『龍神の塔』
既にお気づきかもしれませんが後書きにてお知らせがあります。
時はリリィが『機神の塔』へ挑戦する前に戻る。
アルファモンスに存在するダンジョンの中で二番目に難しいとされているダンジョン──『龍神の塔』。
出現する魔物は龍種しかおらずどれも強敵。間違っても単独で挑むダンジョンではない。加えてダンジョン内部の環境が最も過酷とされている。
そんなダンジョンに挑むは一人の冒険者。
自分の主人であるエルトリアより命じられた仕事を完遂させるためロザリーは『龍神の塔』を訪れた。
流石にここまで来ると冒険者たちも猛者ばかりだ。
周囲を見ても冒険者が身に着けている武器や防具は上等なもの。これらのものを準備するのには時間と費用がかかったものだろう。
だがダンジョンの難易度からこればかりは仕方ない。むしろ自分の命を守るためであれば十分──もしかするとこれでもまだ足りないかもしれないぐらいだ。
そんな冒険者たちがいる『龍神の塔』のフロアを歩くロザリー。
向かった先は勿論ダンジョン内部に続く転移用魔法陣だ。
路上を歩くように、ただ普通に歩いているだけのロザリーだったが冒険者からの視線は自ずと彼女に集まっていた。
それもそうだろう。危険な魔物が住むダンジョンにもかかわらず彼女はほとんど防具がない状態。普段から着ている執事服だけだ。
誰もがあのような装備でダンジョンに挑むなど無謀だと思う。
しかしそれはロザリーという人物を知らない冒険者だけの話。
彼女の実力を直接目にすれば優しさで止めさせようと言葉をかけることはない。
と言っても公共の場で暴れるわけにはいかないので証明しようがないのも事実だが。
「おい、姉ちゃん。まさかそんな装備でこの『龍神の塔』に挑むつもりか? しかも一人で」
途中で声をかけてきたのは中年の男性冒険者。
他にもパーティーメンバーがいるようだがこのパーティーは全員男で華がない。
非常にむさ苦しい集団だがここにいるということは冒険者としては腕が立つのだろう。装備も上等だし雰囲気も何となく強者のものだ。
「そのつもりですが、何か問題でも?」
「おいおい、問題も何も『龍神の塔』にそんな服一枚で挑むなんて無謀だぞ」
優しさで忠告したのだろうがロザリーからしたら不要なものだ。
「それはあなたが決めることではない。どんな装備で挑もうが私個人の自由です。忠告してくれたことに関しては一応感謝はしておきます」
「いや、アンタは『龍神の塔』を舐めてる。先輩冒険者である俺たちの言葉は聞いておいた方がいい」
と豪語する冒険者。
だがロザリーは呆れた目で彼らを見ていた。
冒険者をやっていれば知らないわけないと思うがエルフは長寿の種族。そしてロザリーの方が彼らよりも断然年齢は上だ。
当然冒険者業も長い。昔の仕事であった暗殺業も含めれば幾度も死線を乗り越えている。特にエルトリアとの戦いは全力を尽くした。それでも当時はエルトリアに遊び半分で相手されていたがそんな過去があることを彼らは知る由もないだろう。
とにかく、ロザリーは過去の職業柄、任された仕事を軽視したことはないし油断することなく完璧にこなしていた。
今回だって例外ではない。『龍神の塔』を単独で攻略するのもこれが万全の状態である。
更に、彼女の服はエルトリアが拵えた特別なものであるためその辺にある防具よりも格段に性能が高い。故に動きが鈍くなるような重い装備は不要だ。
「ダンジョン攻略ってのはパーティーを組んで挑むのが定石だ。一人で対処できない状況も人数がいれば解決する。ソロで挑むのは余程の自信家か自殺志願者しかいねぇよ」
そんなことは重々承知の上。当たり前のことを当たり前に言われたところでロザリーの心には響かない。
だがこれ以上彼らに付きまとわれても時間の無駄でしかない。一刻も早く『龍神の塔』を攻略しなければならないのだから。
「では私は余程の自信家ということで。失礼します」
そう言い残しこの場から去ろうとするが引き際を知らない男性冒険者はロザリーの肩を掴んだ。
「まあそういうなよ。俺たちなら安全は保障してやるからその後ちょっとだけ付き合ってくれればいいんだ」
ああそうか、と。
そういえば以前にも似たような状況に遭遇したことがある。
あの時はリリィとエルトリアと三人だったか。どうして男性冒険者というのは相手が女性冒険者というだけでパーティーに引き入れようとするのか。
勿論純粋にパーティーの勧誘をしてきたという理由も存在する。だが彼らの場合は違う。
ロザリーも馬鹿ではないから男性冒険者がここまでしつこく言ってくるのか理解できた。
彼らの目的はダンジョン攻略の後。適当な階層まで進み、無事に帰還してきた後が本当の目的だからここまで言い寄ってきているのだろう。
そんな下心満載な状態でダンジョンに挑む方など、それこそダンジョンを舐めているのではないか。よくそれで生き残れたものだ。そういうことを望むのであればそういう店に行けばいい。
(まったく……困りましたね。それに──)
そして、ロザリーには気に食わないことがあった。
ダンジョンを舐めていることもあるがそれ以上に自分の体に気安く触れていることが気に食わない。
従者としての務めもあるが男性に触れられる経験はほぼ無いに等しいロザリー。だが決して男性嫌いというわけではない。普通に異性と会話だってする。
しかしながら現在彼女が抱いている感情は非常に不愉快だということ。
(汚らわしい手で主から頂いた服に触れるなど……。苦しむ時間すら与えずに息の根を止めてやろうかと昔の私であれば考えてましたね。人の目も多いですが目撃者など最初からいなければ問題ないとも。ですが本当に殺ってしまえば主やリリィ様に迷惑がかかりますから止めておきましょう)
と考えながらも頭の片隅には「公共の場でなければ……例えば路地裏とか、それこそここは穏便に済ませて後日闇討ちを……」なんて考えもあった。
証拠が残ることなく迅速に。暗殺者として生きていた頃の彼女に失敗はない。ただ一人を除いて。
まあ時間はかからずとも手間がかかるためやらないが本格的に面倒な状況になってきた。
平和に解決するのが最良ではあるが断ったところでしつこく付きまとわれるのは明白。ここは少々手荒になってしまうが仕方ない。
溜め息を吐き、ロザリーは男性冒険者の手首を握り潰してしまわないギリギリの力加減で掴む。
「──うっ!」
女性とは思えない力に苦痛の表情を浮かべる男性冒険者。苦痛から解放されたいがために振り解こうとするもロザリーの手が離れることはない。
「この程度で音を上げる者に私の背中は任せられませんね」
「わ、悪かった! もうアンタには関わらない! 約束する! だから早く離してくれッ!」
薄っすらと瞳に涙を浮かべて男性冒険者は懇願する。
反省しているのであれば止めてやろうと思ったが今後同じことをしないとは限らない。現にロザリーには関わらないと約束しただけで他の女性冒険者に手を出す可能性が高い。
忠告しても無意味かもしれない。でもやらない方よりはマシだろう。
ロザリーは目と目が合うように男性冒険者を力だけで跪かせた。
そして耳元で告げる。その瞳は冷たく声色も何処となく普段のものよりも低い。背筋も凍るような恐ろしい殺気に当てられた男性冒険者の表情は青褪めていた。
「これでも私は丸くなった方だ。今回は主に命じられていないので見逃すが二度目はない。長生きしたければ今後の振る舞いに気を付けた方がいい。でなければいずれその愚行が貴方を地獄に落とすことになる。それと、女性だからと言ってあまり舐めてはいけない。世の中には貴方など足元にも及ばない圧倒的な強さを持つ女性もいます」
そう言ってロザリーは男性の手首を放した。
結果的には騒動が起きてしまったものの、これで周囲に自分の力を示したことにもなるから良かったのかもしれないとロザリーは考える。
少なくともこれで下心を持って絡んでくる冒険者はいないだろう。だが逆にこの一件がきっかけで力を貸してほしいと勧誘されることも無きにしも非ず。
手助けをしたくないわけではないがロザリーは既にパーティーを組んでいる。何より主人からの命令を優先しなければならない。
とりあえず男性冒険者に当てた殺気ほどではないが近寄りがたい雰囲気を出せば問題ないだろう。
(大きな街ほどああいう輩が多いですね。まあ世の中にはもっと酷い──それこそ無法地帯と呼べる場所もあるのでそこと比べればアルファモンスは治安もかなりいい方です。はぁ、新人の頃は穢れ無き心で冒険者をしていたであろうに何故ああなってしまったのか、私には理解しかねます)
などと思うロザリー。
そして同時に本当に自分は丸くなったのだろうと実感する。そうでなければ見逃したりなんてしていない。
自分がこうなってしまったのもエルトリアのおかげだろう。
多くの人を殺め、彼女の手は血で汚れている。
仕事とはいえ罪人と言われても仕方のない彼女をエルトリアは自分の従者として迎え入れた。命を狙われていたにもかかわらず。
(主は少し変わった御方ですからね。まあ、それがあの方の良さでもありますけど……。もう何十年も前の話なのにあの日のことは今でも鮮明に覚えています)
二人の出会い。それはまた別の機会に語るとして今は『龍神の塔』攻略だ。
暗殺業でも主の命令でも自分に課せられた仕事は完璧にこなす。やることは昔と何も変わらない。
「さて、行きますか」
ロザリーは『龍神の塔』第一階層へと侵入する。
ダンジョン攻略を開始して四日目。
予想していたことだがやはり出現する魔物は一般冒険者からすれば強敵だ。
仮にレベルが同じであっても種族の違いによりステータスに大幅な差が生まれる。特に龍種は魔物の中でも強者の部類に入るためステータスも高くなる。
だがロザリーにはあまり関係のないことだった。
元々戦闘経験が豊富な上にエルトリアからも模擬戦という形で教育を受けている。
ロザリー本人からも頼んでいることだがその模擬戦に手加減は不要。常に本気で向かってくるエルトリアに比べれば『龍神の塔』の魔物など大したことない。勿論上の階層に行けば苦戦する相手もいるだろうが、それでも数えるほどしかいないはずだ。
(それにしてもこの階層は空気が薄いですね。霧も出ていて視界もかなり悪いですし……)
現在ロザリーは『龍神の塔』第76階層へ来ている。
単独でこの速さは明らかに常軌を逸しているが今は措いておくとして。
ここまでの道中では火山地帯や豪雪地帯、密林地帯など様々な環境を見てきた。
今回は濃霧地帯。数メートル先は辛うじて見えるもののほとんど周囲が見えない状態で次の階層への魔法陣を探すのは困難と言える。
であるならば視界を良好にするために霧を吹き飛ばしてしまえばいいのでは?
そう考えたロザリーは暴風魔術にて霧の吹き飛ばしを試みるが──吹き飛ばしても一時的に周囲が晴れるだけですぐに霧に包まれてしまう。
(……あまり意味がない、と。既に『龍神の塔』を攻略した方々が一体どのような手段でここを突破したのか気になりますが今のところ他に方法はありませんし、魔力はかなり勿体ないですがこの方法で行くとしましょう)
とりあえず先に進もうとするロザリー。
──だが彼女は突然足を止めた。
何かの妙な気配を感じ取ったのだ。
しかし魔物の気配ではなく、かといって既にこの階層にいた冒険者のものでもない。
一言で表すなら突然現れた。
転移用魔法陣でこの階層を訪れた冒険者という線も十分にあり得る話だったがそれはないと断言できる。
理由の一つはその気配は自分の正面方向にあるから。
用意周到な彼女はこういう事態にも備えて迷っても引き返せるように第75階層と第76階層を繋ぐ転移用魔法陣の近くに自身の魔力を十分に込めた短剣を見つからない場所に置いてきた。
魔力が尽きてしまえばただの短剣に成り下がる。しかしながらそれがある限りは目印になり、自分の魔力を感知すれば転移用魔法陣に戻ることができる。
だがロザリーが感じ取った気配は正面。
この階層にはもう一つ転移用魔法陣が存在する。しかしそれは第76階層と第77階層を繋ぐもの。
もし第77階層からここへ戻ってきたとしても使われた魔法陣は先程霧を吹き飛ばした時に確認できたはず。
にもかかわらず、それらしきものは何一つ見当たらなかった。
つまり、気配の主は転移用魔法陣を使わない別の方法を用いて第76階層へと訪れた。
……あり得る話なのか。否、アルファモンスに存在するダンジョンでは転移用魔法陣以外での移動は不可能となっている。
様子を窺うべきか、こちらから仕掛けるか。
異質で何処となく恐怖を覚えるような気配にロザリーは二本の短剣を構える。
ゆっくりと近付いてくる小さな影。大きさで言うと少女ぐらいだろうか。しかし、少女は自分の身の丈に合わないほどの大剣を持っている。
そして、霧の中から現れた紫髪の少女はロザリーを見るとニヤリと笑った。
『キャハハッ! 見ぃぃぃつけたぁぁぁ!』
少女が発した言語は聞いたことのないもので理解できなかった。
だが何を言ったのかは理解できた。頭の中に直接意味が伝わってきたのだ。
(私を見つけた? いやそれ以前にこの少女は何者なので……──ッ!)
様々な思考が巡る中、少女は高く跳びロザリーに大剣を振るう。
やっと……やっと報告できます。
この度、本作である
『奈落の底で生活して早三年、当時『白魔道士』だった私は『聖魔女』になっていた』
が書籍化する事になりました!!
思い返してみれば色々ありました……。
それでも書籍化出来たのは皆さまの応援のお陰です。
一つの目標を達成出来たこと、本当に感謝しております!!
また、レーベルも決まっており、
"ツギクルブックス"様での書籍化となります。
詳しいことは活動報告にて。
最後になりますが今後とも私と本作に付き合って頂けると嬉しいです。





