黒幕
「採血の時間ですよ。起きてください、エルトリア様」
地下生活もこれで何日目になったのだろうか。
光も届かぬ牢獄で静かに目を覚ますエルトリア。ゆっくりと瞼を開けた先には『光魔術』を用いて光源を作り見下ろすガルゲラの姿があった。
(もう……そんな時間か……)
声を発することなくガルゲラの言葉でエルトリアは弱々しく身を起こした。
そして、ガルゲラの前に腕を突き出すとガルゲラは慣れた手付きで注射器を刺しエルトリアの血液を採取した。
もう何度もこの光景を目にしている。
ふとエルトリアは考えた。治療薬を作るために自分の血液を提供しているが、本当に治療薬が作られているのかと。
どういうわけかガルゲラは外界の情報を教えてくれない。聞いても「治療薬の作成は順調に進んでいます」と答えるだけ。
決して疑っているわけではないが、それを自分の目で確認していないのだから家族や国民が病から解放されているのかもわからないのだ。
それに、果たして吸血鬼一人──しかも小柄な子供から採取する血液量で国民全ての治療薬を作れるのか疑問に思っている。
正直な話、エルトリアは不可能に近いと考えていた。そうなると治療を優先されるのは王族や貴族になるだろう。平民は今も病に苦しんでいるはず。
だからといって採取する血液を増やすわけにはいかない。何故なら毎回限界まで血を抜かれるから。それを一日三回行う。
不死者となったエルトリアは回復速度も速くなっている。
いや、厳密に言えば違った。回復速度は死に近付いている時ほど速くなる。常人では死に至る状態であってもエルトリアであれば数時間で完全に回復する。
しかし、毎回死ぬ一歩手前まで血液を採取されるのだ。たとえ回復しないことを願おうがスキル『不死』が無慈悲にも完全に回復させてしまう。エルトリアはこの地獄から解放されるわけではない。
それでも家族や国民のためであればエルトリアは自分の血液を提供する。「いつ死ぬかわからない状況なのじゃ。死なぬ体を手にした妾の血で治るなら」と自分に言い聞かせながら。
「終わりましたよ。お疲れ様です。次は正午過ぎに来ますからその時までゆっくりと休んでください」
限界まで血液を採取されたエルトリアは眠るようにその場に横になった。
(この生活は、いつまで続くのか……)
あの日から始まった地下生活。
自身も知らない地下室に案内され、まるで罪人を収容するような檻のある部屋へと監禁された。
その地下室へ向かう道中も逃げ出さないように兵士が後ろをついてきていた。そして、おそらくエルトリアが途中で逃げ出さないように地下へと監禁した。
エルトリアは家族や国民のためならと覚悟を決めて自分の身を差し出した。その彼女が苦痛から解放されるがために途中で投げ出すのは考えにくい。
監禁する必要性はあるのかどうか。普段通りの生活を送らせても何も問題ないのではないだろうか。
毎朝用意される朝食。家族みんなで食べるのが日常だったが今では一人孤独に食事を取っている。しかも、疲労やストレスが原因か何を食べても美味しいとは感じない。
好きな読書だって地下室に監禁されてからしていない。一応採血の時にガルゲラが本を持ってきてくれるが部屋の隅に置いておくだけで手をつけていない。あれだけ好きだった読書も今では読む気にすらなれない。
当たり前だった日常はあの日を境に失ってしまった。
だがエルトリアは信じていた。その日常を取り戻せる日が来ると。
(もう少しの辛抱じゃ……。先生が作った治療薬があれば、大丈夫……。でも、失ったものは多い……。妾がもっとたくさん血を出せたら救えた命があるかもしれなかった……)
エルトリアの行いは誰も責めたりはしないだろう。
だがエルトリアは後悔していた。
こうしている間にも死者が出ている。その者たちを救うことはできない。もっと早く治療薬を渡していれば助かったのかもしれない。
そんなことを思いながらエルトリアは次の採血の時間まで眠るのであった。
ヴェルダは苛立ちを隠せなかった。
苛立ちのあまり自室にある花瓶を投げてもそれは収まらない。
鏡を見るとそこには瘦せこけて酷く疲弊している自分の顔があった。
「何故だ! 何故治療薬を飲んだというのに治らない!」
一人で大声を出し怒りを露にするヴェルダ。
そのせいか口から大量の血を吐いた。手に付着している自分の血や地面に広がる血を見て更に苛立ちが増す。
ヴェルダは国王という立場もあってか優先的にエルトリアの血で作られた治療薬を渡されていた。それを服用して暫く経つが一向に治る気配はない。むしろ悪化しているようにも見える。
本当に効果があるかどうかガルゲラに問うたこともあった。だがしかし、その時のガルゲラは何も問題ないと答えた。
効果が出始めるのには個人差がある。現に王宮内にいる数名は完治しているとヴェルダも報告を受けていた。
本音を言えばヴェルダはガルゲラの話を聞いて半信半疑ではあった。しかし完治している者が出始めていることで治療薬は効果があると立証された。であれば後は自身が飲んだ治療薬の効果が出るのを待つだけ。
そして五日が経過した。治療薬の効果が出たのかは言うまでもない。
日に日に体は衰弱していき本当に効果があるのか再び疑い始めてしまう。だが、生き延びるためにはこの治療薬に縋るしかなかった。
未だに苛立ちが収まらないなか、扉をノックする音がヴェルダの耳に入った。入室の許可をすると入ってきたのはガルゲラである。
「国王陛下、ご気分はいかがでしょうか」
「……良くはない。ガルゲラ、治療薬は本当に効果があるのだろうな」
「もちろんです。現に何名かは順調に回復していっています。ただ、効果が出るのには個人差もあるので……」
「わかっている。ところで──」
その時、再び扉をノックする音が聞こえた。今度はヴェルダの許可なく扉が開く。入ってきたのは一人の兵士だった。
「何事だ!!」
「申し訳ございません。ですが早急にお伝えしなければいけないことが!」
「……何だ?」
「こ、国民たちが、暴動を起こし始めているのです!」
「何だと!?」
兵士の報告を聞いて急いでヴェルダは窓の外を見た。
そこに広がっていたのは燃え盛る夜魔王国ヒューゼンベルグ。病が流行る前までの平和な国の面影は一切ない。今はもう戦場と化していた。
これほどの事態、どうして今まで気づかなかったのか。そもそも何故暴動が起こったのかヴェルダは理解が出来なかった。
兵士は報告を続ける。
「街の被害は甚大。そして国民同士で殺し合いに発展しているとの報告もありました。更に国民たちが徒党を組み王城へ向かっています。現在は兵士団が食い止めていますが、時間の問題です……」
「訓練を積んだ兵たちが一般の国民に押されているとでもいうのか!?」
「……その通りです。女子供問わず国民たちは異常な強さで兵たちを倒しています。おそらく、そう時間もかからずに王城へ攻め入ることでしょう……」
男性ならまだわかるかもしれない。だが兵士たちは厳しい訓練を積んできたのだ。それを女性、ましてや子供が兵士に勝てるとは到底思えない。
更に報告しに来た兵士から話を聞くヴェルダ。
国民たちは誰かに操られているようにも見えるという。
確かにそう考えるのが妥当なのかもしれない。いきなり国民が団結し暴動を起こすようなことは考えにくい。裏で誰かが仕組んだと考えるべきか。
しかしそうなると首謀者は誰なのか。何を考えて今回のような一件を起こしたのか。その答えはすぐにわかった。
「国民たちはこう訴えていました。「治療薬が出来ているのは知っている。治療薬が足りないのであればエルトリアを出せ。エルトリアの血をよこせ」と」
「それは本当か!?」
実を言うと国民には治療薬のことを知らせていない。ヴェルダは最悪の事態を考えるとこれが正しい判断だと思ったからだ。それでも苦渋の決断ではあった。
確かにエルトリアの血によって治療薬は作られた。数にしておよそ二万程度の。
そう。完成した治療薬は今のところたった二万程度なのだ。増やそうにも簡単に増やすことが出来ないのがこの治療薬。こればかりはどうしようもない。
治療薬の存在が明らかになれば確実に良くない方向に物事が進んでしまうとヴェルダは考えていた。結果的には暴動が起こってしまっているが……。
治療薬の数も限られている。夜魔王国ヒューゼンベルグの総人口に対して現状ある治療薬では国民全てを救うことは到底不可能だ。
救う命と見捨てる命。選別は必要不可欠になる。そして治療薬のほとんどを命欲しさに押し寄せる貴族が使うことになり、街で暮らす多くの平民には治療薬が行き届くことはないだろう。仮に残したとしても選別をすることには変わりない。
「……いったい、私はどうするべきなのか……」
優先すべきはこの事態を鎮静化させることだろう。
しかし、国民たちは話による限りでは暴徒化しているとのこと。兵士でも止めるのは難しい。そんな相手を果たして止めることはできるのだろうか。
いや、そんなことを考えている場合ではない。可否を考えるのではなくやらなければならないのだ。
だがその前にヴェルダは今回の件で生まれた疑問についてを考えた。
まず国民たちの暴徒化の件。
兵士たちを凌駕する力を簡単に手にすることが可能なのかどうか。人為的な何かが無い限りいきなり強くなるのは考えにくいのではないか。
それに治療薬のことも疑問に思っていた。
治療薬については一部の者しか知らない。情報も漏洩しないように徹底していた。しかしその情報は国民たちに知れ渡っていた。
最悪、治療薬の存在が明らかになるのはわかる。だがその治療薬の作成にはエルトリアの血が必要だということまで知られているのは何故か。
考えられる可能性は──
「王宮にいる何者かが治療薬について国民に全て話した……」
しかも治療薬の作成に携わっている者が一番可能性が高い。
ガルゲラを筆頭に治療薬は造られている。そしてそこに携わっている者は十名にも満たない。治療薬の作成は精密な作業が多いため下手に人数を増やしても失敗する恐れがある。治療薬を一本も無駄にしたくないとガルゲラに言われていた。
治療薬についてよく知っているのはその辺り。情報を漏洩させたのはその中の誰かだと考えられる。
「……誰だ……」
しかし、思い出そうにも思い出せなかった。
そもそもの話、ヴェルダは治療薬を造っている人物をガルゲラ以外見たことがなかったのだ。故にガルゲラ以外の治療薬作成に携わる人物の顔も知らないのだ。
何故無理にでも事細かく聞こうとせず、治療薬の製造の詳細を聞かずに全て任せたのか。
そこには信頼関係があるからだろう。しかし、長年仕えてきた臣下や従者ならまだわかるが、たかが数か月──それも面と向かって話すのは数えられるほどしかない。そのような者を心から信用していいのか。
──嫌な予感がした。
国王にすら造り方を秘密にしている治療薬。果たしてそれは本当に病を治す治療薬だと断言できるのか。治療薬ではなく別の薬を投与していたとも考えられるのでは。
その時、背後から悍ましい気配を感じた。
振り返るとそこにはニヤリと不敵な笑みを浮かべるガルゲラがいた。
「ガルゲラ、貴様」
「ああ、どうやら気付いてしまったようですね」
「いったい私に、いや、病に苦しむ者たちに何を飲ませ──ッ!?」
言葉を遮るようにガルゲラはヴェルダの首を鷲掴みにする。
「もう事を起こしたことですし隠さなくてもいいですね。治療薬と称して陛下や他の皆さんに飲ませたのは本当は別の薬です。そして、病が蔓延し始めた時から今日まで、全て私が仕組んだことです。病も私が蔓延させたんですよ」
「な、何故そんなことを……」
「とある方の力を覚醒させるようにと命じられていましてね。我が王が用意した本を読んでくれたおかげで彼女はもう十分と言えるぐらい強力な力を手にしましたが、どうやらまだ肝心のユニークスキル覚醒までは至っていないようで。なので陛下とこの国の民にはそのための犠牲になってもらいます。まあどちらにせよ、彼女以外は全員消すことになっていましたがね」
「では、エルトリアが不老不死の体を手に入れるように仕向けたのも……」
「ええ。あの本を用意したのは我が王ですが、図書館に置いたのは私です。正直手に取って読んでもらえるかは不安でしたけど、エルトリア様──いえ、エルトリアは本を手に取り興味を持った。それなりに時間がかかると思っていたので助かりましたよ」
再びガルゲラは不敵な笑みを浮かべた。
ヴェルダは自身の首を掴むガルゲラの手を振り解こうと抗うがその抵抗も無意味に終わった。
力では脱出は不可能と考えたヴェルダはガルゲラに向けて魔術を放つ。しかし、その魔術もガルゲラには通用しなかった。魔術はガルゲラを守る障壁によって防がれる。
「抵抗しても無駄ですよ」
首を掴む力が強くなり苦しむヴェルダ。
だがすぐにその力は緩められた。
「おっと、危うく殺してしまうところでした。まだ陛下には仕事があります。死ぬのはその仕事を終えてからです」
ガルゲラはヴェルダを投げ飛ばした。咳き込むヴェルダは街の状況を報告しに来た兵士に視線を移す。
「衛兵! この男を拘束しろ!」
「…………」
「無駄ですよ。彼も私が作った薬を飲んでいますので既に私の手に落ちています。陛下の命令など聞きません」
「何だと……!?」
「そして陛下、あなたもですよ」
突然の頭痛がヴェルダを襲う。
次第に痛みは大きくなり、ヴェルダは意識を失うもすぐに目を覚ました。だがその顔は無表情だった。瞳も虚ろで別人のように見える。
「さて、あなたの仕事は自分の娘であるエルトリアに更なる絶望を与えること。最期まで仕事を全うしてくださいね」
その言葉を聞くとヴェルダは返事もせずに部屋を出た。向かう先はもちろんエルトリアがいる地下室。
(そういえば、ここには治療薬を拒んだ女がいましたね。雑魚は薬無しでも簡単に操れますが、ある程度の強さを持っていると……。まあきっとエルトリアのもとへ向かっていると思いますし、ヴェルダが片付けてくれるでしょう。愛した者同士の殺し合い。非常に興味深いですがまだ私にもやることが残っているのでそちらを優先しましょう)
そしてガルゲラは不気味な笑い声を残して部屋から姿を消した。
少しだけ長くなりますがお付き合いください。
活動報告にも書きましたし、目次ページ下部にも載っています書影をご覧になった方はご存じかもしれませんが、
本作『奈落の底で生活して早三年、当時『白魔道士』だった私は『聖魔女』になっていた』のコミカライズ企画が進行中です。
詳しいことはまた後日発表します。
また、書籍第1巻の予約はまだ行っています。
Amazonさんのページではリリィ、タルトの他に、
アドル、クオリア、カリア、シャルロット、エルトリアのイラストが紹介されています。
(※ゼペットは諸事情により今回はイラストがありません)
ここだけの話、第1巻は約6万字ほど加筆しております。
WEB版にはなかった話や描写などを追加しているのでWEB版を読んでくださった方でも楽しめると思います。
もしよろしければお手に取っていただければと幸いです。





