報告と出発
「……犯人と確定するかは別にするとして。犯人らしき人物の目撃情報があったのは大きい。ただ、それが犯人且つ犯行後と仮定して、向かった先が学院方面というのが不安感を煽るね……」
学院に戻った私はすぐにメルファストさんのもとへ向かい、シルファさんから聞いた情報を全て話しました。
学院方面に逃走となると生徒たちに被害が及ぶ可能性がありますからね。学院長として心配なのでしょう。もちろん私も心配しています。
一応この情報は巡回している衛兵さんや依頼を受けた冒険者へと共有されるそうです。そうなると重点的に捜索が入ると思うので、しばらくは衛兵さんたちを見かける機会が多くなるかもしれませんね。
「そうですね……学院の近くに犯人がいるかもしれないと考えると……。あれから時間が経ちましたが、犯人に繋がる手掛かりとかはないんですか?」
「残念ながら。犯人はかなり慣れているのか、遺体や現場を隈なく調べたようだが手掛かりになるようなものは一切残していなかったと報告を受けている」
どうやら魔術を用いた殺人の場合、遺体には犯人の魔力の残滓がついていることがあるとか。
遺体は辛うじて判別できるほどの酷いやけどを負っていたため、かなり強力な魔術を使った。であれば可能性はゼロではないと専用の魔道具で調べたみたいですが、結果は何も見つからなかった。
もし見つかっていれば状況は大きく変わったでしょう。まあ、こんなこと言っても仕方ありませんが。
メルファストさんの言う通り、犯人はかなり殺人に慣れていると考えるべきですね。それなら余計に野放しにしておくわけにはいきません。次は学生たちが被害者になる、なんてこともあり得ますから。
「本当に困ったものだよ……。もうすぐ祭りの季節だというのに」
「お祭りですか?」
「ああそうか、リリィ先生は来たばかりだから知らないよね。この街では年に一度祭りが開かれる。まだ1か月先の話になるが、街全体で行われる祭りだから言うまでもなく規模は大きい。各地方からも人が来るくらいだ。リリィ先生が知っている人物となると、ウォルフやカリーナさんも毎年来ているよ」
ウォルフさんにカリーナさん。テルフレアを出発してからそんなに時間は経っていないと思いますが、二人の名前を聞くと懐かしく感じます。
そういえば、出発する前にカリーナさんは近いうちに学院の方へ顔を出しに行くと言っていましたが、もしかしてお祭りが開かれる時に来るんですかね。
とりあえずまたウォルフさんやカリーナさんと会えるのは嬉しいです。話したいことがいっぱいありますからね。
ただ、メルファストさんには懸念があるそうで──
「あんな事件を起こした犯人がまだ捕まっていない。そして、開催日になっても捕まっていなかったら……」
「更なる被害が出る恐れも……」
犯人はワーナー先生から情報が漏洩しないように殺害しましたが、それで終わりという保証はどこにもありません。たくさん人が集まるお祭りに乗じて他に何か事件を起こす可能性も十分考えられます。
「かといって、毎年行われている祭りの中止を私の一存で決めることは出来ない。明日祭りについての会議が行われて私も出席するんだけど、おそらくは開催されることになるだろう。まあ、それまでに捕まえれば何も問題ない話でもある」
「そうですね。私も犯人捜索に協力しますので」
「ありがとう。でも、リリィ先生はやることがたくさんあるだろう? クラスの担任に生徒たちの授業、知識を得るためによく図書館を訪れていると聞いているし、何やら鍛冶場に行って新しい杖を造る手伝いもしているそうじゃないか。それに固有魔術の件もある。無理をし過ぎて体を壊したら大変だ」
大丈夫です。と言いたいところでしたが、私は何も言えませんでした。
だって以前にやらかしていますからね。同じことを繰り返すわけにもいきません。自分の体は自分で管理して大切にしましょう。
しかし、犯人捜索に協力したいのは本心。私一人が増えたところでどうにかなることではないですが、それでも探す人は一人でも多い方がいいに決まっています。
「そういうことでしたら私が『聖魔女の楽園』で何名か集めておきましょう」
と、考えている時にバエルが言います。
「犯人は手練れということですから『聖魔女の楽園』にいる悪魔族でも実力が上の者たちの方がいいでしょう。バラム、フォルネウス辺りも最近は暇を持て余しているみたいなので捜索班に加えましょうか。面倒ですがバラムには後日勝負してやると言えば渋々了承してくれるでしょうし、フォルネウスに関しては適当にスイーツを与えておけば協力するでしょう」
単純ですのであの二人ならそれで動いてくれそうですね……。
でも、バラムとフォルネが犯人の捜索に協力してくれるのであれば心強いです。もし犯人と遭遇してもやられることはないでしょうし。
他の悪魔族たちも彼らには劣るものの、最近は強くなっているみたいです。
何でもバエルが数名連れてダンジョンに行き、素材を採るついでにレベル上げをさせているとか。『聖魔女の楽園』で報告書を読んでいる時にそんなことを言っていました。
「わかりました。人選はバエルに任せます」
「かしこまりました。それでは私は一度『聖魔女の楽園』へ戻ります。用意が出来次第こちらに戻りますが、衛兵に私たちの存在を知ってもらうために顔を合わせた方がいいですよね」
「それは私の方から伝えておこう。だから気にしなくていいよ」
「感謝いたします、メルファスト殿」
そう言ってバエルは『聖魔女の楽園』へ戻りました。
準備には1時間ほどかかるそうです。もうすぐ完全に日が落ちるので動くのは夜になるでしょう。
「相変わらず優秀だね」
「ええ、バエルは自慢の従魔の一人ですから。まあ、優秀過ぎて私が霞んでいるような気もしますけどね」
「そんなことないさ。リリィ先生も十分凄い人だよ。ところで、さっきチラッと言ったが固有魔術の進捗はどうだい? 前に聞いた時はアイディアは既にあると言っていたが」
「秘密です──と言いたいところですが、学院長には特別に教えますよ。実は、もうほとんど完成しています」
あれから結構日数が経過していますからね。試す機会もいっぱいありましたし、完成するのも時間の問題。
ただ、時間の問題と言いましたが、私の固有魔術が完成することはないでしょう。私の固有魔術はそういうものなのです。
「本当かい!? ということは近いうちに見せてもらうことも?」
「申し訳ないですが、お見せすることは出来ません。私の固有魔術は完全に戦闘用ですし、ほとんどと言っても形が出来ているだけ。完成させるにはもっと多くの知識が必要なんです。それでも完成は難しいと思いますが」
「そうか……残念だ。ちなみにだが、見せることは出来なくてもどんな魔術なのか教えることは出来ないかい?」
それは別に構わないので私の固有魔術についてメルファストさんに話しました。
私の説明を興味津々に聞き、一通り話し終えるとメルファストさんは先程言った私の言葉に納得するように頷きます。
「確かに、今の話を聞くにリリィ先生の固有魔術には多くの知識が必要だ。そして、リリィ先生が必要とする知識は無数に存在する。真似しようにも知識の他に途方もない時間を必要とするし、リリィ先生のことだから術式も当然複雑にしているだろう」
「その者にしか使えない唯一無二の魔術ですからね。私以外の人には解読が不可能と言えるほどかなり複雑にしています」
実際にやってみてわかったんですが、私って意外にこういうの得意みたいです。まあ、自分で魔術を作ったりしたことがありますからね。自然と得意になっていたのかも。
術式にも自信がありますよ。大昔使われていた言語とかいろいろ組み合わせています。
図書館に行って誰も手をつけていないような本を見つけて読もうとした時、知らない文字で書かれていましたけど、これは使えると思いました。もちろん解読するには一から文字を覚えないと駄目だったので大変でしたが……。
でも、大変だったといっても結局楽しさの方が勝っていましたね。
「しかもこの固有魔術は知識を得れば得るほど進化する」
「まあ、欠点もありますけどね。スキルがあったとしても魔力の消費が激しいので今のところ使える時間はよくて7分。しかも一度使えば時間まで解除できません。そして知識や情報が不足していれば無駄に魔力を消費することになります」
「だとしても、固有魔術と呼ぶに相応しい強力な魔術だ。図書館にある本はあらかた読んだのかい?」
「流石にあの量は無理ですよ。でも結構読みましたよ」
「そうか。じゃあまた図書館の許可証を渡そう。前は終わった後に返してもらったが、今回は返さなくていいよ」
そう言われてメルファストさんから以前と同じ許可証を受け取りました。これがあれば図書館の中でも学院長のみ閲覧することが出来る本を読むことが出来ます。
その本には私が欲する知識もたくさんあるので、是非とも役立ててほしいと。時間が無くて読めなかった本もあったのでありがたいですね。
「それじゃあ私は先程の件を兵団へ連絡しに行くとするかな」
「では私はこれで。失礼します」
メルファストさんに挨拶してから部屋を出ます。
このまま寮に戻って休むのもいいですが、一度『聖魔女の楽園』の方に顔を出しに行きましょう。
許可証を貰ったので図書館に寄ろうとも考えましたけど、日も落ち始めているので今日は止めておきました。
私が『聖魔女の楽園』に戻るとちょうどバエルが犯人捜索の人選を終えていたようで、一言声をかけてくれました。
捜索班にはバラムとフォルネも参加していました。彼らからしたら面倒ごとだと思うので素直に言うことを聞かなかったと思いましたが、あの様子から見るにどうやらバエルの思い通りに行っているようですね。
準備を終えるとバエルはメルファストさんと合流するために街へ戻りました。いきなり大人数で押しかけるのも迷惑になるから、ということです。そういうところも考えているのは流石です。
その後、捜索班を見送った後に『聖魔女の楽園』で夕食を済ませます。
どうやら料理の方も更に美味しくものを提供できるように研究しているみたいで、その成果はしっかりと出ていました。もう高級料理店と同じレベルですよ。まあ、滅多にいかないのでどうかわかりませんが……。
お腹いっぱいになったところで私も学院へと戻ります。
少しだけ残っていた仕事を片付けてから就寝。
そして翌日。私はメルファストさんが言っていたお祭りが例年通り開催されることを知ったのでした。
シャルルフォーグ学院より遥か東に位置する国。
その国の名は神聖帝国マリアオベイル。
そして、マリアオベイルに存在する神聖帝国騎士団。この国の中でも最高戦力に該当する聖騎士で構成された騎士団である。
その神聖帝国騎士団に所属する一人の少年は皇帝直々に呼び出され、謁見の間へと訪れる。
相変わらず無駄に大きくて豪華な扉だ、なんて人前で口には出せないことを思いながら少年は中に入る。
玉座の前まで進み、片膝をつく少年。
「面を上げよ、ユリウス聖騎士長」
声の主は玉座に座る皇帝のものではなく、皇帝を守護する側近のものだった。その側近は二人いるが、どちらもかなりの実力者だと聞く。確証がないのはユリウスが実際に勝負したことがなかったからだ。神聖帝国騎士団にいないのは皇帝直属の護衛だからだろう。
ユリウスは顔を上げ、玉座を見る。
玉座は白い布によって締め切られており、皇帝は見えないようになっている。
一応影は見えるが、それも本物かわからない。まったく動かないその影は人形というも線もある。
どうしてこんなことを考えるのかというと、実はユリウスは聖騎士長になってからも皇帝の顔を一度も見たことないのだ。というより、皇帝の顔を知る者はマリアオベイルでもほとんどいない。故に本当に皇帝が存在するのかどうか、なんてことも疑う者もいる。
「それで、今日はどのようなご用件でしょうか」
「ここより西に位置するシャルルフォーグという街で異界の者が現れたという情報が入りました。ユリウス聖騎士長にはこれの討伐を命じます。ですが、可能なら異界の情報を吐かせるために生け捕りしなさい」
先程とは別の、女性の側近がユリウスにそう告げる。
(……ああ、例の。確か……こことは別の世界があって『勇者』と『魔王』を殺すために使者がやってくるとか。第一、異界のことや今回の情報をどうやって手に入れたのか気になるが、聞いたところで答えないのが目に見えているな。まあ、何を考えたって俺に拒否権はないんだろう)
面倒だなとは表情に出さず、ユリウスは頷いた。
「了解しました。それでは直ちに準備をしてシャルルフォーグへと向かいます。しかし、相手は異界の者、そして『勇者』や『魔王』を殺害しようと考えているなら相当な実力者のはず。私一人では万が一のことも考えられるので、何名か同行させてもよろしいでしょうか?」
「いいでしょう。全てあなたに任せます」
「ありがとうございます」
「ではいい報告が聞けることを期待して待っていますよ、『忠義』のユニークスキルを持つ『勇者』──ユリウス・オーランド」
ユリウスは謁見の間を去り、ある場所へとやってきた。
ある場所というのは神聖帝国騎士団がよく利用する訓練場である。そこに今回の件で必要な人間がいると考えたからだ。
そして、ユリウスの予想は正しく、訓練場にその人物はいた。
まだ模擬戦をしている最中だからユリウスは声をかけなかったが、既に10名以上はやられて倒れているのを見た。
それでも7対1という構図で模擬戦は続いている。
だが、その模擬戦もすぐに終わった。
目にも止まらぬ速さで次々と聖騎士を倒していき、勝利したのは劣勢ながらも一人で戦った青年。いや、彼にとっては劣勢といえる状況ではなかっただろう。
模擬戦が終わったところで、一人の聖騎士がユリウスの存在に気付き、すぐさま立ち上がって挨拶をする。それに続くように倒れていた者たちも挨拶をした。
ユリウスはまだ15歳ではあるが聖騎士長という立場であるため、気軽に話しかけることはできない存在だろう。中には当然若すぎると考える聖騎士もいるが、喧嘩を売るほど馬鹿ではない。
そんななか、模擬戦に勝利した青年がユリウスに近付いて話しかけた。
「やあ、ユリウス君。普段は仕事で忙しくて来ないのに今日はどうしたの? たまには誰かと勝負したいとか? それだったら僕が相手するよ。ここの人たちは決して弱くはないけど、僕にはちょっと物足りないかなって」
「勝負したらこの訓練場が持つかわからないからな。悪いがそれはまた別の機会だ」
「ああ……初めて勝負した時は凄かったからねぇ。あの時は何にもない場所でやったから良かったけど」
ユリウスと普通に話している青年に他の聖騎士たちは愕然としていた。自分ならあんな風に喋るなんて出来もしない。
だが、その青年は聖騎士長ではないものの、ユリウスと対等の立場だった。故に納得できる。そして、彼の強さも。
「ルクス、仕事だ。詳しいことは道中で説明するが、俺たちはこれからシャルルフォーグという街に向かう」
「聖騎士長の命令なら従うしかないね。わかった。それで出発はすぐ?」
「そうだ。他にも何名か連れていく予定だからお前は先に準備を始めていろ」
『忠義の勇者』──そして、リリィの弟であるユリウス・オーランド。
訳あって神聖帝国騎士団に入団。リリィとも面識がある『純潔の勇者』ルクス・エヴァ―テイル。
他の聖騎士も連れ、二人の『勇者』はリリィが滞在していると知らずにシャルルフォーグに向けて出発するのであった。
三年前、ダンジョンで亡くなったと知らされた姉との再会。
かつて少しの間だけ共に冒険した友人との再会。
二つの再会はもう間もなく現実となる。





