色欲の悪魔
「四つの塔で一番苦戦すると言われておっただけあって期待してたが、実際こうして現地に赴いてみれば全然大したことない奴ばかりじゃなぁ」
荒れ果てた大地にて一人呟くエルトリア。彼女の後ろには動かない沢山の魔物が転がっている。
単独での攻略など誰も挑戦しようとせず、パーティーであろうとメンバー全員が相当の実力者でない限り挑戦を躊躇うほど脅威とされているのが『魔神の塔』。死にたくないと少しでも思う冒険者は近づくことすらしない。
エルトリアも最初は受付に挑戦を止められた。他にも訪れる冒険者自体少ないのでその場にいる数少ない冒険者にも注目を浴びていた。
彼女は誰かに止められて挑戦をやめる吸血鬼でもないので忠告を無視して挑もうとしたのだが、やはり単独というのが原因なのだろう。それでも説得して『魔神の塔』に挑戦することができた。
そして現在。
エルトリアは『魔神の塔』第12階層まで到達している。
只でさえ単独攻略は異例中の異例だというのに微塵も油断できぬ魔物が徘徊しているこの大地を平然と、まるで散歩をしているかのように進むエルトリア。
会敵した魔物の行き着く未来はこの惨状を見れば一目でわかる。にもかかわらずエルトリアはまったくの無傷。
これは決して『魔神の塔』の魔物が弱いわけではない。
魔物であろうと常に上を目指す。それが彼らの生きる意味。搾取させる側ではなく搾取する側に立つ。この『魔神の塔』ではそれが顕著に出ていた。
しかしながら突如彼らの前に現れた外界からの来訪者。
やることは変わらない。肉を食らい、骨を食らい、その全てを自分の体の糧とする。そう思って襲い掛かった結果があの惨状だ。
予想できなかっただろう。まさか自分たちが手も足も出ずにやられるなど。
だが恥じることではない。相手が悪すぎたのだ。彼らが挑んだのは抗おうが関係なく食らうことが出来るエサではなく圧倒的な力を誇る存在。しかもそれが魔王だとは知る由もなかった。
「これでは準備運動にもならん。もっと倒しがいのある奴が出てくればいいのじゃが……」
エルトリアは視線を魔物の死体に移した。改めて見るとそこそこ数がある。
彼女からしたら『魔神の塔』の魔物もそこら辺にいる脆弱な魔物と大して変わらない。襲われても一発二発攻撃を食らわせるだけで事足りる。
そしてエルトリアには面倒だからと脆弱な魔物相手に逃亡を図ろうという考えはない。襲い掛かってくる魔物全てを返り討ちにしていたらこんなことになっていた。
(それにしても本当に数だけは多いな。魔物共を放置するのは勿体ないからと回収していたが面倒になってきたのう……。だが金は有ったことに越したことはないし……)
稼いだ金でリリィやロザリーに服でも買ってやろうかと考えるエルトリア。そうすれば面倒な作業にもやる気が出る。
相変わらずリリィには甘い。まあ彼女からすればロザリーは娘、リリィは孫みたいなものだ。そんな風に想っている二人を可愛がってしまうのも無理はない。
「よし、回収するか。しかしこの数を一人でやるのは時間がかかる。ロザリーも手伝え。そうすれば早く済──」
ああまたか、と。
エルトリアは『魔神の塔』の攻略を始めてから何回か口にしていた。頭では理解していても自然とロザリーを頼ってしまう。
振り返ってもロザリーの姿はない。それもそうだろう、彼女は今『龍神の塔』を攻略しに行っているのだから。
昔はそれほどでもなかった。大抵のことは一人で出来るしロザリーを頼らずとも生活には困らない。
だが共に過ごしていくうちに彼女の存在が必要不可欠になった。
本人には言っていないがロザリーに休暇を与えて留守にしている時もたまに彼女の名を口にしてしまう。
(もう何度目じゃ……。妾はロザリーに甘え過ぎているのかもな。まあ思い返してみればあの日初めて会った時からほとんど側におったから頼るのが癖になってるのかもしれぬ)
今頃ロザリーはどうしているのだろう。
順調に攻略を進めているのだろうか。いや、元より強かったロザリーを更なる高みへ登らせたのは他でもないエルトリアだ。まだまだ未熟な部分もあるが心配することもないだろう。
それよりもまずは自分のことをやらなければならない。
ロザリーに頼らないと決めたが回収に時間がかかるのは変わりない。
こうしている間にも新たな魔物が押し寄せてくる可能性がある。無視しようにも魔物は向かってくる一方なので倒さなければ埒が明かない。そうなると魔物の死体は増え続け、今以上に回収に時間がかかってしまう。
解決するには人員を増やせばいいのだが、エルトリアはそれを渋っていた。
エルトリアには従者のロザリー以外にも二体の従魔が存在する。しかし一体はエルトリア以外の言うことを聞かず凶暴。もう一体も色々と面倒くさい従魔だ。
(だが今はあやつの手を借りたい状況じゃし仕方ない……)
エルトリアは右手のひらを前に突き出す。すると地面に魔法陣が浮かび上がり、そこから何かが飛び出てきた。
月白色の肌に紫紺の髪を靡かせ悪魔のような羽を広げて周囲を一瞥する妖艶な女性。彼女こそがエルトリアが従える魔物の一体。召喚主を見つけた女性はエルトリアに手を振った。
「珍しいじゃない、エルちゃんが私を呼び出すなんて」
「その呼び名は止めろと前々から言っておるじゃろ。御主には学習能力というものが存在せんのか、"アスモデウス"よ」
「もうっ、エルちゃんこそアスモデウスなんて名前は可愛くないからアーちゃんって呼んでって昔から言ってるじゃん! ああそっかぁ、エルちゃんももういい歳したおばあちゃんだから記憶力も衰えてるんだね!」
エルトリアの従魔──アスモデウス。
種族は悪魔族であり、その中でも最上級悪魔に位置する存在である。
この時のリリィの事情をエルトリアは知らないが、リリィの従魔であるバエルやグラシャラボラスもまた同じ最上級悪魔。謂わば同郷の仲でもある。
実力で言えば同じ最上級悪魔といえアスモデウスはグラシャラボラスよりも上。
そして彼女もまたバエル同様に王の素質があり、悪魔界の王として君臨していた。だがバエルとは互角か僅差で負けるといったところだ。それでも遥か昔に勝負を挑んだ時はバエルは本気を出していなかったが。
本人曰く、バエルが本気を出さないから自分も本気を出していなかったとしているがそれは言い訳でしかない。負けて言い訳するぐらいなら最初から本気で挑めばいい。そうしなかったのは単に逃げ道を作りたかっただけだ。
エルトリアはそんなアスモデウスとの付き合いも長い。二人の出会いは何百年も前に遡ってしまう。
それだけの年月があれば信頼関係も築けるだろう。現にアスモデウスもエルトリアを主人として認めている。まあそうでなければエルトリアの従魔になっていないだろう。
しかし、信頼関係を築いていようとエルトリアがあまりアスモデウスの手を借りたくない理由。
色々と面倒くさいのだ。名前を愛称で呼べなど何だの。
愛称で呼んだら呼んだでアスモデウスはからかってくるから呼ぶつもりはない。従魔だからと労働を強制的にやらせたくはないが手を借りたい時に「気分じゃない」と言われると少々イラっとくる。
なら従魔契約を破棄すればいいのではと思われるがそれは不可能なのだ。
アスモデウスは最上級悪魔でもかなり特殊な部類に入る。
アスモデウスは効果は多少異なれどエルトリアのユニークスキル『色欲』と似た能力を持っている。魅了に関してはアスモデウスの方が効果が高い。故に人前にはおいそれと出せないのでエルトリアが呼び出すことがないのも理由の一つだ。
そして、何の因果かアスモデウスの力とエルトリアのユニークスキルが結びついてしまった。簡単に言うとアスモデウスは最上級悪魔であり自律するユニークスキル『色欲』になった。
ただ、自律するユニークスキルといっても多くの権限はスキル所持者のエルトリアにある。アスモデウスがやれることは嫌がらせに隙を見て『色欲』の効果を少し強め、耐性の低い者を魅了状態にさせることぐらい。当然権限はエルトリアにあるため解除は容易だがそれでも十分迷惑だ。
話が脱線したため少し戻す。
アスモデウスは自律するユニークスキル『色欲』でもある。つまりアスモデウスとエルトリアは一心同体の関係にもなる。
エルトリアが死ねばアスモデウスも後を追うように死ぬ。
普通に考えればそうなるがエルトリアは不死ゆえに永久の命を持っている。
また、アスモデウス──というよりかは悪魔族全般に言えることだが、たとえリリィやエルトリアの住む世界で死んでも精神体は悪魔界へと戻されるため基本的に存在が抹消されることはない。
そして、仮にアスモデウスが倒されたとしてもエルトリアに及ぼす影響はない。強いて言えば再びアスモデウスを呼び出すのに数日かかるというぐらい。ユニークスキルの権限もアスモデウスを再召喚できるまでは全てエルトリアのものになる。
むしろそっちの方が都合がいいのだがこんな関係になってしまった以上はどうしようもできない。
心から従魔契約を破棄したいのであればユニークスキルを手放さなければならないがそれは自らの死を意味する。まあ死ねない体になってしまったので出来もしないことだし、流石に自分が死んでまでアスモデウスと縁を切りたいとは思っていないのでこのままでもいいだろう。
さて、そんなことよりも。
エルトリアはアスモデウスの言葉を聞いて満面の笑みである。しかしながら目は笑っておらず額にもほんの少しだけ血管が浮き出ているようにも見える。
理由は言わなくてもわかるだろうが、大方アスモデウスが原因だろう。
アスモデウスはアスモデウスで勝ち誇った顔をしている。彼女もエルトリアが静かな怒りを胸に秘めているのは理解している。それでも尚その表情を止めるつもりはない。
長年の付き合いだ。ここで心を乱してはアスモデウスの思う壺。だからエルトリアは先程の発言を気にすることなくアスモデウスに告げた。
「そうじゃなぁ、歳のせいか物忘れが激しくなってきたのかもな。ん? だが待てよ。歳のことを言ったら御主の方が年寄りじゃないか? 確か何千年も生きているとか前に言っておったよな。それならば妾の言ったことを忘れても仕方ない。だって年寄りなんじゃから。しかしまあ、妾よりも年寄りな奴に心配されるとはなぁ……」
今度はエルトリアが勝ち誇った顔をしていた。それを見たアスモデウスは先程のエルトリアと同じような表情をしている。
そして訪れる静寂。
魔物だっているはずなのに近寄ってくる気配はない。二人のいる場所がまるでそこだけ別空間と思えるような空気が漂っている。
数秒互いに見つめ微笑み合い──
突如として激しい衝突音が空間に鳴り響いた。
その音はエルトリアとアスモデウス、二人の上段蹴りが交差した時に発生したものだった。
力は互角。拮抗した状態が続きこれでは埒が明かないと両者共に距離を取った。
そこから始まるのは子供の口喧嘩のようなしょうもない争いだった。
「私は違うもん! そもそも悪魔族に年齢とか関係ないし! 年寄りって言った方が年寄りなんだよぉだ!」
「御主だって妾のこと「おばあちゃん」と言ったではないか! 意味は年寄りと大して変わらんぞ! 御主の言い分を通すのであれば──」
「うるさいうるさーい! エルちゃんはいっつもそうやって揚げ足ばっか取って! 私を初めて呼び出した時の、あの一件で心に深い傷を負って私に甘えてきたエルちゃんの方が可愛かったよ!」
あの一件。
それはエルトリアが魔王になる前の話。エルトリアが不老不死に覚醒し、全てを失った日でもある。
あの日の地獄は一度たりとも忘れなかった。しかし出来ることなら思い出したくない。だから──
「カッカッカ! 年寄りじゃからそんな過去の話覚えとらんな!」
本当は覚えている。
辛い事だけではない。全てを失った自分を支えてくれたアスモデウスのことも。目的のない旅の途中で出会った強欲の魔王のことも。精神が壊れずに今の自分がいるのはその支えがあったからこそだ。
だが正面から堂々と感謝するのも気恥ずかしい。特にアスモデウスには。だからエルトリアは忘れたと伝えた。この気持ちは自分の胸に秘めておくだけで十分だ。
「そういう時だけ自分を年寄り扱いしてズルい!」
「ふんっ、それでどうするんじゃ? 妾も少し物足りないと思ってたところじゃ。望むなら相手をしてやるぞ」
「いっつも勝負がつかないからね。今日という今日は勝たせてもらうから」
「では妾が勝ったら魔物の回収を手伝ってもらうぞ」
エルトリアとアスモデウス、二人の本格的な勝負が始まる。
従魔として主人に対して攻撃をするのはどうかと思うが、アスモデウスは特殊なので理屈は通じないのだろう。
そして二人の勝負は暫く続いたが決着が着くことはなかった。
これはいつものことだ。時折勝負しては決着つかず。気が向いたら再び勝負するの繰り返し。
ちなみに時間の無駄だ、そんなことよりも早く回収した方がいいというのは野暮である。
当初はエルトリアの過去も書くつもりでしたが、途中でかなりの文字数になったため省略しました。
結構壮絶な過去の話になりそうですが、いずれ機会があれば書こうかなと思います。





