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帰郷した翌日

 リーロンに帰ってきて翌日。

 私は自室のベッドの上で目を覚まします。

 久しぶりの自分のベッド。

『聖魔女の楽園』のものに比べたら質は落ちますが、そんなものはまったく気になりません。むしろ、こっちの方がぐっすり寝られた気がします。


 さて、時刻は朝の6時を過ぎたくらい。

 我が家は基本的に早起きなので、もう家族のほとんどは起きていると思います。

 ほとんどというのは、一名まだ寝ているはずだから。

 一階に降りる前にまだ寝ているだろう人物の部屋に行きます。

 起こさないようにゆっくりと扉を開けると──


「むにゃむにゃ……もう食べられないよぉ、お姉ちゃぁん……」


 寝間着姿のマリーがお腹を出して寝ています。

 どんな夢を見ているんですかね。寝言から考えるに、私と一緒に何か食べている夢のかな?

 暖かいとはいえ、お腹を出して寝ていては風邪を引くかもしれないので、そっと毛布を掛けてマリーの部屋を後にします。


 一階に降りるとお母さんが台所で朝ごはんの準備をしていました。

 ユリウスは部屋にいなかったみたいですし、お父さんもここにはいない。お父さんも早起きタイプの人間なので、まだ寝ているとは思えない。

 

「あら。おはよう、リリィ」

「おはよう、お母さん」


 朝の挨拶をするとお母さんの瞳は少し潤んでいました。


「ど、どうかしたの?」

「いや、ね。こうしてまたリリィにおはようって言える日が来るなんて思ってもいなかったから……って、朝からこんなんじゃ駄目ね」


 お母さんは涙を拭いて普段通りに戻ります。


「マリーはまだ寝ているの?」

「さっき見て来たけどぐっすり」

「まあ、休みの日だし、別にいいんだけど、このまま休み癖がついたら学校に戻った時が心配だわ。寝坊して遅刻しなければいいけど……」


 マリーならやりかねないので残念ながら大丈夫と断言はできませんね。


「ところで、お父さんとユリウスは?」

「二人なら外よ。朝の訓練とかで剣術勝負しているわ」


 朝ごはんまでは時間がありますし、私も日課のトレーニングをしましょう。

 と、その前に二人の様子でも見に行きましょうかね。二人は庭にいるはずです。


 自慢ではないですが、我が家の庭は一対一の剣術勝負ができるくらいには広いです。というか、それ用に作ったみたいなんですけどね。

 どうやらお父さんが「男の子が生まれたら剣術を学ばせる」と決めていたようで。お金もお父さんが全て出したそうです。だから、我が家は村の中でも上位の広さがあるんですよね。


 そこでユリウスとお父さんが剣術勝負をしている。

 こう言ってしまうのは悪いですが、まず間違いなくユリウスが勝つでしょう。手加減したとしてもお父さんはついていけるのがやっとだと思います。


 しかし、私の予想は大きく外れることに。


 庭の方に行ってみると、そこにはユリウスが後ろに倒れて地面にお尻をつけていました。

 信じられない様子で驚いているユリウスに対し、お父さんは木剣を肩にトントンとやりながらドヤ顔をしています。


「ハッハッハ! 久し振りで不安だったが、剣術のみの勝負なら俺もまだまだ通用するな! いやぁ、よかった! 息子に負けたらしばらく立ち直れそうにないし」


 お父さんは大声で豪快に笑います。

 正直なところ、私も目の前で起きたことが信じられません。

 だって、ユリウスは神聖帝国マリアオベイルの神聖帝国騎士団(ロイヤルナイツ)──その聖騎士長ですよ? しかもこの世界に7人しかいない『勇者』です。

 にもかかわらず、ユリウスのような特別な力を持っていないお父さんに負けるなんて……。


「おっ、リリィか! おはよう」

「お、おはよう、お父さん」


 この状況に困惑しながらもお父さんにも朝の挨拶をすると、お父さんは急に泣き始めました。

 理由はお母さんと一緒なので割愛します。

 そして、とりあえず泣き止んだお父さんは私に聞いてきます。


「リリィ、もう朝ごはんの時間か?」

「ううん。私も朝のトレーニングをするために外に出ただけ。朝ごはんはもう少しかかると思う」

「……父さん、もう一回だ」


 ユリウスはゆっくり立ち上がると木剣を構え直します。


「おう、いいぞ。今度は手加減なしでこい!」


 それはさすがに不味い気が……。ユリウスとお父さんとではレベルの差がかなりあるでしょうし。

 ただ、ユリウスに尻もちをつかせたお父さんの技量を見たいのも事実。

 使っているのは木剣。怪我をしても致命傷にはならないと思うので、ここはこの勝負を見守りましょう。


 ユリウスは即座にお父さんとの距離を詰め、上段から木剣を振り下ろします。

 それをお父さんは必要最低限の動きで回避。

 その後もユリウスの攻撃をお父さんは楽々回避。対してユリウスは不服そうな表情を浮かべながら攻撃を続けます。


 思い返せば、私はお父さんが戦っているところをしっかり見たことがないかも。

 昔の私の『職業』は『白魔道士』で剣術とは無縁。だからお父さんが特訓相手になることはなかった。

 ユリウスと勝負しているところは何度か見たことはあれど、ここまで真剣に勝負している姿は見たことがない。この様子だとユリウスはお父さんに一度も勝ったことがなさそうです。


 そうこうしているうちに勝負の決着がつきました。

 ユリウスの木剣がお父さんの木剣に弾き飛ばされ、地面に転がります。


「また父さんの勝ちだな」

「……くっ。また勝てなかった……」

「そう落ち込むな、ユリウス。魔術とか何でもありの勝負だったら父さんはお前に手も足もでないんだから」

「それでも今まで全部負けて来たし、一回くらいは剣術勝負で父さんに勝ちたいんだよ。……なあ、父さん。父さんは俺の攻撃が何処に来るかわかっていたのか?」

「もちろん。じゃなきゃ今頃父さんはユリウスにボコボコにされている」


 まさかの返答に驚く私とユリウス。

 そんな私たちを気にせず、お父さんは説明を続けます。


「父さんは『未来視』っていう結構珍しいスキルを持っていてな。効果は名前の通りで、未来を視ることができる。けど、勘違いしないでほしいが、未来を視るって言っても何時間も先の未来を視ることができるわけじゃないぞ。5秒くらい先を視ることができるだけだ」


 だとしても、強力なスキルであることには変わりないですよ。


「それに、未来を視たとしても対処できるかは別の話だ。対処できなければ未来が視えても意味がない」

「でも、父さんは俺の攻撃を全部回避していた」

「そこはほら、父さんの方がユリウスよりも実戦経験は豊富だから。全部は難しいが、スキルに頼らずとも動き方次第で相手の攻撃を自分の来てほしいところに誘導させることもできる。さっきの勝負だって何回かは父さんの思い通りにユリウスは攻撃を撃ちこんできた。来る場所がわかっていれば対処しやすい上に、カウンターも狙える。身につけておいて損はない技術だぞ」


 意気揚々と話すお父さん。

 確かにその技術は身につけて損はないでしょう。

 しかし、それより気になることが。


 お父さんって何者?


 いや、お父さんはお父さんです。娘のことが好きすぎて、ちょっと困る時があるけど、とても優しいお父さん。

 私が気になっているのは、お父さんが過去にどんなことをしていたのか。

 聞くきっかけがなかったというのもありますが、幼い頃の私はあまり興味ももっていなかったのでしょう。実際、たまに魔物を狩りに行くお父さんと思っていましたし、お父さんも自分の過去を話しそうで話さなかった。

 けど、こうして改めて考えてみるとお父さんの過去が気になります。

 そして、それはユリウスも同じようで──


「父さんって昔、何をやっていたんだ?」

「ん? ああ、そういえば自分の昔話を息子、娘に自慢げに話せばウザがられると思っていたから、話していなかったな。嫌われたくなかったし。でも、興味があるなら別か。実は父さんな──」

「あなた、ユリウス、リリィ。朝ごはんが出来たわよ」


 タイミングが悪くお母さんが庭に来て声をかけます。

 お父さんも自分の昔話をしようとしていたところで遮られたので何とも言えない表情をしていました。


「あら、何か話をしていたの?」

「お父さんって昔、どんなことをしていたのかなって」

「昔のお父さん? リリィと同じ冒険者よ。王都シュナーベルで冒険者をしていたの」

「シュナーベルっていうと、マリーが通っている学校がある……」

「そう、そのシュナーベル。当時はシュナーベルの冒険者の中で一番強いって噂をよく聞いていたわ。ちなみにお父さんとの出会いはこの村でね──」


 なんだか話が長くなりそうだったので、その話は朝ごはんを食べながらということになりました。

 それでもお母さんの口からどんどん話が出てくるので、これから話そうとしていたお父さんが少し可哀そうだなと思いながら家の中に戻るのでした。

 もし『未来視』を使ってお母さんが来ることを知っていれば、お父さんが自慢気に話す未来になっていたかもしれませんね。 






 

 朝ごはんも食べ終わり、どうせ私のことはもう村に知れ渡っているので、改めて挨拶するのも兼ねて散歩でもしようかなと思っていたところ、マリーから「お姉ちゃんに見せたいものがある」と言われました。

 妹の頼みならと村の外まで行こうとしたのですが、たくさんの人に声をかけられて多少は時間がかかりました。

 ようやく村の外に出たのはいいものの、マリーの姿が見当たりません。先に行くと言っていたのですが……。

 すると、遠くの方から何かがこちらにやってくるのが見えます。


「お姉ちゃぁぁぁぁん!!」


 マリーです。叫びながら私の方に向かっていますね。

 マリーは黒い金属の塊のようなものに乗っていました。

 私の近くまで来ると乗り物らしきものから降りて走ってきました。


「お姉ちゃん、来るの遅かったからちょっとだけ走りに行っちゃったよ」

「来る途中で村の人たちに捕まっちゃって。これが私に見せたかったものですか?」

「そうだよ。魔力充電式二輪駆動!!」

「ああ、前にユリウスが言っていたやつですか」


 そう言うとマリーは不満そうな顔をします。


「ええぇ~!! お姉ちゃん、知っていたのぉ?」

「知っていたと言っても、名前だけユリウスから聞いていただけで、どんなものかまでは聞いていませんよ」

「うーん、ならいいかな。そうだ、お姉ちゃんも乗ってみる?」

「いいんですか? ちょっと不安ですけど……」

「大丈夫大丈夫。運転のやり方教えるね」


 マリーは私に動かし方を教えてくれます。

 といっても、どうやらこの乗り物はハンドル部分から魔力を送り、それをエネルギーにして動いているみたいです。だから、動かすこと自体はそこまで難しいことではないと。

 馬車のような四輪と違って二輪なので、おそらく平衡感覚が重要なのかな。頭を抱えるほど悪くはないと思うので大丈夫だと信じましょう。

 その後も停止のやり方など聞き、ある程度は把握できました。実際にできるかは不明ですけど。


「それじゃあ早速行ってみよ~!」


 マリーは私の後ろに座って腰に手を回し、落ちないように身体をべったりと密着させます。

 事故で妹に怪我をさせたくないので、万が一のことも考えて障壁を張ったりして、まずはゆっくりと魔力を送って動かします。


「うんうん。お姉ちゃん、良い感じ! でも、これじゃあ馬車とあまり変わらないから、もうちょっとスピードを上げてみよう!」


 ここで調子に乗らないのが私です。

 いきなり速度を上げて事故に遭ったら嫌ですし、徐々にスピードを上げて少しずつ慣れていきます。

 そして、それから30分ほど運転し、一度休憩することになりました。

 

「いやぁ、お姉ちゃん、初めてで転ばないなんてセンスあるよ。私は練習でいっぱい転んだから」

「タルトに乗っている時と感覚が似ているからかもしれませんね。それはそうと、こんなものが造れるなんてマリーはすごいです」

「私がすごいんじゃなくて、全部『職業』のおかげだよ。あと、これについて書かれた資料。それがなかったら造れなかった。いくら『錬金術師』が他の『職業』と比べて物造りに特化しているからって、まったく知らないものは造れないからね」

「……なるほど。その資料って私も見ることはできないですか?」


 私が問うとマリーは首を傾げて答えます。


「どうだろ? 今は貴重な資料として別の場所で管理されているからなぁ。私がまた見たいって言ったら見られると思うけど」

「じゃあ見るためにはマリーと一緒にシュナーベルに行かないと駄目なんですね」


 するとマリーは右手の人差し指を立てて左右に振りました。


「チッチッチ。実はそういうわけでもないんだよなぁ」


 そして、マリーは自分の【異次元収納箱(アイテムボックス)】から紙の束を取り出しました。

 マリーが【異次元収納箱(アイテムボックス)】を使えることにちょっとだけ驚いていると、マリーは手に持っている資料を渡してくれました。

 言葉の意味から察してこの資料は──。


「もしかしてこれって……」

「そうだよ。今言っていた資料を書き写したやつ。お姉ちゃんにあげる。見たかったんでしょ?」

「そ、それはそうですけど……こんなことしていいんですか?」

「書き写したのは没収される前だし、その時までは私のものだったから、何をしようが咎められることはない──はず! というか、仮に咎められても書き写しがないか聞いてこない方も悪い!」


 マリーがそう言うのならいいのでしょう。

 受け取った資料は私も興味があるので読みますが、読み終わったらバエルかアモンに渡すつもりです。あの二人なら『錬金術師』でなくとも、この乗り物を造れそうな気がしますし。

 まあ、造ってどうするんだって話ですけど。私の場合、長距離だとタルトの背中に乗せてもらいますし、最悪『浮遊魔術』で飛べるので。


 その後、今の話で胸の内に抑えていた怒りが湧き出てきたのか、しばらくマリーの愚痴に付き合うことになりました。

 内容は没収された資料の件とか、学校生活のこととかです。

 溜め込んだままではいつか爆発するかもしれませんからね。今まで連絡しなかった詫びも兼ねて満足するまでマリーの相手をすることにしたのです。


「ふぅ、お姉ちゃんに話したらちょっとだけスッキリした」


 マリーの話は30分ほど続きました。

 全てが愚痴というわけではなく、友達のこととか面白い話も聞けて私も満足しています。


「さてと、そろそろ村に戻ろっか。帰りは私に任せて!!」


 ということで、マリーの運転で帰ることになりました。

 ただ、マリーの運転は何というか荒々しいというか、危なっかしいというか……。最初からスピード全開で「私が運転すればよかったかも……」と思うくらいです。無事に村に着いたらマリーに注意しておきましょう。

 

「お姉ちゃん、村が見えて来たよ!」

「マリー、帰ったら話があるので──」 

「ん? 村の門に誰かいるよ」


 確かにいます。誰かと門番の人が話していますね。

 村の外に狩りに出て帰ってきた人かと思いました。

 しかし、私の予想は大きく外れることに。

 そこにいたのは、私のよく知る人物の一人でした。


「あっ! あれってもしかして!」


 リーロンに到着すると、乗り物を放置してマリーはすぐにその人物のもとへ駆け寄ります。


「やっぱりそうだ! 久し振りだね、()()()()()! 元気だった?」  


 その人物とは、かつて一緒にパーティーを組んでいた私の幼馴染の一人──カリア・トーラスでした。

この度『書籍版聖魔女シリーズ』の第四巻の発売が決まりました!!

こうして第四巻も発売できるようになったのも皆さんの応援のおかげです。ありがとうございます!!


発売は2022年12月9日。Amazon様で予約受付中!!


是非とも手に取っていただけると幸いです。(ぶっちゃけた話、書籍版の売上次第で続刊が決まりますので……)

また、第一巻から第三巻も発売中ですので、まだ手に取っていない方がいましたら手に取っていただけると嬉しいです。

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奈落の底で生活して早三年、当時『白魔道士』だった私は『聖魔女』になっていた4
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