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【コミカライズ1巻 3月27日発売】【Web版】奈落の底で生活して早三年、当時『白魔道士』だった私は『聖魔女』になっていた  作者: tani
幕間 皇帝と勇者と魔王と

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神聖帝国皇帝

「んじゃあ、役者も揃ったことだし、自己紹介といきますか」

「…………」

「私の名前はカルナ・ヴァーミリオン。ミカエルかメタトロンが話しちゃったかもしれないけど、世間では『強欲の魔王』とも呼ばれてるわ。あと、ここは別の大陸にあるヴァーミリオン王国って国の王様でもあるけど、相手が王様だからって畏まらなくていいからね」


 カルナは笑顔を見せて自己紹介を済ませる。

 その後、ユリウスたちも自己紹介をしたところで、カルナはアステレシアへ視線を向けた。


「ねえ、ところでこの国は客人に、お茶の一つも出してくれないの?」

「招いてもいないのに図々しいのよ。はぁ……さっさと帰ってほしい……」


 突然のカルナの来訪に溜め息が絶えないアステレシア。普段からは想像できない彼女の口調と態度にユリウスたちは未だ少々混乱している。


 城内の廊下でカルナと言い争いをしていた時は、運よく誰ともすれ違わなかったが、あのまま続けていれば、いずれ誰かと遭遇して面倒なことになる可能性は十分にあった。

 それは避けたいと考えたアステレシアは、結局落ち着いて話ができる大部屋へと案内した。カルナの言われるがままに案内してしまったことに不満を抱きながら。


 部屋には部外者が入ってこないよう認識阻害のスキルを使い、必要ないとは思いつつも、念のため会話が外に漏れないように魔術で防音までした。


 迷惑をかけているのだから、少しは手伝えと思うアステレシアだったが、机を挟んで真正面に座るカルナは最後まで何もしなかった。それが更にアステレシアの苛立ちを増加させる。


「そう言う割には、ちゃんと立派なお部屋に案内してくれたじゃん。人払いも防音もされてるし」

「用件を聞かないまま追い返したところで、どうせアンタはまた来るじゃない。また来られても迷惑だから、仕方なく付き合ってあげるのよ」

「「シャーリーン様!! ご無事ですか!?」」


 いきなり部屋の扉がバンッ、と大きな音を立てて開いた。

 扉を開けたのは、皇帝の側近として仕えている男女二人。

 彼らにはアステレシアが連絡をいれたのだが、ここまで大急ぎで走ってきたのか、息を切らしている。


「ええ。ただ、万が一ということもあるわ。扉を開けたままの状態で、その名前を大声で呼ばないで。大声で呼ぶなら、せめて扉を閉めてからにしてちょうだい」

「「も、申し訳ございません……」」


 アステレシアに言われ、反省の姿を見せる側近たち。

 普段なら見られないだろう側近たちの姿に、珍しいものが見れたと少し口角が上がるルクスだったが、それに感づかれたのか、鋭い眼光で二人に睨まれ、ルクスは咄嗟に視線を逸らした。


「……というか、ユリウス君。僕たちって、やっぱりこっちじゃなくて、向こうに立つべきじゃないの?」


 ルクスは隣にいるユリウスに小声で問う。

 二人は椅子に座るカルナの後ろに立っていた。何も知らない者からすれば、ユリウスたちは彼女の従者に見えるだろう。


 ユリウスも神聖帝国騎士団(ロイヤルナイツ)の聖騎士長という立場から、皇帝側に行った方がいいだろうと考えていた。

 だが、カルナに「あっちには側近たちが着くからさ」と言われてしまい、アステレシアの顔色を伺ったが、特に何も言われなかったため、今の状況に至る。


 それはそうと、ユリウスは先程側近たちが言った、シャーリーンという名前が気になっていた。

 カルナたちのやり取りから考えるに、アステレシアは偽名。本名はシャーリーンというのだろう。


 しかし、その名は──


「君が思い浮かべている、シャーリーンで間違いないわよ」


 思考を読んでいるかのように、カルナがユリウスを見て答えた。

 それを聞き、ユリウスは驚きを隠せない表情を見せる。


「ユリウス君、どうしたの?」

「……俺は帝国出身じゃないからな。この国の歴史は知っておくべきだろうと調べたことがある」

「へぇ、僕ならめんどくさくてやらないかな……」


 こちらの都合でルクスにはマリアオベイルに来てもらったわけだが、それでも少しは帝国の歴史を知っておいた方がいいだろう。

 と、ユリウスは言おうとしたのだが、結局言っても無意味だろうと悟ったため、諦めて話を続ける。


「余計なことは省くが、帝国が誕生したのは300年以上前のことであり、当然初代皇帝の名前も資料に残されている。だが、その初代皇帝の名前というのが……」

「シャーリーン・ルグラ・マリアオベイル。彼女がその初代皇帝本人よ」


 カルナがユリウスの言葉に続くように口を開く。

 付き合いの長いカルナが言うなら、彼女の言葉は嘘ではないのだろう。アステレシア改め、シャーリーンも自身の正体については否定する様子はない。


 だが、自分たちの目の前にいる少女が本物の初代皇帝というのであれば、当然疑問に思うことも出てくる。


「陛下。陛下に聞きたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」


 外見は良く知るアステレシア。しかし、その中身は初代皇帝のシャーリーンだ。


 自分より年は上だが、アステレシアの方から頼まれたこともあり、彼女とは友人のように接していた。

 だが、事情が変わった。友人のように接してきた相手の正体が、初代皇帝と判明した今では同じように話しかけるわけにはいかない。


「その前に。一応言っておくけど、アステレシアの名で動いていた時の私に対する言動等の謝罪ならしなくていいから。こっちが正体を隠していたしね。難しいかもしれないけど、今後もアステレシアの時は今まで通りに接してちょうだい」

「か、かしこまりました」

「あと、私の正体はこのまま隠しておくつもりだから、当然周りには秘密に。まあ、ユリウス聖騎士長なら大丈夫だと思うけど──」 


 シャーリーンは視線をルクスの方へ向ける。

 ユリウスは真面目故に釘を刺さなくても、アステレシアの正体を口外することはないと信用している。

 だが、ルクスは違う。口外しないように釘を刺しても不安が残る。彼はどちらかというと、うっかり口を滑らすタイプの人間だろうから。


「ルクスには、きつく言っておきます」

「お願いするわ」

「シャーリーン様、こちらを」

「ん、ありがと」


 シャーリーンの前に高級そうなティーカップが置かれる。

 シャーリーンは一呼吸挟み、用意させた紅茶を一口飲む。


 自分だけ紅茶を飲んでいると、うるさく文句を言う者が一人いるため、仕方なくカルナの分と、ついでにユリウスとルクスの分も用意させた。

 

「何だかんだ言って、やっぱり出してくれるじゃん」

「出す気はなかったけど、私だけ飲んでたら、ぎゃあぎゃあ文句言ってくるでしょ? 二人も、いつまでも立ってないで座りなさい」

「よろしいのですか?」

「私が良いって言ったんだから構わないわ」


 シャーリーンに言われ、カルナの両隣に座るユリウスたち。


「さて、話を脱線させちゃって悪かったわ。ユリウス聖騎士長は私に聞きたいことがあるのよね。答えられる範囲でなら答えてあげるわ」

「では。聞きたいことはたくさんありますが、まずは陛下が初代皇帝で今も尚、ご存命であるということは、陛下は長命の種族なのですか?」


 人によってはどうでもいい質問かもしれないが、ユリウスは気になったため、最初の質問としてシャーリーンに問う。

 それに対し、シャーリーンは首を横に振って否定した。


「私はユリウス聖騎士長やルクスと同じ人族よ。ついでに同じで言うなら、私もユニークスキル持ち。その能力で今もこうして生きているの」

「陛下もユニークスキルを……」

  

 人族でありながら、何百年も生きていれば疑問に思われるのは当然。適当に誤魔化しても、結局カルナにバラされるだけ。

 隠し通す努力をしようにも、それが無駄に終わるとわかっているのだから、シャーリーンは自ら所持しているユニークスキルを明らかにした。


「『輪廻転生(リィンカーネーション)』──それが私のユニークスキル」

「へぇ、どんな能力なの?」

「おい、ルクス」

「別にいいわ。クソカルナは既に知ってるし、二人も信用に値する人物と判断して話す。簡単に説明すると、寿命でも病死でも事故死でも、とにかく何かしらの理由で死んだとしても、人族の新しい肉体で強制的に生まれ変わる呪いみたいな能力よ。おかげで、500年近く生きてるわ」


 更に詳しく説明すると、断言するにはデータが不十分ではあるが、現時点では転生後の年齢は12~20歳の間と決まっており、寿命は40代後半までと、一般的な人族の寿命と比べたらかなり短い。


 転生先は、基本的に自身が亡くなった場所付近で、時間は前世での死から早くて一日、遅くても五日後となる。故にシャーリーンが数十、数百年先の未来に転生することはない。


 そして、このユニークスキルの大きな欠点。

 転生後は転生前のスキルを引き継げるが、努力を重ねて上げたレベルは1に戻ってしまう。当然、基礎ステータス値も初期数値に戻る。

 

 しかし、シャーリーンはこの欠点をまったく気にしていない。スキルの引き継ぎがあれば、どうにでもなるから。


 死後、スキルを引き継いで生まれ変わり、それを繰り返してきた彼女が有しているスキルには、単純に強力な能力を持つものの他に、ステータス値に関係するスキルも多数ある。


 よって、基礎ステータス値が下がろうと、総合的に見れば、ユリウスとルクスを同時に相手しても負けないくらいの強さはある。


 ちなみに転生後の『職業』だが、前世の『職業』を引き継ぐか変更するか決めることが可能。

 本人が望めば、前世の『職業』で転生が可能で、変更する場合は、ランダムで次の『職業』が決定する。


 現在のシャーリーンの『職業』は『賢者』なのだが、アステレシアとして動く場合だと、上級職業の『賢者』は目立つため、周りには『白魔道士』と伝えている。


「アステ……じゃなかった。陛下に聞きたいことがあるんだけど──」

「ルクス、貴様!」

「先程からシャーリーン様に対して──」 

 

 追加で明かされたシャーリーンのユニークスキルの説明も聞き、ルクスも前々から気になったことを聞こうとした。

 しかし、目の前にいる少女とは、つい先ほどまで友人のように話していたこともあり、思わず普段と同じように話しかけてしまった。

 彼の言葉遣いに側近たちが怒りを露にするが、シャーリーンが右手を軽く上げて制する。


「もうルクスは、それでいいわ」


 ユリウスなら問題ないが、ルクスの場合だと状況によって態度を変えるように命じても、いつかやらかしてしまうのではないかと拭えない不安がある。

 であれば、最初から今まで通りの態度でいてくれた方が、まだ安心だとシャーリーンは考えたわけだ。


「二人が話を遮って悪かったわね。続けて」

「じゃあ、単刀直入に聞くけど、陛下がユリウス君や神聖帝国騎士団(ロイヤルナイツ)たちに「従魔だろうと魔物は全て抹殺するべきだ」的な洗脳をかけたの?」


 喉を潤そうとティーカップに伸ばそうとしたシャーリーンの手が途中でピタリと止まり、部屋の中の空気が変わった。

 触れてはいけない話題だったのかもしれないが、内容が内容だけに聞かずにはいられない。

 

「……正しくはスキルによるマインドコントロール──まあ、他人の思想を変えるという意味では大して変わらないけど」


 数秒の沈黙の後、シャーリーンはそう答える。


「予想はしていたけど、やっぱり陛下が犯人か」

「そうよ。説教でもするつもり?」


 態度から悪い事だとは思っておらず、強気に言うシャーリーンに対し、そんなつもりはないとルクスは両手を上げた。


「いやいや、初代皇帝に説教なんて恐れ多くてできないよ。もうみんな元通りになっているから別にいいし。ただ、どうしてそんなことをしたのか、理由くらいは聞かせてほしいな」

「それはシャーリーンが大の魔物嫌いだからよ。ホント、この世で一番って言えるくらいにね」


 ルクスの問いに対して答えたのはシャーリーンではなく、隣で話を聞いていたカルナだった。

 薄々気づいていたため、彼女の口から出た答えは概ね予想通りのものである。


「この子にも色々あったからね。シャーリーンは人族以外の種族は魔物と判断するタイプ。私は元人間だけど、今は妖魔族だから嫌われてるわけ」

「アンタは元人間でも仲良くなれる自信がないわ」

「でも、魔物嫌いだとしても、人の従魔まで殺そうとするのは──」

「従魔だからって無害とは限らないのよ」


 ルクスの言葉にシャーリーンは声色を少し低くして返した。

 視界に入るシャーリーンの拳は力強く握り締められ、彼女の表情からは怒りや憎しみが見て取れる。


「私の両親は冒険者の従魔に殺された。その従魔の主人が命じたわけじゃないわ。街中で突然主人の言うことを聞かずに従魔が暴走したの。ついでに言うと、その主人も自分の従魔に殺されたし、私の故郷は魔物の大群によって滅ぼされた。私もその日に初めて死んだわ」


 そして、死の間際にシャーリーンのユニークスキルが発現・発動し、目が覚めると新たな肉体へと生まれ変わった。


 新たな肉体を得て、初めて見た景色を絶対に忘れることはない。

 魔物の襲撃によって見る影もない姿となった街。食い殺され、あちこちに散らばっている人肉。忘れたくても忘れられない景色だ。


 怒りや憎しみで乱れた心を落ち着かせるようにシャーリーンは紅茶を一口飲んでから話を続ける。

 

「街にいた全ての従魔の暴走に、野生の魔物の大群による襲撃──不可解な点は多かったけど、どちらにせよ、従魔だって所詮は魔物。暴れ出して人を殺すことだって十分にあり得る。魔物の良いところなんて、素材として役に立てるくらいよ」


 シャーリーンの言葉に黙り込む二人。

 彼女にそんな過去があるなら、従魔を含め、この世に存在する魔物全てを敵視するのも理解できる気がする。

 ただ、シャーリーンの思想を他人が否定する権利もないし、そのような思想を抱こうが彼女の自由だが、周りを巻き込むのは間違っているだろう。


 それに、リリィのもとには多くの魔物がいる。

 彼らは、とても親切で友好的。『聖魔女の楽園』に居た時は何度も世話になった。

 リリィを第一に考えていることもあるし、暴れ出して危害を加えるような者たちではない。


 もしもシャーリーンがリリィのことを知り、彼女のもとにいる魔物たちを殲滅しろなんて命令が下されたら、ユリウスは神聖帝国騎士団(ロイヤルナイツ)の聖騎士長ではなく、リリィの弟としてマリアオベイルに敵対するつもりだ。

 

「まあ、神聖帝国騎士団(ロイヤルナイツ)に使ったスキルの効果は、全部ルクスの能力で消されたわけで、かけ直しも解除されるのがわかりきっていることだし、時間も手間もすごくかかる。だから、もうやらないわ」


 シャーリーンは不機嫌そうな表情を浮かべながら、テーブルに片肘をついて言う。

 相も変わらず、態度から自身の行いについて悪いとは思っていないようだが、彼女の言葉に嘘は感じられなかった。


「でもさ、もう過ぎたことだけど、従魔まで抹殺対象にしていたってなると、この国の印象が悪くならない? 厳密には、神聖帝国騎士団(ロイヤルナイツ)が。陛下のせいで、彼らは鬼畜な集団って思われてそう」

「そうかもね」

「そうかもねって……」


 正直、自分のこと以外はどうでもいいのだろう。

 悪びれる様子もないシャーリーンに、ルクスは久しぶりに「目の前にいる人間はかなりヤバいやつ」と認識を改めた。彼が他人に対して、そう思うことは、ほとんどない。


「けど、実際のところ、他人の従魔を殺したなんて事実はないわ」

「えっ、そうなの?」

「彼らにスキルを使った際、嘘偽りなく報告するようにもしたけど、そんな報告は一度も出てない。もともと、帝国が魔物を敵視しているって話は、この大陸中に広がってるから従魔連れは恐れて近付こうとしない。離れた街でも何処に神聖帝国騎士団(ロイヤルナイツ)の目があるかわからないから、無暗に呼び出すこともしなかったんでしょうね」


 被害がゼロというのは嘘のような話だが、シャーリーンが言うなら間違いないのだろう。


「なるほど。でも、大陸中にそんな話が出ているなら、従魔連れは生活するの大変だよね。従魔もストレスが溜まりそう」

「どうかしらね。不本意だったけど、この国のために身を粉にして働いてくれてる優秀な臣下の頼みで仕方なく、唯一テルフレアって街と、その周辺だけは対象外にしてあげていたし、従魔連れはそこに移住しているか、もしくはこの大陸から出て平穏に暮らしているんじゃないかしら」


 そう言って、シャーリーンは話を切るように紅茶を一口飲む。そして、彼女はふと“あること”を思い出し──

 

「──あ、そうだ。話は戻るけど、さっき神聖帝国騎士団(ロイヤルナイツ)にスキルを使ったって言ったじゃない? あれなんだけど、ユリウス聖騎士長には何もやってないから」


 シャーリーンは思い出し、そう言った。

 ユリウスも従魔を含めた魔物を、より強く憎むようにマインドコントロールをかけられていたが、シャーリーン曰く、どうやらそれは彼女の仕業というわけではなさそうだ。


「ユリウス聖騎士長は、マリアオベイルに来た時点で私以外の誰かに──しかも、私のより遥かに強力なマインドコントロールをかけられていた。上書きはできなかったけど、私には好都合だったから、そのまま放置していたの」

「そうなんだ……。その誰かっていうのに心当たりとかは──」

「ない、な。そんなことされた記憶もない……」


 ルクスはユリウスに問うも、予想通りの答えが返ってくる。

 ただ、ユリウスにその記憶がないのではなく、当事者に記憶を消されているのだろう。証拠や手掛かりなどを残さないようにするために。

 シャーリーンや、話を聞いていたカルナも、そう結論付けている。


「ユリウス聖騎士長も知らないなら暗示をかけたやつについては、考えたところで答えが出ない。無駄なことに時間を割きたくないから、この話はおしまい」 

 

 両手でパンと叩いて話を終わらせたシャーリーンはカルナに視線を移す。


「そろそろ本題に移ろうかしら。結局アンタは私の国に何しに来たの?」

「ん? 割と大きめの襲撃だったみたいじゃない? 古くからの友人として心配で様子を見に来ただけよ。私が集めた情報では、襲撃者は異界人みたいだけど、実際どうなの?」


 襲撃者が異界人というのは、マリアオベイル内でもごく僅かの人間しか知らない情報。

 なぜ、部外者のカルナが知っているのかはこの際置いといて。この情報には一つ間違いがある。


「……襲撃者は、異界人じゃないわ」


 シャーリーンの返答に驚愕の表情を見せたは、カルナではなく、その両隣に座っているユリウスとルクス、そして、シャーリーンの後ろに立つ側近たち。

 ユリウスたちの反応は当然のものだが、側近たちですらも、襲撃者は異界人だと知らされていた。

 

「襲撃者は──エスメラルダ・ヴァン・バルトハルト」

「──ッ!? マジ……?」

「報告によると、エスメラルダは異界の言語を使っていたみたいだけどね」

 

 襲撃者の正体を聞いてもピンとこないユリウスたちだったが、今度はカルナが目を見開いて驚愕の表情を見せていた。そして、見間違い、聞き違いではなかったか、カルナはシャーリーンに確認した。


「……本当に私たちが知ってる、あのエスメラルダ?」

「他にどのエスメラルダがいるのよ」


 返ってきた言葉を聞き、右手を口にあてて考え込むような姿勢を見せるカルナ。

 シャーリーンの口から出た名で、カルナの頭に思い浮かんだ人物は一人しかいなかったと同時に、彼女が嘘を吐いている可能性はゼロと考える。


 あれは凄惨な事件だった。あの一件で、シャーリーンが抱く魔物や魔族への憎しみが更に強くなったのだから。


 カルナは一度だけエスメラルダと戦ったことがある。エスメラルダが異界人側についているなら、今後戦うこともあるだろう。

 彼女が使う『時空間魔術』の脅威も当然知っているため、更に厄介な敵になっていることに違いない。


 現状、エスメラルダに勝てるのは──なんて考えるのは後でいい。それよりも今は他に重要なことを聞かなければ。


「じゃあエスメラルダは何をしに来たの?」

「…………」

「シャーリーン?」


 言えない何か隠し事をしているのか、言葉に詰まるような様子がシャーリーンから伺えた。

 だが、数秒沈黙が続いた後、シャーリーンは椅子から立ち上がる。


「アンタには絶対聞かれるだろうだし、二人にも関係ある話だから今のうちに紹介してあげるわ。場所を変えるからついてきなさい」


 側近たちが何か言いたげな感じではあったが、言ったところでシャーリーンの意思が変わることはない。

 カルナたちはシャーリーンの後ろをついていきながら城内を移動する。

 道中、いくら広いとはいえ、城内を移動すれば誰か一人くらいは、すれ違ってもおかしくないのだが、気持ち悪いくらいに誰ともすれ違わない。


 そして、暫くの間、シャーリーンの後ろをついていって到着したのは、城の地下に存在する研究施設。ユリウスはここへリリィと共にシャルルフォーグを襲った異界の魔物の引き渡しの際に来たことがあった。

 

「中央に立って、じっとしてなさい」


 研究施設内を歩き、辿り着いたのは一つの大部屋。その中央には魔法陣らしきものがあった。

 シャーリーンの言葉通り、カルナたちは魔法陣の中央に立つと、紫色の光が視界を満たし、それが収まると別の部屋へカルナたちは転移していた。

 何も言わずにシャーリーンは歩き出し、カルナたちは再び彼女の後ろをついていく。

 

「ここは……」

「今までとは比にならないくらい『節制の勇者』の気配を強く感じます」


 突如ユリウスの横にミカエルが現れてそう言った。

 しかし、辺りを見回してみても、先程の研究施設と大した変わらない景色なのだが、自分たちの足音が響くだけで、人の気配はまったくしない。


 本当に『節制の勇者』はここにいるのか。

 ユリウスにそんな疑問が生まれるなか、先頭を歩くシャーリーンが足を止めた。

 目の前には、一本の大きなガラス柱。

 その中にあるものを見て、ユリウスとルクスは息を飲んだ。


「こ、これは……」

「もしかして、この中に入っているのが『節制の勇者』……?」

 

 透明な液体で満たされたガラス柱の中には、瞼を閉じた青年が、いくつもの管などで繋がれていた。


「そうよ。彼の名前はフィードル・オルバーン」

「この人は生きてるんだよね」 

「意識はないけど、ちゃんと生きてる。フィードルは、エスメラルダの魔術によって意識不明の状態になった。その時に誓ったわ。エスメラルダは私が必ず殺すって」


 あの日のことは絶対に忘れることはない。

 絶望し、灰色に見えていた世界に色を与えてくれたフィードルと信頼できる仲間たち。エスメラルダはそれらを奪った。


「この筒に入ってる理由は何ですか?」

「ある計画のためよ。こんな扱いしてフィードルに嫌われても文句は言えない。それを覚悟した上で彼の力を使わせてもらってる」

「ある計画というのは……?」

「人工勇者計画──彼とあなたたち二人のユニークスキルの情報を元に、ユニークスキルを造り、適合者に与えて『勇者』と同等の力を持った人間を生み出す計画。『勇者』を集めてるのは、多ければ多いほど計画が早く進むから」

「僕たちの情報って、そんなのいつ──あっ、医務室でか……」

 

 神聖帝国騎士団(ロイヤルナイツ)は、訓練や任務で身体を酷使することも多く、帝国を守る騎士団ということもあり、定期的な健診を受けることを義務付けられている。

 

 健診が行われるのは、医務室だ。

 

 医務室には、アステレシア──シャーリーンがいる。

 そして、ユリウスとルクスが健診を受ける時、そこには必ずアステレシアがいた。どんな方法で情報を得ることができるか不明だが、その機会は十分なほどある。


 ついでに言うなら、神聖帝国騎士団(ロイヤルナイツ)へのマインドコントロールも、医務室に勤務しているなら容易だ。怪我をして訪れた時にやってしまえばいいのだから。


「…………」


 にしても、人工的にユニークスキルを造るなんて、予想だにもしてないことだった。

 本当に可能なのかという質問は無駄な行為だろう。事実であることは、悔しそうな表情を浮かべるシャーリーンを見てわかる。

 

「……でも、既に完成していた九つの人工ユニークスキルがエスメラルダに奪われた。どこで情報を仕入れてか知らないけど、アイツの目的は、人工ユニークスキルだったのよ」


 シャーリーンの拳は震えるくらい強く握られていた。


 本当は城内に現れた時、すぐにでも殺してやりたかった。

 だが、エスメラルダを確実に殺すには、まだ準備が終わっていない。


 故に、殺したい相手が近くにいても我慢することしかできなかった。それがどれだけ辛いものだったか。


「じゃあ、エスメラルダは『時空間魔術』以外にもユニークスキルと同等の力を手に入れているかもしれないってこと?」


 後ろの方で黙って話を聞いていたカルナがシャーリーンに聞いた。


「アイツは適合者にはなれないわ」


 なるほど。そういうことか、と。

 カルナは納得した様子を見せるが、ユリウスとルクスはどういうことなのか、いまいちピンときていない。

 二人を置いてきぼりにしては話が進まないだろうと、カルナは彼らに説明することにした。


「君たちは『勇者』と『魔王』の大きな違いが何なのかわかる?」

「えっと……」

「……人族か、それ以外の種族か……?」

「正解」

 

 ユリウスはこれまで会ってきた『勇者』と噂で聞いたことがある『魔王』の話から推測して答えた。


「『勇者』は人族のみに与えられる『職業』で、『魔王』は人族以外の種族しかなれない。私は1000年以上『魔王』をやっているけど、人族の『魔王』も、人族以外の『勇者』も見たことないし、聞いたこともないわ」

   

 その後、カルナは「まあ、それより前のことはわからないけど」と言って説明を続けた。


「で、人工勇者計画は『勇者』を自分たちで作っちゃおうって計画。本物ってわけじゃないから、人族以外でも適合者になれるように作れたかもしれないけど、シャーリーンの性格や思想から、それはないと断言できる」

「ということは、陛下がエスメラルダは適合者になれないって言ったのは、人族じゃないから」

「そう。アイツは龍人族(ドラゴニュート)。だから、人工ユニークスキルを奪ったところで適合者にはなれない──ってことだけど……」


 龍人族(ドラゴニュート)のエスメラルダは適合者にはなれないわけだが、カルナは先程シャーリーンが言った言葉を思い出す。


「エスメラルダは異界の言語を使っていた、かぁ……」

「…………」

「エスメラルダが異界陣営に協力しているのは確実。人工ユニークスキルを奪ったのも戦力増強のため、ってところかしら。まあ、襲ってきたら返り討ちにすればいいだけか。この前のあの子みたいに」

「この前って……カルナさんのところに来たの?」


 代表してルクスが聞いた形になったが、その件についてはユリウスとシャーリーンも気になった。ルクスが聞かなければ、どちらかが聞いていただろう。

 

「2週間前くらいに、ちょうど一人で特訓しているところにね。なんか、うるさくて暑苦しいやつだったわ」

「こんなこと言いたくないけど、アンタの実力()()は認めてる。異界人が相手だろうと負けることはないでしょう」

「それはそうだけど、シャーリーンに言われると嬉しいなぁ」

「だからこそ、拘束して情報を引き出したわよね? 異界についての情報の一つや二つくらい、私に寄こしても──」


 シャーリーンは途中で言葉を止めた。

 照れていたカルナが、急に視線を逸らしたからだ。この反応で大方察することができる。むしろ、これでわからないほうがおかしい。


「……いやぁ、えっとぉ……」


 あはは……と笑うカルナにシャーリーンは大きな溜め息を吐き、呆れた目で彼女を見たのだが、どうやら理由があるようで、カルナは必死に弁明を始めた。


「いや! 私だってちゃんと情報を引き出そうとしたのよ!?」

「……ホントかしら。テンション上がって、忘れてたんじゃないの?」

「違うって! 向こうがやる気満々だったから、とりあえず軽く一発殴って大人しくさせようと思ったの。でも、思いのほか、簡単にぶっ飛んじゃったって。だから、一撃でぶっ飛ぶ貧弱な異界人が悪い!」


 腕を組み、うんうんとカルナは力強く頷いた。

 カルナの実力なら十分にあり得る。だとしても、異界人と対峙しているのだから、その異界人の特徴やら何かしらの情報はあるはずだ。

 この際、些細なことでもいいからとシャーリーンに言われたカルナは、当時のことを思い出す努力をする。


「そうだ、異界人って黒いラッパ? みたいなのを使うと姿が変わってめちゃくちゃパワーアップするわ。前にエルトリアからも聞いたし、私もしっかりこの目で見たから間違いない」

「ふーん。で? そのパワーアップした状態の異界人をアンタは本気でもない一撃で簡単に倒したと」

「そりゃあ、まあ。『魔王』の中で最強と名乗る以上は、それくらいできないと。一応言っておくと、情報を引き出そうとして加減したから、普通に生きてると思う」

「黒いラッパ……」


 カルナの話を聞き、ユリウスは過去の戦いを思い出していた。


 シャルルフォーグで会った異界人アーデンハイドは、ユリウスにとって過去最大の強敵であり、彼との戦いはミカエルの助力がなければ、引き分けすら怪しいところだった。

 しかし、カルナの情報から考えると、アーデンハイドは黒いラッパを使っていない。つまり、本気を出していない。それであの強さなのだから、実力差は嫌でも思い知らされる。


「ん? 彼、どうしたの?」

「ユリウス君も前に異界人と戦ったんだけど、相手は結構強くて、ミカエルなしじゃ、確実に負けていたって」

「ふーん、そっかぁ」


 カルナは当時の戦いを思い出しているユリウスを見つめる。そして、ある提案を持ち掛けた。


「今より強くなりたいなら、私が鍛えてあげよっか?」

「ちょっと! そう言って彼らを自分のところへ引き込もうって魂胆じゃないでしょうね!?」

 

 ユリウスたちが答える前に、シャーリーンがキレ気味で言う。もちろん、カルナはそんなつもりなど毛頭なかった。

 

「彼らがフリーなら私の国に来ないか誘っていたけど、シャーリーンのところから奪ってまで手に入れようとは思わないわ。約束する」

「……どうだか」

「大丈夫だって。で、どうする?」


 問われた時点で、ユリウスの答えは出ていた。

 アーデンハイドと戦ったあの日から、更に自分に厳しく、鍛錬を重ねてきてはいるが、それでもまだまだ力不足。この先、アーデンハイド──いや、それ以上の敵が現れるのは間違いない。

 向こうから鍛えてあげると言ってくれたのだ。それも、異界人を一撃で倒す実力者で『魔王』の中でも最強と呼ばれている人物から。


 カルナの提案を断る理由など、ユリウスには一つもなかった。


「お願いします」

「ルクス君は? 一人も二人も大して変わらないし、まとめて鍛えて上げても私は全然いいけど」

「もちろん僕も」


 ルクスもエスメラルダとの戦いで、力の差を思い知らされたのだ。強くなれるチャンスを逃すつもりはない。


「よし。ってことで、シャーリーン。彼ら連れて行くからね」

「アンタの力を借りるなんて心底嫌だけど、彼らが望んでいるなら止めないわ」

「そっちの都合もあるだろうから、そう長々と借りないわ。期間は……五日くらいでいい? 短期間なぶん、ちょっとハードになっちゃうけど」

「五日経ったら、ちゃんと返しに戻ってきなさいよ」

「もぅ、信用してよぉ。それじゃあ、時間は限られているし、一秒も無駄に出来ないから、そろそろ戻るかな」


 そう言ってカルナはユリウスとルクスの肩にポンと手を乗せる。


「五日後を楽しみにしてて。二人ともめちゃくちゃ強くなって帰ってくるから──っと、そうそう。異界関連じゃないけど、もし怪しい商人が商談を持ち掛けても話に乗らない方がいいわよ」

「何よ、それ」

「アルゴギガースのことは知ってるでしょ?」

「ああ、あのデカブツ」

「あれの復活の手引きをしたのが、その怪しい商人。名前は……ウーノって言ったかしら。他にも仲間がいるっぽいから、利用されないように気をつけてね」

「あっそ。ちなみに、そのウーノってやつはどうしたの?」

「……割と真面目に戦ったけど、結果的には逃げられた」


 シャーリーンは表情には出さなかったが、今日一番の驚きだった。本気ではなくとも、あのカルナ・ヴァーミリオンから逃げ切ることができるなんて……。


「んじゃ、今度こそ本当に戻るから。バイバーイ」

 

 次の瞬間、カルナがつけていたネックレスが輝き、彼女たちはシャーリーンの前から姿を消した。






 騒がしかった研究施設内も、今はシャーリーンと側近たちだけ。先程までが嘘みたいに静寂な時間が流れている。


「二人は戻ってていいわ。私はもう少しここにいる」

「「かしこまりました」」


 側近たちも去り、この場にはシャーリーンとフィードルだけ。


「相変わらず、あの馬鹿はうるさくて嫌いだわ。何より魔族だし。あなたは面白くて好きって言ってたけど」


 語り掛けるようにシャーリーンはフィードルがガラス柱を撫でる。

 自分は嫌いとはいえ、古くからの知り合いであるカルナが来たのだから、何かしら反応を見せてくれたらいいな。

 そんな淡い期待を抱きながらフィードルの表情を見るが、無論何も変わっていない。


「フィードル。エスメラルダは必ず私の手で……」


 手を強く握り締めて、神聖帝国初代皇帝は改めて誓う。

 憎きエスメラルダを殺すこと。そして、必ず最愛の人を取り戻してみせると。

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奈落の底で生活して早三年、当時『白魔道士』だった私は『聖魔女』になっていた4
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