九尾のツバキ
「ツ、ツバキ様はリリィ殿とお知り合いだったんですか?」
「ん~、知り合いといえば知り合いだけど、会ったのは今日が初めてや」
言葉の意味がわからないようで、ミカゲさんは首を傾げています。
でも、それが普通の反応です。私も事情を知らない同じ立場なら理解できずに頭を悩ませていることでしょう。
「タルトも久しぶりやなぁ。元気してたか?」
「キュ?」
「実は……」
バエルたちの時と同じように、タルトは初対面の人に会ったみたいな様子を見せます。
私はタルトがバエルたちと違って、もう一人の私──オーランドと過ごした記憶を失っていることをツバキに説明しました。
「タルトが記憶喪失……。うちと会って記憶が戻る感じもせえへんし、覚えてへんのは悲しいけど、受け入れるしかあらへんか。ところで──」
「あの、話の続きは湯に浸かってからにしませんか?」
このまま全裸で話し続けるのは、ちょっと……と思いまして。
ここは温泉ですし、どうせなら湯に浸かりながら話したいです。
「それもそうやな」
「ツバキ様、お背中流します」
「じゃあお言葉に甘えて。リリィはんは先に入っててええよ」
では、私もお言葉に甘えて。
「はぁぁぁ……」
ちょうどいい湯加減。思わず声が出ちゃいました。
やはり温泉はいいですね。船旅の疲れが一気に取れていく感じがします。
さて。本当なら何も考えずに湯に浸かっていたいところですが、気になる点が一つあるんですよね……。
気になる点というのは、ツバキのことです。
前にダンジョンで拾った『聖魔女の手記』。あれにはツバキとの出会いも書いていましたが、書いてあった内容とまるで違います。
もちろん、書かれていた内容全てが今までの行動と一致していたわけではないので、多少の差異があってもおかしくないとは思っていました。
しかし、今回は……。
ツバキの方から会いに来てくれたのは同じ。
でも、そのツバキはオウキさん──『憤怒の魔王』と結婚していて、話によると子供もいる。これは流石に予想外です。
オーランドに私の力になるよう頼まれていたのに、結婚して子供まで作っていたなんて、誰が予想できますか。
「どうしたんや? 難しい顔して」
相変わらず謎だらけな『聖魔女の手記』について頭を悩ませていると、身体を洗い終えたツバキとミカゲさんがやってきました。
「いえ、ちょっと考えごとを」
ツバキにも『聖魔女の手記』について話をした方がいいですよね。
バエルとペディストルはゴルディームで、オーランドに会ったと言ってました。
その時に話した内容はツバキと合流したら話すと言ってましたし、そこで『聖魔女の手記』のことも話しましょう。
「こうやってリリィはんと一緒に風呂に入るのも久しぶりやなぁ」
「私は初めてですけどね」
「そうやなぁ。で、さっきの続きやけど、タルトはおるけど、他の従魔はどないしてん? うちは何番目や?」
「えっと、最初にタルト、次にバエル、デオンザール、ペディストルの順で会って、ツバキは5番目ですね」
あとはティルフィーだけということを伝えると、ツバキは何とも言えない表情をしてますね。
「あぁ……ここに居ない時点で察してたけど、これはティルフィーが怒りそうやなぁ」
「最後になってしまったから、ってことですか?」
「それもあるけど……序盤で会ってたら、それはそれでリリィはんは、ある意味苦労したやろうから、そう考えると最後で良かったかもしれへんなぁ」
ペディストルも言ってましたが、やはりティルフィーは別の意味で危険な存在みたいですね。
「私からもいいですか?」
「ええよ、何でも聞き?」
「では、ツバキとオウキさんの馴れ初めを」
人によっては、どうでもいいことかもしれませんが、私は気になってしまいました。だって、気になるでしょう?
ツバキの正面に座り直し、真剣な眼差しで聞いてきた私を見てなのか、それとも湯に浸かっているせいなのか、彼女の頬は少し赤くなっています。
「う、うちとオウキの馴れ初め……? そ、そんなこと聞きたいんか? 他にも聞きたいことやらあらへんの?」
「ありますが、今はそれが一番聞きたいです。もちろん、ツバキが嫌なら無理にとは言いませんが」
「別に話したくないってわけやないけど……って、ミカゲも?」
気づけばミカゲさんも便乗して私の隣に座っていました。
「思い返せば、私も聞いたことなかったので」
「まあ、二人が聞きたいっていうなら……でも、期待するほど面白い話ではあらへんよ?」
「「お願いします!!」」
そして、ツバキはオウキさんとの出会いを話し始めます。
「うちはリリィはんを待つために、大和から少し離れた山奥に住んでた。けど、そんなある日、オウキが修行のために山へやってきたんや」
「それが、ツバキ様とオウキ様との初めての出会い……」
「オウキのやつ、出会って開口一番に「結婚してくれ」って、うちに言ってな。さすがのうちも、いきなりのことで理解できひんかったわ」
つまり、オウキさんの一目惚れ。出会ってすぐに求婚とは、男らしいというか何というか……。
私が同じ立場でプロポーズされたとしたら、すぐに答えは出せませんね。いきなりプロポーズされても初対面でその人のことを何も知らないわけですし。
というか、大半の人に当てはまるでしょう。実際ツバキもそうだったみたいで──
「もちろん最初は断った。結婚するつもりなんて毛頭なかったし、もし仮に家庭を築いてもうたら、リリィはんと一緒に行けんへん。でも──」
「でも?」
「断ったちゅうのに、次の日にまた来てなぁ。そこからほぼ毎日同じことの繰り返し」
「毎日ですか……。この発言はオウキ様には内密にしてほしいのですが、毎日来られたら鬱陶しいとか思わなかったのですか」
確かに、断ったのにもかかわらず、毎日来られてプロポーズされては鬱陶しいと思ってしまうのが普通ですよね。ツバキは違ったようですが。
「それが、そこまで鬱陶しいとは思えへんかった。むしろ、一人山奥に住んどったから、話し相手が出来て楽しかったわぁ」
「なるほど。では、日を重ねるごとに、お互いを深く知って、ツバキ様はオウキ様と結婚しようと決めたわけですか?」
「いいや。さっきも言うたけど、約束があったから結婚するつもりなんて毛頭なかった。それでもオウキは、めげずに求婚してきてなぁ。最終的に、うちと戦って勝ったら結婚してほしいって話になったんや」
ツバキとオウキさんの勝負。九尾と『魔王』の戦いですか。とんでもない戦いになってそう……。
「うちかて負けるつもりはなかったし、負けへんと思うたから話を受けた。実際通算では、うちの方が勝ってるしな。けど、40を超えた辺りで初めてオウキに負けてなぁ。勝ちは勝ちやし、約束通り、結婚して今に至るわけや」
「──ということは、ツバキは一緒に行けないってことですか? 家庭を築いたら一緒に行けないって言ってましたよね」
そう聞くとツバキは物凄く申し訳なさそうな表情をしていました。
「……リリィはん──いや、もう一人のリリィはんにも悪いとは思うてる。けど、そのぉ……うちもな。オウキと会う度に、アイツのことを考える日が多なって、今ではオウキを心から愛してもうてる」
「ツバキ……」
「オウキは大和の将軍で『憤怒の魔王』やけど、真っ直ぐで馬鹿な男なんや。それが、ええところでもあるけど、あの馬鹿のためにも、うちが側で支えないと」
ツバキは顔を赤くして照れながら言います。
彼女とも一緒に旅ができるのを楽しみにしていたので、予想外の言葉にショックを受けています。
しかし、ツバキにはツバキの人生があります。
彼女が結婚して幸せなら、私はそれで構いませんし、ついてきてほしいと無理を言うつもりもありません。
「わかりました。では、ツバキはオウキさんを支えてあげてください。一緒に行けなくて申し訳ないとか、そういうのは思わなくていいですからね」
「おおきに。それで、うちの勝手で一緒に行けへんくなったから、せめて従魔契約は交わそう思てんねんけど。『九尾の加護』や他のスキルとか役に立つと思うし」
新たな加護ですか。従魔たちの加護は、私のステータスを強化してくれるものが多いので、従魔契約を交わしてくれるのは、非常に嬉しいことですが──
「でも、従魔契約を交わしてしまうとステータスの方が……。ツバキの知る私と比べると、まだまだ弱いでしょうし」
「そんなことあらへんよ。リリィはんは十分強い。従魔契約だって、うちがしたくて頼んでるんや。少しでもリリィはんの力になれるなら構わへん」
「そういうことでしたら。ありがとうございます」
「あと、これはうちとオウキ、二人の頼みなんやけど──」
どんな頼みが来るのか。いろいろと予想してみましたが、彼女の口から出た言葉は、絶対に予想できないものでした。
「うちの代わりに、うちとオウキの娘──“アヤメ”をリリィはんの旅に連れて行ってくれへんか?」
「おお、みんなも久しぶりやなぁ」
お風呂から上がり、私たちは大部屋へと案内されました。
そして、オウキさんが戻ってくるまでもう少し時間がかかるとのことで、『聖魔女の楽園』からバエルたちを呼ぶことに。
しかしまあ、ドラゴンに最上級悪魔、巨人に最上級精霊、そして九尾。
普通に生きていても、なかなか見られない光景ですね。そして、更にここにあと一人──ティルフィーが加わるわけですか。
「バエルは相変わらず、やり過ぎてリリィはんのこと困らしてそうやなぁ」
「まさか。そのようなことはありませんよ」
と、バエルは言ってますが、私が諦めて好きにして良いと言ってるだけで、実際そのようなことは結構ありますけどね。
「デオンザールは筋トレばっかりしてそうやし」
「おう! 筋肉は裏切らねぇからな!」
「ペディストルは性格がアレやから、リリィはんにイジワル言うてないか不安やわぁ」
「何だよ、アレって。リリィにイジワルなんて、ほんのちょっとしかしてないさ」
以前ダンジョンでペディストルが「ツバキは面倒見のいい母親みたい」と言ってた理由がわかった気がします。
こうして会うまでに、みたいではなく、本当に一児の母親になっていたわけですけど。
「そうそう、リリィはんには先に話しておいたけど、訳あって、うちはみんなと行けへんくなったから」
ツバキは先程私にした話を従魔たちにも話しました。彼らも流石にこの件に関しては予想外だったみたいです。
「まさか『魔王』と結婚してるとはね……。しかも、子供までいるなんて……」
「私が了承しているので、ツバキのことは責めないでくださいね」
「リリィ様がそう仰るのであれば」
「でも、どうするの? 従魔契約は交わすのかい?」
「その辺についてもリリィはんと話した。従魔契約は既に交わしてるから、うちの加護や役に立ちそうなスキルは渡せてる」
実はここへ来るまでにツバキと従魔契約を交わしちゃいました。
従魔契約のおかげで獲得したスキルや加護等の詳細については、軽く確認しましたが、ゆっくり見たいので、あとで時間がある時にでも確認することにします。
「そして、これもリリィはんから了承してもらってるけど、うちの代わりに、娘が一緒に行くことになったから、みんなよろしゅう頼むな」
「娘って……歳はいくつだ?」
「7つや。小柄で実力もまだまだやけど、いずれはみんなと肩を並べられるくらいに成長する。何せ、九尾と『魔王』の血を引いとるからな。そこに妖刀の力が合わされば、一番になるかもしれんよ」
妖刀……。そういえば、神桜島には妖刀なるものが存在してるんでしたよね。妖刀目的で神桜島行きの船に乗っていた冒険者も少なからずいたでしょうし。
「あの、オウキさんが来るまでの間、妖刀について詳しく聞かせてもらってもいいですか?」
「ええよ。刀にもいろいろあってな。曰く付きの刀や、特殊な力を持つ刀も存在するけど、妖刀と呼ばれるものは六本だけ。その六本は、島の中央に聳え立つ巨大な桜に眠る神様から生まれたんや」
その六本の妖刀の名は──
赤晶・血染桜 ─ セキショウ・チゾメザクラ ─
剛羅・百鬼桜 ─ ゴウラ・ヒャッキザクラ ─
妖夢・幻桜火 ─ ヨウム・ゲンオウカ ─
呪宝・怨魂桜 ─ ジュホウ・エンコンザクラ ─
轟獣・桜嵐牙 ─ ゴウジュウ・オウランガ ─
死刃・漆黒桜 ─ シジン・シコクオウ ─
「六本ある妖刀を大和、霧禍、炎衆がそれぞれ一本所有してる。ちなみに、うちの旦那が“剛羅”を。霧禍は“呪宝”を。炎衆は“妖夢”や」
「残りの三本は?」
「“赤晶”は昔『色欲の魔王』に持っていかれたらしい。オウキからも聞いてるから間違いない」
それって、エルトリアさんのことですよね。
エルトリアさんが妖刀を使っているところは見たことがないです。今度『古代魔術』を見せる代わりに、妖刀を見せてもらえるか話してみましょう。
「“死刃”は六本の妖刀の中でも最も危険な代物らしいけど、所在はわからへん。まあ、霧禍と炎衆にはあらへんやろうし、目撃情報やそれらしき噂も聞いてへん。赤晶同様に誰かが持って行ったんやろ」
「どうして、霧禍と炎衆にはないって言い切れるんだ?」
デオンザールがツバキに問います。
しかし、私を含め、デオンザール以外はわかっているようです。バエルとペディストルは呆れた表情をしてますね。
「妖刀ってのは、きっととんでもない力を秘めたものだ。それを三つの国が一本ずつ所有してる。これがどういう意味かわかるかい?」
「……?」
相変わらず脳筋馬鹿だな、というペディストルの心の声が聞こえる気がします。まあ、声に出していないだけど、実際にそう思っているでしょう。
「力の均衡が保たれているということです。故に下手に手を出すことも出来ない。もちろん、三国の何処かが二本目の妖刀を手に入れたら、それは崩壊しますが」
「霧禍と炎衆とは、仲がいいわけでもないからなぁ。今日まで大和を攻め落としに来ないっちゅうことは、霧禍と炎衆に“死刃”はないと考えたわけや」
「な、なるほど……」
三人の話を聞いてデオンザールも、ようやく理解したみたいです。
「となると、最後の“轟獣”だっけか? それは?」
「“轟獣”は使い手がいなくてダンジョンの奥に封印されとるよ。うちの娘も使い手になれるように日々頑張ってるんや」
「大丈夫なのかい? 子どもなんかに妖刀を持たせようとして……。それに、現在進行形で妖刀を手に入れようと必死になってる大人もいるんじゃないの?」
私が聞こうと思っていたことをペディストルがツバキに聞きます。
「その辺は問題ない。妖刀“轟獣・桜嵐牙”が使い手として認めるのは、子供なんや。だから、力を求める大人たちがどれだけ必死になろうと、そもそも資格がないんやから手に入れることは絶対に不可能や」
更に詳しく話を聞くと、その妖刀はダンジョンの奥に封印されているわけですが、ダンジョンそのものも封印されており、封印は満月の夜に、その妖刀が一時的に解くとか。
そして、先程妖刀を手にする資格があるのは子供のみとツバキは言いましたが、厳密には7歳の子供。
妖刀を欲する子供は、7歳を迎えた次の満月の夜にダンジョンへ赴くそうです。実際のところは、妖刀を手中に収めたい大人たちが子供を利用しているらしいですが。
また、妖刀を手に入れられるチャンスは一度きり。その時に妖刀に認められなければ、二度と挑戦はできません。
一応ダンジョンには資格がない者も付き添いとして2,3名入れるみたいです。しかし、妖刀を手にすることができるのは、先程言った通り。
「ツバキの娘さんは自分から妖刀を手に入れたいと?」
「そうや。うちやオウキが強要したわけやない。あの子は外の世界を知らんから憧れてる。外の世界を見るために、力が必要と我が子が自分で決めたんなら、うちらは親として手を貸すだけや」
ツバキの娘が妖刀を手に入れて、私たちと共に来ることになれば、三大国が所有する妖刀の力のバランスも保たれたままになりますからね。ツバキたちにとっても都合がいいでしょう。
「まあ、アヤメが選ばれんのは間違いないけど、万が一、霧禍か炎衆に“轟獣”が渡ったとしても、返り討ちにする自信はあるよ。従魔契約の制限があろうと、うち結構強いし。タルトを除いて、この中でも一番強いと思てるしな」
おそらくツバキは煽るために言ったわけではないと思います。しかし、彼らにはそれが自分たちへの挑発に聞こえたらしく──
「聞き捨てなりませんね。誰がタルト殿を除いて一番だと?」
「確かにお前らの方が魔術は使えるけど、だからといって、お前らより弱いと思ったことは俺は一度もないぜ?」
「じゃあ、ティルフィーはいないけど、久し振りに本気でやるかい? 従魔契約の制限で、ステータスはほぼ同じだ。現時点で誰が一番強いか決めようじゃないか」
うわぁ……バッチバチですね……。それはもう、火花が見えるんじゃないかってくらい……。
ちなみに、従魔の中でも一番と認められているタルトは、私の膝の上でひと眠りしてます。これが一番の余裕というものでしょうか。
このままだと『聖魔女の楽園』に行って、一勝負始まりそうな流れですね。
長くなりそうな気がしますし、オウキさん、早く帰ってきてくれないかなぁ……なんて思っていると──
「おうおう! なんだか強そうな奴らがたくさんいるじゃねぇか!! ツバキ、今帰ったぜ!!」
大きな声と共に、戸を開けて部屋に入ってきたのは、額に二本の角が生えた赤髪の大柄な男性。
その背後に隠れるように、もう一人。
同じく額に二本の角、そして四本の狐の尾が生えた桃色髪の小さな女の子が、こちらを覗いていました。





