『黒龍神杖・崩天魔』
「『黒龍神杖・崩天魔』。そいつはオレが造った杖のなかでも最高傑作と自信をもって言える杖だ。そして、その杖に巻かれている布は“封魔の布”ってやつで名前でわかると思うが、魔力が外に漏れ出ないように封じ込める布だ」
「その割には封じ込めれていないような気が……」
「我ながらとんでもない化け物を造ったと思っているよ。まあ、このレベルの杖をあと二本も造んないといけないけどな」
本当は二本だけじゃないんですけどね。まだシルファさんには伝えていませんが、とりあえず残りの二本が完成するまでは言わないでおきます。
呆れて苦笑いするシルファさんでしたが、すぐに真剣な表情に戻りました。
「……オレが造った杖は制御できなかったら使い手の身を滅ぼす。いや、その杖の場合、使い手どころかこの街が地図から消えるかもしれないな。そいつはそれだけヤバい代物だ。そこんとこ、ちゃんとわかってるな」
「はい。あの日シルファさんと約束したことも覚えています。こうして杖を造ってくれたんです。約束は必ず守ります」
「だったら確認する必要はないか」
そして、シルファさんは辛そうな表情で私に言います。
「……オレは武器を造れても戦えないから誰かに任せることしかできない。そんな自分を情けなく思うけど、あんな化け物たちに立ち向かったって何も出来ずに死ぬだけ。死んだ母ちゃんに会えるかも、なんて馬鹿なことも考えたけど、死ぬのは、やっぱり怖い」
私の肩に乗っているシルファさんの両手は少しだけ震えていました。必死に震えを止めようとしても恐怖が勝っているのでしょう。
死ぬのは誰だって怖いです。こう見えて私も死ぬのは怖いですよ。平然と魔物と戦っているからそうは見えないかもしれませんが……。
だからシルファさんが抱く感情は当たり前のことで責めることでもありません。
「だけど、これ以上あいつらに大好きなこの街を壊されたくないんだ。この街の人たちを失いたくないんだ……」
「シルファさん……」
「この先、リリィの専属鍛冶師でも何でもなる。だからリリィの力を信じて頼みたい。……お願いします。この街を、どうか救ってください……」
今にも泣きそうな声でシルファさんは私に頭を下げます。
それだけシルファさんにとってこの街は大切な存在。いえ、シルファさんに限らず、誰でも自分の故郷は大切ですよね。
私だって故郷ではないとしても、今日まで過ごしてきたこの街を魔物の侵略ごときで失いたくありません。
だから最初から救うつもり満々ですけど、ここは一つ、自分の気を引き締める意味も込めて口に出して宣言しておきましょう。
「あの黒い穴、そしてそこからやってくる魔物は私たちが一匹残らず全て倒します。この街だって可能な限り被害が出ないように尽力します。だからシルファさんたちは安全な場所で事が終わるのを待っていてください」
そう言ってシルファさんの手を握ると少しだけ安堵した表情を見せます。
「……わかった。その、見苦しい姿を見せたり、救ってくれと言っておきながら長々と引き留めて悪かった。オレたちのことは気にせず行ってくれ」
シルファさんたちのことはサフィーとメルファストさんたちに任せて私は『浮遊魔術』を使用して上空へ向かいます。
その途中で魔物を確認しましたが、全て『聖魔女の楽園』の各兵団が余裕で倒していました。これなら上空にある黒い穴に集中できますし、多少手こずっても大丈夫そうです。
そして、いよいよ上空へやってきたわけですが、こうして見ると改めて黒い穴の大きさがわかります。
これを破壊するためにはシルファさんが造ってくれた新しい杖──『黒龍神杖・崩天魔』の力が必要不可欠。
一応、万が一のことも考えて封魔の布を取らずにここまでやってきたので、杖そのものをまだ見ていないんですよね。
こんな状況でこんなこと思うのは間違っているとわかっていますが、今日まで待ち続けていたのでちょっと──いえ、嘘を吐いても仕方ないので正直に言いますが、かなりワクワクしています。
封魔の布を取って『黒龍神杖・崩天魔』の姿を確認します。
出てきたのは美しい光沢のある真っ黒な杖。そして、赤い宝石のようなものがいくつも装飾されています。
デザインはかなり違いますし、形もこちらの方が厳つい感じですが、色合いだけで言えばまるで以前使っていた『宵闇の魔道神杖』みたい。
まあ、みたいも何も私がデザインしたんですけどね。色合いが似ているのはタルトをモチーフにした杖なので偶然です。
ちなみに『黒龍神杖・崩天魔』には市場で買えばかなりの値段がする素材が使われていますが、その他にも思い入れのある素材も使われています。
そう、『宵闇の魔道神杖』です。
当初の予定では元の性能に戻らずとも、三年以上も愛用してきた杖だから形だけでも元に戻すはずでした。
しかし、新しい杖の制作について話をしている時に、シルファさんから『宵闇の魔道神杖』を素材に使わないか提案されたんです。
その提案を聞いて悩みましたが、修復しても元の性能に戻らないのであれば、進化という形で新しく生まれ変わった方がきっと『宵闇の魔道神杖』も喜ぶだろうと、私はシルファさんの提案を受けました。
だからこの杖は『宵闇の魔道神杖』の力と意思も継いでいるのです。
さて、時間はないとわかっていながらも『鑑定』で性能をチェックします。時間はかけずにささっとやっちゃいましょう。
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名前 『黒龍神杖・崩天魔』(第一形態)
権能・ステータス魔力+25,000
ステータス精神力+12,000
・『魔術威力上昇・極』
・『物質破壊』
・『龍ノ闘気』
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私は半透明のパネルに出た『黒龍神杖・崩天魔』の詳細をパッと見て、サッと閉じました。
うん、きっとこれは見間違いか何かです。なんか書かれているほとんどが規格外すぎる内容だった気がしますが、気のせい……。
現実から目を背けても仕方ないので受け入れましょう。
私はもう一度『黒龍神杖・崩天魔』の詳細を見ます。
やはり見間違いではないようです。
装備した際に加算されるステータスの補正数値だけでも魔力が25,000、精神力は12,000と『宵闇の魔道神杖』以上の性能。ちなみに『宵闇の魔道神杖』装備時は魔力にだけ18,000加算されます。
ただ、シルファさんが造る杖はとんでも性能だと前もって知っていたので想定内と言えば想定内。
他に気になるものもありますが、とりあえずこの杖によって新しく得ることのできるスキルですね。
一つ目の『魔術威力上昇・極』は文字通り魔術の威力を上昇させるスキル。これは『宵闇の魔道神杖』にも“極”がない状態のスキルがあったのでランクが上がったな、と思う程度。
問題は残る二つのスキル。
『物質破壊』と『龍ノ闘気』
まず物騒な名前の『物質破壊』ですが、スキルの説明を簡単にまとめると、スキル使用時に対象を倒した場合、対象の全てを塵一つ残らずこの世から抹消するみたいな。
説明を見ただけでおそろしいスキルだとわかります……。
これは倒した魔物の素材は残らないということで間違いないでしょう。そうなるとスキルを持っていても使う機会は少ないですね。
次に『龍ノ闘気』。
これは説明を見たところ、身体強化系のスキルです。
使用すればステータスが一時的に上昇。
そして、上昇倍率も変わるようです。
倍率の変化に関係しているのは気になっていた“第一形態”みたい。
第一があるのであれば、第二、第三の形態もあるということでしょうか。詳しいことはシルファさんに聞いてみないとわかりませんね。
さて、ひとまず確認の時間はここまでです。
それではあの黒い穴の破壊に移りましょう。
そのためにはまず『黒龍神杖・崩天魔』を装備しなければいけません。
正式に装備してみましたが、不思議と手に馴染みます。材料に愛用してきた『宵闇の魔道神杖』が使われているからかもしれませんね。
シルファさん曰く、制御できなければ使い手の身を滅ぼすようですが、今のところ暴走するようなことは──。
そんなことを考えていると、左手に持っている『黒龍神杖・崩天魔』から膨大なエネルギーが私の身体に流れてくるのを感じました。
……なるほど、こんな感じですか。
そうですね。一言で表すなら暴れ馬、でしょうか。
これは確かに制御できなければここら辺一帯が吹き飛びそうです。
でも、制御できれば何も問題ない話。
今も私の中に膨大なエネルギーが流れてきていますが、それを体内に留めておくのにも限度があるので、空いている右手で魔術を発動させて黒い穴から出てくる魔物を倒していきます。
ただ倒すだけだと倒した魔物が落下して街に被害が出る可能性もあったので検証も兼ねて『物質破壊』を使ってみました。
その効果は絶大。スキルを使用した状態で私の魔術に当たった魔物は粉々に砕けて本当に塵一つ残さず消えます。こういう時には使えるスキルですね。
『物質破壊』を使いながら魔術で魔物を倒しつつ、杖の制御を行います。
制御のやり方は……いい案が出ないので気合で頑張りましょう。
身体に送り込まれる膨大なエネルギーの放出は忘れずに『黒龍神杖・崩天魔』が私に従うように念じてみます。これが合っているのか私にもわかりません。
その後も従うように念じ続けてみましたが、あまり効果はない気がします。むしろ送り込まれるエネルギーが増えたような?
従わせる、という考えでは駄目ということでしょうか。
だとすれば他に方法は……。
そこで私は思いつきました。
この杖は無理矢理従わせようとしても駄目。まるで自分の意思を持って反抗している感じ。
物には魂が宿るとか聞いたことありますし、自分の意思を持っているのもあり得る話かも。
だとすれば、一方的に従えと言われて素直に従いたくはないですよね。反抗する気持ちもわかります。
だから私が取るべき選択は一方的に従わせようとするのではなく、呼吸を合わせるようにこの杖と同調する。
そうすると次第に送り込まれるエネルギーが減り、そこからはそう時間もかからずに大人しくなりました。
本当に出来るとは思っていませんでしたが、これで制御できずにこの街諸共消し飛ぶ、なんて未来はなくなりましたね。
一呼吸挟んで黒い穴に視線を移します。
果たしてスキルによって魔術の威力がどれほど上昇したのか、実際にこの目で見ようじゃないですか。
黒い穴に向けた杖の先。そこに次々と魔法陣が展開。
この時点でわかってしまいましたが、おそらくこれから発動させる魔術は今までとは比べ物にならないくらいの威力です。
しかし、強力なだけあって魔力も多く使用します。
スキルで魔力の消費は抑えられているので、そこは気にすることではない。それよりも膨大な魔力が集まっていることに気づいたのか魔物たちがこちらへと向かってきています。
ただ、接近する魔物たちよりも早くこちらの準備が終わりますので問題なし。
そして、私は黒い穴に向けて新しく作った魔術を放ちます。
「【崩天聖魔滅焔龍砲】!!」
範囲は広く、それでいて凝縮された高密度の魔力の砲撃。
魔法陣から放たれたその砲撃は接近する魔物たちなど容易く飲み込んで黒い穴へ一直線に向かいます。
妨害されることなく黒い穴に直撃したはいいものの、魔力が思った以上に減り続けているので結構しんどいですね。
スキルで消費した魔力が自動回復するとしても、消費の方が上回ってその回復が間に合っていません。
普段ならこんなことないんですけどね。まあ、こんな地形を簡単に変えられるような威力をしているんですから間に合っていなくても仕方ないですか。
さて。
今放った魔術には『物質破壊』の効果も付与されています。
さすがに黒い穴はかなりの大きさなので、直撃したからといって一瞬で終わるわけではないですが、徐々に消滅し始めています。
黒い穴を消滅させても終わりではありません。少しでも力を残しておきたいのでこのまま一気に終わらせましょう。
その後、簡単にはやられまいと黒い穴の奥から巨大な生物らしきものが顔を出して抵抗していましたが、結局その抵抗も虚しく私の魔術によって完全に黒い穴は消滅しました。
とりあえず一つ目の目標は完了。
こうして終わると呆気なかったような気も……。いや、全てはシルファさんが造ってくれた杖があっての話ですね。本当に感謝しなければ。
次にやるべきことは残る魔物の殲滅です。
しかし、早速街に戻りたいところですが、想像以上に疲労が身体に溜まっていました。
規模と威力が桁違いなので使う場面自体少なそうですが、今の魔術はここぞという時以外は使用を避けた方がいいかもしれません。
「ガウッ!」
もうひと頑張り、と気合を入れ直して街へ向かおうとした時、タルトが私のもとにやってきました。
見た感じだと傷は一つもありません。良かったと思いつつ、タルトの実力なら余裕ですよねと思う私。
たくさん頑張ったのか褒めてほしい様子だったので頭を撫でて褒めてあげます。撫でられて嬉しそうにしているタルトの表情を見ると不思議と疲れも消えますね。
よし。疲れも消えたことですし、街へと戻って残りの魔物を倒しに行こうと思ったのですが、それは止めました。
私がいなくても残りの魔物は『聖魔女の楽園』の子たちが倒してくれる。一応『念話』が使える従魔たち──バラムやアモン、サフィーたちには連絡を入れておきましょう。
彼らに魔物のことは任せるとして、私は急いで駆け付けないといけない場所があります。
それは街の外。しかも街からかなり離れています。
何故そんな場所に行く必要があるのか。
ふと、嫌な予感がしたんです。
気のせいと思いたい。でも状況が状況なだけにその嫌な予感は無視できない。
私はその場所に何があるのか『魔力感知』で確認したところ、そこにはユリウスの魔力がありました。
そしてもう一つ。ユリウスとは別の魔力も。
間違いなくこの魔力は異界人のもの。
そうですよね。こちらにやってきた異界人が一人とは限りませんよね。
距離から考えるにユリウスが自分の足でそこへ行ったとは考えにくい。
アースリィ君たちが学院の地下に転移したように、ユリウスも異界人の魔術によって街の外へ転移させられたと考えるのが妥当でしょう。
それにユリウスは『勇者』。つまり異界人の標的。『勇者』殺害のために戦力を分断した方が異界人にとっても都合がいい。
ここはユリウスの勝利を信じるべきなのでしょうが、単独で異界人に挑んでいるという不安要素があります。
そして、弟がピンチかもしれない状況で駆け付けない姉はここにいません。
『浮遊魔術』で向かうよりもタルトの背中に乗って全速力で向かった方が圧倒的に速いので、タルトに頼んで私はユリウスのいる場所へ急ぎます。
リリィが黒い穴を完全消滅させる少し前。
激闘が繰り広げられていたのか、その場所の地形は所々抉れていた。
だがしかし、これ以上被害が出ることはないだろう。何故なら勝負は既に着いているといっても過言ではないのだから。
『はぁ……つまんねぇの……』
大きな溜め息を吐く青年。
青年は地面に転がるものを見つめながら言葉を続ける。
『ったく、クラウスやシスティーナがボロクソに負けたっていうから『勇者』や『魔王』がどんだけ強い奴なのか楽しみにしてたっていうのに、これじゃあ、その辺の雑魚と変わりねぇじゃねぇか』
「…………」
『ハズレ、だな。まあ、ごちゃごちゃ言ってもしょうがねぇ。さっさと殺して街の方にでも戻ってみるか。強い奴がいればいいんだが』
青年は戦いの果てに負傷し、地面に伏しているユリウスに近付こうとするが、ユリウスは呼吸が乱れながらもゆっくりと立ち上がった。
「まだ……勝負は終わっていない。俺は、お前に勝つ……」
力の差があろうと、それが戦いを諦める理由にはならなかった。
ユリウスは戦う理由を改めて認識し、絶望的な状況だろうと剣を握り、強大な敵に立ち向かう。
時間も空いているので忘れている方もいるかもしれませんが、シルファは自分を“オレ”と言っていますが女性ですので。オレっ娘ってやつです。





