vs異界人メアリ
アースリィ、セルマーク、ノエルは学院地下の最下層の大部屋に転移させられた。
彼らは転移後に魔物に襲われることはなかった。
ただ、その代わりに魔物よりも圧倒的な力を持つ敵が目の前に立っている。
「さてと。大丈夫だと思うけど、リリィ先生の従魔が来られても面倒だし、さっさとやろっか。でも、まずはオマケから。メインは後に取っておきましょう」
「メアリ先生!! どうして……」
「アースリィ君。私はね、本当はそこにいる『勇者』を殺すために、こことは別の世界からきたの」
メアリはノエルのことを指差しながらそう言った。
それを聞いてアースリィとセルマークはノエルのことを驚いた表情で見る。
ノエルが『勇者』であることは秘密にされていた。この事実を知っているのは学院でもメルファストとリリィだけだ。
だから、ノエルが『勇者』ということを知って驚くのも無理はないだろう。
「ノエルが『勇者』……?」
「……その、今まで隠していてごめんなさい……」
「いや、隠していたってことは何か理由があったからだと思うから気にしていないけど……。でも、なんでノエルの命が狙われるんだ!? それに、こことは別の世界って……」
「言葉の通りよ。信じなくてもいいけど、あなたたちのいる世界とは別の世界が存在する。そして、この世界の『勇者』や『魔王』は私たちの世界には邪魔な存在なの。まあ正直、私はどうでもいいんだけど、そいつらを殺せって命令されているのよ」
「だからノエルを……」
「本当は『勇者』を殺せたら任務完了だし、あなたたちは『勇者』でも『魔王』でもないから殺す必要はないんだけど、個人的な理由で殺すことにしたわ。特にセルマーク君、今のあなたは改心して変わったけど、その前は私がEクラスの教師だってことをいいことに散々馬鹿にしたりしてたわよね」
「そ、それは……」
普段と変わりない目つきでセルマークを見るメアリだったが、睨まれたセルマークはその瞳に恐怖した。
過去の自分がやったことは改心したところで消えない。
まだ自分が一番強いと思い込んでいた頃はアースリィたちEクラスの生徒だけでなく、その担任であるメアリのことも馬鹿にしていた。
だが、合同授業の件で入院していたセルマークは退院してメアリやEクラスの生徒たちに謝罪をしている。
Eクラスの生徒は許し、メアリも許していたが、実際のところは違った。
「ああ、別に謝らなくていいの。一度謝ってくれたし、本心で言っていたのも伝わっていたわ。でも、それとこれとは話が別。立場とか色々あって我慢するしかなかったけど、初めて馬鹿にされた時点でもう「私に舐めた口をきく生意気なガキは殺す」って決めていたの。だから謝ってきたところで無駄」
思い出すと怒りが込み上げてくるが、それと同時にやっと殺すことが出来ると歓喜の気持ちも込み上げてくるメアリ。
「アースリィ君は……まあ、セルマーク君と比べたら全然いい生徒だったから殺す必要もないと思ったわ。でも、家族と縁を切ったとはいえ、弟を一人で逝かせるのは可哀そうでしょう? だから一緒に殺してあげることにしたの。辞めるって言ったけど、一応あなたの教師だから、教師として私が送る最後のプレゼント。アースリィ君はもちろん受け取ってくれるよね?」
アースリィたちにそう告げたメアリの笑顔は、共に学院生活を送ってきた時に見せてくれたものと変わりなかった。
だが、発言の全ては自分たちの知るメアリの口からは絶対に出ないものだった。そして、それは噓偽りのない本音だというのは確かめずともわかる。
そう頭ではわかっていても、アースリィの心は現実を受け入れたくはなかった。
「メアリ先生、嘘って言ってくださいよ……」
「ふふっ。残念だけど嘘じゃないの。こっちが本当の私」
「……じゃあ、俺たちがEクラスだった頃にかけてくれた励ましの言葉も全部嘘だったってことですか……?」
瞳にうっすらと涙を浮かべ、メアリに問うアースリィ。
それにメアリは微笑して答える。
「リリィ先生も同じようこと聞いてきたなぁ。アースリィ君の言う通り、全部優しい教師を演じるための嘘。あなたたちみたいな雑魚なんて心底どうでもいいのに、担任だからって気にしてあげないといけなかったから本当に苦痛で面倒だった。でも、それも今日でおしまい。やっと解放されて清々しているわ」
「……っ! うああぁぁぁ!!」
その言葉を聞き、アースリィは咆哮を上げながらメアリに向かって駆けた。
自分の中にある感情はぐちゃぐちゃだ。今すぐ整理しようにも出来そうにない。
だが、その中でも激しい怒りがあるのは間違いない。
故にアースリィはその怒りをメアリにぶつけるために走り出した。
メアリに接近して一心不乱に拳を振るうが、余裕の表情で躱されてアースリィの拳が当たることはない。
そして、大振りの攻撃で生まれた隙をメアリは容赦なく突く。
体勢を大きく崩したアースリィの腹部に向けてメアリは蹴りを放った。
「──がぁっ!!」
「ダメダメ。リリィ先生から戦い方とか教わっているんでしょ? そんな隙の大きい攻撃をやるなんて、カウンターを入れてくださいって言っているようなものだよ?」
防御動作をする暇もなく、メアリの蹴りをまともに受けたアースリィは全身に駆け巡る痛みで表情を歪ませ、その場で膝をつく。
あの優しかったメアリが出せる威力の蹴りじゃない。
なんて感想をアースリィは抱いたが、それもメアリの追撃で一瞬にして吹き飛んだ。
苦痛の表情を浮かべながら自分を睨みつけるアースリィをメアリはニヤリと笑ってセルマークたちのいる方へと一蹴する。
今度は辛うじて防御したが、それでも立ち上がるのは困難なほど、受けたダメージは大きい。
たった二撃でこれほどまでとは……。
アースリィを蹴飛ばしたメアリはセルマークたちに近付こうと歩き出す。
ゆっくり、だが一歩ずつ確実に近づいてくる異界の使者から逃げようにも身体は言うことを聞かず、セルマークたちはその場に立っているだけ。
しかし、セルマークたちが動けない中、アースリィは彼らを守ろうと力を振り絞って立ち上がった。
息を切らしながらもメアリを見つめるその瞳はまだ死んでいない。
「はぁ……はぁ……」
「へぇ、まだ立てるの。アースリィ君にはセルマーク君の死を目の前で見せてやろうと思っていたから、殺さないように一応手加減したんだけど、それでも結構なダメージのはずよ」
アースリィが立ったのを見て不思議に思ったメアリだったが、ふとあることを思い出す。
「……そういえば、リリィ先生から近接戦も出来るようにと何か教わっていたような。なるほど、それでダメージを軽減したわけね。まったく、あの人は本当に余計なことばかりして。リリィ先生がいなければ、もしかしたら合同授業の時で全て終わっていて、今頃向こうに戻ってゆっくりできていたかもしれないのに」
「……? どういう、こと、ですか……?」
「合同授業での一件、あれは私が仕組んだものよ。ついでにワーナー先生を殺した犯人もわ・た・し」
「メ、メアリ先生がワーナー先生を……。どうして……」
リリィには一度説明したが、アースリィたちは知らないため、改めてメアリは説明した。
「禁忌の魔術が記された書物を渡す時にワーナー先生とは話しているからね。一応その時のやり取りは忘れるように記憶を消去したけど、万が一のことも考えて──というのは建前で、本当は単にウザかっただけだからよ」
「そ、それだけで……?」
「それだけ? アースリィ君もワーナー先生のウザさは知っているでしょ? 口には出さずとも死ねって思ったこと、一度くらいはあるんじゃない? ただでさえ、仕事でストレス抱えているっていうのに、事あるごとにネチネチ言われてムカつかない方が無理って話」
もちろんアースリィもワーナーのことはよく思っていなかった。
授業をしてくれたことはないに等しいが、まだ落ちこぼれだった頃の自分たちを侮辱していたことは知っている。
実際に目の前で侮辱されたこともあったが、当時は事実であったため、言い返すことは出来なかった。
そんな過去もあったが、気にしなければいいだけで、死んでほしいとまでは思っていない。
だが、メアリはワーナーをウザイからという理由で殺した。
アースリィたちと違って、メアリは躊躇なく人を殺せる。だから、共に過ごしてきた学院生活の思い出があろうと、自分たちのことは特に何も思わずに殺してしまうのだろう。
そう思ったが故、アースリィはここでメアリを食い止めなければいけないと覚悟を決める。
「セルマーク、ノエルを連れてここから逃げろ」
「に、兄さんはどうするんだ!?」
「俺はここに残って時間を稼ぐ。でも、そんなに長くは稼げないから出来るだけ遠くに逃げるんだ」
「だ、だったら僕も手伝うよ」
「……駄目」
そう答えたのはノエルだった。
「な、なんでだよ!? 二人ならまだ──」
「魔術が使えないの。アースリィの援護をしようと思った時も、アースリィの怪我を治そうとした時も、魔術が使えなかった……」
魔術が使えないことを知り、セルマークは自分も試してみた。だが、メアリが学院内に魔術を封印する結界を展開しているため、魔術が使えることはなかった。
「アースリィと違って私たちはまだ『魔闘法』ってスキルを持っていないし、近接戦もアースリィに比べたら全然駄目。ここにいたって足手まといにしかならない」
「だから兄さんを置いて逃げるって!? そんなこと出来るわけないだろ」
「ふふっ。昔のセルマークの口からは絶対に出ない言葉ね。昔のあなたなら自分が助かるためなら真っ先にアースリィ君を切り捨てるのに。でも、いくら逃げるための相談をしても無駄なのよ」
メアリたちはその場で指をパチンと鳴らした。
すると、逃げ道だった通路の入り口が爆破し、瓦礫によって塞がれてしまう。
逃げ道を失ってしまったが、それよりも気になることがあった。
通路の入り口を爆破させたのは明らかに魔術によるもの。魔術が使えないはずなのだからあり得ないと、アースリィたちは考えた。
彼らの困惑している表情を見てメアリは言う。
「学院敷地内での魔術使用は私が張った結界によって封じられているわ。でも、それはこっちの世界の魔術だけ。向こうの世界の魔術は結界の影響を受けないの。ノエルさんの魔術はユニークスキルの効果もあって強力だけど、こうして封じられちゃあ意味ないよね」
そして、メアリは話し終えると本格的にアースリィたちの命を奪うことにした。
「さて、長話もここまでにしましょうか」
メアリはアースリィたちに向かって駆ける。
それに反応したアースリィは同じく走って迎え撃つ。
魔術が使えない以上、戦えるのは自分しかない。
既にメアリには勝てないと心に深く刻まれているが、黙っていても死を待つだけ。それならわずかな希望に全てを賭ける。
アースリィはユニークスキル『限定解放』を用いてメアリに攻撃を仕掛けた。
「──ッ」
だが、ユニークスキルを使ってもメアリに大きなダメージを与えることはできそうにない。
そして、メアリが本気を出していないことは戦っているアースリィにはわかっていた。
余裕で殺せる相手だから本気を出すまでもない。
それを突いてメアリを倒せればどれだけ楽なことか。
本気でなくともアースリィにとって十分すぎるくらいメアリは強敵だ。まして本気でなくとも命を奪いに来ているのだから一瞬も油断できない。
「くっ……」
「ほらほら、もっと頑張って。アースリィ君が私を倒さないとセルマーク君とノエルさんが私に殺されちゃうわよ」
それだけはさせない、とアースリィは更に攻撃の速度を上げる。
強敵を相手に戦いのなかで成長しているのは確か。だが、この一瞬でメアリと対等な関係になれるかと言ったら違う。
「うーん、ちょっとは良くなったけど、私に敵うほどじゃないわね」
徐々にメアリの攻撃も速さが増す。
アースリィもそれをどうにか対処するが、次第に捌ききれなくなり、気が付けば一方的にやられていた。
アースリィの攻撃を躱し、流れる動作で再び腹部に一撃を入れる。そして、膝がつく前にアースリィの髪を鷲掴み、何度も何度も高らかに笑いながら地面に叩きつけた。
ギリギリを見極め、地面への叩きつけをやめるメアリ。そのまま辛うじて息のあるアースリィの顔をセルマークたちの方へ顔を向けさせる。
「ねえ、あの二人はアースリィ君がやられているのに黙って見ているだけよ。酷い弟と友達よね。あーあ、可愛そうなアースリィ君」
「……俺が、メアリ先生を……」
「なに? まだ私を倒すつもりでいるの? じゃあそんなアースリィ君を絶望の底に落としちゃおっか」
そう言ってメアリはセルマークの方を指差した。
そして──
『【■■■■■■】』
異界の魔術がセルマークに向かって放たれる。
熱を帯びた線はセルマークの腹部を貫き、彼の腹部に大きな穴を残して消えた。
「……えっ?」
何が起きたのかわからないセルマーク。
しかし、貫かれた腹部に触れ、べっとりと手についた血を見て、ようやく何が起きたのか理解した。
身体に力が入らず、セルマークはそのまま膝から崩れ落ちる。
「いやぁぁぁぁ!!」
「セルマーク!!」
「はい、おしまい。アースリィ君がどれだけ傷つきながら頑張っても、たった一撃でその頑張りも無になるの」
「ッ、放せ!!」
アースリィはメアリの手を振り解き、セルマークのもとへ急ぐ。
だが、それも叶わない。
セルマークを心配したとはいえ、アースリィは戦闘中だというのにメアリに背を向けたのだ。そして、メアリはそれを見逃すほど優しくはない。
今度はアースリィの足に目掛けて先程と同じ魔術を放つ。
魔術が命中し、アースリィの左足は膝から下がなくなった。
痛みに声を漏らしながらも、アースリィは腹這いになって進むのをやめない。
「早く行かないとセルマーク君が死んじゃうわよぉ」
心の底から今の状況を楽しんでいるメアリ。
そんな彼女のことなど気にせずにアースリィは進む。
必死に地面を這い、少しずつだがアースリィはセルマークに近付くが、途中でメアリに追い付かれてしまう。
「もうっ! そんなんじゃ、いつまで経ってもセルマーク君のところに行けないわ。仕方ないから手伝ってあげる」
そう言ってアースリィの衣服を掴んだメアリだったが、投げ飛ばした方向はセルマークとは反対の方向だった。
セルマークとの距離が遠くなったアースリィの表情は絶望以外の何物でもない。
「アハハッ! もしかして期待した? 残念! 私がそんな親切なことするわけないじゃない! 私はアースリィ君のその表情が見たかったの! それじゃあアースリィ君はそこで自分の弱さと運の無さを悔いながらセルマーク君の命が消えるところを見ていなさい」
メアリはそう言い残してノエルの方へと向かう。
オマケの相手は終わったことだし、いよいよメイン。ノエルを殺せば自分の評価も上がるだろう。
そうなれば他の仲間──四魔将の三人よりも立場が上になる。絶対なる忠誠を誓った相手──アーデンハイドからも褒められるだろう。
「さて、ノエルさん。唯一戦えるアースリィ君はあのザマ。そこに転がっている役立たずのセルマーク君もじきに死ぬ。今度はあなたの番よ」
「……ッ」
「恨むなら『勇者』になってしまった自分の運命を恨みなさい! それじゃあ、死ね!!」
最大火力の魔術をメアリはノエルに放とうとする。
ノエルも自分の死を覚悟していた。
しかし、この絶望的な状況を変える希望の光がノエルを救うのであった。
ドゴンッ、と突如響く轟音。
その音はアースリィたちが逃げないようにメアリが魔術で爆破した通路から。
考えるに誰かがやってきたのだろうが、構わずノエルを殺そうとメアリは魔術の発動を止めない。
しかし、メアリに向かって何かが飛んできた。
それは、炎の球体だった。
メアリはそれを見ると咄嗟に攻撃をやめて距離を取り、通路の入り口に立つ青年の姿を視界に捉える。
「あなたは……ルクス・エヴァーテイル……」
「やあ、メアリ先生、だったよね。こうして会うのは二度目だけど、今はあなたと話している暇はなさそうだ」
ルクスは辺りを見回して状況を確認した。
そして、すぐにセルマークのもとへ向かう。その際、ルクスとセルマークの距離はかなりあったが、ルクスはそれを一瞬で詰めた。
今にも死にそうなセルマークを見るルクス。
「うん。あと少し遅かったら駄目だったけど、まだ間に合う」
「間に合うって……こんな傷、【完全治癒】じゃないと……。それに──」
「えっ、じゃあそれを使うだけじゃない?」
「だからそれが無理だって──」
「ほい、【完全治癒】っと」
セルマークの身体にルクスは手を翳す。
次の瞬間、セルマークは淡い光に包まれ、彼の腹部に空いていた穴は綺麗になくなった。生命力も回復して、死ぬはずだった運命が覆ったのである。
これを見たノエル──いや、それだけじゃない。離れて様子を窺っていたメアリも驚きと戸惑いを隠せていなかった。
そのままルクスはセルマークの時と同じようにアースリィのもとへも一瞬で向かい、メアリにやられた顔の怪我や、魔術によって失った足を【完全治癒】で元通りに治した。
「よし、これでオッケー」
最上位の『治癒魔術』であり、しかも連続で使ったのにもかかわらず、ルクスは平然とした様子でアースリィを抱えてノエルたちのもとへ戻る。
「よいしょっと。いろいろ大変な目に遭ったと思うけど、僕が来たからにはもう大丈夫。あとは僕に任せて。君は二人の側にいてあげるんだ」
笑顔でそう告げてノエルたちを安心させたルクスは、異界人であるメアリと向き合った。





