悪魔界の王 バエル
「リリィ様、こちらへどうぞ。足元にはお気を付けください」
丁寧な口調でバエルに祭壇の方へ案内されます。
階段を上り、地面を見てみると魔法陣がありました。
このダンジョン内に存在する転移用の魔法陣とは少し模様が異なりますね。
そしてバエルが魔法陣を起動すると私の視界は紫色の光に包まれ、一瞬にして別空間へと転移されました。
辺りを見渡してみましたが機械の残骸が散らばっているだけです。壁には何か所か傷や煤けた跡があります。
「ここにも魔物は出現するんですか?」
「いえ、ここは特別な空間ですので魔物は出現しません」
「ではこの残骸は? よく見ると機械人形に似てますが少し造形が違いますけど」
「これらは私が作った機械人形の残骸です。なのでここに来るまでにリリィ様が目にした個体とは多少異なります。この機械人形は性能実験のために戦わせていましたが、その途中でリリィ様の気配を感じ取ったので実験を中止し急遽お迎えに上がった次第です」
そして、その際に邪魔だからとこの機械人形たちはバエルの手によって壊されたのだと。
なんとも理不尽な扱いではありますが、ここに転移した直後に襲われるよりかはマシですか。
根本的な話をすると転移用の魔法陣がある場所で実験するのは如何なものかって感じなんですけど……まあバエルが何処で実験しようと彼の自由ですね。
「では移動しましょう。このような鉄屑しかない空間にリリィ様は相応しくありませんので。部屋まで少しばかり歩きますがご了承ください」
私の前を歩いて案内をしてくれるバエルについていきます。
その道中でバエルがグラシャラボラスに──
「いいですか、グラシャラボラス。私を王と崇めるのは構いません。ですが、もしそうするのであれば今後リリィ様のことは"神"と崇めなさい。この御方は私など足元にも及ばないほどの偉大な方なのです」
「バエル様が……ですか?」
「あなたも近い将来リリィ様の素晴らしさに気づくはずです」
と、熱弁していました。
後ろから見ると幼気な少女が危ない大人に宗教の勧誘を受けている光景です。
グラシャラボラスも戸惑っている様子ですが、バエルの言うことは絶対なのか受け入れようとしています。
駄目ですよ、そんな簡単に受け入れては。悪い大人に騙されますよ。
いや、それ以前に私、バエルに神と崇められているんですか?
確かにバエルは私に対して恭しい態度を取っています。ですがそこまでされる理由が見当たりません。
バエルには何処となく懐かしい感じも覚えますが私たちはついさっき会ったばかりなのですよ。強く慕われることなど一切していません。
もしかしてこの懐かしいという感覚が関係しているのでしょうか?
そんな疑問を抱いているうちに目的地に到着しました。
案内されて入った部屋。扉が開かれるとそこには別の世界でした。
機械だらけで殺風景な場所が続いていましたが、案内された場所には見渡す限りの草原。天井を見上げると青い空が広がっていて、爽やかな風が吹き温かい日差しまである。少し先には椅子四脚と円いテーブルがありますね。
「これはバエルが?」
「はい。開放感ある部屋にしてみましたがお気に召しましたか?」
正直違和感はあります。もちろん驚きも。
予想外な場所に案内されたのですからこうなるのも当然でしょう。
「凄いですね。バエルはこんなことも出来るんですか」
「お褒めに預かり光栄でございます」
椅子に座り景色を眺めているとバエルが紅茶を用意してくれました。
それを一口。
美味しい。
ロザリーさんの淹れる紅茶に匹敵するほどの美味しさ──いや、もしかするとそれ以上?
他にも用意されたお菓子を食べてみましたが紅茶に合います。仮にもダンジョンの中です、茶葉やお菓子はどこから仕入れたのでしょうかね。
まあそれはひとまず措いておきましょう。
もう少し紅茶と景色を楽しみたいところですが本題に移ります。
「それで、バエルは私のことを知っているようでしたが」
「リリィ様は私を召喚した、謂わば召喚主です」
バエルを召喚した覚えなど一切ないんですけどね……。
「召喚されたと言いましたがあなたは一体何者なんですか?」
「私は悪魔族──世間一般では魔物に分類される種族ですね。グラシャラボラスも私同様に悪魔族です。彼女には研究の助手として昔から手伝ってもらっています」
微笑んでそう言うバエル。
悪魔族は魔物の中でも上位に位置する魔物です。一般的な冒険者では単独で討伐するのは難しいほどです。
そして悪魔族はその中でも階級があります。
高位な方から順に"最上級悪魔"、"上級悪魔"、"中級悪魔"、"下級悪魔"だったはずです。
バエルは見たところかなり上位の悪魔な気がしますね。おそらく最上級悪魔でしょう。
……最上級悪魔なんて世に放てば国の一つや二つ簡単に滅ぼすことができるなんて言われている存在なんですけどね。気にしたら負けです……。
グラシャラボラスも魔械巨人像という鎧を脱いでから気弱に見えますが、その辺の魔物と比べると何十倍も強いです。
それはそうと気になったことが。
グラシャラボラスについてです。
彼女を見て察するに頼まれたら断れないような性格だと思います。
バエルはそれを利用して彼女に手伝いをさせていないのでしょうか。
「グラシャラボラスは自分の意志でバエルの手伝いをしてるのですか?」
「は、はい! バエル様は悪魔界を統べる王の一柱です。そのような御方の下でお手伝いできるなど光栄なことです」
どうやらバエルが私を心から慕うようにグラシャラボラスもバエルを心から慕っているようですね。本人がいいと言うならこれ以上は何も言いません。
でも個人的にはもう少し緊張せずに話してほしいかななんて思います。バエルが余計なことを言ったからグラシャラボラスは私に対してすごく緊張している様子です。
「バエルは悪魔界? という場所の王様だったんですね。そういえばさっきグラシャラボラスに王と崇めるとか何とか言ってましたね」
「私が王と呼ばれるのは一番最初に生まれた最上級悪魔だからというただそれだけの理由です。私以外にも王と呼ばれる最上級悪魔は存在します。ああ、一応このグラシャラボラスも最上級悪魔の一柱です。今後の戦力として数えても申し分ないかと思います」
その言い方だと私についてくるということになりますね。
旅の仲間が増えるのは構いません。むしろ彼らは有能な悪魔だと思うので色々と私の役に立ってくれるでしょう。
「しかし、グラシャラボラスだけでは足りませんね」
「えっ?」
「この先、何があるかわかりませんし、戦力はもう少し欲しいところ……。私が声をかければ喜んで手伝ってくれるものが、3名ほどおりますので、後日彼らにも来てもらいましょう」
バエルの知り合いというだけで、その悪魔たちの階級がわかる気がしますが、止めても無駄ですよね。だったら、もうここはいっそのことバエルの好きなようにやらせてあげます。
「話が脱線しましたね。あなたが悪魔族であること。そしてあなたは私に召喚されたことはわかりました。ですが、私にはバエルを召喚した記憶がありません」
「はい。私を召喚したのは"リリィ様でありリリィ様ではない"のですから記憶にないのは当然のことなのです」
バエル召喚をした人間は私であり私ではない?
只でさえ混乱しているというのに更に謎が増えてしまうとどう処理していいのか分からなくなります。
そして次にバエルから告げられる言葉に戸惑いを隠せませんでした。
「この世界にリリィ・オーランドという人物は二人存在します」
バエル曰く、自分は私ではないリリィ・オーランドに召喚されたとのことです。
私がこの世界に二人いる? いやいや、誰がそれを信じると?
世界は広いですから同姓同名のリリィ・オーランドなど探せばいくらでもいるでしょう。
しかし、バエルが言うのは同姓同名のリリィ・オーランドではなく、私という個が二人いるというのです。
非常に信じがたい話ですが、今ここでバエルが嘘を吐く意味もない気がします。何よりバエルが私に嘘を吐くとは思えない。
では信じるしかないと?
そうする以外の道はなさそうと思いつつも、こればかりはさすがの私も飲み込むのに時間がかかります。
とりあえず紅茶を一口飲んで心を落ち着かせます。そして一呼吸挟み冷静になりましょう。冷静さを欠いては見えるものも見えなくなってしまいますからね。
冷静に考えてみるとこの世界に私が二人いるという証拠はあるんですよね。
バエルが私の魔力を感じ取った件についてです。
もう一人の私とバエルは主従関係を結んでいるでしょう。となるともう一人の私が持つ魔力の性質はバエルも知っているはず。
魔力の性質は人によって異なります。そして、間違いなく同じ性質の魔力を持った者は存在しません。
バエルほどの悪魔であれば僅かな違いでもわかると思います。
にもかかわらずバエルは私の魔力を感じ取って私の前に現れた。
これが意味すること。
つまり、私ともう一人の私の魔力の性質は完全に一致しているわけです。
普通であればあり得ない話です。だって自分とまったく変わらない人間がもう一人存在していることになるのですから。
これはもう認めざるを得ませんね。
そうなるともう一人の私とはどんな人物なのか気になります。気になる人物が私というのがおかしな感じがしますけど。
バエルなら知っているだろうと聞いてみましたが──
「それは会ってからのお楽しみということで。焦らずともいずれ会えますよ」
と、教えてくれませんでした。
教えないと言われると無性に気になります。
かといってバエルから情報を引き出すのは難しそうだし……。グラシャラボラスももう一人の私については何も知らない雰囲気でした。知っているのはバエルだけということになりますね。
仕方ありません。バエルもああ言っていたことですしここは潔く諦めますか。
「それにしても、やはり一番最初にリリィ様と再会したのはタルト殿でしたか。まあ他の者に先を越されるよりマシですね」
ポツリと呟いたバエルの言葉を聞き流しそうになりましたが、その言葉にふと引っ掛かりを感じました。
私、バエルにタルトのこと紹介しましたっけ?
ここに来る道中、バエルはグラシャラボラスに私のことを多く語っていました。
話に割り込むのも躊躇うぐらいのものだったので後ろで黙って聞いてました。自分のことをこれでもかと語られるのは恥ずかしかったです……。
って、そんなことは今いいのです。
割り込む隙もないままここに到着して本題に入ったわけですからタルトの紹介をする時間はありませんでした。
「何故タルトの名前を知っているのですか?」
「私とタルト殿はリリィ様の配下として共に過ごしてきた仲です」
「でもその割にはタルトはバエルと初対面な感じですよ」
あの時タルトはバエルの気配を感じたから私の言葉を聞かずに先へ進んでしまったと考えるのが妥当でしょう。
しかし、実際に再会してみても特に何もない様子。昔からの友人と再会したら喜ぶと思うんですがタルトは「誰だろう、この人」みたいな感じです。
「そ、そんな……。タルト殿、私たちと共にリリィ様のもとで過ごした日々を忘れてしまったのですか?」
「キュゥ?」
本当に覚えていないのかタルトは首を傾げます。
これにはバエルもショックを受けているのか悲しそうな顔をしています。
「そうですか……。いや、まだ諦めるのは早いですね。他の者と再会したらタルト殿も何か思い出すかもしれません」
「さっきも他の者がどうとか言ってましたね」
「はい。リリィ様には私やタルト殿以外にもあと4名絶対なる忠誠を誓う者がいます」
次から次へと知らない情報が出てきますね。
そろそろ本気で限界が来てますよ……。
それで、バエル以外に4名も私に忠誠を誓う者がいるんですか。
ちなみに私は存じ上げていません。もう一人の私が契約したのでしょう。
知らない間に私の周りで色々なことが起きていて困ったものですよ。しかも私自身のことなのだから尚更です。
さて、新たな情報が出ましたが、バエル以外の従魔については別に今でなくてもいいですね。
それよりもタルトの名前の件が気になります。
タルトと名付けたのは私です。当時の現場にはバエルは確実にいません。あの場所には私とタルトの二人きりだったので。
しかし、非現実的な出来事が多く起こっています。普通では考えられないような可能性だってあり得るかもしれません。
例えばそう──私がタルトと名付けるよりも前に、もう一人の私がタルトと名付けていた。だからバエルもタルトの名前を知っている。同じ人物であるなら思考も似ている、もしくは同じかもしれませんね。
はぁ、ここまで結構頑張ったつもりですが、それでも訳の分からない情報が多すぎて整理するのも疲れてきました。
あと一つくらい質問して一回終わりにするのもアリです。
そういうわけですのでバエルに聞きます。
「そういえば、どうしてバエルはもう一人の私のもとから離れてこんな場所にいるんですか?」
「リリィ様は我らをそれぞれの場所へ封じ込めました。私がダンジョンの外に出られないのはそのためです」
「何故そんなことを……」
「私は最後から二番目に別れたのでタルト殿はどうかわかりませんが、私や他の者たちにリリィ様は別れ際──」
『そう遠くない未来、ワタシと同じ魔力を持ったリリィ・オーランドがこの地にやってきます。彼女は終焉へと進む世界を覆す数少ない希望の一人。彼女が訪れたその時は、力を貸してあげてください』
「──と私に告げて姿を消しました。そして、その予言通り貴女様は私の前に現れた」
未来からきたというより予言者ですかね、もう一人の私って。
なんてことを考えているとバエルは私のもとまで来て片膝を着きました。
「再会を果たした今、これからはリリィ様の手となり足となり、リリィ様のためにこの力を使わせて頂きます。再度絶対なる忠誠を貴女様に」
恭しく述べるバエル。
その姿を見たグラシャラボラスも私の前に片膝を着きます。
別にバエルと契約したのは私ではないので頭を下げられるのは違和感あります。グラはバエルの真似をしているだけでしょう。
それに従魔とはいえ、これから仲間として共に行動するのでもっと楽にしてもらいところですが……まあ言っても態度は変わらないと思うので無駄ですね。
「ではこれからよろしくお願いしますね」
こうして私に新しい仲間が増えました。
バエルにグラシャラボラス。グラシャラボラスは名前が長く呼びにくいので今後"グラ"と呼ぶことにします。
そう伝えるとバエルは「リリィ様に愛称で呼ばれるなど……」と羨ましそうにしていましたがバエルは愛称で呼ぶほど名前が長くないので不要です。
さてと。
タルトがバエルのことを覚えていなかったり、もう一人の私に命じられていたにもかかわらず、初めて出会った時にどうしてタルトが私に攻撃してきたのか。
謎は増えていく一方ですが全てを解決するのはまだ先のことなのでしょう。
ダンジョン攻略も進めていかないといけないのでここまで。もう一人の私にもいずれ会えるようなのでその時にでも聞きましょうかね。
「それではダンジョン攻略に戻りますか。先程の魔法陣を使えば元の場所に戻れるんですよね」
「はい。しかしこの場所から最上階まで一気に行くことも可能ですよ」
「……えっ?」
「私はダンジョンの外に出られないだけで内部は自由に行き来できましたので。もしよろしければ最上階へ転移できるようにしますか?」
多くの冒険者は自分の足で魔法陣を見つけて次の階層に行ってます。そこには多くの危険や困難が待ち受けているでしょう。
なのに私はバエルに頼って楽しようとしています。
これってズルになりませんかね?
……いや、これは決してズルではない。
うん、そうですよ。
バエルが私のために提案してきた。
頼れる従魔からの提案を断るわけにはいかないですよ。
そして悪魔の提案に乗った私は残りの階層を飛ばして最上階へと向かったのです。





