何のために戦うのか
「ここはいったい……。俺は死んだのか?」
「いいえ、死んではいませんよ。ここは精神世界──簡単に言えば、あなたの心の中です」
精神世界と言われてもユリウスはいまいちピンとこなかった。
だが、今はそれで納得するしかない。
それよりもユリウスにはやることがある。
「こんなところにいる場合じゃない。俺はあいつを倒さないといけないんだ」
「心配しなくても現実世界と精神世界の時の流れは違います。アーデンハイドの攻撃が来るまで、まだ時間があります。冷静さを欠いているようですし、少し落ち着きなさい」
そんなことしている場合ではない。
しかし、ミカエルの指摘は尤もだった。
冷静さを欠いているのは事実。それに、考えてみれば精神世界から現実世界へ戻る手段を知らない。
そして、おそらく今、精神世界の主導権を握っているのはミカエルだろうと考える。ここに来ることができたのもミカエルが呼んだから。
故に今のユリウスに出来ることはミカエルの言うことを聞くしかない。
「ユリウス・オーランド。あなたにもう一度問います。自分の命を犠牲にしてでも勝つ。あなたは本当にそれでいいのですか?」
「……そうでもしなきゃ、あいつに──アーデンハイドには勝てない……」
ユリウスの返答を聞き、ミカエルは少し間をおいて改めて問う。
「では聞き方を変えます。それで絶対に勝てるという確証はあるんですか?」
「それは……」
ユリウスは言葉に詰まった。
確証など何処にもない。
命を犠牲にしたところで勝てる可能性は限りなく低い。ユリウス自身、現実世界に戻っても何も出来ずに死ぬだろうと気付いている。
だが、他に選択できる道はないのだ。
だから、それを選ぶしか──
「別に命と引き換えに手に入れた勝利が悪いとは言いません。それも一つの勝ち方ですからね。しかし、それで満足するのは本人だけ」
「──ッ!」
「今一度よく考えなさい。それでもあなたの意思が変わらないというのであれば、私はもう何も言いません」
目先の──それも不確定の勝利だけを考えていて忘れていた。
ミカエルの言う通り、死して掴んだ勝利は自己満足。
その後は何も残らない。
いや、ユリウスの死という結果が残るか。
その結果は生きている者へと伝わる。
「……駄目だ」
家族にあの日の悲しみをもう一度体験させていいわけがない。
あの日、リリィの死を聞いて家族がどれだけ悲しんでいたのか、ユリウスは知っている。
死んだと思っていた姉と再会できたのに、ここで自分が死んだらリリィはどう思うか。
大量の涙を流し、心に深い傷を負ってしばらくは何も出来ないだろう。かつての自分がそうだったように。
部下や仲間、親しい者も、全員とはいかないかもしれないが、自分の死を聞いて悲しむ者もいるだろう。
「駄目だ。俺がここで死ねば、悲しむ家族や仲間がいる」
「そうです。それに気付いたのなら聞く必要はないと思いますが、一応聞いておきましょうか。あなたは何のために戦いますか?」
何のために戦うのか。
その答えは既に出ていた。
「俺は『勇者』という運命からは逃れられない。これから先もアーデンハイドみたいな奴が俺の前に立ちはだかる。でも、だからといって負けるわけにはいかない。死ぬわけにはいかない」
そして、ユリウスは力強くミカエルに告げる。
「俺は生きるために戦う! 死んで勝つんじゃない。俺の死で大切な人たちを悲しませないために、アーデンハイドとの勝負も勝って生きるんだ!」
ユリウスの言葉を聞いてミカエルは初めて微笑んだ。
「ええ。それが一番理想的な勝利の形です。勝ちましょう。これから先も生きていくために」
「ああ。だが、今の俺にアーデンハイドを倒す力はない……。だから力を貸してくれ、ミカエル!!」
「いえ、それは無理です」
「……えっ?」
ミカエルの思わぬ返答にユリウスは固まった。
そこは力を貸してくれるところではないのか。
冷静に「無理です」と答えるなんて予想もしていなかったため、ユリウスの思考は停止しかけている。
しかし、ミカエルがそう答えたのには理由があった。
「そういえば、私のことについて詳しく説明していませんでしたね」
「言われてみれば……。お前は何者なんだ?」
「私はあなたのユニークスキルです。『勇者』の持つユニークスキルにはこうして実体化できる能力があるんですよ」
「あぁ……非常に信じがたい話だが、ここで嘘をつく意味はないし、こうして俺の前に現れている以上は本当の話なんだよな」
「はい。ちなみに『純潔』を持つ青年は目覚めていますね。メタトロンの気配を感じましたし。まあ、その話は戦いが終わった後でもできますので、ひとまず置いといて。力を貸せないのは私があなたのユニークスキルだからです」
ユリウスは少し考え、口を開いた。
「お前は俺のユニークスキル。そうか、それなら力を貸すことはできないな」
「はい」
「俺は自分のユニークスキルに実体化の能力があることは知らなかった。だったら俺の知らない能力が他にあってもおかしくない。俺がお前を使いこなせていなかっただけで、アーデンハイドを倒せる力は──最初から俺の中にあった」
ユリウスは自分の両手を見た。
すると、何もなかったはずの両手に二つの武器が現れる。
今、初めて持ったが、まるで今までずっと使ってきたかのように手に馴染む。
それに、不思議と自信が湧いてくる。
もう絶望や恐怖はユリウスの中に微塵もない。
「もっと早く私が目覚めていれば、状況は今とはまったく別のものになっていたでしょう。あなたが覚悟を決めた瞬間と同時に私が目覚めたとはいえ、それについては悪いと思って──」
「ミカエルが謝る必要はない。お前があの瞬間に目覚めてくれたから、俺は間違った道を進まずに済んだんだ。あのままだったら取り返しのつかないことになっていた。だから、ありがとう」
感謝され、再び微笑んだミカエルを見た後、ユリウスは瞼を閉じ、次に開けるとそこは先程まで見ていた光景が広がっていた。
精神世界から現実世界へ戻ってきた。
スローに動いていた世界は元に戻っている。アーデンハイドが間合いに入るまで二秒もない。
だが、焦る必要はない。冷静に相手の動きを見る。
アーデンハイドはユリウスに向かって拳を振るったが、ユリウスは臆することなく、それを右手に持つ剣背で受け止めた。
『──ッ!?』
目の前で起きた光景にアーデンハイドは大きく目を見開いた。
今までなら受け止めたところで、威力を殺しきれずに吹っ飛ばされていたはず。
それなのに、今回はまるで根でも張っているかのように、力強くその場に立って受け止めた。しかも、押し切れる気がしない。
もっと言えば、ここまで受けてきた傷も全て癒えている。『治癒魔術』を使った素振りは見せていなかったのに。
何かが変わった。その何かはわからない。
わからない以上、警戒するのが普通だろうが、アーデンハイドは違う。ユリウスの変化に嬉々としている。
『ハッ! なんだよ! やればできんじゃ──』
アーデンハイドは途中で言葉を止めた。
アーデンハイドは自分の本能に従い、ユリウスから離れようとする。
次の瞬間、高密度の魔力の砲撃がアーデンハイドの右耳を焼き払った。
ユリウスの左手には、先程までなかったはずの武器があった。
金色と黒色の輝きを放つ片手用魔法銃──その名も“天聖銃グランディーバ”。
最初からアーデンハイドの顔面に向けて放ったが、反射で顔を動かされて避けられてしまった。
だが、避けられたのなら次当てればいい。
それに、今ので魔法銃の使い方もだいたい把握できた。
銃口をアーデンハイドに向け、一発目以上の魔力を込めて再び引き金を引くユリウス。
発射された魔力はアーデンハイドの全身を飲み込むほどの大きさにまで広がる。
さすがに、これはまともに受けたら致命傷じゃ済まない。
そう思ったアーデンハイドは全力で回避の一択だった。
一直線に進む砲撃に対し、後退という馬鹿な選択肢を選ぶわけがない。右か左、もしくは上に飛ぶ。
一瞬思考した末、アーデンハイドは左に飛んだ。
その際、右の手足の一部が砲撃に飲まれ、消滅してしまったが、もともとギリギリの状況だったのだ。これで済んだと考えれば、全然マシだろう。
強い痛みを感じるだけで大したことはないし、元通りに治すことも可能。
しかし、すぐに『治癒魔術』で復活させようとするも、ユリウスがすぐそこにまで迫る。
次は外さないと思いつつ、ユリウスはアーデンハイドなら必ず避けると考えていた。
だから、一切の油断はせず、アーデンハイドは次にどんな行動をするのか観察していた。
選択肢は限られている。であれば、変に考えず動きを見てから動いても間に合う。そして、アーデンハイドが動いたと同時に回避した方向へユリウスは一気に距離を詰めたのだ。
『おいおい、マジかよ……』
そんな言葉が思わずアーデンハイドの口から出たが、ユリウスは問答無用で斬りかかる。
渾身の一撃を食らわせようとユリウスは剣を横へ薙ぎ払ったが──それはアーデンハイドの『魔力障壁』によって阻まれてしまう。
さらには、強固な障壁によってユリウスの剣は折れてしまった。
ここまで何度もアーデンハイドの攻撃を受けていたのだ。いつ限界を迎えてもおかしくなかった。
だがしかし、ユリウスは剣が折れてしまったことに構いもせず、今度は上から一気に振り下ろす。
既に役目を終えたと言っても過言ではない折れた剣で、いったい何ができるのか。左手に持っている銃で攻撃した方が確実だろう。
(こいつが、そんな無意味な攻撃をするのか?)
今までの行動から考えるに、それはないはずだ。必ず何か意味があって魔法銃ではなく、折れた剣での攻撃を選択した。
そこでアーデンハイドは見た。
ユリウスの身体で一時隠れていたが、自分に振り下ろされる剣が、折れていたはずのその刀身が、元通りに修復されていた。
いや、正確には違う。
似ているが、今までユリウスが使っていた剣とは別物。
天聖銃グランディーバと同じく、金色と黒色の輝きを放つ片手剣こそ、ユリウスの新たな武器──“天聖剣グランシャリオ”である。
『……こりゃ、無理だな』
アーデンハイドは直感で理解したのだ。
この剣は自分の『魔力障壁』を貫通するものだと。
その直感は現実となる。
ユリウスが振るったグランシャリオはアーデンハイドの『魔力障壁』を貫通し、その身体に深く傷をつけた。
傷口からは大量の血がこぼれ、アーデンハイドは激痛で表情が歪む。
『……どうして、その銃で攻撃しなかった?』
追撃しようとユリウスだったが、アーデンハイドに問われる。
もちろん「答える義理はない」と言い捨ててもよかったが、ユリウスはアーデンハイドの問いに答えた。
「……本当は敵にこんなこと言いたくないが、お前には感謝している。お前との戦いがあったから、俺はこの力が使えるようになった。だから、せめてもの礼として、今使える力を全て使ってお前に勝つと決めた。グランディーバで攻撃しなかったのは、そういう理由だ」
『わざわざ俺に見せるために出したわけか。全力で挑んできてくれるのは嬉しいが、さっきと違って随分と余裕だな』
「お前相手に余裕なんてない。だから、ここで──」
その時、街の方から膨大な魔力を感じた。
街の方を見てみると、一条の光が上空にある黒い穴へと向かっていた。
膨大な魔力の正体は言うまでもなく、その一条の光。
あんなことができるのは、一人しかいない。
やがて黒い穴は完全に上空から姿を消した。
『……ハッ、あれを破壊するなんて、あの街には化け物がいるみたいだな』
「人の姉さんを化け物扱いするな」
『マジかよ……あれはお前の姉がやったってか?』
「あの街で、あんなことできるのは姉さんしかいない」
『ハッハッハ! そうか、お前の姉も面白そうな奴だな。お前以上に強そうだし、戦ってみてぇぜ。けどまあ、まずはお前との決着をつけなきゃな』
まだ余裕があると見たユリウスはアーデンハイドに追撃を仕掛けようとする。
対してアーデンハイドは一旦距離を取る。失っていた機動力も今のやり取りの最中に『治癒魔術』を行使して復活させていた。
治ってしまったのであれば仕方ない。そもそも話に応じなければ、こんなことにはならなかっただろう。
応じた自分が悪いが、過ぎたことをいつまでも考えたところで無意味だから切り替える。
『ユリウス、今のお前は俺が戦った中でも五本の指に入るくらいに強いぜ』
「別に嬉しくないな」
『そう言うなって。もしお前がこっち側の人間だったら、きっと仲良くなれただろうな。互いに競い合って、もっと強くなれただろうよ』
「無理だな。お前とは気が合いそうにない」
『そんなことないと思うけどな』
激しい攻防が続く中、そんなやり取りをするユリウスとアーデンハイド。
両者互いに一歩も引かない状況。
だが、この戦いにも終わりが近付いていた。望まぬ形で、という言葉がつくが。
遠方から何かが物凄い勢いでこちらに向かってきている。
それはユリウスよりも明らかに格上の存在。
見上げた空には一匹の黒いドラゴンがアーデンハイドを見下ろしていた。
そして、そこから降りてきた一人の女性。
黒髪に蒼眼。ユリウスと何処となく似ている雰囲気。
一目見てアーデンハイドはその人物が誰かわかった。
「姉さん!? どうしてここに……」
「ユリウスのことが心配で来ました。あの人がユリウスの命を狙う異界人ですね。ここからは私も一緒に戦います」
完全に運がユリウスの味方をしていた。リリィがいるのであれば、勝算は十分すぎるくらいある。
アーデンハイドにとっては不本意──いや、戦いたいと望んでいた相手が来たのだから喜んでいるだろう。
ユリウスはそう思っていたが──
『やめだ、やめ』
と思わぬ言葉がアーデンハイドの口から出た。
「なんだと?」
『だから、やめだよ。今日はもう帰るわ』
「……二対一になったからか?」
ユリウスに問われるとアーデンハイドはリリィのことを一瞥してから答えた。
『そんなのは大した問題じゃねぇ。二対一だろうと、三対一だろうと、俺は喜んで勝負してやるよ。だが、今回は話が別だ。まあ、俺としても納得はいかねぇが、今回は引き分けってことで手を打とうぜ』
「そんなの通るわけ──ッ!?」
どんなに戦う意思があっても、身体は正直だ。
とうに身体が限界を迎えていたユリウスは、疲労等で急激に身体が重くなり地面に片膝をつく。
両手に持っていた二つの武器も消えてしまっている。
「ユリウス!?」
『どうやら限界のようだな。ちょうどいいじゃねぇか。次に会う時に決着をつけようぜ。それまで他の奴らに殺されるなよ。それじゃあ──っと、その前にあいつらも呼び出さないとな』
アーデンハイドは『念話』を使用した。
すると、すぐにアーデンハイドの横の空間が歪み、そこから学院地下にいたメアリとヴォルディエルが現れる。
『ん? メアリとヴォルディエルだけか? ブーデンとラクラスはどうした』
『戻ってこないということは何者かに敗北したのでは?』
『そうか。まあ、それなら仕方ないな。それはそうとヴォルディエル。お前、雰囲気変わったか?』
『今回の一件で、俺の中にあったもう一つの人格を破壊しました。これで人格が入れ替わることは二度とありません』
『アーデンハイド様!』
横からメアリが申し訳なさそうにして首を垂れる。
『その……『勇者』の殺害ですが、余計な邪魔が入ってしまい失敗しました。申し訳ございません。この命を差し出す覚悟はできています』
『まあ、気にすんなって。俺も気にしてねぇ。命も差し出さなくていい。お前が死んだら四魔将の半分以上を失うことになるからな』
『……ハッ。お許しいただき、ありがとうございます』
『俺としてはアーデンハイド様に仕えるのは一人でいいと思っているがな』
『……チッ』
そのやり取りを聞いてリリィは安堵した。
ノエルとルクスは生きている。
とはいえ、今回の襲撃で罪のない者たちがたくさん死んでいるため、二人の無事を心から喜ぶには複雑な心境だった。
そんな時、リリィにも『念話』が繋がった。
相手はデオンザールとアモンから。
内容は会話ができる異界の魔物を殺さずに拘束したとのこと。
おそらくアーデンハイドの言ったブーデンとラクラスという魔物だろう。
引き渡すよりも異界についての情報源として扱う方がこちらのためになると思ったリリィは、このことをアーデンハイドたちには伝えなかった。
『それじゃあな。また会おうぜ!』
「待てッ! 姉さん、あいつらを逃がしては──」
「向こうが引き下がってくれるんです。ここは見逃がしましょう」
「でもッ!」
「私はあの人たちよりもユリウスの方が大事です」
アーデンハイドは異界に続く門を作って進んでいった。
ヴォルディエルもそれに続き、メアリも続こうとしたが、足を止め、振り向いてリリィを見た。
「リリィ先生。あの子たちも無事ですよ」
「……そうですか。それは良かったです」
「私としては良くないですけどね。リリィ先生とは、また会える気がします。だからその時までお元気で」
そう言い残してメアリは門を進む。
リリィはユリウスを支えながらメアリの後姿を見つめるだけだった。
こうして『忠義の勇者』ユリウス・オーランドと異界人アーデンハイド・ウォーグルの戦いは引き分けという形で幕を閉じたのであった。
次回か次々回で第四章完結です。





