学院地下
グラシャラボラスはフォルネウスと別れて学院地下の上層へと向かっていた。
その途中で彼女は魔物と会敵する。
グラシャラボラスが遭遇した魔物は黒い穴からやってきたものではなく、最初からその地下に住み着いていたものだ。
実を言うと、この地下は生徒や教師の実戦訓練用として使われていた。過去形なのは現在は使われていないからである。
そもそも何故このような地下が存在するのか。
それは学院長であるメルファストにもわからなかった。
メルファストが地下の存在を知ったのは偶然他の教師が見つけて報告してくれた時で、その報告があるまではまったく知らなかった。
そして、先も述べたようにこの地下は現在使われていない。
その理由は地下に生息する魔物が生徒たちの手に負えないほど強くなったからである。
もちろん実戦訓練用として使用するためにメルファストは教師の中でも実力者と認める者たちを連れて地下の調査を隅々まで行っていた。
ただ、危険性や生息している魔物など調査をし、問題ないと判断して有効活用することに決めたのだが、学院地下に生息する魔物は年々強くなっていた。
魔物は生徒たちだけではなく、教師たちも手に余るものへと進化し続け、その結果、学院地下は厳重に封印されたのである。
にもかかわらず、メアリは転移場所をこの地下へと設定した。
基本的に転移系の魔術は転移先を明確に思い浮かべないと発動できない。
故にメアリも苦労した。
教師として学院に潜入している時にメアリはこの地下の存在を知り、ノエル殺害に利用できると考えてこの日のために少しずつだが地下を探索をしていたのだ。
誰もが寝静まった深夜に地下探索をしていたのはもちろんのこと。
リリィが元Eクラスの生徒たちを鍛えるために行った強化合宿。それに同行しなかった主な理由は、地下探索のために長期間学院から離れるわけにはいかなかったからである。
また、合同授業の際もわずかな時間ではあったが、地下探索や他にもいろいろと準備をするために時間を使っていた。
ちなみに、封印されている地下に行くためにはそこへ繋がる扉を開けなければならない。
だが、その扉を警備している者は誰一人いなかった。
というのも、時間が経って多少は劣化しているものの、その扉には何重にも強力な封印が施されている。そして封印は劣化していても学院にいる教師は解除できない。メルファストですら解除は困難を極める。
しかし、メアリにはそれが可能だった。
メアリは実力を隠していたが、実際はメルファストよりも実力や扱う魔術のレベルは上。また、魔術の知識もかなりあって、封印のために施されていた魔術も理解して難なく解除することができた。
今回の一件は全員が封印の解除はできないと思い込んでいたこと。そして、何十年も封印の解除を試みようとする者が現れなかったからという油断が原因で招いたものである。
これがもし誰か一人でも警備にあたらせていたら、メアリも自由に動けなかっただろうから状況は変わっていたかもしれない。
と、地下の話はここまでにして。
グラシャラボラスと会敵した魔物だが、襲い掛かったと同時にグラシャラボラスの蹴りによって倒される。
その後も地下に棲む魔物はグラシャラボラスを見つけては襲い掛かろうとする。しかし、それらは全て無駄だった。
「邪魔です」
学院地下はメアリによって魔術が使えないようになっている。
そのため、愛用している大剣が出せず、本調子ではないグラシャラボラス。
だがしかし、大剣が使えなくとも最上級悪魔である彼女にとって、この地下に出現する魔物など雑魚と変わりない。
魔物を倒しながらグラシャラボラスはミーシャ、サリー、レイジ、テオドールのいる上層へと向かっているわけだが、上の階に続く階段の発見に時間はかかるし、何よりミーシャたちが魔物にやられていないか不安だった。
(……封じられているのは魔術スキルと連絡系のスキルのみ。ミーシャさんとサリーさんはリリィ様から『魔闘法』を習得しているので問題ない。しかし、レイジ君とテオドール君は違う。彼らはまだ『魔闘法』を習得出来ていない。そして近接戦も克服できていない。いや、これはミーシャさんたちもまだ苦手意識がありましたね……)
グラシャラボラスは『聖魔女の楽園』でリリィから近接戦を学んでいる生徒たちの様子を見ていた。時には自分が教えることもある。
ただ、男子生徒は形になっていたが、女子生徒の方は時間がかかっていた。まあ、男子生徒の方が近接戦に興味があったり、憧れを抱いていたりするだろうから、イメージの掴みやすさなど差が出来てしまうのは仕方ないと言える。
そんな女子生徒たちにもリリィはしっかりと、それでも無理のないペースで教えていたのをグラシャラボラスは知っている。
サフィーや今後鍛えることになるかもしれない者たちのことを考えると見習うべき点であった。
と、そんなことは今はおいといて。
グラシャラボラスの見立てでは辛うじてミーシャとサリーでも魔物は倒せるが、まだまだ練度は足りないし、レイジとテオドールを守りながらだと厳しいといったところだ。
運よく魔物と遭遇していないことを祈るが、これまでの魔物の出現頻度からそれはまずないだろうとグラシャラボラスは考える。
となれば一刻も早くミーシャたちのいる上層へと向かわなければならない。
だが、徒歩だと時間がかかるのは言わずともわかる。
最短距離で合流するために取れる選択は一つだけ。
「天井を打ち抜くしかないですね……」
『魔闘法』の奥義である【逢魔】を使えば天井の破壊など造作もない。
そうと決まれば早速自分が編み出したオリジナルの【逢魔】を繰り出そうと準備を始めたのだが、突然天井が爆発するように崩壊した。そして、天井を崩壊させた一撃は下の階層まで貫通している。
何が起きたのかと上を見ると、何かが急降下してくるのを確認できた。
悪魔の翼を広げて自分が空けた穴を見つめる者。
バエルだ。
「ふむ。最下層まで貫通させる自信はありましたが、どうやら半分を超えたくらい……。私もまだまだですね。リリィ様の従魔として更に腕を磨かねばなりません」
「ば、バエル様!? どうやってここまで……?」
グラシャラボラスも翼を出し、上空にいるバエルのもとまで飛んで彼に問うた。
「魔術が使えない以上、頼れるのは『魔闘法』だけでしたので、最短でノエル殿たちのもとへ向かうために『魔闘法』の奥義で道を作ったのです。それはそうとあなたはこんなところで何をしているんですか?」
「えっと、ミーシャさんたちを保護するためにこれから上層へ行こうと……。ただ、それでは間に合わないと思ったのでバエル様と同じく天井を壊そうとしたんですが……」
「なるほど。あなたよりも先に私が壊した、ということですね」
バエルはグラシャラボラスと合流するまでに起きたことを話した。
「ここに来る途中で彼女たちに会いました。魔物に襲われていたので周囲にいた魔物も含めて排除したから時間の猶予はあるはずです」
「も、もしかして、その場に置いてきたんですか?」
「私も最初は彼女たちの保護から始めようと思いましたよ。ですが、胸中は恐怖と不安で満たされているというのに「他のみんなが心配だからそっちを優先してほしい」と全員に言われました」
そしてバエルはグラシャラボラスに命じた。
「彼女たちには必ず助けが来ると伝えています。あなたは元からそのつもりのようでしたが、彼女たちの保護は任せますよ」
「はい。必ずミーシャさんたちを地上まで連れていきます」
バエルに命じられてグラシャラボラスはミーシャたちのいる階層まで全速力で飛んでいき、バエルはもう一度自分が編み出した【逢魔】を使用して地面に穴を開け、下の階層へ進むのであった。
一方そのころ。
フォルネウスがカティたちのいる下層へ向かっているなか、彼女たちは窮地に立たされていた。
リリィの教えもあり、カティ、ベル、オーグは学院地下に転移させられた後も冷静さを保っていた。
そして、動揺しているアンリとフィリアを落ち着かせながらも今の状況を確認していたのだが、その最中にそれはやってきた。
魔物ではあったが、それは学院地下に生息する魔物ではない。
そう、それは異界からやってきた魔物だった。
当然カティたちはその魔物が異界からやってきたものだとは知らない。
だがしかし、本能が「この魔物は今まで戦ってきたどの魔物よりも異質で恐ろしい魔物」だと身体に訴えていた。
その魔物の背中には真っ黒に染まった天使のような翼が生えているが、本来一対の翼であるはずが片翼しかない。
魔物は「アーデンハイド様に仕える四魔将の一人──ヴォルディエル」とカティたちに名乗った。
魔術が封印されている状態でまともに戦えるのは5人中3人だけ。だが『魔闘法』を使えると言ってもカティは近接戦が未だに苦手。オーグも戦えるが、他の男子生徒と比べるとまだまだ未熟であった。
正直なところ、勝算のない戦いではある。
だからといって、見逃してくれるわけでもないし、黙っていてもやられるだけ。
つまり戦うしかなかった。
しかし、やはり結果は目に見えていた。
近接戦にも慣れてきたベルを主軸にヴォルディエルに挑むも攻撃はほとんど通用していない。仮に魔術が使えたとしても勝てない相手だというのは実際に戦ってはっきりした。
そして現在。
率先して前衛を努めていたベルは重傷を負っていた。
『治癒魔術』が使えない今、これ以上傷を負うのは命にかかわる。
「くっ……」
「ベル……もう動かないで……!!」
ベルを支えるカティや心配するオーグたちを見るヴォルディエル。
『さて、その男は戦えない。次は誰だ』
そう問うヴォルディエルだったが、カティたちは答えることができなかった。
『来ないのならこちらから行くぞ』
ヴォルディエルは標的をベルからカティたちに変える。
ゆっくりとカティたちに近付くヴォディエル。
しかし、途中で足を止めた。
何か強い気配が物凄い速さでこちらに向かってきているのを感じたのだ。
そして、カティたちを避けるように前方からナイフが飛んできた。
ヴォルディエルは回避するためにカティたちから距離を取る。
それと同時にカティたちの前には一人の女性が立っていた。
「ギリギリ……セーフと言いたいところだったけど、ベルが重傷だから普通にアウトね」
「「「フォルネウスさん!!」」」
「遅くなって悪いと思っているわ。ただ、これでも最短距離で来たから許してちょうだい」
フォルネウスもまた、バエルと同じように地面を壊してこの階層へやってきた。
ちなみにだが地面を壊した際に響く轟音はこの場にいる全員の耳に入っている。
しかし、カティたちはそんなこと気にしている暇ではない状況。ヴォルディエルもベルの相手をするのに意識を向けていたため、何処かで魔物が暴れている程度にしか思っていなかった。
「あそこにいるのがあなたたちを苦しめた敵ってわけね」
『ほう。何者かと思えば、こちらの世界の悪魔か』
「そういうあなたは向こうの世界の天使──じゃなくて堕天使ね。その黒い翼が何よりの証拠だし」
『フッ、悪魔のくせによく知っているな』
悪魔族がいるのだから天使族も存在する。
天使族の背に生えているのは白い翼だ。
しかし、天使族の住む“天使界”と呼ばれる場所で「同族を殺す」などの禁忌を犯すとその翼は真っ黒に染まる。
これを“堕天”と呼び、堕天した天使族は“堕天使族”へと種族が変わる。
ちなみに、フォルネウスは大昔に悪魔界から軍事利用のためにこちらの世界に呼び出され、その話を耳にしていたため、堕天使族のことは知っていたのだ。
更に詳しいことは同じ悪魔族に天使の姿をした変わった悪魔がいるため、その悪魔に聞いていた。
「どうやら堕天のルールは共通みたいだけど。なに、力が欲しくて同族を殺したの?」
『そうだが、それがどうした?』
「別に。何となく聞いてみただけよ。そうだ。ついでに聞くけど、あなた、翼が一つしかないわよね。こっちでは片翼は迫害の対象って聞いたことがあるけど、もしかしてそれも関係ある? 自分を馬鹿にする奴らは全員殺してやる的な」
『確かに、俺が住む世界も片翼は迫害の対象になる。だが俺は違う。今は片翼なだけで本来は一対の翼だ。……ちょうどいいからお前にも見せてやろう』
すると、ヴォルディエルの影から何かが現れた。
それはヴォルディエルに似ているもう一人の堕天使。
ヴォルディエルは右翼のみ背中から生えている堕天使だが、影から出てきた方は左翼のみしか生えていない。
よく見るとその堕天使は酷い怪我を負っていた。
『どうやらかなりの強者がいるらしいな。お前は負けて戻ってきたのか』
『……うるせぇ。それよりオレをその身体に入れて回復させろ。オレを雑魚呼ばわりしたあの銀髪悪魔は絶対殺す』
『残念だが、それは無理だ。何故ならお前はここで完全に消滅する』
『なっ、まさか! や、やめろ!?』
ヴォルディエルは隣にいるもう一人の堕天使の頭部を掴む。
次の瞬間、もう一人の堕天使はヴォルディエルに吸収されて姿を消した。そして、ヴォルディエルの背中からもう一つの黒い翼が生える。
何が何だかわからないフォルネウスだったが、もう一人の堕天使を吸収したことでヴォルディエルの強さが格段に上がったことはわかった。
「仲間を吸収して強くなったわけ?」
『仲間? ああ、それは違う。あれも俺だ』
「は? どういうこと?」
『俺は身体の中に魂が二つ存在する、かなり特殊な堕天使だ。いや、既にもう一つの魂は消滅したのだから“二つ存在した”と言うべきか』
生まれながらにしてヴォルディエルの身体には魂が二つ存在した。
理由はわからなかったが、考え方や性格の違いなどからフォルネウスの前に立つヴォルディエルにとって、もう一つの魂は邪魔な存在でしかなかった。ただ、それはもう一つの魂も同じことを考えていただろう。
排除しようにも実力が拮抗していたため、負ければ自分が消滅することも考えて実行には移せなかった。
だが、今回そのチャンスが巡ってきた。
闘争心の強いヴォルディエルはミーシャたちを襲撃するために上層にいた。しかし、そこに現れたバエルによって致命的な傷を負う。
回復に専念するために下層に戻って合流したわけだが、その判断が良くなかった。
バエルにリベンジすることに必死でそれ以外のことは考えていなかったのだろう。結果的に下層にいたヴォルディエルに吸収されたのである。
『あいつは銀髪悪魔にやられたようだったが、そいつはお前の仲間なのだろう?』
「まあ、ね」
『では感謝しなければいけないな』
そしてヴォルディエルはフォルネウスに更に強い敵意をぶつける。
『さて。話はもういいだろう。後ろにいる者たちと違って、お前とはいい戦いが出来そうだ。さあ、かかってこい』
「ったく。バエルの奴、逃がさないでちゃんとトドメを刺しておきなさいよね!」
文句を言いながらフォルネウスはスカートの中に隠していた鞭を取り出す。
フォルネウスの得意武器は鞭である。
学院祭で何もないだろうと思っていたが、念のため、ナイフや鞭を持っておいて正解だったと思うフォルネウス。
とはいえ、油断できない相手だ。
四魔将ヴォルディエルとの戦いが幕を開ける。





