共同戦線
「「「キィェェェェッッ!!」」」
奇声を上げながら走り迫る魔物らしき生物は次々と増え、おおよそ40体にまで増えた。
各々標的を仕留めるために分散し、うち5体が霧禍の少年と残りの同行者へと向かう。
「あれはヤバいな……。一旦引くぞ!」
「うぅ……」
同行者は後ろにいる霧禍の少年に声をかけるも、少年は未だかつて見たこともない狂気を帯びた怪物たちに恐れをなし、足が竦んでいた。
全速力で向かってくるそれらが自分たちの元まで辿り着くのに、そう時間はかからない。
「チッ、仕方ねぇな……」
少年を脇に抱えて逃げようと考えたが、防具を身に纏っているのだ。普通の子供より重量がある。
脇に抱えても重さで機動力が落ちて、すぐに追いつかれてしまう。防具を外す時間だって、あるわけがない。
しかし、見捨てて自分だけ助かるなんて選択肢はなかった。
少年が生き残る可能性が僅かでもあるのならと、同行者は霧禍の少年を後ろへ突き飛ばす。
「そうだ、俺の方に来い」
向かってくる怪物たちの視線は全て同行者へ向けられている。
減速することなく一直線に向かってくる怪物たちに理性は、ほとんどないと思われる。あの頭の中にあるのは、ただ目の前の近い敵を殺すということだけ。
本音を言えば、敵わないとわかっているから逃げ出したいし、自分の命さえ助かればいいと思っている。
それが人間というものだ。自分の命がかかった危機的状況で、自分より他人の命を優先するなんて少数派。
──だが、子供の前で情けなく逃げ出し、無様に生き延びて、本当にそれでいいものなのか。
いや、そんな醜態を晒して生きるくらいなら、最期まで本音を吐き出さず、潔く死んだ方がマシだ。
「テメェは呪々丸様に選ばれて妖刀を取りに来たんだろ!? だったら、この程度のことでビビってんじゃねぇ!」
「──ッ!」
「そんなに時間は稼げねぇから、さっさと立て! そして、今は生き残ることだけ考えろ!」
同行者は少年に喝を入れるも、視界に映る狂気に満ちた悍ましい怪物たちに怯えて上手く立ち上がれない。
しかし、少年が怯えてようが怪物たちには関係のないこと。
彼らに向かっていた5体の怪物たちは、一斉に同行者に向けて拳を振り下ろす。その拳は一撃で相手を肉塊に出来るほど、重く強烈なもの。
「──クソ、俺もここまでか……」
回避するにも時間がない。怪物の一撃を防ごうと『魔力障壁』を張っていたとしても、生半可な強度では易々と破壊されて、障壁の意味を成さない。
耐え切れる強度の障壁を同行者が張れるかと問われれば、答えは否──そんな立派な障壁を張ることは不可能だ。
あと出来ることと言えば、奇跡を祈ることくらい──
「──ギギッ!?」
覚悟を決めた次の瞬間、何かが弾かれる大きな音が響いた。
怪物たちの拳は同行者に当たることはなく、殴りかかってきた怪物全てが勢いよく跳ね飛ばされている。
目の前で起こったことに訳も分からない霧禍の少年たちだったが、拳を振り下ろされた同行者が瞼を開けると、自分の前に見覚えのない障壁らしきものに気づく。
「こ、こいつは……」
「ふぅ、ギリギリ間に合いました」
声に反応し、同行者が顔を向けると、いつの間にか自分の横に立っていた人物がいた。
「大きな怪我は……なさそうですね」
経緯は違えど、ミューファスや怪物たちと同じ本来ならば、このダンジョンに足を踏み入れることはできない人物。
そう。リリィ・オーランドだ。
怪物の一撃を防げたのは、この場に駆け付けたリリィが同行者に障壁を張ったため。
細かく言うと、彼女が張った障壁は普段使用しているものを『古代魔術』による強化で、更に強固にしたものである。
ただ、リリィの『魔力障壁』の強度は、かなり高い。リリィ自身、半端な攻撃では絶対に壊れないと自負している。
にもかかわらず、リリィは『古代魔術』を用いて強化した。これは、数分前の経験から学んだことである。
即ち、通常のリリィの障壁をもってしても、強化なしでは怪物の一撃を防ぐことは厳しいということ。
「ここは私が引き受けます。あなたは、あちらの少年と一緒に居てください」
「…………」
「それと、別の個体が何処かに潜んでいる可能性もあるので、あなたに付与した障壁と同じものを彼にも付与しています」
「…………」
「ただ、5回くらいしか防げないと思うので、可能なら私の目の届く範囲に──って、聞いてますか?」
リリィの目には、同行者の男が放心状態に見えた。
何が起きたのかわからず、頭の中で整理できていないから──と思っていたが、よくよく見ると、同行者の頬が若干赤くなっているような気がする。まるで一目惚れをしたような。
「あの……」
「あ、ああ。おかげで助かった。この恩は必ず返す」
「気にしなくていいですよ。それより、可能なら私の目の届く範囲に居てください。その方が何かあった時に対応できるので」
「わ、わかった」
「では、私は行きますね」
そう言い残し、リリィはミカゲたちの元へ向かう。
リリィの後ろ姿を見て、零れた同行者の呟きは彼女の耳に入ることはなかった。
「ミカゲさん!」
怪物を2体同時に相手していたミカゲにリリィは加勢する。
と言っても、アヤメとエンガクと上手く連携して事にあたっていたため、劣勢に陥っていたというわけではない。怪物も既に6体は仕留められている。
「リリィ殿!」
「みなさん、ご無事で何よりです」
「リリィさま、サフィーちゃんは……?」
この場にはリリィのみが来ている。一緒にいたはずのサフィーが居らず、何かあったのではないかとアヤメは心配した声でリリィに問う。
「サフィーなら大丈夫です。実はここに来る前に、炎衆の方たちも同じく、あの魔物らしき生物に襲われてまして」
「炎衆の奴らも……。リリィ殿がここにいるということは、難なく倒したということでいいんですよね」
「はい。サフィーとランく──桜嵐牙と一緒に全て倒したあと、二人に炎衆の方たちのことを任せて、私だけ先にここへ来ました。大怪我をしている人はいなさそうなので良かったです」
「リリィ殿が来てくれて非常に助かるが、妖刀が共に居るとはいえ、サフィー殿に何かあったら──」
ここへ向かう道中、再びあの怪物が現れたら、サフィーが危険なのではないかと、ミカゲたちは考える。
しかし、それは何も知らなければという話。ここへ来るまでに起きたことを話せば、杞憂に終わることだ。
「心配は要りませんよ。炎衆の方たちを襲っていたのは15体ほどでしたが、サフィーが一人で半数以上倒しましたから」
怪物たちの動きは巨体の割には速い方だが、サフィーはそれを軽く凌駕する。
リリィが炎衆たちの無事を確認し、魔術で傷を癒したことには、既にサフィーが怪物たちを圧倒していた。
自分よりサフィーに経験値が入った方がいいだろうと、リリィはサフィーのサポートに回ったのだが、正直それも不要なくらいの戦いだった。
「そ、そうか。それなら安心だな」
「はい。私たちは目の前の戦いに集中しましょう」
「ワシらは三人でも何とかなります。リリィ殿は、あちらの方の援護をお願いできますかな?」
アヤメたちとは少し離れた場所で、ミューファスもまた怪物たちを相手している。しかも、相手をしている数はミューファスの方が圧倒的に多い。
リリィが先行した主な要因は、ミューファスの存在。
彼女の存在がなければ、リリィはサフィーを先に行かせている。その方が最速で敵を殲滅することができるから。
しかし、リリィは何度も異界人と会ってきている。なんとなくだが、異界人特有の魔力や雰囲気がわかるようになっていた。
もし、怪物を呼び出したのが異界人で、その異界人も敵であるなら、サフィーも勝ち目は薄いだろう。
だが、ミューファスもアヤメたち同様、怪物たちに襲われている。そこから考えるに、怪物たちを連れてきたのは彼女ではない。
(てっきり異界人が攻めてきたのかと思ってましたが、彼女も標的にされているところを見るに、無関係──)
とも断言できないが、標的にされているのは事実。
「わかりました。念のため、皆さんにも障壁を付与しておきます。霧禍の方たちにも言いましたが、攻撃を防げるのは5発くらいが限界ですので」
リリィはアヤメたちに障壁を付与した後、複数の怪物たちを相手するミューファスの元へ向かう。
重そうなハンマーを振り回しながらミューファスは怪物たちを薙ぎ倒していく。
──が、その背後に一体の怪物が迫っていた。
無論、それに気づいていないわけもなく、ミューファスは右足を軸にして身体を捻り、遠心力が加わったハンマーで叩き飛ばそうとするが、その前に炎の球体が怪物に当たり爆ぜる。
「要らぬ援護だったかもしれませんが」
『ん~にゃ。ありがと』
リリィたちは死角が生まれないよう互いに背を向け合う。
「一応聞きますが、アレらはあなたが連れてきたわけではないんですよね」
『モチ。というか、なんで、あーしが連れてきたと思ったわけ?』
「ランくんから聞きましたが、アレらはこのダンジョンには生息していません。そして、アレらが現れたのは異界人のあなたが来てからです」
『へぇ、あーしがこの世界の人間じゃないってわかるん──だっ!!』
会話をしながらもリリィたちは猛進する怪物たちの攻撃を躱し、生まれた隙を見逃さず反撃する。
彼女たちは、初めて出会ったというのにも関わらず、見事な連携が取れていた。
「異界人には何度か会ったことがあります。ですので、異界人がこの世界に来る理由も知ってます」
『そっか。じゃあ誤解してそうだから言っとくけど、あーしにその気はこれっぽっちもないよ』
「…………」
それはつまり、この世界の『勇者』と『魔王』──今回で言うなら『憤怒の魔王』のオウキを殺しに来たわけではないと。
以前、エスメラルダとの話で、彼女は「異界人がリリィたちのいる世界の『勇者』と『魔王』を殺すことはできない。戦い自体、無意味なもの」と言っていた。
だが、それをミューファスが知る由もないだろう。
エスメラルダは「計画に必要なことで、適当な理由をつけて戦わせに行かせている」とも言っていたのだから。言うなれば、彼女たちは計画とやらに利用されている。
ミューファスがこちらの世界に来たのは、何か他の目的があるのか。それとも、ただ単に油断を誘うための嘘か。
どちらにせよ、完全に信用したわけではないが、他の異界人よりかは、まだ話し合いができる相手なのかもしれない。
「……わかりました。詳しいことは終わった後で」
『オッケー。あーしはミューファス』
「リリィ・オーランドです」
『んじゃ、さっさと終わらせようか。リリィっち!』
軽い挨拶を済ませた後、先にミューファスが動いた。
『おりゃおりゃおりゃぁぁぁぁっ!!』
重そうなハンマーなど物ともせず。
戦い方だけを見れば、ミューファスの動きは怪物たちと大して変わりない。真っ向から迫り、力任せにハンマーで叩きつぶす。
(……なかなかの破壊力ですが、本気で振ってるわけではなさそう。本気なら私の障壁があっても無事では済まないかも……)
パワーは怪物並みか、それ以上。そして、ミューファスは動きの割に周りが良く見え、臨機応変に対処できる冷静な思考を持っている。
馬鹿みたいにハンマーを振り回しているわけではない。それ故に敵として戦うことになれば厄介。考えなしに突っ込んでくるほうが、どれだけ楽なことか。
「サフィーの時は、活躍はほぼゼロでしたし──」
少し遅れてリリィも動く。
ミューファスの目には、リリィの戦い方は珍しいものに見えた。
見た目、手に持っている武器からリリィのような人間は魔術を主軸に戦うタイプ。その常識は自分のいる世界、こちらの世界共に変わらないはず。
しかし、リリィは例外だった。
師である『色欲の魔王』エルトリアの教え──「近接戦も出来てこそ、一流の魔道士」
両手にそれぞれ持つ杖の先端には、二本目の神杖『幻武創』によってできた刃体30センチほどの刀身が伸びていた。
二本の杖を剣のように駆使し、本来の得意分野である魔術も混ぜながらリリィは怪物たちを確実に仕留めていく。
(ありゃぁ、相当出来るなぁ。しかも、全力ってわけでもなさそうだし。あれで『魔王』じゃないなんて『魔王』って、どんだけレべチなわけ? それか『魔王』より、リリィっちの方が強いとか?)
互いに敵として戦いたくないが、味方であれば心強いなどと思いながらリリィたちは怪物たちを殲滅していく。
途中、リリィはアヤメたちの様子を確認したが、彼女たちを心配する必要はなかった。
霧禍の者たちも、彼らの元に怪物たちが向かわないように立ち回っているため、被害は出ていない。
そして、そう時間もかからず。
『よーし! 多分これでラストォォ!!』
最後の怪物はミューファスの一撃で散った。
その後、リリィは『魔力感知』で周囲を確認してみたが、怪物たちの追加はなさそうだ。
死者も出ていないし、アヤメたちも大きな怪我はしていない様子。怪物たちについて気になることが山ほどあるが、まずは一件落着と言ったところだろう。
『イェーイ! リリィっち、ナイスファイト!』
と、ミューファスは両手を上げて、リリィの前に立つ。
「えっ、と……?」
『ハイタッチだよ、ハイタッチ!』
「は、はぁ……」
半ば強制的にリリィはミューファスとハイタッチをする。
薄々思ってはいたが、やはり彼女は他の異界人と違う。変わり者……と言えばいいのだろうか。
「リリィさま~~!」
サフィーと桜嵐牙が炎衆の挑戦者たちを連れてリリィのもとへやってきた。
「サフィー、道中は大丈夫でした?」
「うん。さっきのムキムキな魔物は出なかったよ」
「それなら良かったです」
「リリィさま、後ろにいる人……」
サフィーはミューファスのことをじっと見つめる。対してミューファスはサフィーに微笑みながら見つめ返した。
すると、サフィーはリリィの後ろに隠れながらミューファスを警戒するように再び見つめた。
「サフィー?」
「なんかね……あの人見てると尻尾の毛が、ぞわぞわぁってする。でも、悪い人じゃない……かも?」
「まあ、今のところ悪い人ではない、ですね。彼女も戦いに協力してくれたわけですし。それはそうと、妖刀の試練って、どうなるんですか?」
予想だにしていない出来事が起こり、結果的に全員がこの場に集まる形となった。
続行するにしても、全員心身ともに疲弊しているだろう。その状態で乗り越えてこその試練とも言えなくはないが。
「部外者の侵入を許したオレ様にも責任はあるし、せっかくの試練を邪魔されたのが気に食わない。よって、今回は特別に仕切り直しだ。日にちは後日連絡する」
「仕切り直しとなると、妖刀殿が定めた条件を満たせなくなりますが?」
炎衆の同行者の一人が桜嵐牙に問う。
眼鏡をかけた眉目秀麗な男だが、リリィからの第一印象は人を見下してそうな感じだ。
炎衆のもとへ駆け付けた時、怪物たちの攻撃で怪我をしていた彼を治療したが、礼は一切言われなかった。まあ、礼を言われたいから治療したわけでもないが。
「だから“特別に”と言っただろ。もちろん今回限りだ。嫌なら辞退してくれても構わないが」
「いえいえ、とんでもない。妖刀殿のお心遣いに感謝します」
「うむ。では、お前たちをダンジョンの外に戻すが、一度に全員は厳しいから、まずは炎衆──お前たちからだ」
怪物たちが現れてから転移は使えなかったが、すべて片づけたことが関係しているのか、今では転移が使えるようになっていた。
「それでは皆さん。先に失礼します」
足元の魔法陣が光り出し、炎衆たちはこの場から消える。そこで我慢が切れたのだろう。
「リリィさま! わたし、あの眼鏡の人キラーイ!!」
と、突然サフィーがムスッとした顔で言い出した。
「何かあったんですか?」
「リリィさまに任されたから我慢してたけど、余計なことしやがってとか、自分たちだけでも勝てたとか言ってた。私たちが来なきゃ、やられそうだったのに……」
もしこれがサフィーではなく、バエルとかであったのなら、間違いなく炎衆の者たちには悲惨な運命が待っていたことだろう。
リリィは不機嫌なサフィーの頭を優しく撫でた。
「よしよし。我慢出来てサフィーは偉いです。今度頑張ったご褒美に特別美味しいスイーツを買ってあげます。ちなみに、他に何か言ってましたか?」
「うーんと……獣風情が調子に乗るなとか、獣臭いとか? 小声で言ってた。全然気にしてないけど」
「そうですか。ランくん、今すぐ私を外に。今なら余裕で間に合いますよね。あの人を捕まえてサフィーに謝罪してもらいます」
怒りを表情に出さず、笑顔でリリィは桜嵐牙に頼んだ。
だが、内に怒りを秘めているのは丸わかり。その笑みが逆に怖く見える。
「おい……子供のサフィーが我慢したんだから、大人のお前も我慢しろよ……」
「まあまあ、リリィ殿。ここは落ち着きましょう。アイツのことは昔から知っていて、非常に腹が立つ男で私も嫌いですが、だからこそ、あんな男に構うのは時間の無駄です」
「うっ……ミカゲさんがそういうのであれば……」
「じゃあ次は霧禍だな」
霧禍の者たちも無事に転移し、残るはリリィたち──そして、部外者である異界人のミューファスのみ。
「で、ソイツはどうするんだ?」
「聞きたいことがあるので、ひとまず私たちと一緒でお願いします。それでいいですよね?」
『うん、あーしもリリィっちともう少し話したいから』
「わかった。じゃあ、またな」
会おうと思えば会えるとは言え、久し振りに楽しい時間を過ごせたからこそ、名残惜しく感じてしまうのだろう。
だが、桜嵐牙は一切そのような感情は表に出さず、リリィたちをダンジョンの外へ転移させるのであった。
明日はカドコミとニコニコ漫画の方でコミカライズ第2話②が更新されます





