ルクスの相棒
「……どうして……あなたは魔術が使えるんですか……?」
メアリの問いだったが、ノエルも同じ疑問を抱いていた。
結界によって魔術が使えない空間となっているにもかかわらず、ルクスはその影響を受けずに魔術を使った。
あり得ない。そう術者本人であるメアリは考える。
だが、そのあり得ないことが実際に起きているのだから現実から目を背けてはいけない。
正直なところ、メアリに若干の焦りが芽生えていた。
ルクスが『勇者』だということは初めて会った時にルクスの方から教えられて知っている。加えて情報収集でリリィの弟のユリウスも『勇者』だという情報も得ている。
標的が三人も同じ場所にいるのは運がいいと言えるかもしれないが、メアリからしたら想定外の出来事。ユリウスとルクスの殺害など計画に入っていないのだ。
それでも、標的が増えたところで今回はノエルだけ確実に殺すことが出来れば良かったため、メアリは計画を実行に移したわけだが、それもルクスの予期せぬ登場によって狂ってしまう。
魔術を封印する結界は言ってしまえば、ノエルを殺すために用意したもの。いくら魔術が得意で強力でも封じてしまえば怖くない。
しかし、ルクスは魔術が使える。しかも、たとえ魔術が封じられていても魔術以外の戦う術を持っているのは見てわかる。
標的をまとめて殺せるチャンスと考えるか。無理をせずに撤退するか。
考えた末にメアリは前者を選ぶ。
いや、そもそも撤退という選択はなかった。ここで撤退したら主であるアーデンハイドに顔向けできないから。
メアリがそんなことを考えているとも知らず、ルクスは不思議そうに質問されたことに答えた。
「どうしても何も……普通に使えるから使っているだけだよ?」
「あの、メアリ先生が「学院敷地内での魔術使用は結界で封じられている」って言ってて……。だから本当は魔術が使えないはずなんです」
「えっ、そうなの?」
ノエルに説明されて驚きながら聞き返すルクス。
それにノエルは頷く。
ルクスはここに来るまでの魔物と遭遇していた。
特に強敵というわけでもなく、行く手を塞ごうとする魔物。得意の剣で倒すこともあったが、数が多い時は魔術を用いて突破していた。
なんでだろう、とルクスは思う。
そして、ノエルに言われたことを思い出し、あることに気付いた。
「ちょっと確認したいことがあるから、ノエルのステータスを見せてくれるかい?」
メアリという敵が目の前にいながらも、ルクスはノエルに問うた。
この隙にメアリが攻撃を仕掛けようとしてくるのではないかとノエルは不安だったが、当のメアリは動こうとしない。今はルクスが魔術を使えることの方が気になるのだろう。
自分が『勇者』であることを知られているため、ノエルはルクスに自身のステータスを見せることにした。
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《名前》ノエル・グリスパーム
《性別》女性 《年齢》15歳 《職業》『勇者』
《称号》〝勤勉の勇者〟〝魔術を探求せし者〟
〝知識を探求せし者〟
《ステータス》 《基礎±称号・スキル・装備》
レベル 179
生命力 64,691《17,991+46,700》
魔 力 83,888《21,388+62,500》
持久力 63,112《16,912+46,200》
攻撃力 61,773《15,573+46,300》
防御力 64,289《17,789+46,500》
精神力 64,162《17,662+46,500》
状態異常:魔術封印状態
ユニークスキル 『勤勉』
スキル
『魔力自動回復』『消費魔力激減』『魔力障壁』
『獄炎魔術』『氷獄魔術』『暴風魔術』『地烈魔術』
『神雷魔術』『聖光魔術』『暗黒魔術』『空間魔術』
『浮遊魔術』『毒魔術』『麻痺魔術』『石化魔術』
『治療魔術』『全属性耐性』『状態異常耐性』
『魔力感知』『鑑定』『隠密』『隠蔽』
『魔術威力上昇』『長文詠唱破棄』『並列詠唱』
『多重詠唱』『勇者の加護』『勤勉の加護』
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ノエルのステータス値は一般的な人族と比べて異常な数値であるが、これは全て『勇者』が関係している。
補正数値が基礎数値よりも上回っているのは『勇者の加護』と『勤勉の加護』──この二つの影響が大きいからである。
『勇者の加護』は全ステータス値を30,000も加算、『勤勉の加護』は魔力を16,000も加算する。そこに称号や装備などの補正数値も加算されるが、正直なところ、この二つの加護があれば十分と言えるだろう。
ちなみにだが、ルクスもノエルと同じように『勇者の加護』を所持しており、彼のユニークスキル『純潔』から得た『純潔の加護』を所持している。
「……ああ、そういうこと。でも普通に考えればそうか。それじゃあ、理由もわかったことだし、メアリ先生の質問に答えてあげるよ」
ルクスはノエルのステータスを見て、何故自分が魔術を使えるのか理解した。
そして、ルクスはメアリに向けて言う。
「僕が魔術を使えるのは、状態異常が効かないからっていう単純な話だよ」
それを聞いてメアリの疑問が解決した──わけではない。むしろ、ルクスの言葉を聞いて更に謎が深まった表情をしている。
「『状態異常耐性』──いや、この場合は『状態異常無効』のスキルですか……。でも、それを私が考えていないとでも? 私が張った結界にはこの世界の魔術スキル以外にも、状態異常耐性系のスキルも封じる効果があります。当然『状態異常無効』も対象です」
「そこまでしているのかぁ。念には念を、ってやつだね」
「ええ。状態異常の耐性があったら、魔術を封じることができないかもしれない。仮にそうなった場合、私はノエルさんを楽に殺すことができない。だから確実に殺すために予定よりも、多く時間をかけて結界を作った。それなのにあなたは……」
「まあ、僕もちょっと前までなら結界の影響を受けていたかもね。こうして影響を受けていないのは、彼のおかげだし」
「彼のおかげ……?」
「ノエルもいることだし、彼女のためにも一度見せておこうか」
すると、ルクスの隣に眩い光が生まれ、そこから現れたのは二対の天使の羽を持つ青髪の男性だった。
「紹介するよ。彼は“メタトロン”。頼りになる僕の相棒さ」
「……その見た目。天使族、ですか。しかも、かなり高位の存在に見える……」
「否。我はユニークスキル。故に天使族ではない」
マイペースな性格のルクスとは対象的に厳かな声でメタトロンは告げる。
そう。メタトロンの見た目は天使族に見えるが、実際のところは違う。
メタトロンはルクスのユニークスキル『純潔』が実体化したものであり、更には自分の意思を持って独立している──スキルという概念を破壊した特殊能力である。
そして、これはルクスのユニークスキルだけというわけではない。『勇者』が持つユニークスキル全てに同じことが言えるのだ。
だが、必ずしも『勇者』となり、ユニークスキルに目覚めたからといって、この能力が使えるわけではない。かくいうルクスも使えるようになったのは、次の目的地へ行くためにアルファモンスを去って少ししてからだった。
「そこにいる娘は『勤勉』の所有者か。しかし、『忠義』のユニークスキルを持つあの青年と同様、どうやら“ラジエル”の方もまだ目覚めていないようだな」
「ラジ、エル?」
「『勇者』に選ばれし者が持つユニークスキルは、我のように実体化できる能力がある。そして、汝の中に眠る者の名がラジエル。今はまだ眠っているようだが、奴が目覚めれば、汝も新たな力を得られるだろう」
メタトロンはそう言ったが、ノエルは悔しそうな表情を浮かべていた。
自分も同じ『勇者』なのに、結界のせいで傷つけられた友のために戦うことができない。もし、ラジエルが目覚めていれば、なんてことを嫌でも考えてしまう。
「ノエルの中に眠るラジエルだって、そう遠くないうちに目覚めるはずさ。だから、気持ちはわかるけど、焦ることはない」
ノエルにそう言うとルクスは指をパチンと弾いた。
メアリは何か仕掛けたかと警戒するが、これといって周りに変化は見られない。
先の発言から考えるに、ルクスは確実に何かはしているが、メアリの身体に異変が起きたわけではない。
そうなると別のことが考えられる。
メアリは思考を巡らせるが、ノエルが先に気付いた。
それはメアリには気付けず、ノエル──いや、学院の敷地内にいる相当な実力者には瞬時にわかることである。
「魔術が、使える……」
「──ッ!?」
ノエルは自分の手の平に小さな炎を作り出して確認した。
間違いない。ノエルは魔術が使えるようになった。
メアリに驚きと動揺が芽生えるが、同時に何故ノエルが魔術を使えるようになったのか疑問も芽生える。
しかし、その疑問をすぐに解決した。
どう考えてもルクスの仕業。指を弾いた時に、結界の効果を打ち消す何かをしたのだろう。
「……一応、聞いておきましょうか。いったい何をした?」
苦労したにもかかわらず、こうもあっさりと結界の効果を打ち消されてしまい、内心腹が立っているのか、普段よりも少しだけ音調が下がった声でメアリはルクスに問うた。
そんなメアリを相手にルクスは普段と変わらない様子で答える。
「僕も結界を張ったんだ。効果は結界内にいる全ての生命を対象とした状態異常を無効にするもの。言わなくても気づいていると思うけど、メアリ先生が張った結界はもう機能していない。それはノエルがたった今、証明してくれた」
メアリがもう一度同じ結界を張ろうにも、圧倒的に時間が足りない。対してルクスは先程張った結界をもう一度張ることが可能だ。
そして、ルクスが結界を張ったのには他にも理由がある。
それはここより上で戦っているバエルたちの援護。
ノエルたちのもとへ合流する前に気配は感じ取っていた。
ルクスもバエルたちの強さは知っているため、魔術が封じられたところで支障はでないと思っているが、使える手札は多い方が戦闘も有利に運べるのは明白だ。
「さてと。僕も自分の仕事をしなくちゃいけないんだけど、その前に」
ルクスは再びノエルの方を見る。
「ノエルにはお願いしたいことがあるんだけど、いいかな?」
「ルクスさんのおかげで魔術も使えるようになりましたし、私にできることなら何でもやります」
「じゃあ『空間魔術』の【魔力門】は使える?」
【魔力門】とは、自分が訪れた場所限定ではあるが、現在地と思い浮かべた場所を繋げて移動が可能になる『空間魔術』の一つである。
「はい、使えます」
「よし。なら、僕のことは気にせずに彼らを連れて地上に出るんだ。その方が僕も戦闘に集中できる」
「わかりました。お手伝いできないのは残念ですが、それが今の私にできることなら。アースリィとセルマークは私が地上に連れていきます。だから、ルクスさんもどうかご無事で」
魔術が使えても、戦闘についていけなくて足手まといになると判断したノエルはルクスの言葉通りに動くことにした。
華奢な身体では男子生徒二人を抱えることは到底不可能なため、ノエルはまずアースリィたちに『浮遊魔術』を使い、その後【魔力門】を発動する。
それを通って地上に戻るノエルたちを見送るとルクスはメアリに視線を移した。
そして、即座に腰に携える剣を抜き、距離を詰めてメアリに斬りかかる。
(速い──ッ!?)
ルクスの攻撃を後ろに飛んで回避するメアリ。
反応できる速度であったが、それでも想像を遥かに超えるスピードであった。
だが、これでもルクスは本気ではなかった。
ルクスは神聖帝国騎士団に所属しており、異界人の拘束とマリアオベイルへの連行を命じられている。
見られているわけでもないし、命令に従わなくてもいい。しかし、後々のことを考えると、成果を上げておいた方が何かと都合が良さそうだと考えた。
リリィの生徒たちをあそこまで痛めつけたのだから、それ相応の覚悟はしてもらいたいところだが、殺すわけにもいかない。
とりあえず体力を削った方がいいだろう、とルクスは次々と攻撃を仕掛けてメアリを劣勢に追い込む。
しかし、メアリもここで負けるつもりは微塵もない。
「……ッ! 調子に乗るなッ!!」
メアリは本気を出すことにした。
状況からわかってはいたことだが、そうまでしないとルクスには勝てないと判断したからである。
次のルクスの攻撃をメアリは右手で受け止める。
ルクスは自分の攻撃を止めたメアリの右手を見て、少し驚いた。
右ひじから下の肌が黒く変色し、五本の指先は鋭利な刃物のように伸びており、人間のものとはかけ離れている。
一瞬動きが止まったルクスをメアリは見逃さない。
すかさず空いている左手をルクスの顔面に向けた。
『【■■■■■■■■】!!』
魔術が発動する直前、顔を動かすだけでは絶対に回避しきれないとルクスは思ったが、後退しようにもメアリに剣を握られている。振り解こうにもかなり力が込められていて難しい。
ここは仕方ないとルクスは剣を手放してメアリの魔術を回避する。
結果的に無傷で済んだわけだが、ルクスは武器を失ってしまった。そして、今まで愛用していた剣はメアリによって破壊される。
「その剣とはかなり長い付き合いだったのに、壊すなんて酷いな。まあ、メアリ先生の手に渡った時点で覚悟はしていたけど。それにしても、メアリ先生って人間……じゃないよね」
「いえ、一応人間ですよ」
「一応?」
「私、とある人体実験の被験者だったんですよ。異種族の血液や細胞を体内に注入されたりして、それはもう辛い過去でした。とはいえ、そのおかげでこんなことができるようになったんですが──」
メアリは折ったルクスの剣を投げ捨てて言葉を続ける。
「って、私の昔話なんてしても意味ないですね。それじゃあ続きをしましょうか」
そう言うとメアリは左手も右手と同じように形を変化させてルクスに迫る。
武器を失ったルクスだが、彼の表情には微塵も焦りがない。
「メタトロン、頼むよ」
「了解した」
ルクスが命じた途端、メタトロンから眩い光が放たれる。
光はルクスの右手に収束し、一本の片刃剣へと変わった。
美しい純白の刀身から淡い光が揺らめき立つ、その剣──“天聖剣グランロイド”を構え、ルクスはメアリと対峙する。
わずかな静寂。
打ち破ったのは同時だった。
両者、地面を強く蹴って間合いを詰める。
そこからは激しい攻防が入れ替わりながら戦闘が続いた。
全力でルクスの命を奪いに来ているため、メアリは常に急所を狙っている。
反撃に出られる場面を見極め、振り下ろされる剣を回避し、鋭い爪をルクスの首へと向かわせたメアリ。
その一撃はルクスの首を掠るだけであった。
「……チッ」
本来ならこれで勝負がついていたはずなのに、とメアリは考えていた。
人体実験により、メアリは様々な種族の特性やスキルをその身に宿しており、その中には『障壁貫通』という文字通りの効果を持つスキルがあった。
加えて、彼女の爪には相手に状態異常を付与する効果もある。しかも効力は最上級の状態異常系魔術と同等。たとえ掠っても確実に身体に影響を及ぼす。
しかし、ルクスには状態異常が通用しないため、この能力に関しては現在の戦闘においてまったく意味のない能力となる。
「『勇者』っていうのは、厄介な能力をいくつも持っているようですね。他の人たちが殺せずに帰ってくるのも納得できますよ。ただ、今日であなたたちは『勇者』を一人失うことになります」
「どういうことだい?」
ルクスの質問にメアリは笑って答える。
「あなたに足止めされている以上、ノエルさんを殺すのはもう難しい。ですが、この街にはあなた以外にもう一人『勇者』がいますよね」
「……いるね」
「ユリウス・オーランド。リリィ先生の弟さんでしたか。彼は今日、私たちの主──アーデンハイド様に殺されます。今頃追い詰められているか、とどめを刺される一歩手前ってところでしょうね」
「うーん、それはないかな」
と、ルクスは答えた。
それを聞いてメアリは不服な顔をする。
「まあ、まだユニークスキルの実体化はできないし、苦戦しているかもしれないけど、それでもユリウス君は絶対に負けないよ」
「何を根拠に──」
「ユリウス君は家族を残して死なない。いや、死ねないと言った方が正しいか。あまりユリウス君のことを甘く見ない方がいい」
「そうですか。まあ、希望を持つのは自由ですし、好きに言って構いませんよ。それでユリウス・オーランドがアーデンハイド様に勝てるかは別ですけど」
「なら、さっさと仕事を終わらせて、ユリウス君の加勢にでも行こうかな。信じているとはいえ、心配なことには変わりないからね」
そして、ルクスはメアリに攻撃を仕掛けようとした。
しかし、突如天井から爆発音が聞こえ、咄嗟に両者は天井を見上げる。
天から落ちてきたのは、堕天使と悪魔。
追撃をと悪魔が堕天使に魔術を放つも、それは容易に防がれる。
周囲を確認し、仲間を見つけた堕天使はメアリのもとへ降りた。同じく悪魔も知り合いを見つけたため、ひとまずは合流した。
「ヴォルディエル、どうしてここに……」
「偶然だ。別にお前のために来たわけではない。それはそうと、標的がどこにもいないようだが」
「逃げられたのよ。でも、そこにいる男も『勇者』だから、標的が変わっただけ」
メアリとヴォルディエルがそんなやり取りをしているなか、悪魔は隣にいるルクスに声をかけた。
「ルクス殿、ご無事ですか?」
「うん、大丈夫だよ。バエルさんはあっちの天使……じゃないか。翼が黒いから堕天使だよね。あの堕天使と戦っていたの?」
「ええ、フォルネウスが情けなくやられていたので──」
「ちょっと、私はやられていないわよ!!」
と、大声で叫びながら天井に空いた穴からフォルネウスも降りてきた。
そして、フォルネウスは勢いよくバエルに言い訳をする。
「誰かを守りながら戦うのに慣れていなかっただけだから!! 普通に戦っていたら、あんな堕天使野郎、私一人でも勝てるし!!」
「そうですか。そういうことにしておきましょう。ところで、彼女たちをちゃんと『聖魔女の楽園』に送ったのでしょうね」
「したわよ、当然でしょ?」
「ならいいです。こうして魔術が使えるようになったのはルクス殿のおかげですよね。感謝します」
ルクスに頭を下げてからバエルはメアリとヴォルディエルに視線を移す。
「こうして合流できたことですし、ここは力を合わせて戦いましょうか」
「そうだね。敵は増えたけど、数はこっちの方が有利だし、全員でいけば早く終わるかな」
再び戦闘が始まる。
学院地下──その最下層に集った五人の戦いは、終わりが迫るまで激しさが増していく一方だった。





