合同授業
平日は生徒たちの授業。休日はシルファさんのところに行って杖造りのお手伝い。足りない素材を採りに行ったりと私の休みはほとんどありません。
でも授業は私がやらなければいけない仕事。そして杖はこちらから頼んでいるのだから文句は言えません。
まあ、どちらも楽しいので苦ではないですけどね。生徒たちの成長している姿を見られて嬉しいですし、試行錯誤を繰り返しながら少しずつですが杖も形になり始めて楽しみ。
でも、頑張り過ぎてバエルに注意されてしまいました。「リリィ様は私たち悪魔族と違って疲労が蓄積します。今は気付いていないだけでいずれ倒れるかもしれないので少しは休んでください」と。
確かにバエルの言う通りでした。現に言われた次の日に疲労で熱を出してしまいましたし。
発熱は『治癒魔術』で治りますが、働き過ぎだと言われてしばらくは安静にしていました。ただ、ずっと動いていたので急に一日休みになると暇で仕方ありませんでした。かといって何処かへ行って見つかったら怒られる……。
それは嫌なので大人しくしていました。
そして、復活してから3日後の今日。いよいよ合同授業当日がやってきました。
合同授業は3時限目。時間の指定はワーナー先生の方がしました。
時間指定に意味はないと思っていましたが、実はこれには意味があり、更に言えば合同授業の日時にも意味がありました。
ワーナー先生は以前「リリィ先生ならEクラスの生徒を鍛えるのに2か月もあれば十分ですよね」的なことを言って、私もその時は特に気にすることはなかったのですが、ワーナー先生は最初から2か月後を想定して提案してきたのです。
それを知ったのは今から2時間前のことです。
………
……
…
合同授業当日の朝、リリィはEクラスの生徒たちを呼び出して最後の調整を行っていた。
当日を迎えて緊張していると思いきや目立った緊張は見られなくて安心するリリィ。生徒たちも過去の合宿から自信がついたのだろう。実際に2か月前とは比べ物にならないほど成長しているのを実感しているから自信もつく。
万全の状態で合同授業に臨んでほしいため、終わった後は解散してリリィは職員室へと戻ろうとした。
その際アースリィも同行させた。緊張はしていないだろうがセルマークの約束がある。気負い過ぎて敗北に繋がる可能性もあり得るため会話をして落ち着かせようとしたのである。
だがその途中で二人はある光景を目にした。
そこにはワーナーと一人の男性が立ち話をしていた。男性の服装からリリィは貴族だと察した。
別に自分には関係ない話だろうと、少し遠回りになるがワーナーたちを避けて校舎へ戻ろうとしたのだがアースリィの様子が変だった。
どうしたのか心配して話を聞こうとしたのだが、その時ワーナーたちの話し声が聞こえて──
「ワーナー先生、今後ともセルマークをよろしく頼むぞ。今日の合同授業で息子がどれだけ成長したのか楽しみにしているからな」
そう言って男性はワーナーのもとから去った。
会話の内容からリリィは今の男性がセルマークの父であり、そしてアースリィの父であると気づいた。
男性は二人の横を通り過ぎたが、そこには自分の息子がいるというのに見ようともしない。まるで赤の他人のような関係に見える。
アースリィは自分の父親が通り過ぎたというのに声をかけようとしなかった。いや、かけようにもなんて声をかければいいかわからなかった。
期待されていないのはわかっている。顔を見ても実の父親から失望の目で見られるだけ。それが怖かった。
あれだけあって自信も失いかけている。そうなるほどアースリィの過去は彼に恐怖を与えてしまう。
ただ、彼を救う人間はすぐ側に居た。彼女はアースリィの背中を軽く叩いて不安を和らげた。
「今の方はアースリィ君のお父さんですか?」
「……はい」
「わかりました。では少し挨拶をしておきましょうか。アースリィ君は胸を張り、前を向いて堂々としているだけでいいですよ。それだけで印象が大きく変わりますからね」
そしてリリィはアースリィの父親を呼び止めた。
「あの!」
「君は……学院の生徒か? 何か用か」
「いえ、私は高等部1学年Eクラスの副担任をやっているリリィ・オーランドと言います。歳が生徒たちと近いのでよく間違えられます。それで、アースリィ君の親御さんだと聞いて少しお話をと思いま──」
「話すことなどない」
「そうですか。それなら一つだけ。合同授業ではきっといいものが見ることが出来ると思うので楽しみにしていてください。では失礼します」
一礼してリリィはアースリィのもとへ戻った。
………
……
…
ということがありました。
おそらくセルマーク君が父親を呼び、合同授業でアースリィ君が負ける姿を見せつけるためでしょう。とことんアースリィ君を追い詰めたいようですね。
でも、言い返せばセルマーク君もリスクがある。
アースリィ君が勝ったら親御さんはどう思うんでしょうね。
まあ、それは今考えなくても後にわかります。
ちなみに私はアースリィ君が勝つと思っていますよ。自分の生徒だからという理由もありますが、学院に戻ってからは特に頑張っています。その頑張りは必ず勝利へと導きますから。
さて、こうしている間にも時間が過ぎていき、気付けばもう少しで合同授業が始まりますが、これってどちらかといえばクラス別対抗戦というべきですよね。
気にすることでもないと思うので無視しますか。
刻一刻と迫る合同授業。生徒たちは緊張と楽しみの半々と言ったところですか。
アースリィ君も大丈夫そうですね。先程とは打って変わって今は今朝集まった時と同じように不安なく落ち着いています。
合同授業の会場である第一演習場へ向かう前に生徒たちへささやかなプレゼントを贈りましょう。
私は【異次元収納箱】から6着のローブを出して一人一人に渡していきます。
「先生、これは?」
「今日まで頑張った皆さんへ私からのプレゼントです。あと、一人で戦っているわけではないと感じてもらえればと思いました。ただ、ステータスの補正には期待しないでください。あまり手を加えるとズルになりますからね」
本当はこれとは別でローブを用意していたんですけど、装備するとかなり補正数値が入ってステータスを上昇させてしまうものでした。
一応装備は認められていますが、あまりにも強力な装備だと装備のおかげで勝ったと思われそうなので渡したのは気持ち程度の補正が入るローブ。ただのお守り代わりと言ってもいいですね。
「武器や防具は始まる前にチェックが入るそうですが、これなら特に問題ないでしょう。でも着るかどうかは皆さんが決めてください。着なくても私は別に──」
気にしませんと言う前に生徒たちは全員ローブに袖を通しました。
「先生が用意してくれたプレゼントだもん。着ないわけにはいかないよね」
「ああでもプレゼント、こっちが先に渡──」
「ちょっ、それ秘密!」
「これがあればAクラスにだって余裕で勝てる気がしてきたぜ」
「そういう油断が負けに繋がるのよ。でも、ベルの気持ちはよくわかる。着てるとなんだか安心する」
「先生、ありがとうございます。必ず勝ちます」
「はい。頑張ってください。それじゃあ時間も近づいていますからそろそろ行きましょうか」
そして私たちは第一演習場へと向かいました。
第一演習場は第二演習場よりも大きく作られており、観客席なんかもあります。実際に何名か教師が合同授業の様子を見に来ていますね。
私は激励の言葉を送った後、生徒たちと別れて観客席の方に行きました。
辺りを見渡して見ると先程会ったアースリィ君の父親、その横にいる貴婦人は母親でしょうか。一組の夫婦がいました。母親の方もセルマーク君に招待されたわけですか。
Aクラスの生徒たちもやってきましたが、余裕の表情をしています。普通に考えればEクラスなんて眼中にありませんし、そんな表情をしますよね。
今のうちに余裕を感じていればいいですよ。その余裕もすぐに消えると思いますから。
「こうして見るとEクラスの生徒たちもかなり変わったね。ここからでも雰囲気が違うなと感じるよ」
「メルファスト学院長。お仕事の方は大丈夫なんですか?」
「ああ。この日のために急ぎの仕事は片付けておいた。あとは短時間で終わる仕事ばかりだから今日は生徒たちの成長をゆっくり見させてもらうよ」
「是非成長した彼らを見てください。ところで、メアリ先生の姿が見えませんね。教室で待機していた時も来ませんでしたし」
「彼女は最近特に忙しいみたいで誘ったけど「見たいのに今日中に終わらせないといけない仕事があって見に行く時間がないです」と落ち込みながら言ってたよ。ただ、メアリ先生に時間のかかる仕事を任せた覚えはないんだよね……」
もしかしたら予想以上に梃子摺っているだけなのかもしれません。あとで生徒たちの勇姿と仕事が終わってなかったらお手伝いしましょう。
そんなことを考えていると合同授業が始まるようです。
授業の内容は1対1の模擬戦。本当に授業というよりクラス別対抗戦ですよ。
対戦相手は事前に決まっています。
まず初めの試合は、アースリィ君とセルマーク君です。
いきなりこの組み合わせが来るとは。まあ、教師には対戦相手を先に伝えられていたので知っていたんですけどね。
両者は中央に来て他の生徒たちは安全な場所まで避難します。
そして、審判の合図で二人の戦いが始まりました。
セルマークはこの勝負は余裕だと決めつけていた。
何せ相手はあのアースリィ。落ちこぼれの兄がたった2か月で自分よりも強くなるはずない。
さっさと勝って敗北した無様な姿を両親に見せつけてやろう。そうすれば更に自分の株は上がり、兄は一層失望した目で見られる。
審判の合図を聞くとセルマークはすぐにアースリィに向けて『雷魔術』──【轟雷槍】を放った。
威力は申し分ない。大型の魔物であろうと倒せる威力になっているのだからアースリィなんて簡単に倒せる。
ちなみに第一演習場には特殊な結界が張られており、攻撃が致命傷レベルだと直撃寸前で障壁が生まれて防ぐ仕組みになっている。また、結界内にいる者の生命力の量も感知して障壁を生み出すようにもなっている。
セルマークの魔術は間違いなく致命傷レベルの威力だった。
──かつてのアースリィであればの話だが。
昔なら速いと感じていたが今ではそうでもない。合宿の時にセルマークの魔術より速いものなどたくさん見てきた。それに比べれば全然遅い。
回避は余裕で出来る。しかしアースリィはセルマークの魔術を避けることなく受けることにした。
レベルも上がったことでステータスも上昇した。『魔力障壁』の強度も上がり、念には念をとリリィから教わって習得した『魔闘法』を使ってセルマークの魔術を無傷で受け切る。
これにはセルマークだけでなく、観戦していた教師たちも驚いていた。当然アースリィの両親たちも。
驚いていないのはリリィと彼女の教えなら可能だろうと確信していたメルファストだけだった。
「な、なんで落ちこぼれのお前が僕の魔術を食らっても立ってるんだ!? まさかそのローブのせいか!?」
「ローブは事前にチェックされた。お前も見ていただろ。問題ないと判断されたからこうして着ている」
「じゃ、じゃあどうして……」
「直撃しても大丈夫なくらい努力して強くなったから。セルマーク、お前は俺よりもよっぽど優秀だよ。俺と違って色々な魔術は使えるし、威力も桁違いだ。でも俺はそんなお前を超えるためにリリィ先生と、大切な仲間と一緒に強くなった」
「たった一回魔術を防いだからって調子に乗るなよ! 僕は落ちこぼれのお前より強いんだ! 優秀なんだ!」
「ああ。お前は強いし優秀だ。才能もある。でもお前はそれに過信して努力をしようとしなかった。強くなる努力をされていたら俺は勝てなかったと思う。落ちこぼれだがお前の兄として忠告しておく。この先も才能だけでどうにかなるって考えない方がいい」
「うるさい! 黙れ! 黙れよ!!」
セルマークは必死に魔術を放つがアースリィは軽々と躱しながら接近していく。
信じがたい光景が目の前に広がっているが、それでもセルマークは近付けさせまいと魔術を撃ち続けた。
だが、アースリィは一度も魔術に当たることなくセルマークの懐に入り込み腹部に向かって『魔闘法』により強化した拳を振るった。
当然セルマークも『魔力障壁』を展開しているが『魔闘法』は攻撃力と魔力の数値が合算した威力を放つことが可能である。ステータスに圧倒的な差がない限りは『魔力障壁』など軽々と破壊することが出来る。
腹部に強烈な痛みが走るも立ち上がるセルマーク。しかし、その時には既にアースリィの魔術が向かっていた。
正直なところセルマークはアースリィの魔術など大したことないと考えていた。今の打撃も所詮は打撃。魔術とは関係ない。
そう考えていたが、向かってくる魔術はもしかしなくても自分の魔術よりも威力が上だと気づく。
(なんであいつがこんな魔術を……)
セルマークは知らないだろう。アースリィが既に自分のユニークスキルを完全に物にしたということを。
アースリィのユニークスキル──『限定解放』は常日頃から体内に貯蓄している力を一時的に解放させるという能力である。ちなみに貯蓄できる量に制限はなく、貯蓄容量も無限である。
ただし、力は自分の意思に関係なく勝手に貯蓄され、その量も自分で決めることはできない。
リリィに魔術を見せた時、威力が低かったのは力の大半をユニークスキルに持っていかれていたからだ。しかし今はレベルも上がってステータスも向上したため、余裕が生まれてその心配も不要になっている。
初めて使えるようになった時は一回で限界を迎えていたが、それは一気に解放したから。今ではちゃんと調整できるようになって何度でも使えるようになっている。
アースリィの魔術を見て相殺は不可能と判断したセルマークは逃げることに専念した。
そこからは一方的な試合と言っていいだろう。
降参を宣言すれば試合は終了するのだが、それはセルマークのプライドが許さないのだろう。ほとんど勝ち目のない試合になっても必死に逃げたり魔術を使ったりしている。
アースリィもだんだん可哀そうになってきたが、だからといって負けを認めるわけにはいかない。アースリィは魔術と体術を組み合わせて攻める。
そんな光景を見て観客席にいたワーナーは立ち上がるとリリィのもとへ走って向かった。
隣にメルファストが居て、一緒に居るのが気に食わないと思うがそんなことよりもリリィに言いたいことがあった。
「リリィ先生! これは魔道士の模擬戦ですよ。魔術学科なら魔術学科らしく魔術だけで戦うべきでしょう!」
早口で訴えられたがリリィは何を言ってるんだ、というような表情でワーナーを呆れつつも見ていた。
「確かに魔道士の模擬戦ですね。でも使用するのは魔術だけなんて一言も言っていませんよね? であれば何も問題はないと思いますよ」
「ッ! ですが魔道士なら魔術を──」
「魔術も使っているではないですか。アースリィ君はそこに私から教わった体術も入れて戦っているだけです」
「し、しかしッ!」
「ワーナー先生は魔道士は魔術だけで戦うものだと決めつけていますよね。ワーナー先生がそう考えるように私にも考えがあります。といってもこれはある方からの受け売りなんですけどね。魔道士だからって魔術だけに頼る必要はないんですよ」
リリィはワーナーに反論するを暇を与えず言葉を続ける。
「使える手札は多い方が良いに決まっています。それだけ選択肢があるということですからね。そして、魔道士の大半は近接の戦いが苦手です。だからこそ私は弱点を補うために魔術以外に体術も教えました。その結果がこれです。セルマーク君は体術を使われると反応が遅くなりアースリィ君の攻撃を受けている」
「せ、セルマーク君は体術の教えを受けていないんですから当然でしょう!」
「受けていないから出来なくて当然。ワーナー先生ほどの方であれば魔道士の弱点はご存じですよね? 教えようとはしなかったんですか?」
「そ、それは……必要ないから……」
「現に必要じゃないですか。少しでも教えていれば状況は変わっていたのかもしれません。それに、出来なくて当然という考えは魔物相手に通用しませんよ。だからなんだと──いえ、考えもせずに容赦なく殺しに来ますね」
「はっ? 魔物……?」
「この先どんな道を選んで進むのか決めるのは彼らです。でも、もし冒険者などの魔物と戦う危険な仕事を選ぶとしたら少しでも弱点を減らせることが出来たらいいじゃないですか。死ぬ可能性も低くなります。そうでなくても私が教えた体術は護身術としても使えますよ」
「くっ……。メルファスト学院長はどう思いますか? 魔道士なら魔術だけを使うべきですよね?」
そう問うワーナーだったが望んでいた返答とは違う言葉がメルファストの口から出た。
「残念だけどリリィ先生の言葉に異論は一つもないね。リリィ先生は魔道士の弱点だけでなく生徒たちの将来までも考えて体術を教えた。そこがワーナー先生との違いだ。危険な仕事でなくても自分の身を守る術が増えるのはいいことだ。素晴らしいと思うよ。そしてあれは特別なスキルを用いた体術なんだろう。他の生徒たちにも教えてほしいくらいだ」
「希望者がいるのであれば教えますよ。っと、こんな話をしている間にも二人の試合が終わりそうですね」
ワーナーは身を乗り出す勢いで中央を見たが、そこにあったのは地面に尻をついているセルマークと彼を見下ろしているアースリィだった。
完全に勝負が決した。降参の宣言をしなくても一目瞭然である。
二人の戦いはアースリィの勝利で幕を閉じたのだった。
試合が終わり、それでも現実を受け入れることが出来ないのかセルマークは小声で何かを呟いている中、勝者のアースリィには拍手が送られた。
その拍手はリリィのものだろうと音のする方向を見たが、拍手を送っていたのはアースリィとセルマークの父──"アウグスト・ケルンベーダ"だった。





