神桜島上陸
「あれが神桜島ですか」
あれから数日後、予定通りゴルディームから船に乗って神桜島へと出発。
道中は魔物に襲われたりなどのハプニングはなく順調に進み、いよいよ到着が間近に迫っています。
神桜島は円形の島国。ここからでも見えるくらいの巨大な桜が聳え立ち、その桜が島の名前の由来になっているとか。あの桜の真下に行けば、より迫力を感じることができるでしょうね。
「それにしても、やはりバエルの情報通り、冒険者が多いですね」
もちろん、冒険者以外にも観光目的等で乗船しているであろう人はいますが、見える範囲では冒険者の方が多く見えます。
冒険者が多い理由ですが、おそらくこれだろうと思われる話をバエルから聞きました。
どうやら神桜島には、手にすれば絶大な力が与えられる武器──妖刀というものが存在するらしいです。
ただ、その妖刀はどれも曰く付きのようで、力が手に入る代わりに何らかの代償を払わないといけないという噂もあったり。噂なので真実はわかりませんが。
神桜島に向かう冒険者たちは、それを知った上で手に入れたいと思うのか、それとも話半分に聞いているのか、そもそも代償の話は知らないのか。
まあ、私にはシルファさんが造ってくれた杖があるので、妖刀に興味はありませんし、関係ない話です。見られるなら見てみたいなとは思いますけどね。
それからもうしばらく船の移動が続き。
長い船旅も終わって神桜島に到着です。
着いた場所は、流門という港町で大和ではないので、ここからまた移動ですね。場所がわからないので、まずは情報収集から始めますか。
「失礼。もしや貴女がリリィ・オーランド殿か?」
船を降りてすぐ、私の名前を呼ぶ声が。
声の主の方を見てみると、そこには一人の男性がこちらを見つめていました。
ちょっとだけボサッとした赤の頭髪で細い長身の男性。右目には刃物で斬られたような一本の線が。でも、傷が浅かったのか隻眼というわけではないようです。
服装は見たことないもので、確か和服というものでしたね。機会があったら着てみたいなとは思っています。
あとは腰に一本の刀を下げています。こちらでは刀が主流と聞いています。『職業』も『剣士』ではなく『侍』というものらしいですし。
……そういえば、ゴルディームで出会った仮面の女性。
彼女の連れの男性──カムイさんも刀を持っていましたね。もしかして、あの人は神桜島出身なのかも?
さて。当然神桜島に知り合いなんていないので、なぜ私の名前を知っているのか謎ですが──
「ん? 殿から聞いた容姿と同じだから本人かと思ったが……まあ、殿は適当なところがあるからなぁ。城に戻ってもう一回聞いた方がいいか。失礼、人違いみたいだった」
「あっ、いえ。どうして私の名前を知っているのかと疑問に思っていただけで、私がリリィ・オーランドで間違いないです」
男性の発言から考えるに、この男性は主的な存在に命じられて、ここで私を待っていたのでしょう。
「そうかそうか。確かにそうだよな。いきなり知らん奴の口から自分の名前が出てきたら、そりゃ警戒されてもおかしくねぇよな」
「それで、あなたは?」
「俺は“アカツキ”。大和の将軍にして『憤怒の魔王』オウキ様に仕える“五剣”の一人だ。よろしくな」
アカツキさんは手を差し出してきたので、私は握手に応じます。
やはり、オウキさんに命じられて私を迎えに来たんですね。
私の名前を知っていたのはゼルドラドさんが話したからでしょう。ゼルドラドさんは、オウキさんに私のことを話しておくって言ってましたし。
それにしても握手に応じたわけですが、アカツキさん、ずっと手を握ったまま、一向に離す気配がありません……。
現地の人に、この島のこととか、五剣という言葉も気になったので聞きたいんですが──
「あの……」
「ああ、すまん。見かけによらず、なかなかの強者だなと思ってつい……。さすがは他の『魔王』の知り合いなだけある。時間があれば、一手手合わせ願いたいものだ」
「それはまあ、私でよければ」
おそらく五剣とは、私たちで言うところの従魔のポジション。他の人たちよりも強さが抜きん出ているのでしょう。
その五剣にアカツキさんが入っているのなら、実力は『憤怒の魔王』にも認められるもの。実際にどれだけ強いのか見てみたいですね。
「約束だぞ。それじゃあ、殿に道案内をしろと命を受けているし、大和に戻るとするか」
「ここから大和までは距離があるんですか?」
「そこそこあるが、馬に乗れば、そう長くはかからないぞ」
「でしたら、一つ提案があるんですが──」
そう言って私たちは流門を出て、タルトを『聖魔女の楽園』から呼び出します。要はいつも通り、タルトに乗って近くまで行こうって話です。
「この子は従魔のタルトです。タルト、背中に乗って移動したいので、身体の大きさを変えてもらえますか?」
「キュイキュイ!!」
タルトにお願いして元の大きさに戻ってもらうと、アカツキさんは目をぱちくりさせて驚いていました。
「竜──いや、ドラゴンって言った方がいいのか。初めて見たな。リリィ殿はドラゴンを手懐けているのか」
「ここにはドラゴンいないんですか?」
「タルト殿みたいなのは、俺は見たことないな。ただ、蛇のような身体の長いやつならいるぞ。滅多に姿を見せないから、そっちも俺は見たことないが。まあ、何にせよ、俺としては戦いたくない相手だ」
理由を聞くと、単純に竜は空を飛ぶから。
飛行手段や遠距離攻撃がないと、空を飛ぶ相手と戦うのは、かなり厳しいですからね。それなのに、相手は容赦なく空から攻撃を仕掛けてくると。
「で、タルト殿に乗って大和まで行くってことか?」
「さすがに乗ったままだと騒ぎになるので、近くまで行ったら徒歩で向かいます。アカツキさんには、大和の方角を教えていただければなと」
「わかった。では、行くとするか」
まずは私がタルトの背中に乗り、その後アカツキさんを背中に乗せます。
アカツキさんは女性の私に気を遣ってなのか、なかなか私の腰に手を回そうとしませんでしたが、落ちる可能性もあるので、どうにか私の腰に手を回してもらい──
「タルト、お願いします」
タルトが羽ばたくと、あっという間に流門が小さくなっていきます。
そういえば、特に気にしていませんでしたが、アカツキさんは大丈夫でしょうか。空を飛ぶなんて人生で初めての経験でしょうし。
「ははっ! こりゃあ凄い! 空を飛ぶとは、こんな感じか! 空から見る景色は、悩み事とかが吹き飛びそうなくらい素晴らしいものだな! いつでも見られるリリィ殿が羨ましいぜ!」
どうやら要らぬ心配だったようですね。
先程までの少しおどおどしていたアカツキさんは何処へ行ったのやら。初めて空を飛んで大興奮のようです。
「リリィ殿、速度を上げることはできるか!?」
「もちろん出来ますけど、振り落とされないように気をつけてくださいね」
「ああ、望むところだ!」
流門から出発してから、そう時間も経たず。
大和の近くに降ろしてもらい、そこからは徒歩で大和へ向かいます。もちろん、タルトも一緒です。
大和に着くまでは、出会った時から聞こうと思っていた神桜島のことや五剣のことなどを聞き、気づけば目的地に到着していました。
「ふぅ、あっという間だったな。リリィ殿、ようこそ大和へ」
大和は神桜島でも三大国と呼ばれているようで、街の広さは当然流門以上。食や文化、衣服など、私の知るものとは違うものがたくさんあるので、是非とも観光したい。
ちなみに、三大国と言いましたが、残り二つは“霧禍”と“炎衆”という国です。どちらも機会があれば行ってみたいものです。
「リリィ殿、正面に見える城が見えるだろ? あそこに殿がいる。もう少しだけ歩くことになるがいいか?」
「はい、大丈夫です」
と、アカツキさんの案内は続くわけですが──
「あのアカツキさん」
「ん、どうした?」
「大和って獣人とか、亜人の方が結構いますよね」
流門にもいましたが、大和はそれ以上に亜人が多い。何処を見ても必ず亜人が目に入ります。
「霧禍と炎衆の将軍は人間だが、うちの大将は鬼人だからな。そういう意味では亜人も来やすいのかもな。それに殿は『魔王』でもあるわけだし」
「なるほど。そういえば、オウキさんって人間に拾われて、名前を与えられたんですよね」
「おっ、よく知ってるな。それを知ってるやつは、ほとんどいないのに」
「知り合いの『魔王』から聞きまして。でも、こういうと失礼ですが、オウキさん、よく大和の将軍になれましたね。前将軍に子供がいたら、揉めちゃいそうな案件ですから」
後継ぎが血も繋がっていない拾った鬼人となれば、仮にオウキさんが優れていようと、前の将軍の子供は黙っていないでしょう。
「殿の養父母は子宝に恵まれなかったみたいでな。でも、先代は嫁一筋で妾を囲うことはなかった。だから、行き場のない殿を迎え入れて、自分の息子同然に育てたんだと」
「なるほど。そういうことなら、後継ぎの件で争いは起こらないですね」
「子供の間では、な。歴代の大和の将軍は人族だったから、当時の家臣たちとは一悶着あったらしい。まあ、最終的に先代が押し通してオウキ様が将軍になったみたいだが」
でも、後にオウキさんは『魔王』になって、それを知った他国は『魔王』が統治する国を簡単に攻め入ろうとは考えないでしょうから、結果的には大和のためのなったのかもしれませんね。
「ちなみに、殿には娘が一人いてな。そいつがまためちゃくちゃ可愛いんだよ。俺たち五剣も自分の娘みたいに可愛がってんだ」
今まで会ってきた『魔王』には、従者はいても子供はいなかったので、それは大変興味のある話です。
あっ、実は言ってないだけで、エルトリアさんやゼルドラドさんにも子供が……いや、多分いないですね。
「それは是非とも会ってみたいです」
「姫もリリィ殿には会いたいと言ってたし、城に着けばすぐに会えるさ」
私に会いたい──ゼルドラドさんがオウキさんにした話を聞いて、私のことを知ってくれたんでしょうか? ゼルドラドさんは一体何を話したのやら……。
「アカツキ様、おかえりなさいませ」
「おう。ただいま」
「隣にいる女とそれは──」
「殿の客人のリリィ殿と、その相棒のタルト殿だ。殿のところに連れて行かないといけないから、門を開けてくれ」
「はっ! 今すぐ開けます」
門兵さんに扉を開けて城の中に入ります。
異界の魔物の件で、ユリウスと共にマリアオベイルの城に入ったことはありますが、さすが文化や建築物が違うだけあって、雰囲気がまるで違います。
でも、私の体感になりますが、こっちの方が堅苦しい感じがないので好きですね。『聖魔女の楽園』にも和風の建築物があってもいいかも。
「なんだ、もう帰ってきたのか」
オウキさんが待つ場所まで連れて行ってもらっているところに、一人の女性が現れました。
耳が隠れるくらいの黒髪のショートカット。私よりも背が高く、凛とした顔で可愛いというより、カッコイイという言葉が似合う女性です。
そして、腰に下げている刀。
アカツキさんのものよりも遥かに長い。女性が扱うには長すぎるのではないかと思うほどの刀です。
大和の城にいて、アカツキさんとも知り合い。腰に下げている刀から考えるに、彼女もアカツキさんと同じ五剣の一人でしょう。
「なんだとはなんだよ」
「帰ってこなくてよかったのに」
「任務が終わったら帰ってくるだろ。まあいいや。リリィ殿、紹介する。こいつは“ミカゲ”。俺と同じ五剣の一人だ」
「リリィ・オーランドです」
「…………ミカゲだ」
あら、一応名乗ってくれましたが、ぷいっと顔を逸らされてしまいました。気に障るようなことはしてないと思うんですが……。
「ああ見えて人見知りなんだよ。悪いな」
アカツキさんが私の耳元でそう言います。
それを聞いて一安心しました。ただの人見知りなら仲良くなるチャンスはありますね。
「いえ、気にしてませんので大丈夫です」
「そっか。他の五剣は殿に会いに行った後にでも紹介してやる。今は殿の所に行くのが最優先だからな」
「オウキ様の会いに行くのか? オウキ様は姫さまを連れて修行のために山へ行ったぞ」
城にオウキさんが居ない事実を聞いてアカツキさんは困った様子を見せます。でも、こればかりは仕方のないことでしょう。
「マジか。いや、来るとはわかっていても、日にちまではわからなかったし……まあ、少し待ってれば帰ってくるだろ」
オウキさんが戻ってくるまで時間が出来てしまいました。それまで何をして時間を潰しましょうか。
街の方に戻って観光したい気持ちはありますが、それだと連絡ができませんし……。となると、もう少し城の内部を案内してもらうことしか──
「そうだ。リリィ殿、長旅で疲れただろ? 城内にデッカイ風呂があるから行ってみたらどうだ?」
「お風呂ですか!? それは行ってみたいです!」
船旅での疲れがあるのは事実ですし、観光は別に明日でもできる。まずは疲れを癒すことにしましょう。
ちなみに『聖魔女の楽園』に温泉がありますが、それとこれとは別です。『聖魔女の楽園』の温泉はいつでも入れますから。
「じゃあ案内は頼んだぞ、ミカゲ」
「はぁ!? なんで私が。提案したのはアカツキなんだから、お前が責任もって──」
「男の俺が風呂まで一緒にいたら不味いだろ。それに、リリィ殿は殿の客人だ。風呂から上がった後、一人だと何処に行けばいいかわからねぇだろ? せっかくだし、一緒に風呂に入って仲を深めろよ。じゃ、俺は殿のところに行ってリリィ殿が来たことを伝えに行くから」
そう言い残してアカツキさんは行ってしまいました。
アカツキさんがいなくなったことで、私たちの間に静寂の時間が流れます。
「…………」
ど、どうしましょう……。ミカゲさん、アカツキさんがいなくなってから一言も喋ってくれません。
「あのぉ……」
「……ついてこい」
ようやく喋ってくれたと思ったら一言だけ。私はミカゲさんの後ろをついていくことにします。
会話がないものですから、私から話しかけようとしましたが、こういうタイプの方はグイグイ来られるのは苦手でしょう。嫌われるとショックなので、ここは大人しくしておきます。
それから結局一言も喋らずに、城内にある大浴場へとやってきました。
中へ入ってみましたが、石造りの大きな浴場です。さすがは城にあるお風呂。
かなり広いですが、今利用しているのは私とタルト、ミカゲさんだけ。いわゆる貸し切り状態というやつです。
まずは身体を洗って、その後ゆっくり湯に浸かるとしましょう。
チラチラとミカゲさんに横目で見られているような気がしつつ、髪を洗い終えて、次は身体を──
「……おい、背中流してやる」
ここでミカゲさんから私に話しかけてきました。背中を流してくれるそうです。
もしかして、私のことを横目でチラチラ見ていたのは、話しかけるタイミングを計っていたから?
「いいんですか?」
「……何も進展がなかったらアカツキがうるさいからな。嫌ならやめるが」
「いえ、お願いします」
ミカゲさんが私の背中を洗ってくれるので、私はタルトの背中を洗うことにしましょう。
ゴシゴシと背中を洗ってくれるミカゲさん。力加減がちょうどよくて気持ちいいです。
「……痛くないか?」
「はい」
「……リリィ、殿の身体は私と違って綺麗だな。私は傷跡だらけだから羨ましい」
私は特に気にしていませんでしたが、確かにミカゲさんの身体には切傷のような痕がたくさんあります。
深めの傷は、すぐに『治癒魔術』等で治せば痕が消えますが、自然回復系のスキルを持っていなかったり、治療が遅いと痕が残ってしまいます。こうなってしまうと傷跡を消すことは難しいです。
「でも、ミカゲさんの身体の傷は強くなるために戦ってきた証ではないでしょうか? 傷つき、痛みに耐えながらも強くなるために進み続ける。同じ女性として、私はカッコイイと思いましたよ」
──って、私が言っても嫌味のように聞こえてしまったかも……。
謝罪しようと振り返ると、ミカゲさんは微笑んでいました。
「……昔、似たようなことを言われたよ。そして、あの方は「ミカゲの傷を嗤うやつは、ぶん殴る」とも言ってたな」
「あの方……」
「オウキ様の妻だ。名は──」
と、その時。
大浴場の扉がガラッと開く音が聞こえました。
誰が入ってきたのか、扉の方を見てみると、そこには妖艶な白い狐の獣人がいました。容姿端麗、思わず見惚れてしまうほどの美しさです。
そんな中でも特徴的なのは尻尾。
狐──というより、基本的に獣人の尾は一本しかありませんが、彼女の尾は全部で九本あります。
……あれ?
狐の獣人で、尾が九本……。尾が九……。九尾……。
もしやと思っていると、ミカゲさんがその場で片膝をつきます。
「ツバキ様!」
「もう、ミカゲったら。毎度そんな畏まらんでもいいって言うてるのに。それはそうと、ミカゲが初対面の人と風呂に入ってるなんて、成長を感じるわぁ」
そして、狐の獣人は歩き始め、私の前で止まりました。
まだ本人から直接名前を聞いていませんが、間違いないでしょう。
この人は、タルトやバエルたちと同じ、もう一人の私に仕えていた従魔──
「その様子やと、うちのことは他のみんなから聞いてるみたいやな。久し振り──いや、初めまして言うべきか。うちの名は“ツバキ”。九尾のツバキや。よろしゅうな、リリィはん」
これが『聖魔女の手記』に書かれていた内容とは全く違う予想外のツバキとの出会いでした。





