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【コミカライズ1巻 3月27日発売】【Web版】奈落の底で生活して早三年、当時『白魔道士』だった私は『聖魔女』になっていた  作者: tani
幕間 皇帝と勇者と魔王と

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追憶 『強欲』vs『時空間』

「うん。ここなら邪魔は入らない」


 シャーリーンたちが面をつけた男女と交戦しているなか、エスメラルダの魔術によって、カルナはアブール地下都市遺跡上層付近にある大広間へと転移させられた。


「…………」


 今いる場所からシャーリーンたちの魔力を感知したが、かなりの距離がある。

 彼女たちのことは心配だ。エスメラルダを振り切って応援に駆け付けた方がいいだろう。しかし──


「……あの黒いローブのことについて、教えてもらおうかしら」


 エスメラルダは肩や足を入念に伸ばし、すぐに戦闘を始めたがっている様子だったが、水を差すようにカルナが問う。


 シャーリーンたちの応援を優先しなければいけないことはわかっている。それでも、カルナはエスメラルダが呼び出した者たちについて聞かずにはいられなかった。


「アレは“姫ちゃん”が計画のために試行錯誤しながら作ってる人工生命体の副産物。それを使ってデータを集めて、人工生命体の完成を──あっ、これは流石に喋り過ぎか? まあいいや」


 頭を掻きながらエスメラルダは開き直る。


「……姫ちゃん?」

「姫ちゃんは私の友達であり、上司的な存在であり、全ての元凶とも言えるかな。そうだなぁ、かつてのあなたの友人だった“メイルーグ姉妹”だって、姫ちゃんの計画を進めるために副産物に殺されたのよ」

「──ッ!? あの子たちを……!?」


 メイルーグ姉妹という言葉を聞き、カルナは昔ほんの少しだけ共に過ごした友人のことを思い出す。


 その姉妹はエスメラルダの言葉通り殺された。先程現れた男女とは別だが、同じ黒いローブを纏った仮面の少年に。


 姉妹を殺した仮面の少年はこの手で殺し、仇を取ったつもりだったが、元凶は別にいる。そいつを殺して初めて仇を取ったことになる。

 カルナは計画とやらに巻き込まれたせいで、将来有望だった姉妹が命を落としたことに憤るが、一度深呼吸を挟んで気持ちを落ち着かせた。


(……冷静になれ。ここでキレたって意味がない。あの子たちも帰ってくるわけではないのだから……)


 そして、カルナは再びエスメラルダに問う。


「計画を進めるためって言ったけど、具体的にはどんな理由で、あの子たちは殺されたのかしら……? いずれ邪魔な存在になるから、とか?」

「うーん、教えてもいいけど──」


 次の瞬間、エスメラルダがカルナの前から消える。

 そして、次に現れたのはカルナの背後。時間にして一秒にも満たない速さで『強欲の魔王』の後ろを取った。


 カルナが振り向くよりも速く、エスメラルダは蹴りを入れようとする。


「……っぱ、ダメか」


 左側頭部へと向かうエスメラルダの蹴りだったが、カルナはそれを見もせずに左腕を上げて防いだ。

 鈍い音が空間一帯に響くも、カルナはまったくの無傷。一度距離を取り、カルナの様子を見たエスメラルダは苦笑いを浮かべる。


「姫ちゃんから聞いてたけど、割と本気で蹴ってこれは流石の私もへこむなぁ……。反応速度もえげつないし。こりゃあ、最初から全力で行かないと駄目っぽいか」


 靴を脱ぎ飛ばし、姿勢を低くするエスメラルダ。

 と同時に、彼女の両手足には龍特有の鱗が現れ、頭部には二本の角が、尾骨付近からは尻尾が生えだした。

 人の形でありながら、緑色の龍鱗と鋭利な爪を持つそれは、まさしく龍人と呼ぶにふさわしい姿だ。


(『半龍化』……龍人族(ドラゴニュート)が持つ専用スキルね。一時的にステータスが上昇するスキルだったはずだけど、それはまったく問題ない。それよりも──)


 今の攻防の中でカルナは一つ気になることがあった。

 

(殺気を感じて偶然反応できたけど、蹴りが当たりそうになる寸前まで気づかなかった……。空間転移は使ったのは間違いない。でもそれなら彼女の魔力で位置はわかるから気付けないなんてことはないはず)


 何か別の魔術もしくはスキルを使ったのだろう。

 しかし、カルナにとって、こんな経験は初めてだった。故にその正体が皆目見当もつかない。


「というか、私の質問に答えなさいよ」

「いいじゃん。さっきも言ったでしょ? 私はお喋りをしに来たわけじゃない。あなたと戦いに来たって。だから、戦いながら答えてあげる」


 地面が抉れるほど強く蹴り、今度は背後に回らず正面突破を選んだのか、エスメラルダは一直線にカルナとの距離を詰めた。

 

 カルナの間合いに入り込み、エスメラルダは怒涛の連撃を仕掛ける。

 常人の目では追えない速度だ。もしも、これがカルナ以外に向けられた攻撃なら反応する暇も理解する暇もなく、この世を去っていることだろう。


 だが、流石は『強欲の魔王』と言ったところ。平然とした顔で急所を狙って繰り出される攻撃を受け流している。

 確かに『半龍化』のステータス値上昇によって威力は上がったが、彼女からすれば、まだ危険視するようなものではない。


「で、何だっけ。メイルーグ姉妹が殺された具体的な理由だっけか」


 通用していないとわかっていながらも、エスメラルダは攻撃の手を緩めない。そんな中で、先程問われたカルナの質問を思い出し言葉を続ける。


「今後の邪魔になりそうだから殺したわけじゃないわ。メイルーグ姉妹を殺したのは、あなたに強くなってもらうため」

「……私を強くするため?」

「メイルーグ姉妹がそれぞれ持つ“槍”をあなたに託すために殺した──って、姫ちゃんが言ってたわ。ちなみに、あなたが使う“残り四つ”も同じ理由。あなたに力を託して死んでいった者たちは、全て仕組まれた死だったのよ」

「──ッ!?」


 初めてカルナの動きが鈍った。

 耳を疑う真実に言葉を失い、動揺が生まれ、動きが鈍ってしまうのは仕方のないことだろう。


 しかし、エスメラルダはそれを見逃さない。

 動きが鈍ったカルナの腹部に初めて強烈な殴打が入る。


「──くッ!」


 これは好機だと、カルナの『魔力障壁』を壊すつもりで放った渾身の一撃だ。致命傷には届かずとも、カルナにダメージが入った。

 この機を逃すまいと続けてエスメラルダは続けて攻撃を仕掛けようとする──が、実際に取った行動は後方への退避だった。

 

「……フフッ。敵を前にビビるなんて姫ちゃん以来ね。でも、狙い通り。姫ちゃんにカルナ・ヴァーミリオンを本気にさせる方法を聞いておいてよかった」


 エスメラルダは自身の震える手を見て呟く。しかし、震えから生まれる表情は恐怖で怯えているわけではなく、喜びから現れる笑みだった。


 震えの理由はたった一つ。

 カルナから漂う雰囲気が明らかに変わっている。その瞳も先程とは打って変わって、初めてエスメラルダを敵として認識し捉えていた。

 手を抜かれていたことくらい、エスメラルダは最初からわかっている。だから、ここから本気で向かって来てくれるんだという喜びと興奮で胸を膨らませていた。

 

「ねえ! あなたの本気見せてよ! 私はそれが見たくてここに来たの! だからさ──」

「……いいわ。下にいるシャーリーンたちを助けないといけないし、さっさと終わらせて、姫ちゃんってやつがいる場所にも案内してもらう」


 カルナの紅蓮色の長髪が、緑と黄色へと変わっていく。そして、彼女の両手には稲妻を纏う槍と暴風を纏う槍が握られていた。


「『轟雷槍ボルグ・エルガ』と『天嵐槍ボルグ・エアル』……。槍の二刀流なんて珍しいけど、戦いづらそうね」


 リーチの長い武器である槍を二本同時に使う戦闘スタイルは、ゼロとは言わないが、間違いなく少数派の部類に入るだろう。

 一般的には両手で持って扱う武器だ。それを二本同時に扱うなんて難易度が高く、エスメラルダの言う通り、使い慣れていなければ不利になる要素が多い。


「そんなことないわ。今は二槍流(こっち)の方が戦いやすいし、あの子たちと同じで二つ揃って真価を発揮する」

 

 だがしかし、それは一般人の場合。カルナは別だ。

 メイルーグ姉妹の槍だからこそ、二槍流の戦い方はマスターしている。二槍流で戦う時、彼女たちと共に戦っていると感じられるように。


「まだまだ知ってることを吐いてもらいたいから殺す気はないけど、一瞬でも気を抜いたら死ぬかもしれないから気をつけなさい」

「いやいや、あなたを相手に気を抜ける瞬間なんてあるわけ──ッ!?」


 瞬きをした時には、既にカルナが目前にまで迫っていた。

 まるで、自分と同じ『時空間魔術』を使ったような。実際は、カルナは魔術の類を一切使わず、身体能力だけで同じことをやっているわけだが。


 想像以上──だが、これでいい。

 それでこそ、最強と呼ばれるに相応しい『魔王』だ。


 このままでは言うまでもなく、一秒後にはエスメラルダはカルナの攻撃で散る。

 考えている時間はない。エスメラルダは思考を巡らせるよりも先に、反射的に『時空間魔術』を使って時を止める。


 当時のエスメラルダは、最長でも1秒しか時を止められない。

 そして、使用後は次の発動までインターバルがある使いづらい魔術だが、カルナの攻撃を躱し、空間転移で距離を取るには十分な時間。

 

(まあでも、一気に距離を詰められるんだもの。『時空間魔術』を使ったところで、無意味よねぇ……)


 空間転移でエスメラルダはカルナから十分に距離を取る。


「──ッ!?」


 次の瞬間、エスメラルダは身体を打ち付けるように地面を何度も跳ねながら飛ばされていた。


 簡単な話だ。エスメラルダが転移した場所を目視で確認して、カルナが神速とも言える速度で向かっただけ。


 地面を跳ねるエスメラルダは体勢を宙で立て直す。

 脳がようやく頬の痛みと全身に巡る強烈な痛みに気づく。

 

 イカれてると思うだろう。エスメラルダはその痛みに喜びを感じていた。

 エスメラルダは、すぐさまカルナの位置を確認する。

 しかし、その時には既に『強欲の魔王』は自身の背後に回りこんでいた。


 振り返る暇もなく、次の攻撃がエスメラルダを襲う。

 それからは先程の繰り返しだ。

 体勢を立て直すことができても、次の瞬間にはカルナの攻撃を食らっている。

 先読みでカウンターを狙おうとしても、カルナの方が速く、逆にカウンターを食らっている始末。『時空間魔術』だって使うだけ無駄になる。

 

「…………」


 情報を引き出したり、黒幕への案内もあるため、これでもカルナは手加減しているが、あまりに一方的な戦い。

 防御に専念していたとはいえ、カルナの連撃を食らい続けたエスメラルダの身体はボロボロで、遂に地面に倒れ、仰向けの状態で天を見上げていた。

 

「…………」


 勝負は着いた。どんなに足掻いても勝てないと現実を突きつけられただろう。 

 

「──アハッ……!」


 ──エスメラルダの敗北。誰が見ても、そう思うであろう状況だが、エスメラルダの闘志は未だ消えていなかった。


「アハハハハハハハハッッ!!」

 

 壊れたかのようにエスメラルダは笑い出す。


「これよ、これ! 雑魚共を殺しても殺しても、絶対に得られない痛み! 強い奴と戦った時にしか感じられない高揚感ッ! やっぱり戦いっていうのは、こうでなくっちゃッ!!」

「…………」

「はぁ、姫ちゃんは別の意味で勝負にならなかったからなぁ。こんな風に力でボコられるのは初めてかも。ほーんと、手も足も出ない」


 今度は急に冷静になり、ゆっくりと立ち上がって手を握ったり開いたりして、身体の状態を確認するエスメラルダ。


 全身の痛みは未だ健在だが、身体は問題なく動く。『治癒魔術』は使えるが得意ではないため、全回復は魔力量を考えるに愚策だが、それでも「一応少しくらいは」と受けたダメージの回復も済ませる。


「久しぶりだなぁ、限界を感じたのは。このままじゃあ、負けちゃうなぁ」


 その割には、エスメラルダは楽しそうに笑っていた。

 いや、終始楽しそうにしていた。一方的にやられていたというのに、その目はまったく死んでいない。


 立ち上がったエスメラルダに、未だ戦う意思はありと判断したカルナが神速の如く再び彼女に接近する。


「でも、なんかもう少しで掴めそうなんだよなぁ。そうだなぁ──」


 正面から突進してくるカルナ。彼女が持つ槍の先はエスメラルダへと一直線に向かう。


 しかし、不思議な現象がそこで起きた。


 ピタリと止まったのだ。槍先がエスメラルダの20センチ手前でピタリと。

 いや、厳密に言えば、止まったのはカルナの攻撃ではなく、カルナ自身。

 尋常ではない速さで向かってきていたカルナが物理法則を無視して、エスメラルダの目前でピタリと止まる。


「アハッ! 一度も成功したことなかったから、一か八か賭けだったけど、その様子を見るに本当にできちゃった!」


 まるで石にでもなったかのようだ。

 身体は動かずとも意識はあるため、カルナは思考を巡らせる。


(確か、魔術スキルの中で希少と言われている『時魔術』があったわね……。エスメラルダは『時魔術』のスキルを所持していて、最初の一撃は『空間魔術』を併用した。そういえば、最近龍人族(ドラゴニュート)で時間と空間を操るやつがいるって“ミル姉”から聞いたけど──)


 今はそれを考える時ではないと、カルナは自分の身に起きている現象について考えることにした。


(時を止めるって聞いただけで強力だから、それ相応の条件があるはず。無条件なら、ずっと使ってる。でも、今回のは意識は残っているけど、身体がまったく動かないまま。何かしらの条件をつけて、止められる時間を延ばした? もしかして──)


 カルナの推測は正しかった。

 それは、魔術を愛し、研究や研鑽を積んだ者。才能に恵まれ、天才と呼ばれた者でも形にできるのは、ほんの一握りしかいない代物。


 親友のエルトリアから話は聞いたことはあるし、完成させたとも聞いているが、カルナの“それ”は発動もできない未完の代物だった。

 決して魔術が苦手というわけではないが、理想を形にするには、工夫も時間も必要で日々頭を悩ませている。


 そのほんの一握りしか使えるものがいない代物を──固有魔術を、エスメラルダはこの状況の中で完成させてしまったのだ。


「それじゃあ、ボコボコにしてくれた、お返しに!」


 停止した世界でも術者のエスメラルダは自由に動ける。

 そして、カルナに近付き、彼女の顔面を全力で殴った。 


「くっ──!」


 本来であれば、エスメラルダの攻撃は、カルナのステータス値の他に『魔力障壁』もあってダメージは抑えられるが、今の一撃は『魔力障壁』が意味を成していなかった。


 殴り飛ばされたカルナは槍先を地面に突き刺して着地する。

 エスメラルダから離れたら身体は自由に動くようになった。


 ということは、デメリットとして、彼女の固有魔術は時が止まる範囲が決まっており、ついでに身動きが取れなくても意識は残るのだろう、とカルナは仮説を立てる。


「……『障壁貫通』か」

「正解! 時を止めたところで、ダメージを与えられなければ意味がない。だから、固有魔術に『障壁貫通』の効果も組み込んでみたの!」

「なかなかに良い一発だったわ。でも『障壁貫通』まで付けるなんて、魔力の消耗が激しそうね」

「まあね。一週間分の魔力を前借りする条件で発動できたから、時間が来たら、一週間は魔力切れで私は動けなくなる」


 体感だと、活動可能時間は残り20分ちょっと。

 制限時間が来る前に決着をつけなければ、どんなにエスメラルダに戦う意思があろうと、カルナの勝利が決まる。


 だが、さすがにエスメラルダもギリギリまで戦うつもりはなかった。ここへ来た、もう一つの目的を果たさなければならなかったから。


「ところで。まったく関係ない話になるけど、あなた“聖龍教”って知ってる?」


 龍人族(ドラゴニュート)には、信仰している三つの宗教が存在する。

 その一つが、聖龍教。他には“邪龍教”と“幻龍教”というものがある。


 エスメラルダの固有魔術が発動している限り、攻撃は彼女の手前で停止して届くことはない。

 そうなると固有魔術が切れるまでの時間稼ぎに徹した方が賢明と、作戦を変更したカルナが、エスメラルダに問いかける。


「もちろん。私の生まれ故郷では“聖龍教”を信仰していたわ。ほぼ全員私の手で殺してやったけど。重度の信者は、死に際に「ミルグレリアさまぁ……」なんて言ってたっけ。で、それがどうしたの?」

「ミル姉──聖龍帝ミルグレリアから、時間と空間を操る龍人族(ドラゴニュート)がいるって話を聞いたことがあるから確かめたかっただけよ」


 その言葉を聞いて、エスメラルダは少し驚いていた。

 

「聖龍帝と知り合いなの?」

「友達よ。ついでに言うなら、幻龍帝と邪龍帝もね。ちょくちょく私の国に来てるわ。まあ、ほぼ住んでいるようなものだけど」

「そう、それは良いこと聞いた」


 龍人族(ドラゴニュート)が崇めるそれぞれの龍帝が実在している。

 三体ともカルナが統べる国にいるということは、戦いを挑むことだってできるのではないか。

 龍帝と呼ばれる存在なのだ。弱いわけがない。確実に自分よりも強い存在だ。是非とも戦ってみたい。


 だがしかし、それが叶うのは先の話になるだろう。

 それはエスメラルダ自身がよくわかっていた。


「余計なことをしたら姫ちゃんに怒られるし、今の私じゃあ無理だろうから、龍帝たちに勝負を仕掛けるのは別の機会になるか」


 エスメラルダは地面を向いて溜め息を吐き、残念と思いながら視線をカルナに戻す。

 向かってくるのかとカルナは身構えるが、エスメラルダは視線を一瞬下に向けるだけで動き出す様子はなかった。


「はぁぁ。これからもっと楽しくなるのに、これ以上は姫ちゃんに怒られるから、勝負はここで一旦中断で。また今度続きをしましょ」

「──は?」


 エスメラルダがそう言うとカルナの前から姿を消す。

 あまりに突然の出来事だったため、カルナは一瞬放心状態になるも、ダンジョンの最下層にエスメラルダの魔力を感知した。

 











 空間転移でエスメラルダが最下層に戻った時は、既にシャーリーンたちの戦いが終わっていた。

 呼び出した黒いローブの男女の姿はなく、視線の先には泣き崩れるシャーリーンと、その隣で何も言わず黙ったまま座るフィードルがいた。


「おやおや、お二人さん。どうしたんだい? 背中からでもわかるくらい絶望した雰囲気を出しちゃって。話でも聞いてあげよっか?」


 ニヤニヤと煽るように笑みを浮かべながら、エスメラルダは二人の後ろから声をかける。

 声に反応してゆっくりと振り向くシャーリーンの表情は憎悪に満ち、怒りによって握られた拳は、あまりの強さに血が滴り落ちている。


「おぉ、怖い怖い。女の子がしていい表情(かお)じゃないね」

「エスメラルダァァァァァッ!!」


 大気が震えるほどの怒号を上げ、感情に身を任せるようにシャーリーンはエスメラルダへと迫り、背後を取った。対して、エスメラルダは動く素振りを見せない。


「お前は……お前だけはッ!!」


 刃が届くまで、あと数メートル。

 振り上げられた剣には、シャーリーンの怒りや憎悪などの負の感情が込められていた。

 何もなければ、彼女の剣はエスメラルダに届いていた。この絶望を引き起こした元凶を殺すことだってできたかもしれない。そう、何もなければ……。


「──ッ!?」

「ザンネ~ン! あなたの攻撃は私には届かない」


 エスメラルダの固有魔術は、今も発動したまま。カルナの時と同じように、シャーリーンの攻撃はエスメラルダの20センチ手前で完全に停止する。

 こうなってしまえば、範囲外に出ない限り、シャーリーンは何もできない。

 そして、身体が動かないため、自力で脱出することもできない。唯一脱出できる手は、エスメラルダがシャーリーンから離れる方法しかない。


「シャーリーン!!」


 様子がおかしいシャーリーンを見て、フィードルが叫ぶ。

 このまま黙って突っ立っていたらシャーリーンまで殺されてしまうのではないか。仲間が殺される光景を見るのは、もう嫌だ。

 エスメラルダを前にして、再び恐怖心が身体を強張らせるが、それでもフィードルは前へ進んだ。

 

「そっちから来てくれるならちょうどいいや。ユニークスキルを使われたら面倒だし、余計な邪魔が入らないように範囲を広げて、っと」


 ユニークスキル『節制』の能力については事前に聞いていた。

 発動条件は厳しいが、仮に発動してしまったら、エスメラルダでもフィードルに勝てるかどうか。カルナが戻ってきた時には、エスメラルダの敗北が確定する。

 だから、固有魔術の範囲を広げて、フィードルがユニークスキルの効果を発動させる前に動きを止めた。


「よしよし、うまくいった。それじゃあ仕上げといきますか」

「──ぐっ……」


 エスメラルダがフィードルの方へ歩き出そうとした時、少しだけシャーリーンの身体が動き、僅かだが声が出た。

 時間が停止した世界で、そのようなことが起きるなんてあり得ない──と、考えそうになるが、当のエスメラルダはあまり気にしていない様子だった。


「範囲を広げたから、その分、時間停止の効果が弱まって多少は動けるようになっちゃうか。まあ、これは私がもっと強くなれば最初から範囲も広くできるだろうから問題なし。動けるなら面白いものを見せてあげる」

「待…………て…………」

 

 そう言ってエスメラルダはフィードルの正面に立つ。

 そして、エスメラルダは動けないフィードルの顔をそっと触り、彼の唇に口づけをした。


「──ッ!?」

 

 その瞬間を目にした時、シャーリーンの感情は、憤怒や絶望、悲痛が混じって滅茶苦茶だった。それを愉悦に浸りながらエスメラルダは横目で眺めていた。

 

「フフッ、ごちそうさま」


 フィードルへの口づけが終えたと同時に、かつてないほどの殺気がエスメラルダへ向かっていた。


「……す……ろす……」


 エスメラルダの固有魔術によって身体が自由に動けなかったはずのシャーリーンだが、彼女は力技でその拘束を解いた。

 エスメラルダはシャーリーンの一撃を横へ飛んで回避するが、振り下ろされた剣は地面を切り裂き、その斬撃は数十メール先まで及んでいた。

 

「ふぅ。さすがにあれの直撃は不味いかな」

「殺すころすコロスコロス──」

「私を殺そうとするのはいいけどさ、最愛の人のことを気にしたらどう?」


 周りのことなど一切見えず、今はただエスメラルダを殺すことだけしかシャーリーンの頭にはない。

 しかし、エスメラルダの言葉でフィードルのことを見たシャーリーンは我に返った。


「……フィードル?」


 フィードルはその場に倒れていた。何度も必死に声をかけても返事が返ってくることはないし、起き上がってくれる様子もない。


「ねえ、フィードル……。返事してよ……。あなたまで失ったら私……」

「心配しなくても大丈夫よ」

「……フィードルに、何をした……」

「あなたたちは姫ちゃんの計画に必要なピース。少なくとも、あと500年くらいは生きててもらわないと困るの」


 シャーリーンにはユニークスキルがあるから、寿命が来ても新たな肉体を得て生き返る。

 しかし、フィードルは『勇者』という特別な『職業』を持った()()()()()だ。寿命で死ぬ未来は必ず来る。


「だから、彼の時間の流れを限界まで遅くした。この術はああでもしないと発動しないから基本使わないけど──まあ、顔もよかったし、悪くなかったかな」

「……フィードル……」

「良かったじゃない。いずれ別れがくる運命だったはずなのに、これからも一緒に居られるのよ? 話すことはできなくても嬉しいでしょ?」

「………………」


 エスメラルダは問いかけるが、シャーリーンは石のように固まったまま黙り込んでいた。


「一応言っておくと、彼にかけた術は私を殺すか、私が解除しないと解けない。それじゃあ、目的は果たしたし、私は帰るね。カルナにもよろしく伝えておいてよ」


 そう言葉を残し、エスメラルダはシャーリーンの前から姿を消えた。


 ──その日、シャーリーンは再び大切なものを失った。


 きっと幸せだったであろう未来も。共に過ごし、これからも苦楽を共にするであろう仲間も。

 二度と手放さないようにしていたのに、何もかも零れ落ち、残ったもののは絶望と憎悪だけだった。

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