魔械巨人像
ルクスと別れて四日が経過しました。
あの後、ルクスは無事にパーティーメンバーと合流できたのか。
気になるなら最初からついていけば良かったと後悔しても遅いです。
でもまあ、心配する必要はないと信じていいですよね。
さすがに「転移後は仲間と合流するまで何処にも行かずに待っててください」と強く言ったのですから余計な行動はしないはず。これでまた迷子になっていたら私はもう知りません。
さて、ダンジョン攻略の進行度についてですが──
現在私は第65階層まで来ています。そして第66階層へ転移できる魔法陣が目の前にあります。
魔法陣が見つからなかったり、トラップがあったりと多少は時間がかかったかもしれませんが、順調な方だと思います。
残りは三分の一ほど。今のペースで行けば二、三日あれば攻略完了と言ったところですかね。
三人の中で私が一番簡単なダンジョンに挑んでいるのですから一番に終わらせたい。そんな気持ちもあるので早速魔法陣を起動させて第66階層へと向かいます。
第66階層に限らず今まで訪れた階層に言えることですが、ダンジョンの構造は第1階層の時と全く変わりません。
別に、だからなんだ、って感じもしますが『獣神の塔』の時は色々な環境に変わったりして飽きさせない感じになっていたので少々つまらないと言いますか……。
その分、『獣神の塔』よりもトラップの種類が豊富になっているので若干時間を取られたりしますけどね。
そんなことはさておき、いつも通りダンジョン内を歩き回って魔法陣を見つけるという単純な作業に入ったわけですが、この階層だけちょっと雰囲気が違うような……。
ただ、探索中に偶然見つけた冒険者たちを見かけましたけど、おそらく普段と同じような緊張感を持って探索している様子でした。
気のせい……なんですかね。
ここのところダンジョン攻略に集中して気分転換していなかったから疲れが溜まっているのでしょうか。
いやでも、第65階層までは何の違和感もなかったわけですし……。
ここで考えても仕方ありませんね。とりあえず今は探索を続けましょう。
そして、私が抱いた違和感の正体は気のせいではなく、意外にも早く明らかになったのです。
現れた機械人形を倒して素材を回収し終えた私は引き続き探索をしようと思いました。
しかし、偶然にも一本の道を見つけたのです。
この道が違和感がありすぎると言いますか。
今までの通路は壁に所々扉があって各部屋に繋がっている何の変哲もないものでした。
でも私が見つけた道というのは扉がなく、壁が人が一人通れるほどの大きさに切り取られています。まるで建物と建物の間にある路地みたいです。
また、道の先に灯りなど一つもなく、闇と表現しても何もおかしくないですね。だって光魔術で光源を作っても道は真っ暗なんですから。
それで、この道を進むかどうかです。
正直この道が魔法陣に続く道だとは考えにくいです。過去の階層を振り返ってみてもこんな道は存在しませんでしたからね。
そもそもこの道は通ることが出来るのでしょうか。
試しに一歩踏み出してみました。
「……硬い」
目に見えないだけで地面を踏んでいる感触はあります。
壁もないか手探りで確認してみたところ、これも見えないだけでしっかりありました。壁の材質もダンジョンのものと同じようです。
確認し終えたところでどうするかに戻ります。
何処に繋がっているかわからない以上、安易に進むのは得策ではないかもしれませんね。
実はこれもトラップの一種で奥は複雑な道になっていて興味本位で進んだ冒険者を迷わせ永久に閉じ込めるみたいな恐ろしいものだったり。
うん、あり得る話ですね。
私自身この道の先に何があるか凄く興味がありますが、ダンジョンの住人になるのはもう十分経験しているので遠慮したいところ。
残念ですが諦めて魔法陣を探しましょう。
その場から去ろうと歩き出したのですが、ふと振り返ってみるとタルトがその道を見つめたまま動こうとしません。
「タルト。何してるんですか、行きますよ」
「…………」
私の呼びかけに応じない……?
いつもなら可愛らしく返事をして私のもとに来るのに依然として道の先を見続けたまま。
も、もしかして反抗期? ついさっきまで楽しくダンジョン攻略をしていたというのに?
いや、ないない。それはないですよ。考えすぎです。
となると、あの先に何かあるということでしょうか。
オルフェノク地下大迷宮にいた時もタルトは私が気づかなかった宝箱を見つけていたわけですし可能性は十分ある。
そんなことを考えているのも束の間、タルトは私を無視して奥へと進んでいきました。
「ちょっ──!」
あんな先がまったく見えない場所で離れ離れになってしまうと探すのは困難。
焦った私は光魔術で光源を作ってタルトを追いかけます。やはり光源は意味を成していませんが無いよりかはマシです。
誘われるかのように進んでいくタルトを追いかけると暗闇の先に一つの光が見えてきました。タルトもその場所に向かっているようです。
タルトに追い付いたと同時にたどり着いたのは大広間です。
でも大広間といっても『機神の塔』にある部屋が広くなった感じなのでそれ以外は特に──いえ、ありますね。
大広間の奥には祭壇のようなものがあります。あそこに何かあるのでしょうか。珍しいお宝とかだったら嬉しいですね。
何があるのか祭壇を調べる前に──
「タルト、勝手に離れたら駄目ですよ。あんな場所で迷子になったら大変です。私と二度と会えなくなるのは嫌でしょ?」
というより私がタルトと離れ離れになるのが嫌です。
タルトも反省しているのか俯いています。
「キュゥ~……」
反省しているところに更に追い打ちをかけるのは気が進みません。ましてや相手がタルトなのですから尚更です。
でも叱る時は叱る。こういう時こそ心を鬼にして言わないと駄目なんですよ。それが主人としての務めです。
ただその……タルトがあまりにも落ち込んでいるのでその姿を見ると何故か罪悪感が芽生えるというか。
「ええっと、失敗は誰にでもありますよ。次気を付ければいいだけです。そうだ、これ昨日買ったクッキーの余りです。これ食べて元気出して」
私は【異次元収納箱】からタルトのおやつ用に買ったクッキーの袋を取り出して一枚あげます。
するとタルトは笑顔になってクッキーを食べます。もう一枚欲しい顔をしていたのであげましょう。
はぁ、私って甘いなぁ……。
自分でも心を鬼に出来ない甘ちゃんであることは重々理解していますよ。
でもタルトが悲しむ姿なんて見たくないんです。悲しむ姿より喜んでいる姿を見たいに決まってます。
だがしかし、叱らなければいけないのも事実。
この葛藤がわかりますか?
これは私に課せられた最大の試練なのかもしれません。
さて、タルトも復活したようなので祭壇に向かいますか。
そう思い進もうとすると膨大な魔力を感じました。
場所は……上です!
見上げると何やら巨大な物体が落ちてくるのを確認したので押し潰されないように安全圏まで後退します。
地面との衝突によって土煙が巻き起こり一時姿が見えなくなりましたが、土煙が晴れていくとだんだんその姿が露になっていきます。
その正体は黒紫色の金属を輝かせ、赤く光る一つ目がこちらを見据えている3メートルほどある巨人でした。
重厚感があるのでおそらくかなりの重量。よく高いところから落ちて床が崩れなかったなという疑問は後にしてこの巨人と友好的な関係を築くことは──
「侵入者ヲ発見。直チ二排除スル!」
──無理そうですね。わかってました。
鑑定してみたら"魔械巨人像"という初めて見る魔物でした。
戦った事がないので情報が不足しています。どういう行動をしてくるのかわかりませんが注意すべきはあの剛腕ですね。今のところ武器も確認できないのでそれを軸にして戦うのでしょう。
簡単に分析を終えたので手始めにこちらから攻撃を仕掛けようと魔械巨人像に向けて獄炎魔術を一発撃ちます。
普通の機械人形であれば火力の調整を間違えると素材すら残りません。
しかし今回は相手が相手なので相当な火力を出しています。
回避する暇を与えることなく私の魔術を食らった魔械巨人像ですが──
「……思ったより頑丈みたいですね」
目立った外傷はありません。
強いて言えば多少焦げているぐらいですね。
それはまあ、珍しい素材っぽいので消し炭にならないように加減はしましたけど……。それでもその程度で済んでしまっているのだから困ったものです。
そして今度は魔械巨人像の方から接近してきました。
あれだけ重厚感ある体なので動きは遅いのかと思いきやなかなかの速度。予想外の速さに驚いています。
潰されるのでまともに受け止めることはしません。迫り来る巨人を避けるように横へ移動します。
回避したのを見て切り返し再度突進してくる。
そう判断した私は透かさず体勢を整えて次の攻撃に備えようとしました。
しかしながら私の予想に反した出来事が……。
杖を構えたと同時に空間に響き渡る轟音。音の発生源を見るとそこには壁に激突した魔械巨人像の姿がありました。
ど、どうやら体が速さに耐え切れず止まることが出来なかったようですね。
呆れを通り越して可哀そうとも思えてきました。
壁に激突した魔械巨人像ですが一向に動こうとしません。もしかして今ので倒してしまったとか?
それはさすがに……と思っているとやっと魔械巨人像が動き出しました。
互いに向き合い静寂な時間が訪れます。
「「…………」」
気まずいです。あんなことが起こったから尚更。
魔械巨人像もまるで羞恥を覚えるかのように攻撃してきません。
魔物ならそういうことは一切考えないと思うんですけどね。
ん? そういえば今更ですけど魔物って人間の言語を発することが出来るのでしょうか?
私が過去に遭遇してきた魔物の中ではそのような個体は存在しませんでした。
偶然遭遇していないだけで実際に言語を発することができる魔物がいるのかもしれませんね。
そうだ、もし意思疎通が出来るのであればこの戦いを平和に終わらせることが出来る可能性があります。
「あの、私たちは偶然ここに来ただけで別にあなたを倒しに来たわけでは……。立ち去って欲しいなら今すぐにでもそうしますし」
「貴様ガ何ヲ言オウガ、コノ場ヲ訪レタ者ヲ生キテ帰ス訳ニハイカナイ。ソレガ我ガ王ヨリ与ラレタ使命」
会話は可能みたいですが逃がしてはくれないようです。
まあ、私から攻撃して逃がしてくれと言って「はい、わかりました」と返ってくるとは思っていませんでしたよ。
仕方ありませんね。倒さないと駄目みたいなのですぐに終わらせましょう。
ですが両者攻撃を仕掛けようとした時、祭壇の方から紫色の光が見えました。
それに気を取られたのか魔械巨人像が動きを止めます。
絶好のチャンスだったので一気に畳みかけようとしました。
しかし、私も攻撃を中断しました。
というのもその祭壇には誰もいなかったはずなのに、紫色の光が消えるとそこには一人の男性が立っていたからです。
「偉大なる我が主の魔力を感じ取ったので来てみたわけですが──」
その男性が一瞥するや否や私と目が合いました。
艶のある銀色の髪。怪しく光る赤紫色の瞳。高身長で街中を歩けば女性に声を掛けられるような綺麗な男性ですが何処か近寄りがたい雰囲気もあります。
それもそのはず。
見た目は普通の人間──こんな場所に普通の人間がいるわけないんですけど──ですが騙されてはいけません。
上手く擬態しているようですがあれは魔物です。魔物特有の気配と言えばいいんですかね。私にはわかるんですよ。しかも魔械巨人像より遥かに厄介そう。
戦闘は免れないと思い、気を引き締めタルトと共に戦いに臨もうと思いました。
しかし、男性は私を見ると少し怖い笑顔を浮かべて瞬時に私のもとへやってきました。そして片膝を着き頭を下げます。
「姿は多少違えど見間違えることはありません。再会できるこの日を心よりお待ちしておりました、我が主リリィ・オーランド様」
「え、えっと……」
「混乱するのも無理ありません。順を追って説明しますのでまずはこちらへ。"グラシャラボラス"、あなたはいつまでその鉄屑に入ってるつもりですか。さっさと出てきなさい」
男性がそう命じると魔械巨人像から翡翠色の髪を一つに縛った幼い少女が出てきました。
我が主と言って私に頭を下げるこの人ですが私にこんな知り合いはいませんし、先程まで戦っていた魔械巨人像からは可愛い少女が出てくるし……もう私の頭は情報過多で爆発寸前です。
「ところで、戦闘をした形跡が見えますが」
男性からは禍々しい殺気が放たれ、鋭い眼光でグラシャラボラスと呼ばれた少女は立ち竦みます。
「その……私は"バエル"様の言いつけ通りこの部屋に入っていた侵入者を排除しようとして……」
魔械巨人像に入っていた時と打って変わって弱弱しく可愛らしい声でグラシャラボラスは答えます。
それを聞いたバエルと呼ばれた男性はグラシャラボラスを見つめますが、当のグラシャラボラスはその瞳に怯えていて今度は本当に可哀そうです。
「そこまでです。私は無傷なので問題ありませんのでこれ以上は責めないでください。それにこの子はあなたの命令で行動したのですから何も悪くありません」
「それもそうですね。ですが、もし万が一にも我が主に傷を負わせたとならばその時は──」
「だからそれを止めなさいと言ってるでしょう!」
私がそう言うとバエルは渋々殺気を収めました。
まったく、毎回のことながらどうしてこんなにも手が掛かるのでしょうか。
あれ? 毎回のことながら?
何故今そんな言葉が出たのでしょうか。
私とバエルが出会ったのは今日が初めてのはず。にもかかわらず彼には何処となく懐かしさも覚えます。まるで昔からの長い付き合いだったみたいな。
状況の整理が追い付かず、わからないことだらけで困惑していますが、とりあえずはバエルについていった方がいいのかもしれません。
第二章後半から新キャラが続々増えています。
更にこの後も新キャラが出る予定……。
今回登場した新キャラの名前はソロモン72柱からです。
リリィとバエルの詳しい関係性などについては次回の更新で明らかにしていこうかなと思っています。





