順調に進む計画
「本当に、メアリ先生なんですよね……?」
あまりの雰囲気の違いに私は今一度聞き返します。
「えぇ……今まで一緒にお仕事してきた仲じゃないですか。私の顔、忘れちゃったんですか? もう酷いですよ、リリィ先生」
顔をぷいっと横に向けてそう言うメアリ先生。
この感じは私の知るメアリ先生です。
しかしながら、やはり雰囲気はそれと違う。見た目は変わらないですが、まったくの別人な感じです。
本当にメアリ先生は……。
私も気づいてはいるのでしょう。ただ、頭で理解していても認めたくないだけ。
だから私は今も信じたくないと思っている。
しかし、いつまでも現実から目を背けていられないのも事実。
メアリ先生本人もああ言っていたんです。
認めなさい。メアリ先生が──
「……メアリ先生が異界から来た人間……」
そう言うとメアリ先生は一瞬驚いていましたが、すぐにニコリと笑いました。
「リリィ先生にはお見通しですか。もう隠し通すつもりはないですけど、私が別の世界から来た人間だなんてよくわかりましたね。普通ならこことは別に世界があるなんて思いもしないのに」
「少し前に会ったことがあるので。知り合いからも話を聞いていますし」
「へぇ、そうなんですか。あっ、そういえば小耳に挟んだ程度ですが“ウォルディーグ”様が「向こうで面白い子と会った」と。確か、その人物は黒の長髪で女の子だとか……もしかしてリリィ先生のことですか?」
多分私のこと……ですよね。黒の長髪の女の子ですし。もし違ったら恥ずかしいですけど……。
オルフェノク地下大迷宮で出会った異界人。ウォルディーグというんですか。名前か家名かはさておき、覚えておきましょう。
でも、今はそんなことはどうでもいいです。私はメアリ先生にいろいろと聞かなければいけません。
「それはわかりませんね。黒髪で長髪の女の子なんて世界中にたくさんいますから。ところで、メアリ先生にいくつか聞いてもいいですか?」
「いいですよ、これが最後の会話になると思うので」
「では遠慮なく。メアリ先生は異界人……で合っていますね?」
「何度確認しても同じですよ。私はリリィ先生とは別の世界から来た人間です」
「メアリ先生の目的はこちらの世界の『勇者』または『魔王』の殺害」
「ノエルさんが『勇者』であることは事前に伝えられていました。ああ、誰が調べたのかはわかりませんよ。私には主とも呼べる御方がいますが、その御方も情報を伝えられただけみたいですので」
嘘は言っていない、みたいですね。
それよりメアリ先生には主とも呼べる人がいるですか。
私は過去に異界人と二度接触していますが、正直な話をするとメアリ先生はその2人よりも実力は劣っている。実力を隠しているということも考えられますが、以前タルトの羽を傷つけて私に一方的にやられた人よりも弱いです。
「話を戻しましょう。私には任務が与えられました。それは『勇者』のいる学院に潜入して機を窺い、可能であれば殺害する。主から与えられた任務とはいえ、無理難題にも程がありますよ。残念なことに私には『勇者』を殺す実力はありませんから。真っ向から勝負を仕掛けても負けるのが目に見えています」
「学院には教師として潜入したんですよね。ですが、異界人のステータスはこちらの世界だとうまく表示されないはずです。それに言語だって……」
今もメアリ先生のステータスは『鑑定』を使うと見れます。しかし、私が出会った異界人のステータスはうまく表示されず見ることはできませんでした。だとすれば同じ異界人であるメアリ先生のステータスは見ることができないはず。
「詳しいやり方は秘密です。全てを教えるつもりはないですから。まあ、どうにかできる人が向こうの世界にはいると思ってください」
「そうですか、わかりました」
「あれ、簡単に引き下がるんですね。てっきりもっと聞いてくるものかと」
「メアリ先生も言っていたじゃないですか。聞いたところで答えてくれませんよね」
「ええ。では話を続けましょう」
メアリ先生は自分の髪を弄りながら続きを話します。
「可能ならと言われていましたし、準備しなければいけないことがあったので無理に動かなくても良かったんですけどね。ちょうど運よく利用できる駒と状況があったので、試しにそれを利用してみました」
「……ワーナー先生と合同授業ですか」
「リリィ先生のことは信用していましたよ。あなたならきっと元Eクラスの生徒たちを強くするって。ただ、それだと元Aクラスの生徒たちが不利ですよね」
「その差を埋めるために禁忌の魔術が記された書物をワーナー先生に渡し、セルマーク君に使えと命じたわけですか」
「ほんと、危険だってわかっているのにセルマーク君に渡しちゃうんだからワーナー先生は馬鹿ですよ。まあ、私がそうするように誘導したわけですし、ああいう馬鹿は利用しやすいので私としては良かったんですけど」
と、笑いながらメアリ先生が言います。
今のやり取りで禁忌の魔術が記された書物をどうやって手に入れたのか気になるところですが、これも聞いたところで教えてくれないでしょう。
しかし、教師の中でも一番近くにいた存在だったのに、メアリ先生が内心ではそんなことを考えていたなんて思いもしませんでした。自分以外の人間がその時何をどう思っているのかわからないのは当然ですけど。
「でも禁忌の魔術を使わせるところまでは良かったのに、リリィ先生のせいで失敗に終わっちゃいました。あれは予想外でしたね。まさか、ああも簡単に事態が収まるとは……。流石はリリィ先生と言うべきか、余計なことしやがってと言うべきか。あれでノエルさんを殺せたらラッキー程度にしか思っていなかったので別に気にしていませんけどね。ただ、成功しようが失敗しようがワーナー先生は絶対に殺そうと思っていましたよ」
「……どうして、ですか?」
私が問うとメアリ先生は笑顔で答えます。
「ウザかったからに決まっているじゃないですか。俗に言う新人いびりってやつですか? リリィ先生も経験していますよね。自分が偉いと思い込んで相手を蔑むワーナー先生。何度その場で殺してやろうかと思ったことか。我慢するのが大変で大変で。ムカつかない方が凄いですよ」
「…………」
「まあ、実際殺しましたけどね。今まで蔑んできた相手に何の抵抗も出来ず、魔術で全身を焼かれる。激痛で苦しみ悶えながら過ごす時間はワーナー先生にとっては地獄の時間だったでしょうが、私には最高の時間でした。ああもう、思い出すだけで……フフッ」
顔を両手で覆いながらメアリ先生は不気味に笑います。
本当に、私の知るメアリ先生はもう何処にもいないんですね。いや、今目の前にいるのが本当のメアリ先生で、私の知るメアリ先生が偽りの姿だった。
聞きたいことはまだありますが──
「……最後に、いいですか?」
「どうぞ」
「……アースリィ君たちはメアリ先生のことを慕っていました。落ちこぼれな自分たちをいつも気にかけてくれる優しい先生だと、言っていました……。生徒たちのために頑張ろうとするメアリ先生を私は尊敬しています。だから、本当のメアリ先生を知った今、聞きたいんです……。アースリィ君たちのことはどう思っていたんですか? 彼らへの励ましの言葉は、全て嘘だったということですか……?」
答えは聞かなくても何となくわかっています。
ですが、ちゃんとメアリ先生の口から聞いておきたかったのです。もしかしたら私の思っている答えとは違う答えが返ってくるかも、とほんの僅かに期待している自分がいるから。
「リリィ先生はまだ私のことを先生と呼んでくれるんですね。こんな人間なのに」
「……はい」
「……アースリィ君たちのことですか。教師として学院に潜入して、クラスの担任なんて最初は面倒だなって思っていましたけど、彼らと同じ時間を過ごした今では意外と楽しかったと思えますよ。彼らは私にとって最初で最後の可愛い自慢の生徒たち──」
「メアリ先生……」
「──なぁんて答えをリリィ先生は期待しているんでしょう? 残念、ガキ共──しかも学年の落ちこぼれの担任だなんて苦痛でしかなかったですよ。彼らへ送った言葉も教師だからそれっぽい言葉を並べて適当に励ましていただけ。やっと解放されて清々しています」
先程は違う答えを期待すると言いましたが、下手に嘘を吐かれるよりも、やはりこうして本心を言ってくれて良かったのかもしれません。嘘だとわかっていても生徒たちのことを大事に想っているようなことを言われては迷ってしまいますから。
「メアリ先生の気持ちはよくわかりました」
「それは良かったです。で、どうしますか」
「もちろん止めます。メアリ先生の好きにはさせません」
「そう来ますよね。でも、私はリリィ先生と戦う気はありません。リリィ先生がノエルさん以上に強いのはわかっています。ノエルさんで勝てないとわかっているんです。多少対策をしたところでリリィ先生に敵うわけない。だから、ここでさよならです」
するとメアリ先生の後ろに魔法陣が浮かび上がります。
あれは『聖魔女の楽園』の出入りをする際に作る門に似ている。ということは、この場から別の場所へ移動するつもりですか。
逃がすつもりは当然なく、移動してしまう前に捕らえようとしましたが、メアリ先生の方が速かった……。
メアリ先生はもういません。しかし、何処からともなく声が聞こえてきます。
「さあ、準備は既に終わっています。これからもっと楽しいお祭りの時間が始まりますよ。仕事と両立して頑張って準備したのでリリィ先生にも是非楽しんでいただきたいですね。ああでも、悠長にしていると取り返しのつかないことになるので気を付けてください。リリィ先生は問題なくても、街の人たちはそうとは限りませんから」
そこでメアリ先生の声は消えました。
それと同時に上空の方で膨大な魔力が現れたことにも気づきました。
窓から外を見ると街の上空には巨大な黒い穴があります。
準備してきたということは、あそこで私が捕まえても発動する可能性は十分にあった──いや、きっとそれも想定済みだと思います。となると最初から指定した時間に発動するよう術式に組み込んでいたのでしょう。
そして、その穴から何かが街に向かって次々に降りてきている。
あれは……見たことない種類ですが、間違いなく魔物です。
確かに私なら問題ないかもしませんが、街の人たちは違います。戦えない人だっているんです。これは不味いどころの騒ぎじゃありません。
とりあえずこの状況をどうにかするためにも『念話』でバエルやグラ、フォルネに連絡をしようと思いましたが──
「……『念話』が使えない?」
バエルたちに繋がらない。普段なら使える『念話』も理由は不明ですが使えません。
そして、もう一つ。
「……魔術も……」
『念話』のみが使えないと思って魔術スキルを試してみましたが、どうやっても発動はしません。ただ、『鑑定』などのスキルは使えるので封じられているのは魔術系と連絡系のスキルと言ったところでしょうか。
使えないなら切り替えましょう。
バエルも『念話』で私と連絡を取ることはできないと気付いていると思います。だから、状況を整理して自分の判断で動いているはず。
生徒たちが心配ですが、彼らの側にはグラとフォルネが一緒にいますから2人に任せても問題なし。でも念のため様子を見に行きましょう。
幸いにもまだ学院には魔物が来ていないので安全。でも、それもいつまで続くかわかりませんので、何かしらの対処を──メルファストさんとかがすると信じましょう。
上空の穴のこととかその他諸々は移動しながら考えることにして。
とりあえず急いでこの教室を後にします。
突如街の上空に現れた黒い穴。
アースリィたちがいる教室で真っ先に気づいたのは1人の客だった。
「なんだ、あれ……」
その言葉をきっかけにこの場にいる者全てが上空の穴に注目する。
ただただじっと見つめ、静寂が訪れる教室。
するとそこに1人の教師が扉を開けて入ってきた。
「みんな、大変! あの穴から魔物が!」
「「「メアリ先生!?」」」
その教師というのはリリィと別れたばかりのメアリだった。
久し振りに顔を見ることが出来て安心する生徒たち。だがしかし、彼らは知らない。あの穴を作ったのは心配で駆け付けてきた尊敬する教師であるということに。
そして、メアリの言葉は訪れた客の耳にも当然入る。
「ま、魔物……」
「や、ヤバくない……?」
「ここも危ないんじゃ……」
「逃げなきゃ……!!」
恐怖と焦りが伝播するのに時間はかからなかった。
街に魔物がいるとも知らずに逃げようとする人々。冷静に考えればわかることだが、パニック状態だと冷静ではいられない。
生徒たちは非常事態だからこそ、冷静でいられるようにとリリィに教わったため、パニックにはならなかった。
冷静である自分たちがパニックなっている者たちを落ち着かせようと声を出すが、全くと言っていいほど効果はない。悲鳴などでかき消され、周りの声など聞こえていないからだ。
(何処に逃げても無駄だっていうのに必死になっちゃって。種は蒔いた。これだけ騒ぎになれば、学院内にいる人たち全員が恐怖で満たされるのも時間の問題。それに、学院全域にこっちの世界の魔術を封じる結界も発動しているからリリィ先生もすぐに駆け付けることはできない。本当は街全域にやりたかったけど、思いのほかアレを作るのに時間がかかったから仕方ないですね。まあ戦闘が魔術メインのノエルさんもほぼ無力化。勝算は最初の頃と比べたらかなり上がっている。……想定外の邪魔者はいますけど、まあこれもどうにかできますか)
一応は計画通りに進んでいると考えるメアリに突如蹴りが飛んできた。
フォルネウスだ。フォルネウスの蹴りがメアリを襲う。
メアリは自分の顔面に向かってきたフォルネウスの足を掴み、そのまま教室の窓際へと投げ飛ばすが、窓に激突する前にフォルネウスは空中で体勢を立て直し着地してメアリを睨む。
「えっと、リリィ先生の従魔、でしたよね。いきなり蹴るなんて酷いじゃないですかぁ。しかも結構本気でしたよね? すっごく痛かったです」
「その割には大したことなさそうだけど。グラ、その子たちを守りなさい」
「はい。皆さん、私の後ろに」
フォルネウスに言われ、生徒たちの前に立つグラシャラボラス。
この時、生徒たちは疑問を抱いていた。
フォルネウスが突然攻撃したのもそうだが、それ以上にメアリが今の攻撃を容易く防いだことだ。
自分たちの知るメアリでは、あんな攻撃を防ぐことは出来ない。ましてや一瞬の出来事に反応すら出来ない。
まるで別人。生徒たち全員がそう思っていた。
そんな中、フォルネウスはメアリに話しかける。
「私ね、実は特技があって、相手が心の奥深くに隠してある感情も何となく読み取ることができるの」
「なるほど、だから……。私を見て何がわかりましたか?」
「殺戮を心の底から楽しむ女。悪魔の私が人のこと言えないけど。アンタがここに来た時は見ても他の人間と変わらなかったから全く気づかなかった。気づけたのは隠していた感情がほんの少しだけ表に出たから。とはいえ、私を欺くなんて大したものよ」
「一応、ありがとうございます、と言っておきましょうか」
「メアリ、先生……? 嘘ですよね……?」
信じたくない様子で見つめてくる生徒たちにメアリは告げる。
「リリィ先生もそんな顔をしていましたね。さて、皆さんに伝えないといけないことがあります。私、今日で皆さんの先生を辞めます。だからお別れです。まあ、厳密に言うと皆さんは今日死ぬので永遠の別れになりますけどね。あなたたちが死のうと私はどうでもいいですが」
そう言うとメアリはとある魔術を使用した。
その魔術により教室の床に魔法陣が浮かび上がる。
これを見たフォルネウスはすぐにメアリへ攻撃を仕掛けて発動を阻止しようとしたが、その攻撃が届くことなくフォルネウスはこの場から姿を消す。
そして、フォルネウス以外も次々に教室から姿を消した。
気付けばそこは地下だった。
メアリが発動させた魔術によってグラシャラボラスとフォルネウスは何処かの地下へと飛ばされた。
「フォルネさん、ここは……」
「間違いなくあの女のしわざ。それよりグラ、気づいてる?」
「はい。メアリさんは魔術が使っていたのに私たちは使えません。それに『念話』も。これではリリィ様やバエル様に連絡できません」
「バエルはともかくリリィには一度連絡を入れたかったわね。けど、使えないってわかったのは教室にいた時からだったから、やりたくても出来なかった。そして、それはおそらくリリィも……って、そんなこと言ってる場合じゃない」
この場にはグラシャラボラスとフォルネウスだけ。
生徒たちは何処にもいない。
つまり分断されたということになる。
2人は生徒たちの魔力を探すことにした。
「見つけた。ミーシャ、サリー、レイジ、テオドールがここより上。カティ、オーグ、ベル、アンリ、フィリアが下か。というか、ここいくつか階層があるのね……」
「そのようですね。それでアースリィ君とセルマーク君、ノエルさんは更に下ですね。ただこの感じ……メアリさんも一緒です」
「とりあえずグラは上に向かってミーシャたちを保護。私は下に向かってカティたちを保護した後、すぐにアースリィたちのところへ──ん? 気配がもう一つ、これは……」
自分や生徒たち、メアリ以外にも誰かがいる。
その魔力は一応グラシャラボラスたちも知っていた。
「いやでも、なんでここに? あの場所にはいなかったでしょ。転移に巻き込まれたわけでもないし……」
「リリィ様が言うには、この方は迷子常習犯だとか……」
「だからって転移無しでこんな場所に……。とにかく私も急ぐけど、彼の方がアースリィたちに近いから最悪の事態になる前に合流することを祈りましょう」
そして、彼女たちは生徒たちと合流するためにそれぞれの場所へと向かった。





