未知の病
夜魔王国ヒューゼンベルグの人口の三割がエルリックと同じ病に侵されていた。
異例の事態だった。そして現在も感染者が増えていく一方。
早急に手を打とうにもこの病には『治癒魔術』が全く効かないのだ。
魔術で解決しないのであれば投薬での治療法も提案されたが、この異常事態は前例のないものであり、病に効果がある薬はわからなかった。
現在病に侵されていない『白魔道士』や専門家などが総力を挙げて治療法を探しているが、それよりも感染者が増えていく方が早かった。そしてそれは治療法を探す『白魔道士』や専門家にまで広がっていく。
結果、問題解決の糸口が見つからず難航してた。
これ以上感染者を増やさないためにもヒューゼンベルグ国王──ヴェルダは全国民に一先ずは外出を自粛させるように命じた。
だがこれも意味はあまりなかった。必要な時のみ外出しようが、国王の命令を守って自宅にいようが感染者は増加していったからだ。
このままでは夜魔王国ヒューゼンベルグが滅亡してしまう。いや、現在進行形で少しずつ、だが確実に滅亡への道を進んでいっているのだろう。
しかし、そんな危機的状況にあるヒューゼンベルグでも普段と変わらず過ごす少女がいた。
エルトリアである。
王宮内にも病が浸食しつつある中で彼女だけは特に症状も出ず無事だった。
王族の中で次に感染するのはエルトリアだと王宮内にいる全員が思っていた。
それもそうだろう。感染者であるエルリックを治療しようとエルトリアは彼の部屋を度々訪れていた。感染者と多く接触している彼女が感染していない方が変だ。
しかし、念のため現在は自室で軟禁状態のような形になっているがこれといって症状が出ていない。
引きこもりのエルトリアもたまには外に出たいと思っているが我が儘は言えない。それで感染してしまっては元も子もないからだ。
移動できる場所も制限されて窮屈な日々になってしまったが、それならそれでやることはある。
ヒューゼンベルグに蔓延る病の治療法を見つけることだ。
病で動けない者が増えるのならその分自分が動いて治療法を見つければいい。幸いにも図書館には沢山の書物があるのだ。探せば治療法は見つかるだろう。
そんな生活をしばらくしてきたせいか部屋中には沢山の書物が散乱している。
普段ならこんな風に本を読み放題できる環境に心躍るが、今は治療法を探すので精一杯だった。
そう。治療法は今も見つかっていない。医療系の本を読み漁っているが一向にそれらしき病のことは見つからない。
この感じには覚えがある。
ボロボロの本を解読しようとしていた時と同じだ。あの本を解読しようと似たような文字で書かれた本がないか図書館中を探したが見つかることはなかった。
ちなみにボロボロの本の解読は中断している。優先すべきことを考えればこの判断は当然だろう。
「駄目じゃ……。この本にも書かれていない……」
気分を変えるためにも一度休憩しようとするエルトリア。
ふと部屋を見渡してみたが、積み重なった本たちを見て溜め息を吐いた。
「これだけ探しても治療法は見つからないのか……。いやいや、諦めるな。きっと治療法が見つかるはずじゃ。病で苦しむ兄上や国民のためにも元気な妾が頑張らなければ!!」
エルトリアも疲れを知らないわけではない。当然のことながらその幼い体には疲労が溜まっている。
父ヴェルダからも「エルトリアはまだ子供なのだから無理はしなくていい」と言われていた。
では子供らしく何もせずに大人に任せて待っていろと?
違う。それは自分がやるべきことではない。
子供だろうが大人だろうが関係ない。王族として、夜魔王国ヒューゼンベルグを統治する父の娘として、エルトリアは皆のために必死になって治療法を探すのだ。
休憩を終えたエルトリアは再び机に向かう。
その時、扉からノックする音が聞こえた。
返事をすると扉を開けて入ってきたのはレナだった。
王宮には感染者増加を防ぐために必要最低限の従者が配属されている。
レナはエルトリアの専属メイド故に王宮に残った。もちろん現状を考えると世話係の仕事を断ることも出来たが彼女はそれをしなかった。
レナはエルトリアの部屋を見渡した。
一生懸命に治療法を探しているからあまり強くは言えないが、部屋の散らかりようには溜め息を吐くしかない。
「エルトリア様。民のために熱心なのは構いませんがもう少しお部屋を綺麗にした方がいいのでは? 読んだ本と読んでない本の区別が出来なくなりますよ」
「問題ないぞ。一度読んだ本は覚えておるからな。それよりどうしたのじゃ? いつもは追加の本を持ってくるのに」
エルトリアは部屋の外には出られないため本の持ち込みは全てレナに頼んでいた。片付けが遅れているのはエルトリアが次々に本を要求しているからである。
だが今日の彼女は何も持っていなかった。医療系の本を全て読み終えたわけではない。図書館にはまだそれらの本が残っているだろう。
追加の本を持ってきていないのであれば他に用件があって訪れたのか。
「エルトリア様、国王陛下がお呼びです」
「父上が?」
「はい。至急連れてくるようにと仰せつかりました」
「でもいいのか? 妾が部屋の外へ出ても」
「問題ないから私に連れてくるよう命じたのだと思いますよ」
そういうことならとエルトリアはレナについて行くことにした。
そして案内されたのは大部屋だった。
扉を開けるとソファに腰をかけてエルトリアを待っていたヴェルダの姿があった。この状況をどうにかしようと何日も対策を考えていたのだろう。酷く疲れた表情をしていた。
あとはエルトリアに授業を行っていた教師の姿もあった。彼もまた治療法発見のために王宮に住み込みで暮らしているとエルトリアは前に聞いている。
「……来たか」
「父上、もしかして治療法が見つかったのか?」
「あ、ああ。だが……」
「だが?」
「いや、それを説明する前にエルトリア、お前に伝えておきたいことがある」
次にヴェルダの口から発せられた言葉にエルトリアは耳を疑った。
「今朝、エリスもエルリックや民たちと同じ病にかかった。ガイアスもここ最近体調が悪いと言っている。遅かれ早かれ、同じ病に侵されるだろう。もしかすると既に……」
「母上とガイアス兄上も……?」
「そしてエルリックも病に体を蝕まれて……長くはないらしい……」
「……は?」
「信じたくはないが病のせいで死者も出始めている。だがまだ希望を捨てるのは早い。早急に治療すれば救える命もあると"ガルゲラ"が言っていた」
ガルゲラとはこの部屋にいるもう一人の人物。エルトリアの授業を行っていた教師の名前である。
救える命もあるとヴェルダが言ったのだからガルゲラは治療法を見つけた。そう考えたエルトリアはガルゲラに問う。
「先生! 治療法を見つけたんじゃろ!?」
「……ええ。図書館で治療法を探していたところ偶然見つけました」
「早く教えてくれ! こうしている間にもエルリック兄上は……」
「お、落ち着いてください、エルトリア様。ちゃんと説明しますから」
エルリックの命が危ないと聞いて落ち着いてなどいられない。だがここで冷静さを欠いてもエルリックを救えるわけではない。
一度呼吸を整えてからエルトリアはガルゲラの話を聞いた。
「図書館を隈なく探せば他にも治療法はあるかもしれません」
「ガルゲラよ。今は時間がない。私も詳しいことは聞いていないのだ。早くお前が見つけた治療法を教えてくれ」
「はい。私が見つけた治療法……それは不死者の血肉を体内に取り込む方法です」
「不死者だと!? 何を馬鹿げたことを言っている!」
声を荒げるヴェルダだったがガルゲラは説明を続けた。
「私も最初はそう思いました。でも不死者の血肉を食らった者はどんな難病も治ると本には書いてあったのです。私もこの目で見たことがないのでそれが事実かはわかりません。ですがこれを仮に事実だとします。おそらくこの国に蔓延しているのは感染すれば死に至るものでしょう。しかし不死者であれば感染していても死ぬことはない。理由は不死者だから。死なないということはどんな病に侵されても生きていられるということです」
「……だ、だが肝心の不死者がいなければ意味がないではないか」
ヴェルダの言葉で黙る一同。
エルトリアは確かに不死者を探すのは難しいと考えていた。そもそも、不死者が存在するかもわからない。少なくとも夜魔王国ヒューゼンベルグにはいない。
それはヴェルダも考えていた。他と比べれば寿命は長い種族である吸血鬼族ではあるが、流石に不死者は見たことも聞いたこともない。
ただ、この場で一人だけ不死者に心当たりがある人物がいた。
ガルゲラはエルトリアの方を向いて問う。
「エルトリア様。ステータスを見せてくれませんか?」
「いきなり何じゃ。もしや妾が不死者になっていると? 先生、いくら何でもそれはないじゃろ。そんなスキル獲得した覚えなどない」
「念のため確認ですよ。私もエルトリア様が不死者になっているとは思っていません。ですが、以前より一冊の古ぼけた本の解読をしようとしていましたよね。もしかするとその本は何らかのスキルが書かれた本であり、エルトリア様は本を読んだことで既に獲得しているかもしれません」
「読んだと言っても文字はわからなかったぞ。まあ確認してみるか……」
スキルが書かれた本を読むとそのスキルを獲得できる本があるのはエルトリアも知っていた。だがそのような類の本は誤って手に取ってスキルを獲得しないように大抵は厳重に保管されている。何度も読み返されたようなボロボロになった本がスキルが書かれた本なわけない。
故に自分が不死者になっているはずもない。
そう思ってステータスを表示させる。
エルトリアは魔物を倒してレベルを上げることに興味はなかった。そんなことをしている暇があるなら本を読んでいる方が有意義な時間を過ごせるからだ。
最後に魔物を倒したのはいつだったか覚えていない。ここ暫くはレベルも上がることはなかったためステータスの確認など久し振りにやる。
こんな数値だったかと思いながらもスキルの項目に視線を移すエルトリア。
一個ずつ見ていき、順調に確認し終えていく。だがその途中で身に覚えのないスキルが表示されていた。
そのスキルの名前こそ──『不死』
他にも『不老』など身に覚えのないスキルがあった。
この時よりエルトリアは望まずして『不老不死』の体を手に入れたのだ。
反応から察してガルゲラはエルトリアが不死者になったと気づいた。
「その様子だとエルトリア様は不死者になったようですね」
「ま、待て。妾は……」
エルトリアは立ち上がり大部屋を飛び出した。
向かった先は自室。勢いよく扉を開けてボロボロの本を手に取る。エルトリアはすぐさまページを捲るが──
「何も、書かれていない……?」
あれだけ読めない文字が書かれていたのに今ではどのページを見ても真っ新な紙になっている。
エルトリアはスキルが書かれた本を読んで獲得すると内容が綺麗になくなるのも知っていた。そしてそれ以外に『不死』などのスキルを獲得できる方法も考えられない。
つまりボロボロの本は『不死』やその他スキルについて書かれたものだったのだ。
スキルを獲得して初めてわかった真実。エルトリアも書かれている内容が『不死』などのスキルについてとは思いもしなかっただろう。
これから先のことを考えると不老不死になってしまったことを簡単に割り切ることはできない。一生このままの姿で生きることになるのだから。
しかし、エルトリアは慌てることなく同時にあることを考えていた。
(いつかはわからぬが妾は不老不死になった。そして、今のところ治療法が不死者の血肉を得ることしかない病……)
偶然にしては出来過ぎているのではないか?
不老不死になるのは別にエルトリアでなくてもいい。誰かが図書館でボロボロの本を見つけて読んでいればいずれ不老不死の体を手に入れていた。しかし、図書館の出入りの頻度を考えるとエルトリアが手に取る確率が高い。あとはガルゲラか。
病だってエルトリアがボロボロの本を手にしてから暫く経って発現した。しかも何の前触れもなく突然に。
目的は不明だが、まるでエルトリアが不老不死になって国を救うように誰かが仕組んだようにも思えてしまう。
「考えすぎか……いやしかし……」
「エルトリア様」
後ろから声を掛けられたエルトリアは振り返るとそこにはガルゲラと全身を覆う金属鎧を纏った兵士が二人立っていた。
「私としてもこの国を病で滅亡させたくありません。どうかこの国の救世主になって頂けないでしょうか? 陛下もそれを望んでいます」
いくら病を治すためだからといってヴェルダが可愛い一人娘の血肉を病に苦しむ国民に分け与えることを了承するだろうか。いや、了承したとしても即決はしないだろう。しかしガルゲラの言葉から想像するにヴェルダは即決したように思える。
色々と思うことはあった。だが今それを気にしている暇はない。国民を救える可能性があるなら協力するべきだと考えるエルトリア。
「……わかったのじゃ。妾もこの国を滅亡させたくない。妾の出来ることなら、何でもしよう……」
「ありがとうございます。それではこちらへ」
エルトリアはガルゲラについて行った。
道中、エルトリアの背後には絶対に逃がさないと言わんばかりに兵士二人がついてきた。これはあまりにも不自然と思ったが逃げ出しても捕まるだろう。まあ逃げ出す理由もないのだが。
エルトリアが案内されたのは彼女も知らない謎の地下室。
その日からエルトリアの地獄のような生活が始まるのであった……。





