戦いのはじまり
生徒たちがいる教室までは距離がある。
魔術も使えないから道のショートカットも使えない。
更には『念話』も使えないから生徒たちと一緒にいるはずのグラとフォルネと連絡が取れない。
使えないことをどうこう考えたって仕方ありません。
私は必死に走ります。
そして、ようやく教室へ辿り着きましたが、生徒たちの姿は何処にも見当たりませんでした。
「……やっぱり遅かった……」
実を言うと、生徒たちがいる教室へ向かっている最中に教室の方から魔術が発動した感じがしました。
それと同時に生徒たちの気配が教室から消えた。
教室には『勇者』であるノエルさんがいます。メアリ先生はノエルさんを殺したいのですから、戦いやすい場所へと転移させたと考えるべきでしょう。
しかし、魔術が使えないのはかなり不味い。
元Aクラスの生徒たちは、私が担任になってから時間がそこまで経っていないのでまだ『魔闘法』を習得していません。
つまり魔術以外での戦う手段が無いといっても過言ではない。
もちろん動きだけで言えば辛うじて戦えると思います。
しかし、相手が異界人かつ『勇者』を殺そうとしているメアリ先生であれば付け焼き刃にすらならないでしょう。私たちと違って魔術も使えるでしょうし、圧倒的に不利です。
ですが、生徒たちを助けに行くにも場所が……。
魔術等は使えませんが、気配を感知できるスキルは使えます。
それを使って確認してみたところ、ノエルさんを含め、生徒たちの気配がかなり下の方から感じ取ることが出来ました。
何グループかにわかれていますが、今のところは全員無事。離れていますがグラとフォルネも同じ場所にいます。
問題はそこへどうやっていくか。
学院に地下があることなんて知りませんでした。
行き方をメルファストさんに聞こうにも何処にいるのかわからない。探している間にも生徒たちの身に危険が迫る可能性がある……。
とりあえずここで黙っていても何も始まりません。今も魔物が出続けている黒い穴のことも考えながら移動を──
そう思った時、バエルがこちらに向かって走ってきている姿が見えました。
「リリィ様。ご無事で何よりです」
「私よりも生徒たちが……」
「グラシャラボラスとフォルネウスの気配も地下にあります。現場に近い彼女たちが対処するはずです。私もリリィ様へいろいろと報告した後に彼女たちのもとへ向かいます」
学院の外へ出るために走りながらバエルが教えてくれた情報。
まず、あの黒い穴から出現している魔物は街の兵士や冒険者以外にバラムやアモンなど『聖魔女の楽園』にいる子たちもこちらにやってきて討伐しているようです。
バラムたち以外の魔物討伐にあたっているのは、バエルの判断で決めた子たちのようなので、実力は申し分ないと。あの短時間でそこまで指示を出せるとは流石バエルですね。
というか、それ以前に魔術が使えないのにどうやって『聖魔女の楽園』から応援に駆け付けることが出来たのか。こちらとあの場所を繋ぐには魔術を使わないと駄目なのに。
どうやら魔術が使えないのは学院の敷地内だけのようで、連絡系のスキルも同じみたいです。だから私は学院の外へ出ようとしているのです。
「タルト殿は“崩天魔龍団”を率いて上空から魔物の迎撃を。デオンザールは「とりあえず上から落ちてきている敵を倒せばいいんだろ?」と一人突っ走っていってしまったので、私の方から“機械守護兵団”に市民の救助などをするように命じておきました」
「あはは……デオンザールらしいですね。まあでも、彼なら一人でも大丈夫ですか」
「ええ。アレは身体の頑丈さと馬鹿力だけが取り柄ですので」
今の話に出ていた“崩天魔龍兵団”や“機械守護兵団”は『聖魔女の楽園』に存在する兵団です。以前にチラッと話題に出ていたと思います。
この他にバエルをトップに置いた“黒装悪魔兵団”なんてものもあり、三つの中では一番の戦力を持っています。といっても、他二つの兵団は人数的にも少ないので、一番と言っても今のところなんですけどね。
最近まで名称が決まっていませんでしたが、バエルにお願いされて私が命名しました。これでも周りから文句が出ないような良い名前にしようと頑張ったんですよ。
っと、各軍団への命名に苦労した話は今はおいといて。
バエルは「私の勝手な判断で兵を動かしてしまい申し訳ございません」と謝ってきましたが、まったく気にしていません。むしろ、緊急事態にもかかわらず、冷静かつ迅速な判断と命令をしたことに感謝しています。
黒い穴からやってくる魔物と間違われないかという問題もバエルが行動で敵意がないことを示せと事前に伝えているとか。
まあ、向こうは完全に魔物の姿に対し、こちらは外見だけだと人間と変わりないので、バエルがそう伝えなくても心配する必要はなさそうですが。
それから一通りバエルとの情報共有を終えると玄関ホールに到着。
バエルは私と合流する前にメルファストさんと会って、学院の地下について聞いていました。そこへの行き方も聞いているようです。
生徒たちのことは先に地下にいるグラやフォルネ、そしてこれから向かうバエルに任せます。
それと実はあともう一人、かなり深い場所ですが私の知っている人の気配を感知しました。
転移に巻き込まれたとも考えましたが、範囲は教室でタイミング良くそこへ来ていたとは思えません。ということはつまりいつもの……。
とりあえず彼なら魔術メインで戦わないので多分大丈夫でしょう。
「では、私はあの黒い穴をどうにかしてきます」
「心配は不要かと思いますが、どうかお気を付けて」
「バエルも。魔術が使えなくなったところであなたが誰かに負けるなど想像できませんし、大丈夫だと信じていますが無理はしないように」
バエルは私と別れてすぐに地下へと繋がる部屋へと向かいます。
私はそのまま玄関ホールを出て学院の外へ。
外に出てすぐ視界に入ったのは魔物の襲撃から逃げてきた住民たちと学院にいた生徒たちです。住民たちはここなら安全と思って避難してきたのでしょう。
しかし、その安全もいつまで続くか……。
黒い穴からやってきた魔物がいつここを見つけて襲撃しに来るかわかりません。それまでに魔物を一掃できればいい話なんですが、ちょっと時間がかかります。
考えている暇があるなら行動に移すべきと思って私は校門に向かおうとしましたが、その途中でメルファストさんを見つけました。
何やら誰かと話しているみたい。相手は女性と後ろに娘と思われる子供がいます。その周りにも何名かいますね。
「こ、ここなら魔物は来ませんよね? 学院長もいますし、学院にいれば絶対に大丈夫ですよね?」
「……噓を吐いたところで状況は何一つ変わりませんので正直に申し上げます。現在、魔物の襲撃を防ごうにも魔術が使えないため、障壁を張ることができません……」
「じゃあ、もしかしたら上空から魔物が来るってこと……?」
「可能性はあります。しかし、仮に魔物が来ようと我々が必ず──」
すると、女性の周りにいた一人の男性が突然声を荒げてメルファストさんに言います。
「そんなの信用できるわけないだろ! 俺はあの黒い穴からやってきた魔物がこの街の兵士を簡単に殺したところをこの目で見たんだ! 兵士で勝てない相手に教師ごときが勝てるわけない! ここなら安全だと思ったのに……クソッ! 俺たちも殺されるのは時間の問題だ……」
男性の声はあまりに大き過ぎました。
当然その声は周囲にいる人たちの耳に入ります。そして、それが波紋のように広がって伝わるのに時間はかかりません。
そこへ更に住民たちを不安にさせる出来事が。
上空から黒い物体が学院の敷地内へと落ちてきたのです。
何が落ちて来たかなんてすぐにわかります。
幸いにも巻き込まれた者はいませんが、ただでさえパニックになっていたのに魔物が学院の敷地内に落ちてきたことで状況は更に悪化します。
逃げようにも学院の敷地を出れば魔物がもっといる。かといって、この場にいれば殺されること間違いなし。
まあ、魔物に殺されるなんてことにはなりませんけどね。
住民たちへ危害を加えるより早く私は魔物の前に立ち、そのまま『魔闘法』を使って魔物を一気に倒します。
確かに強いですが、私の敵ではありません。しかし、あの男性が言ったように一般の兵士を殺せるだけの強さはあると思います。
魔物を倒し終えるとメルファストさんが駆け付けてきました。
「リリィ先生……すまない、こういう時こそ私が真っ先に動くべきなのに──」
「メルファスト学院長は住民の皆さんの対応をしていたんです。反応が遅れても仕方ありません。あと、目上の方にこんなこと言うのもあれですが、今やるべきことは他にたくさんあるので反省は後にしましょう」
「……そう、だね。リリィ先生の言う通り反省は後にしよう」
メルファストさんには私の知ることを簡単にですが話しておきました。
メアリ先生が今回の件の主犯であることを聞いた時は驚きと動揺を隠せていませんでしたが、すぐに冷静さを取り戻しました。
「それで、障壁が張れないというのは学院の敷地外で発動させても同じでしょうか?」
「ああ。発動自体は可能だったから何度も試してみたが結局無理だった」
「な、なあ、君。君はさっきの魔物を簡単に倒せるんだろ? こいつやここの教師じゃ頼りないんだ。頼む、ここに残って俺たちのことを守ってくれよ!」
と、メルファストさんと話している最中に先程の男性が私に頼みに来ました。周りにいる人たちからも必死にお願いされます。
お願いされるのはともかく、メルファストさんや他の教師たちがいるというのに堂々と「頼りない」とか言うなんてこの男性、ものすごく失礼です。印象は最悪ですよ。
もちろん魔物に殺される恐怖もあるので、思わずあんなことを言ってしまった気持ちもわからなくはないです。でもメルファストさんたちだって凄い人なんですよ。私はそれを知っています。
男性の印象は最悪ですが、だからといって助けないなんてことはしません。
要は魔物に殺される心配をする必要のない安全な場所を用意出来ればいいということですよね。
そんなの何処にもないと思うでしょう。
いいえ、それがあるんですよ。黒い穴からやってきた魔物でも絶対に立ち入ることのできない超がつくほど安全な場所が。
しかし、そのためにはあることをしないといけません。
何も言わないまま離れると面倒なことになるので、一言告げてから校門の方へ走って向かいます。
魔術を使うために一度学院の敷地から出た後、私は『聖魔女の楽園』とこちらを繋ぎ、待機していた二人を呼び出します。
「「リリィ様!!」」
「サフィー。それにマナフィール。これからあなたたち二人と従魔契約を結びます」
「わ、私がリリィ様の従魔に……」
「やったぁ! リリィ様の従魔になれる! ししょーと同じだぁ!」
マナフィールは何処か申し訳なさそうな感じに対し、サフィーはずっと欲しかったものを買ってもらった子供のように喜んでいます。
従魔契約は魔物と深い信頼関係がないとできませんが、サフィーとマナフィールは私のことを慕っているので問題ないはず。
ただ、どうやら私の従魔になるということは『聖魔女の楽園』では大変名誉なことみたいで、従魔に選ばれるように魔物たちは日々頑張っているとか。
私の従魔はタルトにデオンザール、バエルを含めた最上級悪魔たち。言わずとも『聖魔女の楽園』では最高戦力です。実力は一回考えないとして、彼らと同格の存在になれるのであれば気合も入るのでしょう。
にもかかわらず、他の魔物たちが私の従魔になるために日々訓練などを頑張っているなか、私が勝手にサフィー、マナフィールと従魔契約を結ぶ件についてどう思われるか……。
どちらにせよ、この状況をどうにかするためにも彼女たちと従魔契約は結ぶつもりです。しかし、終わった後に周りから何か言われないか心配なんですよね。
そんなことを考えているとマナフィールが口を開きます。
「リリィ様」
「どうかしましたか?」
「私は『聖魔女の楽園』にいる皆さんのなかでも一番の新入りです。そんな新入りがリリィ様の従魔に選ばれるなんてとても光栄ですが、それと同時に周りからどんな風に思われるのか不安でもあります」
「マナフィール……」
「でも、やっぱり従魔契約を結ぶと言われて嬉しかった気持ちの方が強かったです。私が従魔に選ばれたことに納得いかない人たちもいるかもしれませんが、今回の働きで認めてもらえるよう精いっぱい頑張ります!」
申し訳なさそうな感じにしていたのは私と同じことを考えていたからなのでしょう。でも今は先程とは違って力強く私にマナフィールがそう言いました。
私の心配など必要なかったみたいですね。文句を言う人が出てきたら責任をもって私が対応しましょう。まあ、その前にバエルが「リリィ様の決めたことに文句があるのですか?」とか言って解決してしまうことも考えられますが。
「サフィーもいっぱい頑張る!」
「はい、期待していますよ。それでは時間も無いので従魔契約を」
私はサフィーたちと従魔契約を結びます。
二人と従魔契約を結んで多少私のステータス値が伸びましたが、それ以上に彼女たちの方がかなりパワーアップしています。
「思ったよりも簡単に終わるんですね」
「二人が私のことを主と認めてくれたからですよ」
「ねえリリィ様、なんかね、凄く力が溢れてくるの! サフィー、今なら何でもできる気がする!」
「確かに、サフィーちゃんの言う通り、リリィ様と従魔契約を結んだことで自分が強くなったのを感じます。それで、私たちは何をすればいいんですか?」
やる気十分な彼女たちにこれからやってもらうことを説明します。
「二人は私の従魔になったことで『聖魔女の楽園』に繋がる門を作ることが可能になりました。サフィーはこの場に残って住民の皆さんを『聖魔女の楽園』へ避難させてください」
「わかった!」
「マナフィールは分裂して魔物と戦っている各兵団と合流。逃げ遅れた住民がいたら同じように『聖魔女の楽園』へ避難させてください。ただし、マナフィールは分裂した数だけステータスが下がるので戦闘は避けて構いません。私の従魔だからといって無理しないように」
「わかりました。救助優先で頑張ります」
指示を出した後、マナフィールは分裂して各兵団のもとへ向かいます。
私はサフィーと一緒に学院の敷地内に戻り事情を説明。
一部魔物を信用することはできないなどと言う人もいましたが、さすがに説得に時間をかけられないので「だったらここに残って魔物に怯えながら戦いが終わるのを待っていてください」と強めに言ったら大人しく従ってくれました。
まあ、それでも意地になってサフィーを信用しないというのであれば無理矢理にでも『聖魔女の楽園』に避難させるつもりでしたけどね。
サフィー一人ではいろいろと大変だと思うので大人のメルファストさんや他の教師たちにもお手伝いをお願いして、ようやく私は黒い穴へと向かうことが出来ます。
さて、今も黒い穴から魔物たちがやってきています。
それをタルト率いる崩天魔龍兵団が迎撃していますが、それでもこちら側の数が圧倒的に少ないため、迎撃が間に合っていません。
あの黒い穴をどうにかすると言ったものの、実際にあれを破壊するには骨が折れそう。それでもやるしかないんですけどね。
気合を入れて黒い穴へ向かおうとしたその時──
「リリィ!!」
私を呼んだのはシルファさん。それにシルファさんのお父さんや他の鍛冶師さんたちも一緒にいます。
走ってここまで逃げてきたのか息を切らしていました。そして、軽く息を整えたシルファさんは私に布でグルグル巻きにされた何かを渡します。
それを持った瞬間、これが何なのかすぐに理解できました。
「シルファさん、これはもしかして……」
「そうだ。ついさっき完成した新しい杖の一本だ」
杖の名は『黒龍神杖・崩天魔』
布に巻かれていても感じ取れるあの黒い穴を破壊出来るであろう力を有した私の新たな杖です。





