招かれざる侵入者
時間はリリィたちがダンジョン内に転移された時まで戻る。
「サフィーちゃんとリリィさまが……」
「まあ、リリィがいるなら心配することはねぇよ。お前が妖刀んとこに辿り着くまでの暇潰しに付き合ってもらうだけだろうし」
二人が突如消えたことに驚きと不安で胸がいっぱいになるアヤメに、オウキは優しく彼女の頭を撫でてた。
『さて。少々脱線したが、これより試練を始める。内容は至って簡単。ダンジョンを進み、オレ様を見つける。それだけだ』
「……それだけ?」
『ああ、それだけだ。ダンジョン内に生息する魔物共を蹴散らし、オレ様を見つけることが出来たら、その時はオレ様の相棒になる素質があると認めてやろう』
妖刀の試練が始まり、アヤメたちはダンジョン内を進んでいた。
ただ、他二国の挑戦者たちと比べ、彼女たちは一歩出遅れている。アヤメ以外の挑戦者は開始と同時にダンジョンへ侵入していた。
「──くっ。数だけは多いな」
複数の魔物に囲まれるアヤメたち。
数的不利には陥るものの、それで敗北するような柔な鍛え方はしていない。たとえ囲まれようと、魔物を瞬殺していく。
「ふぅ。姫さま、ダンジョンに侵入してから戦闘が続いていますが、体力の方は大丈夫ですか? 他より後れを取っているとはいえ、疲労が溜まっているのであれば、少し休憩を挟みますが」
「父上との修行に比べれば、これくらい全然平気です!」
「さすが姫さま。ところでエンガク。先程から何か考えているようだが、気になることでもあるのか?」
ここまでの道中、エンガクの口数が少ないわけではなかったが、何か考え事をしているというのは見てわかった。
余計なことを考えて窮地に陥ることはないとわかってはいるが、一人で考えていられると逆にこちらが気になってしまう。
ミカゲに尋ねられたエンガクは、自身の長く伸びた白い顎髭を触りながら答えた。
「ちと先の妖刀様の言葉が引っかかってのぅ」
「引っかかるって、何が?」
「先の妖刀様の説明だが、妖刀様は自分を見つけることが出来たらと言っておったじゃろ」
「……ふむ。そう言われて思い返してみると、確かに違和感があるな」
ダンジョンにある一番の宝というのは、最深部に眠っている──と、思考してしまうのが一般的だろう。エンガクに指摘されるまで、アヤメもミカゲもダンジョンの最深部に妖刀が存在すると思っていた。
だが、もしこのダンジョンにも同じことが言えたとして、見つけることが出来たらなんて言葉は使うだろうか。最深部に辿り着くことができたら、というのが正しいのではないか。
「実は以前オウキ様と晩酌する機会があったのぅ」
「なんだ急に。今関係あるか、その話?」
ただでさえ、他二国の挑戦者たちに後れを取っているのだ。
余計な話にまで付き合うつもりはないのだが、この状況で急に話題を変えたということは、決して余計な話というわけではないのだろう。
「まあまあ。オウキ様と晩酌する機会があったわけじゃが、その時にオウキ様の妖刀様──百鬼桜様とも話をする機会があってのぅ」
敬愛する主君と晩酌しただけにとどまらず、片手で数えられるほどしか会ったことない妖刀と話までしたことにミカゲは羨ましさを覚えるが、それは一度胸の内に留めておくことにした。
「その時に言っておったが、桜嵐牙様は六本の妖刀の中でも最後に生まれた妖刀で、秘めてる力は他の妖刀様と何ら変わりないようじゃが、精神面の方は、まだ幼いようでなぁ」
エンガクの話を聞き、ミカゲは思考する。
実を言うと、ミカゲにも桜嵐牙を手に入れようと考えていた時期があった。しかし、桜嵐牙が出した条件により諦めることとなる。
なぜ戦で数多くの経験を積んだ、妖刀に相応しいと言えるだろう大人ではなく、まだ未熟で大人に比べれば積んできた経験も少ない子供を相棒の条件に出してきたのか腑に落ちないところがあった。
だが、桜嵐牙の精神面は子供だというなら納得もできなくはない。
妖刀にも自我があるのだ。しかも、桜嵐牙は子供。
力だけを求めてくるだろう大人より同じ子供の方が変に縛られることなく、伸び伸びできるということなのだろう。
「そういう話はもっと早く共有してもらいたかったが……」
「それはすまんかったのぅ」
「まあいい。なら、この妖刀の試練というのは、もしかして──」
「かくれんぼ、です?」
ここまで話を聞いていたアヤメが首を傾げて問う。
「あくまでもワシの憶測ですので断言はできませぬが、桜嵐牙様からの説明を聞くに、その可能性が高いかと」
「だが、最深部にはいないという線を消すわけにもいかないよな。桜嵐牙が我々を惑わすために、あえて言ったかもしれないし」
「うむ。ひとまずは最深部を目指しつつ、怪しげなところを見つけ次第、確認してみる方向で行った方がいいかもしれませんな」
その後、アヤメたちはダンジョンの中層付近まで到達する。
先程の話で決めたように、隈なくとまではいかないが、それでも隠し部屋がありそうな怪しい場所を見つけながら最深部を目指していた。
それらしき怪しい場所は、思ったよりも存在していた。
数は一般的なダンジョンより多いだろう。まるで、かくれんぼをすることを前提に造られたと思うくらい部屋が存在している。
無論、アヤメたちが見逃している場所もある。
しかし、ひとまず最深部を目指しているため、各階層を隈なく探索する時間はない。見逃している場所は、後々下から上に向かって虱潰しに調べればいい。
「姫さま、お水をどうぞ」
「ありがとうです」
ミカゲから水筒を受け取り、アヤメは水を飲む。
水を飲み終えたところで、アヤメは何か臭いを感じたのか、鼻をスンスンと動かした。
「──ッ!?」
「姫さま……?」
九尾の血が流れているアヤメは獣人族と同じで人族よりも嗅覚が優れている。故にミカゲとエンガクは気付かなかったのだろう。
アヤメは咄嗟に鼻に両手を当てて塞ぐ。
鼻腔を突き抜けたのは、凝縮されたような血の臭いだ。
「姫さま!? 大丈夫ですか!?」
「うっ……。あっち……」
アヤメは臭いがする場所を指差す。指差した場所は一見何もなかったが──
「私が見てくる。エンガク、姫さまを頼むぞ」
「承知した。気をつけるんじゃぞ」
向かった先は小規模な崖のようなものになっていた。
地面まで十メートル以上はある。一度降りてしまうと昇るのに少々苦労するだろう。
故にミカゲはその場で見下ろすことにしたのだが、その時に視界に入った景色に思わず声を漏らす。
「な、なんだ、これは……」
大小含め、目算で五十くらいの魔物。その全てが死体と化している。
しかし、ミカゲが景色に驚愕した理由は、数ではない。
潰されているのだ。頭部が。
重い何かで押しつぶされたように、地面がべっとりと血で濡れている。当然、頭蓋骨の形など見る影もない。
他にも、腹部を砲弾で撃ち抜かれたような、臓物を撒き散らしながら身体が分断されている死体。上半身、もしくは下半身が頭部と同じように押しつぶされた死体もあった。
(惨いな……。これはさすがに姫さまには見せない方がいい)
この惨状を引き起こしたのは何者か。
遠目で見る限り、全魔物の致命傷となった傷跡は爪や牙によるものではない。
偶々とも考えられるが、ここまで武器を持った魔物と会敵していない。
過去、試練を断念し、無念にも帰ってきた者は多く──むしろ、死亡した者の方が少ない──そこから集めた情報では、武器を持った魔物が存在する話は聞いていない。
とはいえ、可能性は否定できないと頭に残しつつ、ひとまず魔物同士で争ったわけではないという線でミカゲは考えていく。
(霧禍や炎衆の奴らが……いや、それはないな)
この惨状を起こせる武器を考えれば、ハンマーなどの鈍器が妥当だろう。
神桜島で主流の武器と言えば、刀や槍、弓などが該当する。ただ、ハンマーなどといった神桜島では比較的少数派の武器を使う者もいないわけではない。
しかし、今回、他二国の挑戦者たちに鈍器を使う者はいない。全員が使い慣れた刀を持参している。
(奴らでもなく、魔物でもなかったとしたら……。リリィ殿たちではあるまいし──まさか、我々以外にも、このダンジョンに誰かいるということか?)
特定の日以外、ダンジョンの出入口は開かない仕様になっている。
前回の試練の日に入り込んで今日まで住み着いていたとは考えにくい。もしそうなら、満月の周期から、およそ一ヵ月間ダンジョンの中にいることとなる。
その期間、ダンジョン内で生活しなければならなくなるし、そもそもダンジョンを管理しているといっても過言ではない妖刀が気づかないわけないだろう。
「……どちらにせよ、気をつけることに変わりないな。欲を言えば、あれをやったのが人なら、妖刀が気づいてダンジョンの外へ追い出してくれたらいいのだが」
「ミカゲーー!!」
二人が待機している場所から自分を呼ぶアヤメの声が聞こえる。
何かあったのだろうか。エンガクが側にいるため、緊急事態というわけではないだろうが。
このままではアヤメに目の前の惨状を見せてしまうことになる。それは避けた方がいいと、ミカゲはアヤメたちの元へ戻った。
「姫さま、洞窟内での大声は反響して魔物が寄ってくるかもしれませんので、出来れば控えてください」
「あっ、ごめんなさいです……」
「まあ、魔物が何匹来たところで、我々に敵うわけないですが。それで、どうかしたんですか?」
「あっちの方で戦ってる音が聞こえたです。それも、結構激しい戦いみたいです」
嗅覚と同様に聴覚も優れているアヤメ。
どうやら魔物同士の争いではなく、人間同士で戦っているらしい。
霧禍と炎衆が戦っているのであれば好都合。
しかし、先の惨状の件もある。
霧禍と炎衆の戦いではなく、どちらか一方、もしくは両方が謎の侵入者と戦っているのであれば……。
本音を言えば、軍場は避けたいところ。
二国の争いであれば、加担する意味はない。共倒れ、もしくは疲弊したところを狙った方がいい。
仮に侵入者と戦っていたとしても、自分たちが加勢する意味がない。下手に体力を消耗するだけで、逆に狙われることも十分あり得る。
潰し合ってくれるのが理想だが、今回の試練、自分たちはあくまでもサポート。最終的な決定はアヤメに任せることにしている。
「それでその……うまく言えないですが、何か変な感じがするので、様子を見に行きたいです」
「彼らが戦っている隙にワシらが探索することも出来ますぞ?」
アヤメもそれはわかっているし、ミカゲも口にしなかっただけで、エンガクと同じ考えを持っていることに気づいている。
「それは、わかってるです……。でも……」
「エンガク。姫さまが様子を見に行きたいと言ってるんだ。我々はそれに従おう」
「そうじゃな。ところでミカゲ、先程行った場所には何かあったか?」
「……ああ。姫さまが聞いた戦闘音は、霧禍と炎衆のものではないかもしれない。それについては移動しながら話す」
ミカゲは二人に先程の件を話しながら、アヤメの耳を頼りに戦闘が行われている場所へと向かう。
次第に戦闘音が近付いていき、現地に到着した時には、霧禍の少年と同行者二人、そして見覚えのない女がいた。
神桜島ではなかなか目にかかれないであろう、桃、青、黄の三色が入った奇抜な髪色。
丸眼鏡をかけ、薄着で小麦色の肌を持つ女は、軽々と大型のハンマーを振り回し、同行者の一人を追い詰めていた。
彼女の持つ武器の形状、大きさから魔物を殺したのは、あの女と判断して問題ないだろう。
「──ッ、間に合うか……」
ミカゲが戦況を見て走り出す。
女と戦っていた同行者が、疲労のせいか不運にも足を滑らせてバランスを崩した。そこに女は躊躇いなくハンマーを振り下ろす。
「待て!」
距離的に僅かだが間に合わない。あのままでは頭を潰されて終わりだ。
故に、一瞬でも動きを止めるために、ミカゲは女を呼んだ。
声に反応した女は振り下ろしの動作を途中で止め、ミカゲの方に顔を向ける。
そのわずかに生まれた時間でミカゲは距離を詰め、背中に背負う大太刀を抜く。
速度が乗った銀色に煌く刀身が女に目掛けて下段から振り上げるが、女はそれを後方へ飛び、無傷で回避した。
「……霧禍の。本来なら、お前たちが死んでも関係ない──むしろ、脱落してもらった方が我々にとって都合がいいが、姫さまがそれを望まないだろうからな。姫さまに感謝しろ」
「か、かたじけない……。この借りは必ず返す」
「で? あれは何だ」
改めて見ると、女からは得体の知れない何かを感じる。ミカゲは女から目を離すことなく、霧禍の同行者に問う。
「わ、わからん。ただ、かなりの強者で──」
「そんなのは見ればわかる。もっと他にないのか?」
「ええと……」
さっさと思い出して喋れ。というか、いつまで尻もちをついたままでいるんだと、ミカゲは内心で舌打ちをしながら思っていた。
「もういい。本人に直接聞いた方が早い」
痺れを切らしたミカゲは怒気を帯びた声で言う。
「そこのお前。お前は何者だ。あの場にはいなかったが、いったいどうやってここへ入ることができた!?」
「■■■、■■■■■■■? ■■■■■■■──」
ミカゲに問われた女は、構えていたハンマーを下げてベラベラと話し始めた。しかし、ミカゲは女が話している言葉をまったく理解できなかった。
「■■、■■■!」
ミカゲの反応に気づき、女は自分の喉を触って──
『あ、あー。これでオッケーかな? いやぁ、メンゴメンゴ。そっちはあーしがスキル使わないと無理なんだよねぇ』
「…………」
『それで、何だっけ? ああ、そうそう。どうやって入ったかって話だよね。本当は別の場所に出る予定だったんだけど、座標がズレちってさぁ。気づいたら、洞窟の中に出たわけ。マジ、イミフなんですけど!』
女はケラケラと笑いながらそう話す。
表情には出していないものの、初めて出会うタイプの人間にミカゲは若干困惑していた。本能的に気が合わなそうとも。
女に対するミカゲの認識は、正体不明の不気味な女から、正体不明の不気味で頭の悪そうな女へと変わっていた。
しかし、だからといって油断はできない。馬鹿そうと見ても実力が変わることはないのだから。
ミカゲは再度気を引き締め、刀の柄を強く握り構える。
『そんで、魔物を倒しながら洞窟をさまよってたら、そこの人たちに会ったわけ』
「そして、こいつらを襲ったと」
『いやいや、最初に仕掛けてきたのは、そっちだからね!? こんな洞窟の中に現地の人がいて、マジ奇跡~って思って、出口を聞こうとしたら、いきなり襲ってきたんだもん』
ミカゲたちは現場にはいなかったため、真実を知っているのは、女と霧禍の者たちだけだ。真偽を確かめるために、ミカゲは霧禍の同行者を見る。
『あ、あの女が現れた時、本能がやらねば、こちらがやられると悟ったのだ。それで、若だけでも生き延びてもらうために──』
気持ちは理解できるし、仮に同じ状況に出くわしてしまったら、自分も咄嗟に彼らと同じ行動を取ってしまうかもしれないだろう。
だが、一応戦う意思はない相手に武器を向け、情けなくも返り討ちに遭った。あの状況で止めずに命を奪われても、彼らは文句を言えまい。
「……はぁ。名乗るのが遅れたな。私の名はミカゲ」
『“ミューファス”だよん。よろしくぅ!』
一度ミューファスとやらに刀を振るったが、ここまでずっと自分に対して敵意を向けられていない。
怪しいことに変わりなく、依然として警戒は続けるべきだが、ひとまずここは刀を収めても問題ないだろう。
「本音を言えば、私は貴殿と戦いたくない。私も攻撃を仕掛けてしまった手前、虫のいい話で申し訳ないが、今回の件は水に流してくれないだろうか」
ミカゲは構えを解き、ミューファスに謝罪する。
『本気には本気で、っていうのが、あーしの主義だからね。戦う気のないやつを殺す趣味はないし、そもそも別に気にしてないから──いや、地上まで案内してくれたら許してもいいかな。どういうわけか、急に転移系の魔術も魔道具も使えなくなって』
地上まで案内するのは構わない。それで問題が解決するのであれば、喜んで地上まで案内しよう。無論、こちら側に何の都合もなければの話だが。
「度々申し訳ないが、我々は用があって、ここへ来ているのだ。地上への案内は、それが終わってからで構わないか? もし急いでいるのであれば、こいつらに案内してもらってくれ」
もとはと言えば、霧禍の連中の早とちりが招いたこと。責任は彼らが取って然るべきものだ。
自分たちが、そこまで面倒を見る義理はないし、ミューファスを案内することで霧禍の連中の人数が減る、もしくは試練自体をリタイアすることになっても知ったことではない。
と、感じさせるほどの圧をミカゲは放っていた。後ろにいる霧禍の同行者はミカゲの無言の圧力に負けて何も言えない。
『急ぎの用じゃないし、終わってからでも全然オッケー。ただ、そうなると暇になるから、ミカゲっちたちについてっていい? 邪魔はしないからさ』
「ミカゲっち……? というのは私のことか?」
『そだよ。嫌だった?』
嫌というわけではなく、ミカゲはこれまで愛称のようなもので呼ばれたことがなく、若干困惑しただけだった。
「ま、まあ、好きに呼んで構わないが……」
『やった。で、ついてってもいい?』
「さすがに私が独断で決めるわけには……。姫さまに相談しないと」
相談のため、ミカゲがアヤメたちのもとへ戻ろうとした時、異様な気配を感じ、それはこの場にいる全員が感じ取った。
感じた気配の方を見てみると──
「あれは……何だ?」
人と呼ぶには、あまりに異形。
人間を元に、多種多様な魔物の腕や足、他にも様々な部位を繋ぎ合わせた、まるで人工的に作られた魔物に見える。それが二十以上。しかも続々と増え続けている。
苦痛から出る呻き声をあげている、それらはミカゲたちを見るや否や、耳を劈くような奇声をあげながら全速力で走り出した。





