『獣神の塔』
あれから私たちは『獣神の塔』の入り口に戻りました。
予定より多少時間が遅れてしまいましたが、急いで攻略しなければいけないということではないで特に問題はありません。
さて、いよいよ私たちの『獣神の塔』攻略が始まります。
塔内部に入ると奥には大きな魔法陣がありました。あとはいくつかお店がありますね。売っているものはポーションなどの消耗品とかです。
私は治療魔術が使えるのでポーションの類は必要ないです。
その分魔力を消費することになりますが、スキルに『魔力自動回復』がありますし何より魔力が多いので簡単に尽きることはないでしょう。
「必要ないとはいえ何かあったら困るからと事前にポーションなどは揃えておるが、リリィは何か買いたいものとかあったか?」
初めてだったので少しだけ見てみましたがステータス上昇のアクセサリーが気になったぐらいですかね。
でもそこまで欲しいかと聞かれたらそうでもないかも。上昇するといっても私のステータスだと微々たるものなので。
それに、ここに売っている商品は全て他のお店に比べて割高です。
ポーションも定価の2割から3割増し。下手すればそれ以上のものもありました。
さすがにそれはぼったくりでは? と思いましたが買い忘れで一度お店に戻る手間を考えれば購入する人もいるのでしょう。
この場所は冒険者ギルドの職員たちが常に見回りをしていて、お店を開く際も入念に商品のチェックを行い、値段の割に合わない品質の悪い商品が混ざっていないか確認しているとエルトリアさんは言っていたので品質は保証されています。
あとは割高だとしてもダンジョンでいくらでも稼ぐことができるので多少の出費は問題ないのかと。
「これと言って欲しいものはなかったですね」
「そうか? その割には装飾品を熱心に見ていたと思うが」
「それは……」
「まあ女子たるもの身だしなみに気を使うのは当然のことじゃ。気に入ったものがなかったのであれば今度街の散策でもしようかの。御主が気に入る装飾品があるかもしれん」
私としても【アルファモンス】の散策はしたいので楽しみです。
ただ「欲しいものがあれば買ってやるぞ、金は使い切れんぐらいあるからな」とエルトリアさんが言ってきて少し申し訳ないといいますか……。
鍛えてくれる上に欲しいものを買ってもらうなど、どうしてそこまで私のために尽くしてくれるのかと聞いてみると──
「そんなもの妾がしたいからに決まっておるからじゃ。興味があるのは別として御主を娘……いや年齢的には孫とかか。なんというか、御主のためであれば何かしてやりたいと思ってしまうのじゃ。長生きしてきて血縁者でない者にこんな気持ちを抱くのは初めてでどうすればいいかわからんが、わからないなら自分の本能に従うまで。まあ、御主が嫌と言うならば妾も控えめにするが……」
「いえ、凄く嬉しいです」
「なら良かったのじゃ。では時間も有限じゃし、さっさとダンジョンへ向かうとしようかの」
そう言うとエルトリアさんは足早に魔法陣の方へ向かって歩き出しました。
エルトリアさんが私に抱いているのは母性本能というものですかね?
確かに年齢で見るとエルトリアさんからすれば私は孫──といっても何代先の子供になるかわかりませんが──という風になるかもしれませんね。
でも私はどちらかと言うとエルトリアさんは面倒見のいいとても強いお姉さんって印象です。ロザリーさんは凛としてカッコイイお姉さんって感じ。
そんなことを考えているとエルトリアさんに早く来るよう急かされたので急いで駆け寄ります。
魔法陣を使用するには順番があるようで列に並びます。
どうやら魔法陣の起動や管理を行う職員さんに冒険者ギルドで受け取ったパーティー登録を済ませたカードを渡して確認を終えた後にダンジョンに入れるそうです。
私たちの前に並んでいた冒険者たちが次々にダンジョンへ転移されていき、それほど待たずに私たちの番がやってきます。
「ようこそ『獣神の塔』へ。御三方はパーティーでの挑戦でしょうか?」
「うむ」
「ではパーティー登録を済ませたカードをこちらに」
職員の男性は厚みのある長方形の板にカードを乗せるように指示してきました。
その板にカードを乗せると板に掘られた不規則な線から光が漏れ、10秒もしないうちに光は失われました。
「登録が終了したのでこちらをお返しします。これで魔法陣からの転移後でも離れ離れになることはありません。リリィ様、エルトリア様、ロザリー様は全員初めての挑戦なので第1階層からのスタートになります。他にダンジョンに関して質問などはございますでしょうか?」
職員さんの問いに私はダンジョンから帰還するにはどうすればいいのか聞きました。
するとダンジョン内にはこれから使用する魔法陣と同じものが各階層に一つあるようで、それを見つけて次の階層に進むか帰還するかを決められると教えてくれました。
しかし、逆を言えば魔法陣を見つけられなければ一生ダンジョンにいることになります。
ダンジョンに挑み、そこで何が起ころうとそれは自己責任なので十分に注意するようにとも言われましたね。
でも私は【オルフェノク地下大迷宮】で三年も過ごした経験があるのでダンジョンから帰還できなくても案外生活できるのかな、とか思ったり。
エルトリアさんやロザリーさんもいるので手分けして探せば魔法陣なんかあっという間に見つかりそうな気もしますけどね。
それと、帰還する際に魔法陣を発動させると『獣神の塔』ではなく冒険者ギルドに隣接している建物に出るようです。
ここから冒険者ギルドまでは少し距離がありますからね、魔物の素材やダンジョン内で採取した素材をすぐに売れるように配慮したのでしょう。
「以上が帰還についてのご説明ですが何かわからないことはございましたか?」
「大丈夫です。ありがとうございました」
他に質問することは今のところなかったので後ろに冒険者も待っていることですし、早くダンジョンに向かいましょう。
魔法陣に乗り、職員さんが起動すると私たちの体は光に包まれて一気に視界が真っ白になりました。
そして、気が付くと次に視界に入った光景は緑豊かな大草原。
早朝に吹いているような清々しい風にポカポカとあったかい陽の光を肌で感じ、緑草が風に揺られて音を奏でています。
率直な感想ですがダンジョンの中にいるとは思えないですね。
ところで、無事にダンジョンに入りましたが面積が先程いた場所とあっていないような……。
いえ、誰がどう見ても確実にあってないと言うでしょう。それはもう一日かけて探索するほど広いです……。
「前に説明すると言ったな。全ての塔は見た目だけでダンジョンは別に存在しておる。外で見たのは『獣神の塔』じゃが『獣神の塔』というダンジョンではない」
「ええっと……」
エルトリアさんの言葉に理解が追いつきませんでした。
「まあ難しく考えることはない。妾たちは間違いなく『獣神の塔』の内部にいると思っておればいい。そして、外部と内部が隔離されておるから魔物がダンジョンから抜け出して街中に現れる心配はしなくていいのじゃ」
なるほど、と一言だけ。
詳しいことを聞いても難しく頭の中で整理するのは大変だと思うのでその一言で解決しました。
要は私は『獣神の塔』にいる。エルトリアさんの言う通りそれでいいのです。
「では移動しようか。転移先はランダムで運が良ければ次の魔法陣もすぐに見つかるみたいじゃが今回はどうか探索しないとわからんな」
私たちは次の階層に繋がる魔法陣を探すために歩き始めます。
ここから『獣神の塔』攻略スタートです。





