兄弟
リリィがメルファストと話している時、アースリィは街にある医療施設へと足を運んでいた。
今日の授業も終わり、放課後は普段通りクラスメイト達と更に腕を磨くために修行に励む予定だった。しかし、セルマークのことも心配だったため、今日は修行を止めて様子を見に行こうと決めたのである。
片手に果物が入ったかごを持ってアースリィはセルマークのいる病室へと入る。
部屋に入るとセルマークは窓から外を眺めていた。
気付いていないようだったため、アースリィは声をかけようとするもその前に気付いたのかセルマークが振り向いた。
お互い言葉を発することなく訪れる静寂。
さすがに気まずいと思ったアースリィが最初に口を開いた。
「ああ、その……なんだ、体調の方は、どうだ?」
「……まあ、ぼちぼちってところ。あと数日で学院に復帰できるって」
「そっか、それなら良かった。これ、ここに来る途中で買ったんだけど、よかったら食べるか? いらないなら持って帰るけど」
「……いや、せっかくだから……」
「わかった。じゃあ食べやすいように切るから、そっちの椅子に座ってもいいか?」
セルマークは何も言わずただ頷くだけだった。
アースリィはベッドの側にある椅子に腰をかけ、かごからリンゴを一つ手に取って【異次元収納箱】に入っていたナイフで皮をむき始める。
以前までは使えていなかった魔術に少し驚くセルマークだったが、それについて詳しく聞くことはしなかった。
聞けば話題が出来て話が広がるというのに、お互い黙っているせいでまたしても静寂が訪れてこの場に気まずい空気が流れている。
「昔もこんなことがあったな……」
「小さい頃にセルマークが高熱を出した時だっけ。あの時は母さ──いや、あの人の『治癒魔術』で治ったけど、安静にしていなさいって1日中ベッドの上にいたんだよな。それで俺がリンゴを持ってこっそり部屋に入って皮をむいたんだっけか」
「結局その後見つかって兄さんは怒られたんだけどな」
「そうだったな。今となっては懐かしい思い出だよ」
食べやすい大きさにまで切ったリンゴを皿に乗せてアースリィはセルマークに渡した。
昔と比べれば綺麗に切れていると思うセルマーク。昔は皮にたくさん実が残っていたり、見た目も悪かった。それでも一生懸命自分のために切ってくれたのは今でも覚えている。
皿を受け取り、ゆっくりセルマークは切ってもらったリンゴを口に運ぶ。
「そういえば、もう俺のことを落ちこぼれって呼ばないのか?」
「今まで散々落ちこぼれって呼んできたやつに負けたんだぞ。普通に考えて呼べないだろ。だったら僕は何だって話だ」
「それはまあ……そうかもしれないな……」
「あの勝負。結局Eクラス、何があっても僕の勝利は揺るがない。そう思っていた。だから更に上を目指そうとしなかった。必要性を感じなかったからだ。でも結果は負けた。あの敗北は僕の慢心が招いた結果だ。それでも負けを認めようとせずに必死に言い訳して……。父さんの言う通り見苦しかったと自分でも思うよ……」
誰だって負けを認めたくない時はある。今まで落ちこぼれと呼んでいたアースリィに負けたのだから尚更だ。あの時口から出た言い訳も仕方ないと言えばそうなのかもしれない。
しかし、今のセルマークは負けを認めている。敗因だってわかっている。少し前のセルマークと比べれば成長しているのだろう。
「……兄さんは、家を出て僕たちと縁を切るって本当か? はっきりとじゃないけど、兄さんと父さんがそんな話をしていたのは覚えている」
「まあ、な。もう俺はケルンベーダ家の人間じゃない。縁を切ったわけだし、お前の兄さんではなくなるわけだが……呼び方を変えるのが難しいなら今まで通りに呼んでいいさ」
「……兄さんが受けてきた仕打ちを考えれば当然か。縁を切ったのは僕のためなのか? 次期当主を僕にするために」
「それもあるけど、やっぱり一番大きいのは……」
「父さんか?」
セルマークの言葉に頷くアースリィ。
「ユニークスキルが使えるとわかった途端、昔のような態度に戻って、挙句の果てに家を継げと。自分勝手な話にさすがの俺も腹が立った。だから縁を切ることにした。最後の仕返しだよ。まあ、ケルンベーダ家にはお前がいるんだ。俺がいなくたって何とでもなる」
「でも、縁を切ったが、その後が大変なんじゃないのか? 家名もないわけだし」
「そこは心配しなくてもいい。実は俺、メルファスト学院長の養子になったんだ。だから今の俺は"アースリィ・シャルティアーナ"だ」
合同授業が終わった翌日。
セルマークの件で忙しかったメルファストだったが、それでも時間を作ってアースリィと話をすることにした。
その内容はアースリィの今後について。
第一演習場で自ら家族と縁を切るとアースリィは宣言した。それは当然その場にいたメルファストも知っている。
そこでメルファストはアースリィを呼び出して自分の養子にならないかと提案したのだ。
もちろん突然こんな提案をされて理解が追い付くわけない。当時のアースリィはかなり混乱していた。
だが、家名無しで生きていくのは何かと苦労するだろう。将来を考えても家名無しで生きていくより、家名があった方がいいのかもしれない。
そう考えたアースリィはメルファストの提案を受けることにした。
ただ、養子になったからって学院内で特別扱いされるわけではない。特別扱いしてしまうとアースリィが過ごしにくくなってしまうだろうという理由でだ。
こうしてアースリィはシャルティアーナ家の養子になった。
一応この件はケルンベーダ家にも伝わっているが、特に何か言ってくることはなかった。まあ、抗議してきたところでアースリィはもうケルンベーダ家とは関係がないし、戻るつもりもないから無意味だろう。
「学院長の養子か……」
「今まで学院長と尊敬していた人の養子になったんだ。正直言ってまだ実感はないよ。でも、メルファスト学院長は俺の将来も考えて善意で提案してくれたわけだし、それを断るのもどうかなって。養子になって「せっかくだからパパって呼んでもいいよ」って言われた時は俺も困ったけど……」
「僕でもそんなこと言われたら困るな」
それからも二人は話をした。
最初はぎこちない会話だったが、今では普通に話せている。
まるで昔に戻ったみたいだ。両親から平等に愛されていた頃はこんな風に楽しく話していた。
変わってしまったのはアースリィにユニークスキルがあると判明した時。でもこれは決してアースリィが悪いわけではない。ユニークスキルとは望んで手に入れることは出来ない力なのだから。
両親の言う通りにしていなかったら、周りが無視しても自分だけが兄の側に居続けたら別の未来が待っていたのだろうか。
いや、それに従って、更には自分より弱い者を見下していた自分にそんなこと考える資格はない。そして過去の行いに後悔しても遅いのだ。
話に一区切りついたところで、セルマークはアースリィに謝罪した。
「……兄さん。その、今更こんなこと言ってもどうにもならないけど、許してもらえるとは思っていないけど……今までごめん。学院も、あと少しで復学できるけど兄さんが僕のことを見て不快に思うなら自主退学す──」
言い切る前にアースリィはセルマークの頭に右手を置いてそのまま少し強めに撫でる。
髪がぼさぼさになったセルマークを見てアースリィは告げる。
「不快に思ってるならお見舞いに来てないし、こうしてお前と話もしていない。学院だって今まで通り通い続けろ。それに、父親にあんなこと言われて諦めるのか? 兄にはもう勝てないなんて言われて引き下がるお前じゃないだろ。少なくとも俺はそう思っている」
「兄さん……」
「学院でいろいろ学べば強くなれる。だから辞めるな」
「わ、わかった……」
その言葉を聞けて微笑むアースリィ。
そろそろ学院に戻ろうかと思った時、部屋の扉をノックする音が聞こえた。
入ってきたのはアウグストとその妻だった。アースリィと同じくセルマークのお見舞いに来たのだろう。
会うのは合同授業の時以来か。アースリィは元両親と顔を合わせることはなかった。アウグストたちもなんて声をかければいいかわからない状態だった。
さすがにこの場には居られないと感じたアースリィはセルマークに別れを告げて学院に戻ることにした。
「じゃあ、またな」
「うん、また……」
アースリィはアウグストたちの横を通り過ぎて部屋から出ていった。
別れ際でも元両親からは声をかけられなかったが、話をしたところで何かが変わるわけでもなかったから時間の無駄にならなくて良かったのかもしれない。
それから3日が経過した。
セルマークも順調に回復し、今日から再び学院に通うことになる。
そして、AクラスとEクラスが統合された新クラスが始動する日でもあった。
リリィも今日から担任として生徒たちの前に立つことになる。といっても、やることは変わらないと言われたし、特に緊張している様子はない。
時間も迫っていることだからと、リリィは副担任になったメアリと共に生徒たちが待つ教室へ向かおうとしたが、職員室を出てすぐにセルマークと出会った。
「セルマーク君?」
「おはよう、ございます」
「はい、おはようございます。それで、どうかしましたか? もうすぐ朝のホームルームが始まりますよ」
「その……先生たちには改めて謝っておきたくて。いろいろと舐めた態度を取ってすみませんでした。これからはそういう態度を取らないと誓います」
「お見舞いに行った時に一回謝ってくれたんですからもう気にしなくていいですよ。それより、前に話した通り、今日から新しいクラスになって私が担任を務めることになったのでよろしくお願いしますね」
「は、はい。こちらこそよろしくお願いします」
「では、教室の方に向かいましょうか。皆さん、待っていますよ」
リリィたちは他の生徒たちがいる教室へと向かった。
新クラスの教室はAクラスの教室を使うことになった。ちなみにEクラスの教室は現在空き教室になっており、どうするか検討中である。まあ、教材などを置く物置になる予定だろう。
教室に入ると誰一人欠席せずに着席している。
リリィはその光景を見て、うんうんと頷くのであった。
嬉しそうにしているリリィを余所に生徒たちの視線はセルマークへと集まっていた。
復学したセルマークを見て喜ぶ元Aクラスの生徒たち。クラスメイトが大変な目に遭って心配していたのだから無事な姿を見ることが出来て安心していた。
そんな中、セルマークは元Eクラスの生徒たちのもとまで近づいて頭を下げた。
「直接関わったことは少ないけど、それでも今まで僕の言動のせいで不愉快な気持ちにさせてしまったこと、深く反省している。本当にすまなかった」
「おいおい、なんか急に人が変わったな。別人だぞ」
「昔のままじゃ何も変われないって気づいたんだ。……ただ、今更変わろうとしても、君たちが僕に対して抱く気持ちはずっと変わらないと思う。でも、こんなこと言える立場じゃないけど、許されるならこれからは一緒に強くなるために、仲良くしてほしい……と、思っています」
そう言い終わったセルマークだが、内心では許されることはないだろうと思っていた。教室に居ても居心地が悪いだけ。向こうだってそう思うだろう、と。
しかし、セルマークの言葉を聞いたベルは席を立ち、彼の背中を叩いて肩を組んだ。
「おうっ、これからは仲良くしような」
「いいの、か……?」
「いいも何も今日から同じクラスの仲間なんだし、仲良くするのは当然だろ。みんなもそう思うよな?」
ベルの言葉に元Eクラスの生徒たちは誰一人嫌な顔せず即座に頷いた。
「そりゃムカつく時もあったけどさ、ずっと根に持っていてもしょうがないだろ。それによぉ、お前だけ仲間外れっていうのはよくないだろ。今ではあいつらとも仲良くやってんだから」
実を言うと、セルマークが入院している時に元AクラスとEクラスの生徒たちで合同授業を続きを行っていた。
まあ正しくはワーナー不在の中、午後の授業をどうするかメルファストが悩んでいる時にリリィが2クラス同時に受け持ち、その際に続きをしようという流れになって続きを行った。
リリィに鍛えられた元Eクラスの生徒たちは元Aクラスの生徒たち相手でも引けを取らなかった。
結果はアースリィたちの試合を含めると引き分けに終わったが、元Aクラスの生徒たちは勝負した相手の強さを認め、セルマークと同じようにこれまでの非礼を謝罪をし、それからは試合の反省会などを行っていた。そこから仲良くなるのにそう時間もかからなかった。
言われてみればかつての頂点と底辺のクラスの生徒が同じ教室にいるのに空気は悪くなかったとセルマークは思い出していた。普通ならもっと空気が悪くてもおかしくないのに。
セルマークだけではなく、彼らもまた変わろうとしていたのだ。
「これからは一緒に頑張ろうぜ、セルマーク」
「……ああ、本当に、ありがとう……」
「そうだ! セルマークも復活したことだし、授業が終わったらみんなで何か食いに行こうぜ。親睦会的なやつ」
「いいねぇ!」
「場所は何処にする?」
教室内は賑やかになっているが、全員何かを忘れている。
全員集まって放課後の予定を決めようとしていると、教壇の方から手を叩く音が二回聞こえた。
「仲良く話し合いをするのはいいですけど、まだ朝のホームルームが終わっていませんからね。その話は後にして、今は全員自分の席に座るように」
「「「はーい」」」
リリィに言われて各々自分の席に座る生徒たち。
ちなみにこの時リリィは「今の発言は先生っぽいな」と思っていたのであった。





