特訓開始
※個人的には大丈夫だと思いますが、少しだけ暴力シーンが含まれているので先にお伝えしておきます。
咄嗟の判断で後ろに飛び爆発を回避。爆発で生まれた衝撃は地面を容易く抉り、熱を帯びた風が私の頬を通り過ぎます。
まさに一瞬の出来事で反応できただけでも十分ですが、この程度で満足してはいけないのでしょう。一度深呼吸して落ち着きます。
まずはあの威力。詠唱無しであんな威力が出る魔術を何度も使われては一溜りもないです。今の攻撃だって予め用意していた【聖光領域結界】も数枚破られてダメージを最小限に抑えたわけですから。
ただ、今のが私の実力を見て判断したエルトリアさんの最大級の加減だと思うので、この先今よりも威力の低い魔術が飛んでくるなんて甘い考えは捨てたほうがいいです。
しかも詠唱がないということは相手側が発動するまで魔術の情報が一切ないということ。故に情報不足で反対の属性で相殺するのも難しい。
そこにこだわらなければ相殺も出来なくはないのですが、押し負ける可能性も考えるとやはり反対属性で相殺するのが望ましいです。
まあそれ以前に詠唱を聞いて反対属性の魔術を用意し、尚且つ即座に発動させること自体高等技術なんですけどね。
エルトリアさんのことです。やるならとことんと考え、私に向けられる魔術の見極めも育成計画の一つに入れているのかもしれません。
覚悟はしていましたが予想を遥かに超えるハードな特訓ですね。
途中で挫けずにエルトリアさんの指導についていけるか──なんて考えは私の中にはありません。
確かにエルトリアさんは本気で私のことを鍛えてくれるのですから特訓が厳しいことなのは間違いないです。
常人であれば最初の魔術を見ただけで特訓を辞退するでしょう。いえ、その前に反応して回避できるかわかりませんね。
しかし私には三年間ダンジョンで暮らしていたという過去があります。それも自分より強い魔物が普通に徘徊している環境で。
常に死と隣り合わせの環境で過ごしていた時と比べたらエルトリアさんの指導なんて加減してくれるだけ優しいほうですよ。でもこれを直接本人に言うと手加減なしになりそうなので私の胸の内に留めておくことにします。
「いきなり攻撃を仕掛けたが回避できたな。だがこの程度の攻撃は回避してもらわんと妾も困る。あと今の攻撃が卑怯だとは──」
「思いませんよ。実戦で相手が「これから攻撃しますよ」なんてわざわざ言いませんからね。相手の不意を突くのも一つの攻撃手段です」
ルールが決められた戦いであれば開始の合図が無いのに攻撃するのは卑怯と言えますが、ここはダンジョンの中であり魔物が住まう場所。
何処から自分の命が狙われているのか分からない状況で正々堂々なんて綺麗ごとは通用しません。それは私がよく知っています。
私がエルトリアさんの言葉を遮って自分の考えを言うとエルトリアさんは笑っていました。
「よくわかっておるではないか。そうじゃ、御主の言う通り。馬鹿正直に攻撃しますと宣言する奴がおるならそやつは何か策を考えているのか単純に馬鹿なだけじゃ。魔術も詠唱ありとなしでは全く違う」
すると再び私の目の前に炎の球体が出現しました。
いえ、今度は全方位ですね。私を囲むように炎の球体が激しく燃え、一瞬にして爆発します。
魔術の発動はスキルで詠唱が簡略化していても間に合いません。なのでここは多少のダメージは覚悟して魔術の範囲外に回避します。
まだ【聖光領域結界】が何枚かあったのでダメージは大した受けませんでしたがこれで完全に【聖光領域結界】は無くなりました。
最大枚数である50枚を用意しなかったのは私の油断ですね。ただ失敗をしたということは反省し成長へと繋げることができます。なので以後気を付ければいいことです。
「うむ、いい反応じゃ。相手が喋ってるからと言って攻撃してこないとは限らん。むしろこう言った会話の中で油断させ、その隙を突いて攻撃してくる者もおる」
反応がいいのは【オルフェノク地下大迷宮】で過ごした三年間があったからでしょう。でなければ今頃私はエルトリアさんの魔術によって致命傷を受けています。
「して魔術の詠唱に関してじゃが、詠唱の有無が戦闘に大きくかかわってくることは理解できたな」
「はい。自分に放たれる魔術がどんな魔術なのか、それはいつ来るのか、その時が来るまで分かりません」
「余計な情報を与えて相手の思考を鈍らせる。そういった意味でも無詠唱は戦闘の役に立つ。御主もそのうち『完全詠唱破棄』を習得するじゃろう」
どうやらスキル『完全詠唱破棄』は詠唱破棄系のスキルの中で最上位に位置するものであり、私の持つ『長文詠唱破棄』が進化したものだそうです。
なので私が『完全詠唱破棄』を習得するのも遠くない未来だとか。
ちなみにどうすれば進化するのか聞いてみると魔術の使用回数が関係しているようです。
私も結構な数の魔術を使用しているつもりなんですけどね。一向に進化する気配はありません。
でも私が魔術を使った回数などエルトリアさんと比べたら全然少ないですよね。だって生きてる年数が違いますから。
「ところで、御主は妾に攻撃せんのか? 妾が話している最中でも攻撃を仕掛ける機会はいくらでもあったじゃろ」
と、エルトリアさんは聞いてきました。
確かにエルトリアさんは喋っている間も一切の隙が無かったとはいえ攻撃を仕掛けることはできました。
でも私が攻撃しなかったのは理由がありまして──
「えっと……話している時に攻撃するのは失礼かなと」
エルトリアさんの話はどれも意義のある話ですからしっかり聞かないと勿体ないです。なので話の腰を折ってまで攻撃するつもりはないです。
「真面目じゃなぁ。しかしその姿勢は嫌いじゃないぞ。だが、話している最中に攻撃されて不覚を取る妾ではない。御主は思う存分その力をぶつけてこい」
構えは取らず、私の出方を窺っているエルトリアさん。
相変わらず隙がないです。なんというか強者のオーラが出ているというんですかね。安易に攻撃してはいけないと直感が告げます。
ここはまず『多重詠唱』にて【聖光領域結界】を最大枚数の50枚用意します。
私は詠唱が必要不可欠なのでエルトリアさんには知られています。
障壁を増やしたことでエルトリアさんが多少なら大丈夫だと魔術の威力を上げてくるかもしれませんが問題ありません。むしろ威力を上げてくれたほうが私のためになります。
防御面はとりあえず万全。あとはどうやってエルトリアさんに攻撃を当てるか。
そう考えている間にも次々と魔術が押し寄せます。
立ち止まって考える時間はありません。回避しながら考えるしかないです。
でもこれは今までやってきたこと。違うのは相手の実力が私より格段に上だということ。当たれば結構なダメージを受ける。
いえ、これも【オルフェノク地下大迷宮】にいた頃と同じでしたね。まるで昔に戻ったような気分です。
さて、回避しているばかりでは状況は変わりません。どうにかして隙を作りたいところですが……。
エルトリアさん相手に隙を作れるんですかね?
回避しながら観察していますが、エルトリアさんは一歩も動いていません。その場で魔術を発動させて私に攻撃しています。
その気になれば私に近づいて近接戦に持っていくことも可能なのでしょう。そうなれば私に勝ち目はないです。
しかし、近接戦に持ち込まないのは私相手では必要ないからでしょう。
悔しいですがそれだけ差があるということです。
ですが焦ってはいけません。わかってたことじゃないですか。
今はむきになってわざわざ自分の不利な状況にするのではなくこの状況でどうやって対抗できるかです。
「どうした、逃げているばかりでは変わらんぞ!」
そう言いながらもエルトリアさんは魔術による攻撃を止めません。
足を止めれば襲い掛かる魔術の餌食になる。しかし逃げ続けても私が疲弊していくだけで最終的には同じ結果になる。
なら私が取れる方法は一つだけ。
被弾しないように回避に専念していましたが、多少の被弾は【聖光領域結界】でどうにかなります。
数発被弾し【聖光領域結界】が何枚か破られるも集中力を維持し状況を冷静に見ながら準備を進めます。
そして、十分な準備を終えると私はまず敢えて向かってくる魔術を受けます。
それにより私の姿を煙が包み込むように隠し、エルトリアさんの視界から消えます。
私がわざと被弾することは考えて──エルトリアさんなら一つの可能性だとこの状況も考えているかもしれませんね。となればこの方法も一度きり。
そう思い私はエルトリアさんがいるであろう場所に魔術を放とうとしましたが、その前に煙が消し飛ばされすぐ側にエルトリアさんがいました。
エルトリアさんはそのまま私のお腹目掛けて拳を振ります。
私は距離を詰められたことに驚き反応が遅れてその拳をまともに受けました。
流れるまま吹き飛ばされた私は壁に激突。用意していた障壁は今の一撃で全て破壊されており、衝撃と激しい痛みが全身を駆け巡ります。
立ち上がろうにも力が入らず気が付けば私に前にエルトリアさんが立っていました。
「リリィよ。今の判断は相手の虚をつく意味ではありだったかもしれんな。だが相手の姿を見失っては元も子もないぞ。警戒して近づかん者もおれば妾みたいに利用して攻撃を仕掛けてくる者もおる。特に魔王クラスになると平気で突っ込んでくるぞ」
「……はい」
「あと回避しきれず仕方なく攻撃を受けるのは構わんが、わざと相手の攻撃を直撃するのは個人的に好かん。下手すれば致命傷になって死ぬかもしれんからな」
それからもエルトリアさんとの反省会が続きました。
たった一回の手合わせでも私の改善すべき点をいくつも見つけたようで今後はそれを改善していくとのことです。
「まあ改善点を多く挙げても一気に直せるわけでもあるまいしこんなところじゃな。それより腹は大丈夫か? 障壁があるからと少しばかり強く殴りすぎたかもしれん」
「大丈夫です、治療魔術で治せますから」
服を捲ってお腹を見てみましたが障壁のおかげで軽く赤くなっていた程度です。どちらかと言うと障壁が破壊された後に壁にぶつかった方が痛かったです。防御力が高いからと言って痛いものは痛いんですよ。
「それにしてもエルトリアさんの拳、魔道士とは思えないほどの威力でした」
「妾の攻撃力と魔力が合わさっているからな。その辺にいる前衛職にも引けを取らんぞ」
今回は加減してくれたそうですが確かエルトリアさんの攻撃力と魔力って足したら80万以上になりますよね。
その辺の前衛職というか普通に全世界でもトップレベルの数値だと思うのは私だけですか?
エルトリアさんが近接戦においても問題なく戦える理由がわかりましたね。
「そして、このスキルは御主にも身につけてもらうぞ」
一人で納得しているとエルトリアさんが言ってきました。
「私がですか?」
「うむ。今時魔道士が魔術だけで戦うなど古い。時代は近接戦も出来る魔道士じゃ。戦略の幅も広がることじゃし身につけておいて損はないぞ」
魔術だけで戦うのは古いなんて全世界の魔道士を敵に回している感じもしますが、エルトリアさんは全く気にしていないですね。
でも、攻撃力が1の私でも近接戦が出来る可能性があると思うと興味が湧いてきました。
「そのスキルの名は『魔闘法』。自身の攻撃力と魔力が合わさった数値が絶大な破壊力を生むスキルじゃ」





