決断と異変
「父、さん……」
まさかの出来事に驚きを隠せないアースリィ。
父──アウグストの拍手に続くように教師たちからも拍手が送られた。
この場の大半は当然セルマークが勝つと予想──いや、断言と言ってもいい。だからこそ、それを裏切る形でアースリィが勝ったのは予想外でしかなかった。
だが、アースリィは教師たちから送られる拍手よりもアウグストのことで頭の中がいっぱいだった。
失望し、勘当まで考えていた父から向けられる瞳はよくやったと息子の成長を喜ぶようなものに変わっていた。口元もほころんでいる。
隣にいる母も笑顔だ。あんな笑顔を向けてくれたのはいつ以来だろう。
久し振りに自分を見てくれたことに喜ぶべきなのだろうが、アースリィは素直に喜ぶことは出来なかった。
アウグストと目が合い、逃げるかのように逸らすとアウグストの方から声をかけてくる。
「アースリィ。お前はユニークスキルを使えるようになったのか?」
「……はい」
「そうか! であれば勘当の件はなかったことにしよう。そして、ケルンベーダ家を継ぐのはお前だ」
「えっ……?」
予想外の言葉にアースリィの口から声が漏れ、同じ場所にいたセルマークはアウグストが何を言っているのか分からない様子だった。
「本当なら次期当主はセルマークだったが、お前がユニークスキルを使えるなら話は別だ。ユニークスキル所持者のお前の方がセルマークよりもケルンベーダ家に箔が付く。これからも期待しているぞ」
「ま、待ってください!!」
席に座ろうとしたアウグストを呼び止めたのはセルマークだった。
その表情は焦りに満ち、今にも泣きそうな風にも見られる。
声が震えながらもセルマークはアウグストに問う。
「ほ、本当に、この落ちこぼれにケルンベーダ家を継がせるんですか? こ、今回は偶々……そう、偶々! こいつがユニークスキルを使えようになったと知っていたら当然対策も考えていたし、僕は負けなかった! 僕が勝ってたんだ!」
「セルマーク……」
必死に言い訳をするセルマークが哀れに見えてしまうアースリィ。それだけ今回の敗北を認めたくないのだろう。
「もう一回やれば次は僕が勝つ! だから──」
「見苦しいぞ」
その一言は冷たく、セルマークを突き放すものだった。
そして、セルマークに向けられる失望した目。
アースリィはそれをよく知っていた。それを今度は弟であるセルマークに向けられている。
「言い訳せずに負けを認めたのであれば成長の余地ありと思っていたのだがな。ユニークスキルを持っていないお前はもうアースリィには勝てない。ユニークスキルとはそれだけ強力なもの。何度やっても結果は同じだ。そして、それに付き合うほど時間もない。お前が何と言おうとこの決定は変わらない。ケルンベーダ家の次期当主はアースリィだ」
受け入れたくない言葉にセルマークは膝から崩れ、地面を見つめて放心状態になっていた。
たった一回の敗北。しかも落ちこぼれと呼んでいた兄と試合しての敗北。それでセルマークの人生は大きく変わってしまった。
この先のことは今は考えられない。ただ地面を見つめるのみ。
そんな中、今度はアースリィがアウグストに物申す。
「父さん、俺はケルンベーダ家を継がない」
「何だと!? どういうことだ!」
アウグストの言葉に気持ちを落ち着かせようと一呼吸挟んでアースリィは答える。
「言葉の通りさ。父さんは勝手に話を進めているけど、俺はケルンベーダ家を継ぐ気はない。そもそも今更何言ってるんだって話だよ。ユニークスキルが使えるようになったと知ったら態度を昔みたいに戻して、箔が付くから家を継げ? いい加減にしろよ!!」
落ち着いて話そうとしたが無理だった。
今まで溜め込んできたものが怒りとなって爆発した。
「父さんたちに見限られてから周りの目は変わった。辛かった時や悲しかった時もたくさんあった。それでも頑張った。認められるようと頑張ったさ! だけど、父さんたちはそんな俺を見ようともしなかった。それもそうさ、結果が出てないんだから。頑張ったって結果が出なければ父さんたちは見てくれない」
「それは悪かった。だが今はこうして──」
「ユニークスキルを使えるようになったからケルンベーダ家の人間として認めてくれるってこと? いや、父さんは俺のことを地位を上げるための都合のいい道具とかしか見ていない」
「ち、違う。私はそういうつもりはなく……」
「なら次期当主はセルマークでもいいはずだ。だいたい、この試合が終わるまでセルマークに決まっていたんだろ? それを急に俺に変えるなんて……セルマークの気持ちも考えろ」
当然セルマークのことについてもいろいろと思うところはある。セルマークもアースリィのことを自分を引き立てる道具としか見ていなかったから。
だが、それでもセルマークは自分の弟なのだ。セルマークの様子を見てしまうと要らぬ優しさではあると思うが、兄としてどうしても心配の方が勝ってしまう。
それに、このままだとセルマークもアースリィと同じ道を辿ることになるだろう。アウグストのあの目は相手に失望した時の目。きっとこれから先、セルマークも両親から見てもらえない日々が続く。その辛さはアースリィ自身がよく知っている。
あんな思いをするのは自分だけで十分だ。
だから、アースリィは一つの大きな決断をした。
この決断に後悔はない。
結局自分もアウグストと同じく勝手に決めてセルマークを次期当主にしようとしているが、落胆しているセルマークは少なくともそれを望んでいる。であれば問題ないだろう。
突然言われてやらされるより、やる気のある者がやればいい。
そして、そこに邪魔者は必要ない。
覚悟を決めた上でアースリィはその言葉をアウグストに向けて言い放った。
「父さん、母さん。ここまで育ててくれたことには関しては感謝してもしきれない。でも、それとこれと別の話だ。父さんたちと昔のような生活を送ることは出来ない。俺はケルンベーダ家と縁を切るよ。父さんは取り消したけど勘当の話が出ていたのは事実だ。だったら俺の方から縁を切っても構わないだろ」
「な、何を言っている!? お前は私たちに必要な存在なんだ!」
「そうよ! アースリィ、考え直して!」
両親の訴えだがアースリィは首を横に振る。
「悪いけど、二人が何を言おうと今の俺には道具として側に置いておきたいようにしか聞こえない。二人は俺を息子と見ていないんだと、どうしても俺はそう感じてしまう。先に言っておくけど過去のことは水に流せと言われても無理だよ。それは相手が経験してきた過去を知らないから軽々と口に出来る言葉だ。利用価値があると判断されてケルンベーダ家の次期当主になるくらいなら、こっちから縁を切って自分の好きなように生きていく方が何百倍もマシだ」
「アースリィ! お、お前は貴族の地位や暮らしを捨てるというのか!?」
血迷った発言に怒りが混じりながらもアウグストは問うが、言いたいことを言って吹っ切れたかのように見えるアースリィは冷静に淡々と答えた。
「別に貴族でなくとも世の中生きていける」
「──ッ!? が、学院はどうする? 金は私が出しているんだぞ。お前がケルンベーダ家を出るというのであれば当然それも無くなる。お前は学院をやめることになるんだ、それでもいいのか!?」
確かに、それは不味い。
アースリィはまだ学院の費用を払えるほど稼ぎはない。以前『紫霧の古城』で手に入れた宝を換金してクラスメイトと山分けしたが、それでも卒業まではもたない。必ず足りなくなる。
だが、言い換えればダンジョンで金を稼ぐことが出来るようになった。もちろん単独で挑むには不安が多いためパーティーを組む予定だが、そこでコツコツ金を溜めれば問題なく学院を卒業することが出来るだろう。
「学院に通っていても実戦経験を積むという理由で冒険者になることは認められている。だから俺は冒険者になってお金を稼ぐ。学院と冒険者を両立させるのは難しいかもしれないけど、リリィ先生に鍛えられた根性があるから大丈夫だと思う。余裕が出来たら今まで俺にかかったお金もケルンベーダ家に返すよ。もちろんあまりにも行き過ぎた額を請求してくるなら考え直す。それでも最低限──今までかかった学院の費用くらいは必ず返すつもりだ」
一応世話にはなったことに変わりないのだからこれくらいはするべきなのだろうとアースリィは考えた。
そして最後に両親へ背を向けて。
「セルマークは俺と違って最初から優秀なんだ。自分が一番と思い込んでいるのは悪いところだと思うけど、それを直せばもっと伸びる。まあ、こんなこと言ったら上から目線で気に食わないとセルマークに思われるだろうけど。セルマークのことは道具ではなく最愛の息子として見放さず支えてあげてほしい。そして、二人は同じ過ちを繰り返さないでほしい。簡単には変われないと思うけど時間をかけて変わってくれ。ケルンベーダ家長男の最後のお願いだ」
一拍置いてアースリィは口を開く。
「それじゃあ、今までありがとうございました。体にお気をつけて」
二人は呆然として何も言えなかった。いや、今のやりとりを聞いていた教師たちもただ黙って聞いているだけだった。
アースリィ・ケルンベーダ──否、自分から縁を切ったのだから家名を名乗ることは許されないが、それも覚悟の上だ。これからのケルンベーダ家はセルマークに任せる。
そして、ただのアースリィとなった彼は未だ地面に座る元弟のセルマークのもとへ向かった。
次期当主は変わらず今のところはセルマークになったということで片が付いた。アースリィの頼みもあるし、セルマークの実力も知っているから新たに養子を迎え入れるということもないはずだ。
あまりのショックに今の話は聞こえておらず、未だに覇気のないセルマークにアースリィは肩を貸そうとしたが、突然セルマークはアースリィを勢いよく突き飛ばした。
「ッ……!」
倒されたアースリィは見上げるようにセルマークの表情を見たが、明らかに様子がおかしい。尋常じゃない汗の量に息も荒くなって酷く苦しそうにしていた。
「はぁっ……はぁっ……」
「セル、マーク? どうしたんだ」
「あぁ…ぁ…や……」
その時。苦しそうに胸を抑えるセルマークの口から黒い泥のようなものが大量に溢れ出た。
徐々に黒い泥はセルマークの体を飲み込み、体全体の7割近くを侵食するにはそう時間もかからなかった。
今も止まらず進む浸食。両足、左腕、胴体は既に飲まれ、辛うじて右腕と右の顔半分は元の状態を保っている。しかしこれも時間の問題だろう。
この異常事態に第一演習場にいる全員が騒然とし始める。
中でもメルファストはセルマークの身に起きた異常事態を見て目を見開いて驚愕していた。
「あの魔術は……」
メルファストはワーナーの方を見た。
ワーナーは青褪めた表情でセルマークを見ていた。焦っているがどうすればいいのかわからない様子だ。
しかし、異様に焦っているあの表情を見て、こうなったのはワーナーが関わっていると考えたメルファスト。この異常事態にも思い当たる節があったため急いで問う。
「ワーナー先生! まさか、あの生徒に禁忌の魔術を教えたんですか!?」
「そ、それは……」
「早く答えなさいッ!」
普段の温厚な人物とは思えない怒りを表に出しているメルファスト。
「わ、私はセルマーク君が負けないようにと万が一のことを考えて……。そういう魔術があるというのは知っていましたがこうなるとは思ってもいなかったんです!」
「……禁忌と呼ばれても大昔に封印されているからどんな魔術なのか詳しく知る者はほとんどいないから仕方ないというべきか……。ただ、あの魔術が記された書物は強力な封印が施され、誰にも知られぬ場所に存在していると聞く。だから私ですら何処にあるのか知らない。ワーナー先生はそれを見つけて封印を解き、彼に渡したと?」
「違いますッ! た、確かにセルマーク君に書物を渡したのは事実ですが……私が見つけたわけではなく、黒いローブを着た者に「これを使えばあなたの自慢の生徒は必ず勝てる」と渡されたのです。封印も私が受け取った時には解除されていました……」
聞いておいてあれだが、メルファストはワーナーが隠された書物を見つけて封印を解くことは出来ないと問う前から考えていた。
となれば、いったい誰が……。
隠された書物を見つけ、更に強力な封印を解けるだけの実力者。その封印は並大抵の魔道士では解けない。
おそらくこの学院にそれが出来る者はいない。辛うじてリリィなら出来るかもしれないが、そもそもリリィは禁忌の魔術の存在を知らないし、仮に知っていても手を出すことはないだろう。
リリィは犯人の候補から外すとして、それなら誰が書物を持ち出し封印を解いてワーナーに渡したのか。
唯一接触しているワーナーにメルファストは再び問う。
「黒いローブ。その人物の顔は見なかったのかい? それか、声とか体格とか。何でもいいからその人物の特徴は?」
「えっと……あれ? 思い、出せません……」
頭を抱えながら思い出そうとするもその時の記憶だけ抹消されているかのように思い出すことが出来ないワーナー。
「思い出せない?」
「……はい。黒いローブを着ていたのは確かですが、それ以外は何も……。声も男だったか女だったか……」
「……ッ。まあいい。このことは後程詳しく聞く。だが、それ相応の処分も覚悟しておくように。禁忌の魔術が記された書物を受け取ったとはいえ、彼に渡すかどうか最終的に決めたのはワーナー先生だ。彼に渡さず私に話すことだって出来た。まあ、事は起こってしまったんだ。今更こんなこと言っても仕方ないけどね」
ワーナーは何も言い返すことは出来ずその場で俯きながら立つだけだった。
メルファストは第一演習場にいる者たちへ伝える。
「現時刻をもって合同授業は中止とする! 全員、この場から速やかに離れるように!」
目の前に広がる異様な光景とメルファストからの指示。
教師たちは一斉に第一演習場から逃げ出した。幸いなことは人数が少なくパニックにならずにスムーズに避難できたことだ。観客席が満員だった場合は更なる被害が起きていたことだろう。
第一演習場から逃げ出す者がいる一方で予想外の出来事にその場で呆然と立ち止まっている者もいる。
アウグストとその妻だ。息子であるセルマークが異形の化け物に変わり果てようとするなか、妻が駆け足でメルファストに近付いて腕を掴む。
「メルファスト学院長……息子は、セルマークは……!」
「申し訳ありませんが、あの状態からセルマーク君を救えるかは私にもわかりません。当然のことながら最善を尽くしますが……最悪の場合も覚悟しておいてください」
面と向かって伝えるのは心苦しい事ではあるが、必ず救えるという確証がない以上は安易に期待させてはいけない。もちろん救うつもりで挑むがメルファストだって出来ないこともある。
そして、セルマークを救うべく観客席から飛び降りようとした時、黒い泥に飲み込まれ異形と化した左腕がアースリィに向かって振り下ろされそうだった。
無駄に時間を使い過ぎた。今から飛び出しても間に合わない。そうわかっていてもメルファストは観客席から飛び降りる。
案の定、メルファストが間に入るよりも前に左腕は振り下ろされてその場に土煙が巻き起こる。
しかし、結果的アースリィは無事だった。
左腕が振り下ろされた場所から少し後方。
そこにはアースリィを抱えるバエルが。
いや、それだけじゃない。バエル以外にもタルト、デオンザールが既にいた。そして、彼らの主人であるリリィの姿も。
「怪我はないみたいですね」
「リリィ先生……。ありがとうございました」
「私は指示しただけで実際に助けたのはバエルです。礼ならバエルにお願いします。それでセルマーク君ですが──」
「あ……ぁ……ぁ……助け……兄さ……」
「──ッ! セルマーク!!」
ギリギリ意識を保っているのだろう。途切れ途切れで擦れている声だったが、アースリィの耳にはしっかりとセルマークが助けを求める声が聞こえた。
言葉は途中で切れてしまったが、兄さんと呼んでくれたのはいつ以来だろうか。いや、そんな昔のことを思い出している暇はない。
元だろうと何だろう関係ない。弟が助けを求めているのだから助けに行かなければ。
「バエルさん。助けてもらったことには感謝してます。でも早く降ろしてください。俺はセルマークを助けにいかないと!」
「そう慌てずともリリィ様はあの少年を救うつもりですよ」
「方法はまだ思いついていませんけどね。おそらくあの黒い泥がセルマーク君を完全に飲み込むまでがタイムリミットです。それまでにどうにかして救い出しますが、どうやら簡単にはいかないようですね……」
リリィが見つめる方向。セルマークがいる場所には黒い泥が広がっているが、そこから人の形や魔物の形をした何かが3体生まれた。
だが、それを見てバエルが代表して口を開いた。
「あれらは私共で片付けておきますのでリリィ様はあの少年を救うことに専念していただければと」
「では任せます。怪我のないように気を付けて」
「リリィ嬢は心配し過ぎだぜ。あんな奴ら、俺たちなら問題ねぇからよ。なっ、タルト?」
「キュイキュイ!!」
タルトたちはそれぞれ黒い泥で作られた生物を倒しに向かった。
従魔たちに言われた通り、タルトたちの実力を考えれば心配は不要だろう。必ず勝つと信じてリリィは『月光の魔道神杖』を構える。





