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【Web版】奈落の底で生活して早三年、当時『白魔道士』だった私は『聖魔女』になっていた  作者: tani
外伝 エルトリアの過去

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別れ

 同刻。誰かの足音が聞こえる。

 その音を聞いてゆっくりと目を覚ますエルトリア。

 情報が一切入ってこない地下で過ごしていた彼女には現在のヒューゼンベルグがどんな事態になっているのか知らない。

 外が異常事態になっているのも知らないエルトリアは足音をよく聞くために耳を澄ませた。

 これはガルゲラの足音ではない。彼の足音はもっと落ち着いた感じがある。しかし、エルトリアの耳に入った足音は何かに迫られて急いでいる感じだった。

 地下室への出入りはガルゲラとその付き添い以外は禁止されていた。つまり家族であるヴェルダやエリスとの面会も禁止されている。エルトリアは暫くの間、家族の顔を見ていなかった。

 ガルゲラでないのであれば誰の足音なのか。その答えはすぐにわかった。


「エルトリア!」

「母、上……」


 地下室へやってきたのはエリスだった。

 かなり急いできたのだろう。エリスはここまで走ってきたのか苦しそうに肩で息をしている。それでも今は逸る鼓動を落ち着かせるために息を整えようとする時間すら惜しい。

 エルトリアを檻から出そうにも扉に鍵がかかっているせいで開けることが出来ない。しかしエリスは魔術を行使すると扉を凍らせて破壊した。

 扉を破壊するために魔術を使ったエリスだが様子がおかしい。それは衰弱しているエルトリアでも気付けるものだった。

 口から少量の血を吐いたが倒れないように檻を掴み耐えるエリス。そしてすぐにエルトリアを抱きしめた。


「辛かったよね。寂しかったよね。本当に、ごめんなさい……。もっと早くあなたを見つけることが出来たら……」


 エリスも王宮内にこのような地下室があるとは知らなかった。

 長年王宮に住んでいるエリスが、だ。普通ならあり得ないだろう。しかしそれが事実なのだから認めざるを得ない。

 エルトリアの所在はガルゲラが知っているはず。そう思いガルゲラを探す日々が続いたが、まるで意図的と思えるほど彼とはすれ違っていた。呼び出そうとしても「治療薬の製造に専念している」と言われることがほとんどで今日まで会うことはなかった。

 そして起こってしまった国民たちの暴動という悲劇。

 国民たちが王宮まで乗り込んでくる可能性が大いにある。更にはエルトリアを捕えようとしている話も噂に聞いた。

 そうなる前に見つけ出そうとエリスは必死になって王宮内を探し、偶然地下へ続く道を見つけてエルトリアがいる地下牢へと辿り着いた。

 見つけるのに時間がかかったこと。そして一人頑張るエルトリアに何もできなかった自分を悔やみながらエリスは謝罪するもエルトリアは笑顔で答えた。


「ぜんぜん気にしていないのじゃ。母上や国民たちを救えるなら妾は頑張れる……」

「……エルトリア」

「それよりも……母上は薬を飲んでいないのか? 先生が治療薬は完成したと言っておったから……。早く飲まないと母上が死んでしまう」

「いいの。私はもう長くないから……」

「そ、そんなことない! 薬を飲めば母上の病気も治──」

「違うの。あの薬を飲んでも病が治ることはない。それよりも早くここから出て逃げなきゃ」

「逃げる……?」

「外は今大変なことになっているの。そしてこの国の全員があなたを狙っている。だから誰かに捕まる前に逃げるの」


 もしかしたらここにいる方が安全かもしれない。

 エリスはこの場所を見つけた時にそう考えていた。しかし、国民──もしくは初めから王宮にいる者がエルトリアを捕らえるために地下室へ来てしまった時のことを考えると、この場に留まるのはよくないと判断した。

 地下室の出入口は一つしか存在しない。奥へ逃げても待っているのは行き止まり。大人数が相手だと時間の問題だ。隈なく捜索されて見つかれば逃げることは不可能だろう。それならば見つかっても逃げ切れる可能性が僅かでもある地上へ出た方がいい。

 エリスはエルトリアの腕を掴み、地下室から脱出しようとする。今はただ安全な場所──今のこの国に安全な場所があるのかもわからないが──へ逃げるのみ。

 エリスに腕を引っ張られながら階段を上るエルトリアだったが、彼女の脳内は地下室を脱出するよりも他のことでいっぱいだった。

 詳しいことを話せる時間はない。それはエリスの焦り具合から何となく察することができた。だから疲労困憊の状態で思考が鈍っていても自分で考えることにした。


(……先生が作っていたのは、治療薬じゃなかったのか……?)


 治療薬は完成している。にもかかわらずエリスはその薬を飲んでいない様子。更に薬には病を治す効果がないという。

 

(母上は外が大変になっているとも言っていた)


 それは病のせいか。それとも別件か。今のエルトリアにはわからなかった。

 そうしている間にも地下室の階段を抜けた。

 久し振りの外の世界。だがそれは彼女の知っている世界ではなかった。

 廊下を走り、安全な場所へ逃げようとする二人。その道中、エルトリアの視界に窓から見える外の景色が映った。 

 所々から昇る黒煙。街に広がる猛火。微かにだが聞こえる国民の声。

 信じがたい光景だった。夢なら覚めてくれと願うがこれが現実。夜魔王国ヒューゼンベルグは壊滅状態になっていた。 


「母上、何故国がこんなことに……」

「わからない。突然国民が暴れ始めたの……──ッ!!」


 エリスは急に足を止めた。

 彼女が見つめる先。そこには一人の男性が立っていた。

 長年共に過ごしていたエリスにはわかる。今の彼は普通ではない。

 

「父上!!」

「待ちなさい、エルトリア!! ヴェルダのところへは行っては駄目。私の側から離れないで」

「……エリス、お前の横にいる()()をこちらに渡せ」

「お断りします。今のあなたに、自分の娘を道具みたいに呼ぶあなたにエルトリアを渡しません」


 エリスの言葉に激高しヴェルダは声を荒げる。


「いいから渡せ! それの血肉を食えば生き延びることができるのだ! エリス、お前も生き延びたいだろ? エルリックとガイアスも呼んで共にそれを食おう。生きて国を元通りにしようじゃないか」


 父の発言に動揺を隠せないエルトリア。かつての優しかった父の面影など一切ない。ヴェルダはエルトリアを自分の娘ではなく病を治す薬としか見ていなかった。

 その言葉に今度はエリスが激怒した。それもそうだろう。今の言葉は間違っても自分の娘に言っていいものではない。


「ふざけないで! エルトリアの前でこんなこと言いたくないけど、私はエルトリアが痛みに苦しんでまで生きたいとは思わない!」

「犠牲ではない。それは死なぬ体を持っている。限界まで血肉を食らっても死ぬことはない。そして放っておけば回復する。まさしく化け物の力だが、この状況で利用しない手はない。だからさっさとそれを渡せ!」

「断ると言っているでしょ! あなたにエルトリアは渡さない」


 エリスは頑なに拒否する。ヴェルダの手に渡ってしまえば愛する娘の未来がどうなるかは目に見えていた。

 そんなエリスを見てヴェルダはこれ以上の説得は無理だと諦めた。そして、腰に携える剣を抜きエリスに向ける。


「……そうか。では力尽くで奪うまで!」


 一瞬にして懐へ入り込まれた。

 ヴェルダは躊躇うことなくエリスの首元目掛けて一閃。しかし、エリスは『魔力障壁』にてそれを防いだ。

 だが状況はエリスが劣勢である。彼女は苦しみながらも夫を睨む。

 病など最初からかかっていなかったかのように万全の状態に見えるヴェルダ。対するエリスは病が体を蝕み、お世辞にも戦える状態ではない。障壁もそう長くは持たないだろう。

 エルトリアを守りつつ、今のヴェルダから逃げるのは到底不可能。いや、仮にエリスも万全の状態だったとして、殺すつもりで向かってくるヴェルダから逃げるのは難しい話だ。

 しかし、エルトリアだけならまだ逃げられる希望がある。

 これが最後になるのはエリスも気づいていた。たとえヴェルダの足止めに成功したとしても残された時間はあとわずか。エルトリアとの再会はできないだろう。


(それでも、私はエルトリアには生きていてほしい……)


 父から放たれた言葉。その言葉は娘の心に傷を負わせた。更にそこへ追い打ちをかけるように母の死を目にすればそれこそ立ち直ることはできない。だから、エルトリアがこの場から去るまでは絶対に死ねない。


「私のことは気にせず逃げなさい、エルトリア! ここからは一人になるけど必ず逃げ延びて」

「でも、母上……」

「いいから早く!!」

「──ッ!!」


 エルトリアは何も言わず二人のもとから走り去った。

 こんな形で別れたくない。一緒に逃げよう。

 何度その言葉を口にしようと思ったか。今だって振り返って言いたい。しかし、それを口にしてしまえば残り僅かな命でヴェルダに立ち向かうエリスの覚悟を台無しにしてしまう。


「それでいいのよ。振り返らずそのまま行って……。でも、叶うなら……あの子の成長を最期まで見届けたかったかな……」

「チッ! そこを退け、エリス!!」

「ヴェルダ、あなたがおかしくなった理由は何となく想像できる。おそらくこの事態を引き起こしたのも……。けど、今私がすべきことは()を探して問い詰めることじゃない。少しでも多くあの子が逃げる時間を稼ぐこと。簡単に死ぬつもりはないけど、どうしてもこの先に進みたいのなら私を殺していきなさい」

 

 娘を逃がそうとする母と生きるために追おうとする父。両者の戦いは激しさを増していくのであった。










 勝敗が決した時、そこにヴェルダの姿はなかった。

 エリスは敗北したのだ。

 激闘の末、ほんの少しだがヴェルダに傷を負わせた。

 負わせた傷が致命傷にならなかったのは愛する夫だからという理由だった。ヴェルダはエリスを殺す気でいたが、エリスは最期までその一線を越えることはできなかった。病のせいもあったがそれも敗因の一つとなったのだろう。

 しかし、時間を稼ぐという目的は果たした。

 もしかするとエルトリアは他の誰かに捕まってしまい、せっかくの時間稼ぎも無駄に終わったかもしれない。だがエルトリアならうまく逃げている。ヴェルダからもきっと逃げられるだろうとエリスは信じていた。

 壁に背中を預けている体はもう動きそうにない。視界も徐々に霞んでいき、心臓の鼓動も弱々しくなるのを感じる。


「……ここまで、ね……」


 瞼を閉じて深い眠りにつこうとしていたエリス。

 その時、自分の所へ向かってくる気配を感じた。

 エリスの前で止まると不気味な笑みを浮かべて男性は彼女を見つめた。


「……ガル、ゲラ……」

「おや、生きていましたか。随分としぶとい王妃様ですね」

「……やはり全て、あなたが……」

「はい。陛下にも伝えましたが今回の件、全て私が仕組んだものです」

「じゃあ……ヴェルダがおかしくなったのも……」

「ええ。本来であればエリス様も陛下と同じようになっていただく予定でした。あの薬を飲んだ者の精神を支配して傀儡のように操れる効果があるんですけどね。あなたは薬を断った」


 エルトリアの血液で作られた治療薬。エルトリアとしては使ってもらうことが本望だったが、エリスがそれを使うことはなかった。

 というのもエリスはガルゲラが怪しいと感じていたから。

 ガルゲラは病が流行り始めてから今日まで感染していない。ほぼ全ての民が感染しているというのにガルゲラだけは無症状のまま。ただ、それだけなら運が良かったと済ませることも出来なくはない。

 問題は何故エルトリアの教師役として呼ばれたガルゲラが治療薬の製造を買って出たのか。勉強を教えることはできても薬の製造は専門外だろう。

 誰も疑問に思わなかったのがエリスの疑問だった。

 しかし、多くの者は治療薬が出来ることに希望を抱いた。その状況で製造の中止をしろとは言えない。何より証拠がなかった。証拠がなければ中止させる理由が作れない。今更後悔しても遅いが無理にでも中止させるべきだった。


「まあどちらにせよ、エルトリア以外は全員死ぬ予定だったのであなたが私の思い通りに動かなくとも計画に支障は出ませんでしたけどね」

「………………」

「おや? 今度は本当に死んでしまいましたか?」

「……エルトリアを利用して何をするつもり?」

「私は何もしませんよ。利用するのは別の御方です。あの御方曰く「エルトリアは世界を作り変える力を手にするために必要な駒の一つ」だそうです。まだこの世界での()()()()()()()()みたいなのでかなり先の話になりますが、その時が来るまで彼女には生きてもらわないと困るんですよ。まあこれから死にゆくあなたには関係ない話ですがね」

「……そう。じゃあ、そんな話を聞かせてくれたあなたに私から一つ言っておくわ」


 エリスは最期の力を振り絞りガルゲラに告げた。


「世界を作り変える力を手に入れると言っていたけれど、それが叶うことはないわ。いいえ、たとえ手に入れたとして、何がしたいのかわからないけどエルトリアが止める。あなたたちの思い通りにいくとは思わないことね……」

「ふっ、何を言い出すかと思えば。戯言も程々にしてください。あの娘が一人で立ち向かったところで無意味──」

「一人じゃないわ。すぐには難しいと思う。でも、エルトリアは必ず立ち上がる。そして心強い大切な友達をたくさん作ってその人たちと一緒にあなたたちの野望を絶対に阻止する。私にはわかるのよ」

「……いい加減戯言を聞くのも飽きてきました。既に虫の息ですがいいでしょう、私自らの手でとどめを刺してあげます」


 右手による突きがエリスの心臓を穿とうとする。しかしその一撃はエリスの体に届く寸前で止まった。

 

(いいことを思いつきました。既に息絶えているようですし、これ以上傷つけると修復させるのが面倒なのでやめておきましょう。いったい何百年後になるかわかりませんが今から非常に楽しみです)


 ガルゲラの思惑など知らず、エリスは深い眠りにつくのであった。


 ──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

エルトリアの外伝は本編全体の後半の展開に必要な前振りみたいなもので、予定では多くてもあと4~5話で終わります。

その後は本編第3章を更新していきますのでもう少々外伝にお付き合いください。

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