私じゃ多分無理。あの子を救えるとしたら、似たような境遇のあなたしかいない。認めたくないけどね。エルちゃんを救って、これから先もずっとあの子の支えになる。それが出来なければあなたを殺すわ」
「私のことを殺すのは難しいと思うけど……わかった。もしも約束を果たせなかったら、私のことを好きにしてもらって構わないわ」
そして翌日。
エルトリアはアスモデウスに冒険者ギルドへ行くよう勧められた。
普段ならそんなこと絶対に言わない。宿でのんびりしようと言ってくるのに今日に限って。
怪しいのは明白だった。
それに冒険者ギルドにはカルナがいるかもしれない。昨日の一件があってか顔も合わせたくなかった。
冒険者ギルドに到着し、いつも通りアスモデウスには気配を消してもらって中へ入る。
やはりいた。紅蓮色の長髪を持った彼女が出入口付近の椅子に腰をかけている。
目と目が合ったがエルトリアは無視して奥へ進もうとしたが──
「待って!!」
無視して進めばよかったのに声をかけられて立ち止まってしまった。
「……何じゃ?」
「えっと、ちょっと話がしたくて……」
「……御主と話すことなどない。昨日のことなら忘れろ……」
そう言って歩き始めようとするエルトリアだったが、カルナは彼女の右手を握って止めた。
「お願い。ほんの少しだけでいいの。ほんの少しだけあなたの時間を私にください」
しつこいと振り解くことも出来たはずだ。
だがエルトリアはそうしなかった。だが彼女の目を改めて見て、少しだけなら話を聞いてやろうと思った。
話の内容はおおかた予想がつく。おそらく昨日の件だろう。
ここでは周りの冒険者の目もあるので場所を変えようと二人は人気のない場所に移った。
そしてカルナは開口一番に──
「昨日のこと、軽はずみな発言をして本当にごめんなさい」
やはり謝罪だった。カルナは更に言葉を続ける。
「謝ったところで許してもらえるとは思ってない。この謝罪も私の中にある罪悪感を謝罪して消そうとしているだけ、そう捉えてもらっていい」
しかしカルナは二度と同じ過ちを繰り返さないよう反省し誠心誠意謝罪をしている。それは頭を下げるカルナの姿を目にしていたエルトリアがよくわかっていた。
「それで、勝手ながらあなたの従魔から話を聞いたわ」
エルトリアはアスモデウスを見るが彼女は顔を背けた。
あの夜、カルナはアスモデウスにエルトリアの過去を聞いていた。
とてもじゃないが面白い話ではない。当時9歳の子供が経験するには酷すぎる内容だった。そして、その日から苦しみ続ける日々のことも。
今ではあの時の質問も理解できる。
家族に命を狙われ、生き延びた今でも亡者たちが語りかけてくる。死にたい、消えて解放されたいという気持ちもわかる。
だが、それでも──
「生きていれば辛いことや悲しいことはある。比べるなんておこがましいけど私にも辛かったことや悲しかったことがある。でも、生きていればそれ以上に楽しいことや嬉しいことがあると思うの。だから、やっぱり死にたいなんて言わずにエルトリアには生きてほしい……。それでその……エルトリアが良ければだよ? 少しの間だけでいいから、一緒に──」
その時だった。
突如、大きな鐘の音が街全体に響き渡った。
この街の鐘の音は1時間ごとに鳴るようになっているが、今回は最後に鳴った鐘の音から1時間も経過していない。
それ以外で鐘の音が鳴った場合。この時は──
「これは……非常事態の?」
エルトリアやカルナのいる街に脅威が迫っていた……。
次回 外伝エピローグ (多分……)
それと少しだけ宣伝を。
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Amazonさんでもまだまだ予約できるので、よろしければ手に取っていただけると幸いです。





