『魔闘法』を学びます
「『魔闘法』……」
それが私を更に強くする新たな可能性。
先程の手合わせでも距離を詰められ、近接戦に持ち込まれたら手も足も出ないことはわかりました。
敗因を挙げるなら私が魔道士だから近接戦は必要ないと思い込んでいたからですね。しかし、世界中のほとんどの魔道士は同じように考えると思います。
でもエルトリアさんは魔術を軸として戦う者ながら魔術だけでなく他のことにも目を向けた。
結果それが魔道士の弱点を補う形となった。
私やエルトリアさんが例外なだけで魔道士は本来後衛攻撃職。
前衛が敵を引き付けることによって魔術発動の準備を円滑に進めることが可能になり、入念な準備を終えた魔術は前衛職の全力攻撃をも超える一撃になるとも言われています。
しかしそれは敵に狙われていない状況に限った話です。
知恵のある魔物であれば後衛から攻め落とすこともあります。
全てとは言いませんが魔道士は魔術のみで戦うという認識を持っている者が多い。故に想定外の状況に陥った時に焦って対処できなくなる。
中にはこれに気づき近接戦のことも考えるかもしれませんが魔道士は基本的に攻撃力が低いです。弱い相手なら未だしも自分と同等またはそれ以上のレベルを持つ者が相手であれば通用しない。
となると頭は勝手に魔術を極めた方が何倍もいいと考えると思います。少なくとも私はそう考えますね。
でもそれだと何の解決にもなっていないです。訪れる未来は変わらないままですからね。
私はそんな未来御免です。エルトリアさんとの手合わせを経て、近接戦の可否が今後の戦いに関わる重要なことだと痛感しましたから。
「それで、『魔闘法』はどうやって習得するものなんですか?」
「その前に色々と説明することがある。まず『魔闘法』とは何なのか説明しよう」
エルトリアさんは説明をする前に辺りを見渡し適当な大きさの石ころを何個か拾ってきました。それを片手に持ちながら説明が始まります。
「『魔闘法』はおよそ300年前に妾の知人である強欲の魔王が編み出したもの。このスキルの存在を知っている者は限られておる。世に知られておらず、スキルを所有している者がまったくいないのもそれが理由じゃな」
噂の魔王ですね。この世界にいる魔王の中で一番強く、他の魔王数人がかりで挑んでも勝つことは難しいと言われているまさしく最強と言われる存在です。
それにしてもスキルって自分で作れてしまうんですね。自分の欲しい効果を持ったスキルを作れるなんて便利ですよ。
ただこれは強欲の魔王ならではの特権かもしれません。
ユニークスキル『強欲』は望むスキルを習得できるという能力がある。それは世界に存在しないスキルも該当するのでは?
欲しているのに存在しない。であれば存在しないスキルを欲し生み出してしまえばいい話。
ただでさえユニークスキルというのは思っている以上に常軌を逸し、その能力は強力なものです。私の推測もあながち間違っていないのかもしれません。
「そやつが「攻撃力と魔力の数値が合わさったらどれだけ威力が出るのか」という疑問をもったことから全てが始まった。本来物理による攻撃と魔術による攻撃を同時に行っても威力は分散される。例外はあるが攻撃力は防御力で、魔力は精神力でダメージを抑えるようにな。それが世界の常識だったのじゃが、そやつが編み出したスキルによってその常識が壊された」
するとエルトリアさんは手に持っている石ころのうち一つを私に見せました。
よくよくその石ころを見ると他とは違う感じがします。膨大なエネルギーを持っている、と言えばいいのでしょうかね。瓦礫の中に紛れててもすぐにわかります。
「この石には特殊な障壁を一枚張っておる。といっても物理障壁と魔力障壁を掛け合わせたものじゃ。この障壁の強度は妾の防御力と精神力を足したものになっておるな」
「つまり、それ一枚で物理攻撃も魔術も防げるということですか?」
「まあそんなところじゃ。障壁をそれぞれ用意するのは面倒じゃからな、いっそのことまとめてしまった方が楽じゃ。これを『多重障壁』というのじゃが御主は今までそうしてこなかったのか?」
「はい。魔力障壁は戦闘中だったら自動で発動しますし、物理障壁もその時に張れば良かったので」
「そうか。だがどうせならこれも後々教えてやるとしよう」
本当にエルトリアさんは私が強くなるためなら何でも教えようとしてくれます。
既に感謝の気持ちでいっぱいです。しかしここまでくるといよいよ頭が上がらなくなってきます。まあ、魔王であるエルトリアさんが直々に修行をつけてくれる時点で感謝してもしきれないんですけどね。
自分で言うのも変ですが私は恵まれていると思います。
「さてと、その話は一度措いておくとして、これを用意したのは説明を聞くよりも『魔闘法』を実際に見てもらった方が早いと思ったからじゃ。この石は今妾の防御力と精神力の合計──即ち耐久値およそ83万という数値を持った強固な障壁によって守られておる」
「そんなに……。壊せる気がしませんね……」
「自分で障壁を張っておいてこんなこと言うのもあれだが、妾でも普通に殴ったり魔術を使っても壊せんぞ」
笑いながらエルトリアさんは言います。
実際にエルトリアさんが『多重障壁』により守られた石ころを殴ったり、魔術を行使して破壊を試みるも傷一つつきませんでした。
私にも勧められましたがエルトリアさんでも壊せない障壁を私が壊せるわけないです。
一応挑戦はしましたけど当然ながら私の魔術では破壊できませんし、殴っても鈍い音が鳴っただけです。そもそも私は攻撃力が1なのでその辺に転がっている石ころですら物理攻撃で壊せないですよ。
「これだけ強固な障壁だと普通では手も足も出ん。しかしこの『多重障壁』を破る方法の一つが『魔闘法』じゃ。いいか、よく見ておくんじゃぞ」
私はエルトリアさんが持つ石ころに視線を移します。
石ころが『多重障壁』により簡単には破壊できないことは確認済み。
しかし、エルトリアさんは先程破壊できなかったのにもかかわらず力を籠めると今度は『多重障壁』ごと石ころを握りつぶしました。
信じられませんね。その石ころは細かく砕け、影も形もありません。エルトリアさんはそのまま砕けた石ころの破片を捨てます。
「このように『魔闘法』を使えば『多重障壁』で覆われた石でも壊せる。といっても攻撃力と魔力の合計値が『多重障壁』の耐久力を上回ればの話じゃがな。まあ一撃でなくとも何回か攻撃すれば強固な障壁でも容易く剝がれるじゃろう」
「私の場合は厳しいかもしれませんけどね」
「ああ、そういえば御主の攻撃力は──」
残念ながら1なんですよ。
スキル『聖魔女の加護』には魔力と精神力の合計が攻撃力にマイナス補正として働く効果があるのでいくらレベルを上げようと魔力、精神力が上がってしまう限り攻撃力は一生上がりません。
「き、気にすることないぞ。『魔闘法』は例え攻撃力が低くとも魔力が高ければ何も問題ない。御主の魔力量が攻撃力に変わるようなものじゃからな。これから御主は魔力量と同等の攻撃力を得ることが出来るわけじゃ。大船に乗ったつもりで妾に任せるがよい」
物凄く気を使われている気がしますがまあいいでしょう。
「それでは早速『魔闘法』習得に移るぞ」
「よろしくお願いします」
「うむ。『魔闘法』習得にあたって初めに出来ないと困るのは自身の体を循環する魔力を感じることじゃ。これが出来んと何も始まらんからな。ではまず妾は助言せんから御主の思うようにやって魔力を感じ取ってみろ」
意識を集中させて魔力の流れを感じ取ってみます。
こうしてみると自分の魔力がどこから流れてどこへ向かってくるのかがわかりますね。集中すればするほど体内を循環する魔力がよくわかります。
「自身の魔力を感じ取れたか?」
「はい」
「では魔力は何処を起点として流れている?」
「おへそ……ですね。そこから体の全身に向かって魔力が流れてます」
「その通り。心配はしておらんかったが無事にできて何よりじゃ。当たり前だからこそ忘れがちだが魔力の流れを再認識すれば障壁が破られ肉体に直接攻撃されたとしても魔力を集中させればダメージの軽減はできる。それを迅速に行うためにも自身の魔力を認識するということは大切なことなのじゃ。そして次は自身の魔力を外部へ放出する」
するといきなりエルトリアさんの右手は半透明な靄みたいなもので包まれました。これが魔力を外部に放出するということなのでしょうか。
「今はわかりやすく魔力の性質を変えて可視化しておるが本来は何もしていない状態と変わらんぞ。視認出来てしまったら相手に教えてるようなもんじゃからな。警戒もして迂闊に攻撃してこんじゃろう」
そして、エルトリアさん曰くこの一連の動きは一瞬でやるべきとのことです。
魔導士が接近戦を持ち込むこと自体相手からすれば驚きだと思いますが魔道士の物理攻撃などたかが知れている。
その油断を利用し、更にギリギリまで『魔闘法』を使用せず攻撃が当たる瞬間に発動。すると相手は予想を遥かに超える一撃を食らう。
相手の油断や先入観、戦いに利用できるものはすべて使えとのエルトリアさんからの教えです。
「では御主もやってみろ。今回はちと難しいと思うから先に助言してやろう。必要なのはイメージじゃ。そうじゃなぁ、一番よいのは魔力を放出する部分に薄い膜を張るイメージじゃな」
放出する場所はエルトリアさんと同じ右手にするとして、薄い膜を張るイメージですか……。深く考えても仕方ないのでとりあえずやってみましょう。
「こんな感じでしょうか」
一応できましたが範囲は右手ではなく右肘までですし、薄い膜というよりは厚手の布を何周か巻いた感じです。エルトリアさんと比べれば全然不細工ですね。
「それではまだ『魔闘法』とは呼べんな。ただ腕に魔力を纏わせているだけに過ぎん。だがまあ初めてにしては上出来な方じゃな」
「そうですか……」
「露骨に落ち込むでない。ロザリーなんて今でこそ『魔闘法』を習得しているものの、初めの頃なんて魔力を放出することすら出来なかったぞ。ロザリーと比べれば御主は優秀な方じゃ」
それを聞いて安心するべきかどうなのかわかりませんが、素直にエルトリアさんの言葉を受け取っておきましょう。
「魔力を放出できるようになれば後は練度を上げるだけ。そうすれば自ずと『魔闘法』習得へと近付く。まだまだ御主には教えることがあるが──」
「大変だと思いますが頑張ってついていきますよ。それに、新しいことを覚えられるのは楽しいです」
そう言うとエルトリアさんは笑みを浮かべていました。
「うむ、その気持ちはよくわかるぞ。だが根を詰めすぎるのも良くないぞ。御主のことだから張り切りすぎて逆に効率が落ちるかもしれん。今だって休まずに続けようと思っておるじゃろ」
「そ、それは……」
時間も限られていますし少しでも早く『魔闘法』を習得出来たらいいなと思っていただけで……。
決して無理してまで頑張ろうとは……思ってたり思ってなかったり……。
「御主は図星だと顔に出やすいタイプじゃな。ついさっきも言ったが無理をして習得しようとすれば逆に効率が落ちて習得への道が遠ざかっていくばかり。やる時はやる、休む時は休む。何事もこの切り替えが大切じゃ。それに先の手合わせで御主にもダメージが残っておる。一度休憩を取るぞ」
「ではそのあとに──」
「残念じゃがダンジョンの攻略も進めんとならん。まあ道中でいくらでも教えてやるから焦らんでもよい」
というわけでエルトリアさんとの初めての手合わせと『魔闘法』についての授業はひとまず終了したのでした。
頭の中には話の構想が出来上がっているのに筆があまり進まない……。
昨日もでしたが更新できなかったらごめんなさい。





